001 能力クラブ
そのとき頭に何かがぶつかった。避けようとしたが見えないことにはどうしようもない。ただ、後頭部ではなく前から飛んできたんだ。あまり痛くはない。
投げた本人はすぐ先にいる。彼が投げた物も何か分かっている。ボールだ。ゴム質の柔らかなボールだ。けれど投げた瞬間に目視できなくなった。それから彼は切り出した。
「これが、その、俺の能力ですね」
そこでやっと、当てられた被害者であるレイは理解した。
「なんというか、物を消す、というより、物を透明にすることができるんですよ」
なるほど、面白い。空気をぶつけるようなもんだろう、と考えた。
「じゃあ、もう一度お願いできますか」
はい、といい再び投げてきた。
勘違いしてもらいたくはないのでいうが、決してマゾヒストじゃない。能力に興味があるだけだ。それに今回はちゃんと避けた。彼の投げる一瞬に手首を見て、回転のかかった向きはどうか、力の加減はどんなか、飛んで行く方向はどちらか。そういったことをなんとなく分析して、体を動かした。まあ、簡単にいうとキャッチボールをする時の感覚だ。
彼は定期検診を受けるような、微妙な顔をしている。みんながそうとは限らないので、はっきりとはいえないが。なんだろうか。そんなに避けられたことに疑問を抱いたのか? ボールに当たってほしかったのか?
それよりもボールの方に目を向けた。始めはもちろん透明だったのでよく分からなかったが、次第に姿を現した。つまり、手から離れてしばらくすると、能力の効果はなくなってしまうのか。
部屋に溜まった沈黙を破って問いかけられる。
「どうなんですか? 何か分かったんですか?」
好奇心の大きくなったぼくは提案をしてみた。
「そうですね。ここはひとつ勝負といきましょう。あなたはそこの箱にあるたくさんの球を、その能力を使って投げてください。僕はすべて避けます。先に球が無くなればぼくの勝ち。無くなる前にひとつでも当てられたらあなたの勝ち。どうでしょう?」
「いいですね。その勝負、受けて立ちましょう」
勿論負けるつもりはないですから、と宣言しようとしたが先にボールが飛んできた。
あぶねえ、当たると思った。寸前で避けることができた。彼は躊躇わず、どんどん投げつけてくる。
持ち前の反射神経でなんとかかわしていく。あまり良いとはいえない。彼はむきになってひたすら投げる。なんかもう必死で、たまに透明にならず飛んでくる。むしろそれが恐ろしくもある。
2分経った頃には疲れ始めた。なにせこんなに動いたのは久しぶりだ。子供のとき以来かもしれない。彼もなかなか当てられないことで飽きを感じているのか、少し顔に疲れが出ている。
何の賞もない攻防戦は終わりかけていた。もういいだろう。そう思ったのは束の間、彼は最終兵器を出してきた。
緊張の混じった声で話される。
「それでは、最後の賭けに出ますよ」
しまった。ボールの中にそれが入っていることを忘れていた。一応私物なのだが、もはやゴムのボールだけだと思い込んでいた。その最終兵器とは、スーパーボールである。
今戦っている場所は広い部屋だが、広いといえどもスーパーボールなら跳ね返ってくる距離だ。二度攻められるわけだ。
すでにボールは手に持っていた。さあ、早く投げるんだ。とっとと終わらせてしまおう。ついに飛んできた。速い。先ほどに比べ明らかに速い。理由は色々あるのだろう。だがこの際どうでもいい。上手く避けるのみ。
予想通り跳ね返ってくる。それも華麗にかわす。また投げた。かわす。意外に避けれるものだ。
彼は何を思ったのか片手を箱に突っ込み、大量のスーパーボールを取り出した。嘘だろ最後の賭けとか豪語していたじゃないか。彼は持っていたすべてのボールを一気に手から放す。これはまずいな。なんとかボールのあまり飛んでいない方へいかねば。すれすれのところを掠めていく。よし、当たることなく隅へと移動できた。
やっと終わったか。と思ったが、ボールらがばらばらに壁にぶつかる。その中にひとつ直接こちらへ飛んでくるものがあった。まだ隠していたか。いや、それってぼくのですから隠してはいませんね。
気を緩めたところで本当の最後のボールを繰り出す戦法か。いいじゃないか、素晴らしいアイデアだ。だが、こちらにも秘策があるんだ。
手をそのボールに向かって突き出す。そして、キャッチ。見えなかったが奇跡的に掴めた。相手は呆然としている。
「え、それはありなの?」
はっきりとキメ顔をして言い下す。変な顔になっていないだろうか。
「始めに伝えましたよ、当たらなければいいと」
