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第五章 第四話

遅くなって申し訳ありません。

牛鬼編もあと少しです。

 一時間、呼吸を整えカロリーと水分を摂取して、無理せずに十全に動けると確信出来るだけの休息を取って動き始める。

 相手がタフで、長期戦に成るとしても自発的にその時間を延ばすつもりも無かった。

 迷宮の入り口で気を揉みながら待っている仲間が居る。

 待たせるのも悪いし、こんな所に長居もしたくない。

 全員の共通認識でも有る。

「さて、じゃ仕切り直して脚を削りに行こうか」

「そうだな、仕事に戻るか。牛鬼の動きにも慣れてきたし、ペース上げて、な」

 緊張感を持つ事と、気負う事は同じじゃない。

 油断せず、気負わず、そのベストなバランスが死線を超える土台だ。

 だからこそ、何でも無い風を装った口調に成る。

 それが分かっているから相手も何でもない事として応じてくる。

 不思議だ。

 シーカーなんて職業は本来無かった。

 当初は誰もが良く分からない空間での駆除業者でしか無かったはずだ。

 それが他国からスカウトされる様な、社会を構成する一部として成立している。

 まあ、それだけ迷宮が人類にとっての脅威だという事でもあるけど。

 そして、ここに集まる五人は日本有数のプロのシーカーと言う事に成る。

 僕等にしか出来ない事で対価を得る。

「鬼を退治してお金を得る、いや文字通り金塊を得る。昔話さながらだね」

「「違いない((そうやね))」」

 僕の言葉に皆が小さく笑い、大部屋へ足を向ける。


 シャン……。

 鍔の鈴が静寂の中に音を溶かし込む。

 何年も使い続けた水晶刀の鈴の音が意識を戦闘へと切り替える。

 大部屋の中央では牛鬼がこちらを、僕を見つめていた。

 牛に酷似した、牛とは別の生物の顔には怒りが乗っている。

 最後まで攻撃を続けていた僕にヘイトは集中しているのが見て取れる。

 好都合だと、口角が上がる。

 深く息を吸って、そして駆け出した。

 全力で牛鬼の目の前に向かって走り込む。

 牛とも、大型の肉食獣とも違う唸り声を上げた。

 走って自分に向かってくる僕を見て、牛鬼は噛み付く為に頭を持ち上げる。

 一口で僕の頭を喰い千切ろうと口腔を開いた所で真横に飛び退き、そのまま牛鬼の真横に回る。

 全力で向かってくる僕に隠れて、見酒さんと現原さんが走り込んで、薙刀で牽制を再開する。

 目標を見失い、新たに目の前に現れた二人に戸惑ったのか、牛鬼の動きが一瞬止まる。

 その好機を見逃す事も無く、二本目の脚に斬り付ける。

 刃を走らせる瞬間、違和感を覚える。

 黒い……。

 水晶刀の透き通った刀身が黒い皮膚に食い込んだ瞬間に違和感の正体を悟る。

 無い。

「なんだ? 傷が塞がってるぞ!?」

 羽生の驚愕の声が感じた違和感の元。

 何度も切り付けた傷が無いのだ。

 この短時間で傷が塞がり、完全に癒えている。

 流石に斬り落とした脚は生えてはいないが、途中まで削ったダメージが帳消しに成っていた。

 腹と胸に、そして背中に圧し掛かる様に徒労感が広がる。

 奥歯を噛み締めて、沸き上がる徒労感を無理矢理に飲み込む。

 動揺してはいけない。

 それは容易に自分達を殺す牙に化ける。

「脚が生えてくる訳じゃない! 削り切って斬り落とせば良いだけ!」

 そう叫んで目の前にそびえる爪脚を睨みつけて斬り掛かる。

 やるべき事に違いは無い。

 斬って斬って斬り続けて、そして斬り落とせば良い。

 斬れば血を吹き、肉が裂け、骨は砕ける。

