第五章 第三話
京都迷宮の後、沖縄迷宮、北海道迷宮、宮城迷宮、山口迷宮と立て続けに鎮静化に成功し、残す所二ヵ所。
先の四つの最深部で大鬼が続いた。
それぞれ特徴は有ったが、総じて大きな体躯と隆起した筋肉の正しく大鬼と言ったものだった。
もしかしたらあれ等は悪路王とか大獄丸とか温羅と呼ばれた、鬼の大将格だったのかも知れない。
皮膚が固く、筋肉も硬く、骨は堅かった。
茨木童子を討伐した後、泉で全員の概念武器を浸した効果なのか、鋭さや強靭さが増したお陰で対抗出来た様に思う。
アレが無ければ鎮静化は出来なかったと確信もしている。
それ程、どのボスも手強かった。
ギリギリの攻防を繰り返し、何度も鬼の金棒が掠めた。
紙一重のタイミングを繰り返してようやく討伐に成功した。
京都迷宮以降は帳さんも迷宮の入り口付近で待機してくれたのも心強かった。
全員がバギーから自力で降りてくるのを確認して浮かべた満面の笑みをよく覚えている。
役割分担は有るけど、彼女も同じチームなのだと思うと面頬で隠れた頬が緩んだ。
彼女は僕達が迷宮に入った時から出て来るまで、ずっとその場で身じろぎ一つせずに待機していた、と一人の自衛官から後に聞かされた。
背中に手が触れている様な気がした。
それから、防具の損耗の激しさから、全員の防具を一新。
内部の銀板をチタンに置き換えた事で、重量もかなり軽量化出来た。
最も、専門ではない元原さんの工房では加工が出来ず、外注に出す羽目になったけれど。
防具が無いのはこの先危険だと言う事に成り、厦海さんもチタンベースの当世大鎧を作った。
御前隊の当世大鎧も同じく強化。
概念武器は泉で毎回強化していたし、回を重ねる毎に鬼退治は楽に成っていった。
「妨害も無く、最深部到着っと」
ここまでどこからも妨害される事も無く順調だった事に安堵する。
日本の成功が生理的に受け付けない特定の国からの妨害を警戒していたが。
「さて、作戦の最終確認をしよう」
羽生の一言に全員が頷いて円陣を組む。
「動画で確認した通り、ボスは牛の頭に蜘蛛の体をした化け物。通称牛鬼、推定でも五mは有るね。動き方が予想出来ないから最初は遠巻きに囲んで観察。形状から心臓を含む臓器の場所が不明。糸を出すかも不明、あの巨体から糸を出すとしたら相当に頑丈な糸だろうと思うから、尻側には絶対に立たない事。伝承では毒を吐く、人間を喰うと有るから正面に長居するのも禁止。ここまでは良い?」
「ああ(はい)」
全員が最終確認をしたのを確認して頷いた。
「予定通り、見酒さんと現原さんが正面から牽制、僕と羽生、厦海さんで左右から脚を順々に斬り落としていく。長期戦に成っても問題無いから、異変が有ったら声を掛け合って即座にここに退避する事。……それじゃ、行こうか」
毒攻撃と言う物がどんな物か分からない関係上、間合いの広い二人に正面を任せる事に成った。
六本の脚を斬り落としてしまえば脅威度は一気に下がる事から、今回は僕達が削る役割を行う事にした。
大部屋の手前で武器を手に深呼吸を行い、全員の呼吸が揃った所で走り出す。
ボスの通称牛鬼は、大部屋の中央で寛いでいるのか警戒態勢だったのかは不明だか、じっと動かずに居る。
全速力で走り込んですれ違いざまに水晶刀・太刀を薙ぐ。
前脚と言うのか、ソレに遮られて牛顔には刃は届かなかった。
遠目の動画では分からなかった事がいくつか判明した。
まず、そのシルエットは蜘蛛のそれだが外皮は牛のそれで、形容し難い生き物だった。
またその脚も関節から先は巨大な牛の角だった。
いや、サイズ的にはアフリカ象の象牙の方が近い。
何よりも先端が鋭く、その巨体から振り下ろされれば人間の体など簡単に貫通してしまいそうだ。
ボスは、いや全てのモンスターは油断出来ない存在だが、このボスは特に相手にするのが難しいと感じた。
それでも死角も多そうなだけましかも知れないが。
僕達はまず牛鬼の機動力を奪う事に専念する。
ギャリッ!