彼は不満ながら納得したようだ。こうしてぼくらの戦いは幕を閉じた。部屋中にボールが転がっている。扉を開けながら喋る。
「歩きながら話しましょう」
その頃に丁度鐘の音がした。誰かが鳴らしているのだろう。ぼくは対戦相手と部屋を出た。会話しながら廊下を歩く。
「あれって結局どっちの勝ちですかね」
「俺に聞かれても知りませんよ。引き分けでいいんじゃないですか」
「そうですね。どちらにしろ楽しかったですね。そうだ、その能力で手品とかをしてみてはいかが?」
「いやいや、俺はそういうの苦手でして」
「そうかあ。出来れば儲かるんじゃないですか」
正に手品にぴったり、と思ったがそうでもないらしい。
聞いていないことがあるんだった。
「そういえば、あなたの名前と学年を聞いて無かったですね。お聞きしましょう」
「ええと、シータといいます。学年は3ですよ」
「え、3ならこんなとこにいないはずですけど? それはどういうことで?」
(ここで説明しよう。ぼく、レイの通っている学園がここ。オレフニアム学園という有名なところで、幼稚園から大学までの内容をすべて学ぶことが出来るのだ。そして、ここでの学年が3というのは小学生にあたり、昼前の時間、つまり今は授業で行動できないはずである。それに見た目が小学生ではない。ちなみに今は学園内にいて、その中心部に向かっている。以上)
「実は少し離れた高校に通っていて、今日は休みで暇でしたので来たというわけです」
なるほど、さっきのはシータ君には暇潰しだったのか。残念だ。
すぐに同じような質問をされた。
「あの、名前と学年、それと年齢も教えてください」
「レイです。16歳で第13学年です」
「えっ13? それに年下? えっ、え?」
まじか。シータ君は年上ですか。あまり興味はないけどもっと下だと思ってたよ。
「ああ、この学園は面倒くさがりで下から順に番号なんですよ。それに進級が単位制だから早く進む人もいますね。僕もそうで、3つ分早いかな」
シータ君は驚きの顔だ。口が空きっぱなしだ。見下されていたのか? 見た目に反してひどいじゃないか。いや、勝手な当てつけはやめておこう。
そんなときにある人が現れた。同学年の女友達である。ちょうど授業が終わったのだろう。
「おはよ、レイ。あれ? 隣のお方は?」
「おはよう。シータっていうどっかの高校生だよ」
「え、あの、どっかって言い方じゃなくてもいいんじゃない」
言い過ぎたかな? まあ、いいや。
「あ、それよりも大事な話があるんだった。ちょいとこっちについてきて」
そう言われたが腕を無理矢理引っ張られた。なので、シータ君には合図をして先に行ってもらうことにした。待ってくれるといいのだけれど。
少し戻ったところの空いた教室に入った。さっきから資料を持っている。
「はい、資料ね」
知ってる。何枚か重なっていて、色々書かれている。
「能力クラブについて? どういうことだ?」
「簡潔に申しますと、クラブを設立しようということね。教授の命令で」
命令なのか。興味がばさっと削がれたじゃないか。
「ええと、教授のことだからぼくに何か望んでるよね?」
「その通り! よくわかったね」
当たり前だ。何回こうしてきたと思っている。
「まあその、部長をしてほしいなということで」
でしょうね。そんなとこだと思った。
「それと、もちろん活動内容は能力に関することなんだけど、さっき一緒にいた高校生をさ、最初の実験、いや調査対象に出来ないかなと思う。仲良いだろうし」
惨いこと言いますね。仲良く見えたかな。
「大丈夫だと思う、聞いてみるよ。仲良いつもりじゃないけど」
「仲良くないの?」
とりあえず頷く。相変わらず面倒臭い奴だ。
ということで聞いてみると「あ、いいよ」的なノリで承諾。けれども左腕の時計を見て、用事があるって言って帰っていった。さっきまで暇だったじゃん⁉ と思いつつも、明日再び来ると言うので、平静を保ったままでいた。
その後教室に戻ると、どうだったと聞かんばかりの表情で待っていた。
「明日また来るってさ」
そういうとさっと資料に向き直って、一人何かを納得した。
「そういえばさ、あのシータって人とどう知り合ったの?」
「そうだね、いつもの教室でいつも通り能力の本や論文を読んで、いつも通り退屈していたんだ。そこに、ひょこっと顔を出して、暇ですか?って聞いてきた。まあ何かしらあるんだろうと思い暇と言って、ボール遊びをしていた。それから歩いていたところにあなたが来たのです」
「そうなの。大体分かった」
分かってくれて良かった。でも本当に分かったのか?