 斬れば殺せる鬼に今更怯む道理も無い。

 迷宮が発生してからと言うもの、常にそうしてきたのだ。

 すべき事、やれる事、成したい事に変化は無い。

 僕自身が、僕等が天敵たれば良い。

 モンスターのではない、迷宮の天敵に。

 意識を集中させて繰り返し刃を走らせる。


 集中力が極まったのだろう。

 先程から妙に全てが遅く感じられる。

 牛鬼の動きも、自分の動きも、そして水晶刀の走りすらも。

 刀とは太刀筋で斬るものだと教わった。

 刃を走らせる事で常に刃が食い込むから断ち切れるのだと。

 それはきっと概ね正解だと思う。

 ただ、少しだけ違う気がする。

 刃を走らせるとは言っても、刃が斬り続けるのは点の連続故だ。

 つまり、点で断ち、連続で絶つ。

 斬撃の極意、かも知れない何かを得た気がした。

 そして、ゴトリと爪脚が倒れる様にして落ちる。


 続けて前脚に斬り掛かろうかと考えたが、どうせ途中で斬り上げれば帳消しに成ってしまうと思い至る。

「落とした! そっちは!?」

「あと少し!」

「二人とも! まだ行ける?」

「はい、何とか!」

「まだ大丈夫!」

 羽生の脚の処理も程なく終わるらしいし、牽制役の二人もまだ大丈夫そうだ。

 とは言え、何もしない訳にもいかない。

 痛みで的を散らす為に、攻撃の手を緩める事は出来ない。

 脚と脚の間、胴体部分に斬り付けて、多少のダメージを与えていく。


 羽生が声を上げる。

「良し! 落とした!」

 その声が耳に届くと、ここで攻撃のパターンを変えるべきと判断する。

「退避!」

 そう声を上げて、牛鬼の腹に突き立ったままの脇差に視線を移す。

 左手で柄に飛びつき、一度抉ると牛鬼が絶叫を上げる。

 激しく体をくねらせ痛みに反応するが、そんな事は御構い無しに生えたままの脇差を尻の方向へと体ごと走らせた。

 腹を開かれ、臓腑を割られた牛鬼は堪った物では無いだろう。

 体を激しく捩らせてのたうち回る。

 何とも言えない悪臭と湯気を内蔵と共に溢れさせた牛鬼が僕の方に向き直ろうと残った二本の脚と胴体を引き摺った。

 脚を捥がれて機動力の落ちたその動きに付き合ってやる理由も無い。

 そのまま後方へと回り、そして反対側の胴体に脇差を突き立てて、全力で逃げる。

 嫌がらせの様な行動だと自分でも思う。

 だが、モンスターの嫌がる事が僕達の勝機なのだから仕方が無い。

 何よりも、正々堂々と戦う理由が無い。

 僕達がしている事は鬼退治・駆除であって、おとぎ話でも英雄譚でも無いのだから。

 すり抜けざま、怒りで顔を歪めた牛鬼の顔を脇差で撫でて通路へと脱出する。


「はあはあ……、きつい……」

「当たり前だ! 殿しんがりだけでもきついのに、余計な置き土産までしてたら命がいくつあっても足りないぞ!」

 地面にへたり込んで零れた言葉に羽生の声が重なる。

「ほんまに。無茶ばっかりするんやもん」

「祟目さん、なんでそないに無理ばっかりするん?」

 三方向からの苦言に眉が下がる。

「無茶も無理もしてはいないよ?」

「無理、無茶、無謀、無軌道の四拍子がお前だろう? 奉」

 随分と酷い言われようだ。

 ただ、無軌道に関しては身に覚えが有る。

 有り過ぎる程有る。

 常識を覆した迷宮に常識で立ち向かう事の馬鹿らしさを痛感してからは、思い付き効果的だと思えるものは試してきた。

 概念武器も、バイクやバギーも、だ。

 そして、どれだけ効果的でも奇異の目で見られる事も承知している。

「無理もしていないし無茶もしていない、無謀な事は……まあ有ったかな」

