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第七話

 迷宮の外に出ると自然光で目が眩む。

 光源を感知した自動で鼻背デバイスの暗視装置がオフに成る。

 デバイスで暗視画面を見ているとは言え、光源が有る訳では無いので実際は目を慣らさないといけないのが不便では有る。

 瞼越(まぶたご)しの光に成れた所で薄目を開けて光りに慣らす。

 光に慣れた所で小太刀を納刀してからデバイスを操作して迷宮庁の受付窓口に電話を掛ける。

 問い合わせ内容が受付で答えられる物では無かったらしく、部署をたらい回しにされる。

 いくつかの部署に回された結果、何も分かっていないらしいと判断して切り上げる事にする。


「どうだった?」

 結果が気になった棗が尋ねてくる。

 僕は両肩を竦めてお手上げのポーズを取る。

「迷宮庁では分かってないみたいだね。まあ、倒したら毛皮に変じてしまうから検査も出来ないって事だとは思うけど……」

 分からないままシーカーが狂犬病を発症したら、氾濫が起きた時に政府はどうするつもりなのだろうか。

 狂犬病が駆逐(くちく)された国になってから長い期間が経過しているから、ワクチン投与をしている人間が極端に少ない。

「致死率九十%以上の病原菌なんて軽々に言えないのかも知れないけれどね」

 実際の所は噛まれた自衛隊員の衣服に付着した唾液を検査したが、あらゆる病原菌は確認されなかったらしい。

 その為、特に発表した情報に上がらなかった。

 ただ、それがそのままイコールで迷宮の狼は無菌とは断言出来ないのだが。


「まあ、国が分からないってだけで、僕等が無防備に突っ込む意味は無いから」

「そうだな、何て言ったっけ、事前のワクチン投与? 受けれる所は有るんだよな?」

「新宿まで出ないと駄目みたいだけどね。それと土日はやってないから来週かな」

 予約が必要なのかは分からないが、今日の迷宮での活動はここで切り上げる事に成る。

 意気込んで足を踏み入れた迷宮が結果毛皮三枚で終わりと言う結果がやるせない。

 手足に巻いたステンレステープを剥がして、プロテクターと一緒にバッグに突っ込む。

 取り敢えず、一度部屋に戻ろうと一声掛ける。

 移動中にデバイスで調べてみると、狂犬病の暴露前接種ワクチンの料金に目を剥いた。

「棗……、狂犬病のワクチン高いみたい」

「マジで?」

「うん、ちょっとこれは悪いから、これからは僕一人で入るよ……」

「いや、それは駄目だろ。少なくとも奉一人で狼十頭と戦っても対処出来る目途が立たないと」

「他のシーカーのチームに入れて貰うとか色々手は有るからさ」

 正直、シーカーを続けない棗に高額のワクチンの料金を支払わせるのは気が引ける。

 しかし、僕が負担すると言って棗は絶対に顔を縦には振らないのも分かっている。

「ああ、これか、確かに高いけど払えなくも無いぞ?それに水臭いにも程が有るぞ?」

 棗もデバイスで暴露前接種ワクチンを調べたらしい。

 シーカーを辞める棗に毛皮集めに付き合って貰うのにも申し訳ない気持ちなのに、ワクチン接種の金銭的負担も強いるのは気が引けた。

 最も、これを言えば多分殴られるとも思うのだが。

「ごめん、ありがとう」

 元々情に厚い男だと知ってはいたし、ここで引く選択肢を選べない種類の人間なのだ。

 ここまで言われてしまうと僕には棗を翻意させる言葉を持たない。


 棗としても恋人と一緒に抜ける事を相当気に病んでいるらしい。

「おう、出来る所までは手を貸すさ。それと綵が一度顔を出せってさ」

 そう棗は笑って言い切る。

 どうやら調べ物の合間に綵とメールのやり取りをしていたらしい。

「顔を出せって、綵の家に?」

「ああ、お前の採寸するんだとさ」

 この一週間の間に綵は綵で準備を進めていてくれたらしい。

 二人のバックアップに感謝する。

「じゃあ、刀を仕舞ったら行く感じ?」

「ああ、そう連絡しておく」

 そうこうして居る内に自宅に到着した。

 部屋に入って小太刀を仕舞うと棗に声を掛ける。

「棗もシャワー浴びて行く?」

「おう、悪いけど貸してくれ」

「了解」

 他人の家に行くのに汗をかいたまま行くのは気が引けるのでシャワーを浴びてから向かう事にする。

 棗としても恋人の家に行くのに汗臭いまま行くのは嫌だった様だ。


 Tシャツを貸して、棗と揃って用意が出来た所で部屋を出て、近所の駐車場に停めていた中古の四駆に乗り込む。

 何回かの長期休暇に迷宮に篭り、兎の肉や毛皮を売ったお金を車につぎ込んだ結果だ。

 インターンの時期の兼ね合いで車選びに悩んだ記憶が有る。

「久々に乗るけど、相変わらずデカいな」

「まあ、ボードを乗せたりするからこのサイズに成るよね」

 大学の長期休暇にはサークルの遠出で車を出す事も有り、意外と重宝している。

 背が高い車の為、乗り降りが面倒だと言う不満も言われるが。

「そう言えば、あの子とどんな別れ方したんだよ?」

「あまり気持ちの良い別れ方じゃ無かったね」

「ん? どうしたんだよ?」

「色々と罵られて別れただけ」

「一月保たなかったか、お前付き合い下手過ぎだろ」

「週末シーカーなんかやってればデートする時間作れないしね」

「そりゃ振られるわな」

 一人暮らしをする為にバイト感覚でシーカーをしていれば、時間的な不満が出るのは仕方が無い。

 それでも家賃光熱費食費等を普通のバイトで賄うと時間が取られ過ぎる。

 週末だけで賄える今のサイクルを崩すつもりは無い。

 一番大きな身体的な理由は秘密にしているし、言うつもりも無い。

 結果的には驚く程口の悪い事を考えると信用しないで良かった相手だった訳だ。

 そう言う意味でも慎重に立ち回ったのは正解だったらしい。

「お前、思い切りシーカーにハマってるだろ?」

「……どうなんだろうね」

「誤魔化すなよ。お前、狼が出る様に成ってもシーカー辞めたくなかったんだろ?」

 棗の話題変更に安堵の溜息を漏らしつつ、赤信号で車を停車させながら少し考える。

 正直に言えば故郷を原発事故で追われた事がトラウマになっているらしい。

 今度も氾濫で避難・退避を迫られる、そんな想いをしたくない。

「なあ奉、やっぱり辞めないか?」

「ごめん、出来るならもう少し続けたいんだ」

「お前、刀で肉を斬るのが愉しいなんて言わないよな?」

「あ、いやそれは無いよ。ただ学んだ剣術を堂々と使えるのは正直楽しい」

「奉、約束しろ。斬るのが愉しく成ったら即座に辞めるって」

 棗の言うタノシイは愉悦としての愉しいだろう。

 それは現代人の感性として危険な物だ。

 棗の声は固く重く苦い響きだった。

「うん、サイコな思考に寄ったら辞めるよ」

「頼むからそうしてくれ……」

 情に厚い親友の言葉がこれからの僕の命綱に成る、そんな気がどこかでする。

「約束するよ」

 そう言うと棗は溜息を漏らす。

 中々に言い難い事を、腹を括って言ってくれたのだと分かる。

奉より棗の方が人間力が高い(苦笑)

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