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第四話

「絶滅した種がモンスターとして現れる理由は分かりませんが、喫緊(きっきん)の課題は他のダンジョンでも狼が出現していないか、だと思います」

 全世界の迷宮がリンクしているのではないか? と言う疑問は有る意味常識として認知されている。

 今までの氾濫は同日同時刻に、全ての迷宮から発生していた事が確認されていたからである。

 もし全てのダンジョンで狼が出現しているなら、次の氾濫は人的被害の出る物に成るだろう。

 七ヶ所同時に氾濫が起きた場合、迷宮付近をフェンスで囲っているとは言え、死者が出ないとは言い切れない。

 同時に間引きをするシーカーの被害は予想が付かない。

 現在日本全国のシーカー総数は一万を少し上回る程度。

 そして、東京は一番人数が少ない。

 農作物被害に憤った農家の若者が奮起しているが、田畑の少ない東京では物好きの類で、千を下回っている。

 基本的には時間のゆとりが有る大学生が主だった年齢層だ。

 住宅地の真ん中に出現した迷宮と言う事で自警団が組織されるかも知れないが、最初から狼を相手取る事に耐えられるとも思えない。

 恐らく東京のシーカー人口は極端には増えないだろう。

 悪くすれば一帯が過疎地に成るかも知れない。


 自衛官の男性はしばらく考え込んだ後、迷宮内のシーカーの救出と調査の為に潜ると言う。

「情報をありがとう、君達は早く帰りなさい。それと、政府が発表するまでモンスターの件は口外しないで欲しい」

 そう僕達に告げると整列待機する自衛隊員に号令を掛けて、揃った足音を残して迷宮に消えていく。

 自衛隊員を見送ってから二人を促してその場を後にする。

 迷宮を囲ったフェンスを潜って公園に出る。

 動悸は治まっては居るが、身体が落ち着きない感覚に苛まれる。

「奉、どうする?」

 棗の気遣わしげな声に少し考えて応える。

「二人共、僕の部屋に寄らないか?」

 落ち着ける場所で、三人で話をした方が良い気がする。

 二人も同じく思っていたのか一つ頷いて、迷宮から少し離れた住宅街のアパートに向かって無言で歩いて行く。


 歩きながらデバイスを操作してニュースを調べると番組中にテロップが流れ、報道番組で詳細は不明のままに速報で流れている。

 外国の情報は特に無い。

 どうやら諸外国でも氾濫は発生していないか、発生が伏せられている様だ。

 良く考えると先ほどの自衛官は他の迷宮で狼が出たのかは答えなかった。

 不明なのか、伏せられているのかは分からないが。

 十分程歩くと僕の住むアパートに到着した。

 ワンKロフトの狭い、殺風景な部屋に二人を招き入れて二人にソファーを勧める。

 クローゼットの中に設置した鍵の掛かるガンロッカーに小太刀を収めて施錠をすると、刃を帯びない身軽さを実感する。

 二人の大きな溜息を聞きながら、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して二人に渡す。

 自分はPCデスクの椅子に腰掛けて押し寄せる疲労感に溜息が漏れる。

 三人とも相当に疲れていたらしい。


 冷えたお茶を口に含みながら、そのなんとも言えない間の抜けた雰囲気に頬が緩む。

「今日は参った……」

 再び零れる溜息と一緒に本心も零れた。

 二人も同意だと言う様に頷いた所で棗が口を開く。

「で、これからどうするかだけど……」

「まず迷宮庁の発表が有るまでは保留で良いと思う」

 迷宮のモンスターの数や性質が分からなければ動き様も無いのだ。

 そうは言ってもシーカーを辞める選択肢が僕達に有るのかは疑問が残る。

「辞めれると思う?」

 綵の核心を突いた言葉に溜息が漏れてしまう。

「正直微妙だとは思う、現段階でシーカーをしている奴は続けざるを得ないかも知れない」

「え? なんでだよ?」

 棗が慌てて声を上げる。

「だって、狼なんてモンスターが出る様に成ってシーカーに成りたがる人なんて居ないもの」

「うん、そうなったら多少優遇してでも僕達に続けさせた方が得策だと判断すると思う」

「選択肢は無いって事か?」

「いや、辞めるなら今の内って事に成ると思う」

「ん? 何でだ?」

 棗が訝しげな声を上げ、綵も探る様に僕の顔を見る。

「今回の()()()()だと思う?」

 ずっと頭の片隅にこびり付いた懸念を口にする。

「最後って! まさか奉は狼の次が有るって言いたいのか?」

 棗の驚いた声に頷いて言葉を続ける。