 変遷前の巨大幽体の時には体力の限界まで戦闘を継続して、直後身動きが取れなくなったことが多々あったのを思い出して苦笑する。

 それを言ったら、民間人が迷宮を総なめにする事が最大の無謀な気もしないでも無いが。

「お前からそれを取ったら何も残らないからな」

 羽生の言葉に完全同意なのか皆笑った。

 余裕が有って何よりだ。

 牛鬼の脚も四本落とした。

 先が見えてきた、という事だろう。

「僕の事よりも、この後だ。どうするか……」

「そうだな、見た所機動力もほぼ無いと言って良い所まで追い詰めた訳だし」

「このまま囲んで死ぬまで刻む、か?」

 問題は、どうやって殺すかだ。

 どこに重要臓器が有るかが分からない体躯で、明らかな弱点の首は前脚に阻まれている。

 最適解など分かる筈が無い。

 それでも、無駄を削って最短で駆除すべきでは有る。

「陣形を変えよう。見酒さんと現原さんは左右から腹を、羽生と厦海さんも左右から脚を削りながら隙が有れば突きで心臓を狙う。僕が正面から切り刻む、でどうかな?」

 提案すると全員が深い溜息を吐いた。

「だからお前は……。なんで一番厄介な所を引き受けたがるんだ?」

「牛鬼は僕に怒りを向けてるから、注意を引くのに適任だと思うけど?」

 二度の殿で相当にヘイトは溜めたと思う。

 これならあの牙がメンバーに向く事も無いだろう。

 ましてや正面に怨敵が陣取ったなら余計に。


 小一時間の休憩を取り、最終局面へと突入した。

 拭った脇差は鞘に納め、水晶刀・太刀を構えて挑む。

 意識を集中させ、先程指先に触れた感覚を呼び戻す。

 脳をクロックアップさせる。

 所謂、ゾーンとかコマ送りと言うヤツだ。

 全てが緩やかに流れていく。

 同時に自分の呼吸音と鼓動の音が煩い。

 一刀一刀で微かに精度を増していくのが分かる。

 一閃、牛鬼の鼻を落とす。

 一閃、牛鬼の下顎を飛ばす。

 一閃、牛鬼の瞼ごと眼球を割る。

 視線を移す余裕は無いが、四人も刃を走らせているだろう。

 顎を破壊された牛鬼はその鋭い角を僕に何度も突き付けた。

 ギャリッと音を立てて現代具足の装甲が削られる。

 躱し損ねれば胸に穴が開く。

 至近距離からの猛攻を必死に回避して、刀を振るう。

 痛みの度に牛鬼が首を悶えて捩る。

 そんなものは御構い無しに刀を振るい続ける。

 立ち位置を微妙に変えて、何度斬り付けたか分からない程に攻撃を重ねた。

 両の目が塞がった牛鬼の抵抗も徐々に弱まってきた。

 一瞬動きが停まったと認識した時には体が動いていた。

「ふっ!」

 手首を絞り、頭上に掲げた太刀を体重と体に掛かる引力に沿って真下に振り下ろす。

 刃のコンマ何ミリの点が斬り、次の点が斬り、また次の点が斬る。

 斬り、裂け、開く。

 刃が顎の下を通過した所で顔に線が生じ、割れた。

 頭蓋が完全に断たれた牛鬼は声も無く、真下に崩れ落ちた。

 潰れた牛鬼を確認した所で後ろに飛び退いて構え直す。

 通常の生物ならば即死だろう傷も、鬼ならば分からない。

 故に油断なく残心。

 大部屋には沈黙が広がった。

 数分の間を置いて、牛鬼は消滅して金塊だけが残った。


「終わ……った……」

 荒い呼吸の中、途切れ途切れの言葉が零れる。

 巨躯が当然消失すると、圧に耐えていた分一気に踏ん張りを失うらしい。

 僕達はその場に崩れる様にして尻餅をついた。


遂に牛鬼を討伐に成功しました。

鬼退治も東京を残すだけと成りました。

次の鬼にも力を入れますので、お付き合い頂けると幸いです。

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