「それでさ、長を努めるの?」
忘れかけてた。でも悩むことはない。
「悪くないし、やってみるよ」
「そう? こっちに役を回さないでくれてありがと」
そうか、その手があった。何で言わなかったんだ。紙に何か書いてるしもう変更出来ないな。嬉しそうだなおい。
あ、いつものあの顔だ。長い長いお話が始まるのかな。
「よし、本題に入ろう。資料に書いてないことも含めて話すね」
ここで資料が役立つのか。まだあまり目を通していない。
「まずは活動内容についてね。大雑把にまとめますと能力の研究。能力の素性を調べていくことね。例えば、どんなのがあるのか、どういったことができるか、能力同士をぶつけたらどうなるか、とかね」
なんか思っていたのと違う。考えを話して見る。
「でも既に研究は進んでいるんだろ?」
「ほんの少しだけだよ。研究の余地はまだまだ残ってるんだし、そういうことするのって楽しそうでしょ?」
ああ、何言っても駄目なやつだな。
「具体的には、教授の研究室を使って試すんだけどね、能力によって出来ることが大きく違うから、まだ検討つかないんだよね」
とはいいながら、やる気がすごくあるな。やはりあんたが部長をすべきだ。そんなことは実際言わないが。
「それにレイもあの事件を知ってるでしょ。今有利な状況だって分かってる? それも教授の狙いだから」
「そんなのわかってるよ。でも、研究は違うかなと思うのですよ」
そうなんだ。アクション映画は見るから楽しいし、未知の発見だって知らされるからわくわくする。自分でやるのとは違う。
「じゃあ、レイはクラブに入らないの?」
それも違う。なんだろう、興味はあるのにやりたくないみたいな。難しい、あまり考えないようにしよう。
「あとさ、自分の能力が何か分かってる? とっても重要だよ」
「そうだね。まだ分かんない」
実は恐ろしくて使ってない、なんて言えないだろう。
言い返してやろう。
「じゃあ、あなたは分かってるんですか?」
「そりゃ当然! 手出して」
と握手を交わそうとてを出してきた。まさか怪力か? 握り潰すのか? いやまさか。彼女ならそんなことしない。ならばなんだ。実は変身してて偽物でしたとか? それなら手は出さないか。
考えたところで意味のないような気がするので、手を出した。けれどもすぐ引っ込めた。意思ではなく本能で。あ、笑ってるじゃないか。
「あはは。びりりときたでしょ。それが私の能力ね。あはは」
何てことすんだよ、びっくりした。そんな笑うことかな。
「まあ、こんな具合で調査するつもりだから」
「まさか! ぼくを利用するのか?」
「その通り」
全部押し付けられるな、まいったな。
「でもぼくはトップだから、傷つく立場は良くないよね」
「どっちにしろ任せてましたから」
そうきたか。もうどうしようもないな。
しばらく机にうなだれていた。自分を催眠にかけてなんとかしようと試みた。無理だった。
「ちなみに、シータの能力ってなんなの?」
「透明化」
あまり興味なさそうな顔になった。
「今日は解散にしようか。授業あるし」
そう言ってぱっとどこかに行ってしまった。ぼくは今日は授業ないし、この後も暇だな。そこへ一人の人物が来た。帰ってきたのか。
起きて顔を見てみると違った。誰だろう。
「あの、能力クラブについて話したいです!」
いや、誰だよ。
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