「兎が狼に成った、次に熊が出る様に成らないなんて誰にも言えないよ? 迷宮が何故発生したのかも、モンスターが何故生まれ続けるのかも分かっていないのに」

 理解の埒外(らちがい)にある迷宮とモンスターに対して僕は楽観視が出来ない。

「迷宮ってなんなのかな?」

 綵が気に成った、いや僕達人類が持つ共通の疑問を口にする。

「分からない、常識が変えられたとしか言えないよ」


 大地が光って迷宮が世界中に出来た。

 これが先ず理解出来ない現象だった。

 そして次から次へと生まれ続ける、殺したら食用肉や毛皮に変化する動物も説明不能だ。

 法則を予測する材料がまず足りていないのが現状だ。

 それでも、楽観視せずに最悪のケースを想定しておく必要が有るだろう。

「次のモンスターが今のモンスターより楽なんて保障も無い。辞めるなら今の内に強引に辞めた方が良いとは思う」

 周囲の圧力で無理矢理命懸けのシーカーを続けるなんて理不尽過ぎる。

 が、次のモンスターが出現した時点で、辞めたいと言っただけでどんな目で見られるか分からない。

 それなら今の内に辞める方が良いだろう。

「優遇か……、なあ奉、国はどの位シーカーに優遇すると思う?」

 極端な優遇措置なんて出来る訳も無いから、若干の免税措置程度だろう。

「多少税金が安くなる程度じゃないかな? 実際の所、自衛隊が対処する事に成ると思うし」

 本格的に国が迷宮の攻略に乗り出すなら自衛隊を増員して、今迷宮に入っている部隊を専任にした方がトータルで犠牲も無理も無いはずだ。

 政府としてはモンスターの狼を大々的に公表し、自衛隊で対処し、予算を増やす事を考えるだろう。

 モンスターを相手取れる戦闘員を諸外国の軍隊と対峙させる意味が無い。

 暫く考え込んでいたが、一つ気に成る点に思い至った。

 世界中で狼が出始めたとして、自国の治安維持に余裕が有る国・無い国が出て来る点だ。

 ニュースで知られている事だが、迷宮は大体二百から三百㎞の間隔で出現しているらしい。

 国土が広い国には当然多く、国によっては無い国も有る。


 そんな各国の情勢で、国境紛争が落ち着いた国々も多いが、元々軍拡を進めていた国々はペースダウンしたとは言え、野心が折れる程では無かった。

 最も都合が悪いのは、兎肉の供給で餓死者が激減した国も多い事だ。

 餓死者が多い国は傾向として独裁者や内戦状態など、問題を抱えた国が多い。

 そんな国でまた兎肉の供給が止まればどうなるだろうか。

 迷宮で武器を扱い慣れた国民が暴徒とかしたら?

 内乱が活発化して収拾がつかない国が出てくるだろう。

 そして、内戦に成れば迷宮の間引きが出来ずに氾濫が起きる。

 銃弾と牙でどれだけの犠牲者が出るか、想像も付かない。

「世界中がまた荒れる……」

 シーカー事情から世界情勢まで思考が先走り、思わず言葉が口から零れる。

「いきなりどうしたよ?」

 棗の呆れた様な声で突っ込まれてしまう。

「ごめんごめん、頭の中が連想ゲームみたいになってた」

 頭を掻きながら苦笑を浮かべて、連想した予測を二人に説明する。


 連想した事柄を一つ一つ説明していくと二人の表情が険しく成って行く。

「で、なんで辞めるなら今の内って成るんだ?」

 僕の説明で納得いかなかった点を聞き返してくる。

「日本の周辺国が領土拡張に強く成った軍人を動員し出したら、自衛隊も防衛に手を取られる様に成る。そうなったらシーカーの確保は死活問題に成るからだよ」

「本当に今なら辞められる?」

 綵が固い声を上げる。

「家業の跡継ぎとか女性には無理は言えないだろうから、二人は大丈夫だと思うよ?」

 神社の跡取り息子の棗や、女性に危険な事を推奨する度胸は政府やメディアも無いだろう。

 つまり、先々に身動きが取れなくなるのは僕だけと言う事だ。

 正直、狼の時点で怖い。

 ましてや今後熊や虎が出る可能性を考えると。

 僕はそこまで肝が据わったタイプでも無い。

 まあ、必ずしも迷宮の状況が悪化し続けるとは限らないが。

 二人が気まずげな雰囲気を醸し出している所で、世界中の情報を集めてみる事にする。

 机の上のPCを起動してシーカー関連の情報を検索して、今は情勢や動向の要素に目を通していく。

 世界中のシーカーのリアルタイムの報告は鼻背デバイスの普及によりかなり進んでいる。

 進んでいるが、情報規制が少なくシーカー活動が活発なアメリカはまだ夜中でモンスター変更の最中に無かった。

 色々と調べてみたが、ネットにはまだ情報としては上がっていなかった。

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