象牙質の爪に防がれて攻撃が不発に終わる。
強化が進んだ水晶刀でも多少の傷をつけるのが精一杯となると、相当に硬いと言う事に成る。
何よりもこちらの攻撃に反応して爪で防いでくるのが予想外だった。
蜘蛛の様に複数の眼球が有る訳でも無いのに、恐ろしく視野が広く反応が早い。
やはり一筋縄にはいかないらしい。
それでも、長時間二人を正面に居させる訳にはいかないと、立ち位置を調節して後ろ足から攻略していく事にする。
分厚い皮と硬い筋肉と強固な骨に手を焼きながら、五回十回と刃を走らせ続ける。
斬り下ろしと斬り上げを繰り返して傷を広げていく。
二桁を超えた所で漸く後ろ足の一本を関節から斬り落とす事に成功する。
「まず一本!」
「早いな! こっちもそろそろ行けそうだ!」
斬り落とした所で士気を上げる為、そして勢いを付ける為に大声で宣言すると羽生が呼応する。
正面の二人の掛け声にも鋭さが増した。
正解など分からないが、それでも着実にダメージを蓄積させていけば良い。
そう腹を括って二本目に取り掛かる。
視界の端では御前隊の二人も交互に進退を繰り返して牽制と言うには激しい攻撃を続けている。
取り囲む刃が煌めく度に牛とは異なる、肉食獣染みた唸り声をあげる。
その声には余裕や油断は全く無い。
僕達がそれだけ果敢に攻めている事を意味しているし、同時にお互いに死闘を演じている事を現わしている。
続いて厦海さんが反対側の脚を斬り落とすのに成功する。
徐々に牛鬼の動きが鈍くなってきた。
タフネスさには陰りは見えないが、脚が減って動きにくさが顕在化してきている。
「二人とも! まだ行けるかい!?」
極限の緊張を強いられている筈の二人に声を掛けた。
「そろそろ休みたいし、顔がえらい怖い!」
「ほんまにソレ!」
結構余裕そうに聞こえるが、戦闘を開始してから十分を超えている。
そろそろ一息入れた方が良いかも知れない。
そんな事を考えながら二本目の脚の傷の深さを観察する。
骨には達しているが、まだ斬り落とすには数を重ねる必要が有るのが分かる。
区切りは悪いが、一端仕切り直す事にして声を上げる。
「一息入れよう! 殿は僕!」
そう叫ぶと視界の端の二人が踵を返し、通路に向かって走っていくのが見える。
僕は残りの二人に注意が向かない様に脚に繰り返し刃を走らせる。
走る音が増えたのを耳で確認し、牛鬼がこちらを向こうと脚をバタつかせた所で、閃いたアイデアを実行する。
腰に差した水晶刀・脇差を置き土産にする。
逆手に握った透明度の高い刀身をがら空きの腹に叩き込む。
今までと違う痛みに驚いたのか、牛鬼は壮絶な絶叫を上げて身を捩った。
ここが離脱の機会と、水晶刀を牛鬼の顔の高さに横向きに構えて通路まで全力で走り出す。
牛鬼の怒り狂った形相に刀身を滑らせると一瞬怯み、難なく通路に脱出を成功させる。
安全圏の通路に飛び込むと、自分が千切れ乱れた呼吸をしている事に初めて気が付いた。
改めて、牛鬼相手の戦闘に緊張を強いられていたのだと思い知る。
籠手の中の掌も、汗でベタベタしているのを認識して顔を顰めた。
「なあ、奉。お前何してきたんだよ?」
「ああ、お土産に脇差を立ててきた」
そう明るく言い切ると一瞬考える顔をしてから声が上がる。
「ああ、脇差を叩き込んで、刺さったままにしてるって事か」
「具体的に言うと、そうなるね」
表現を偏らせると途端に血生臭い言葉の羅列に成る。
苦笑を浮かべて肯定すると羽生が続けて口を開いた。
「なあ、いつも疑問に思ってるんだけどな? お前のそのえげつない思い付きとか諸々、どこから来るんだよ?」
彼が言っているのは概念武器の検証から純度百%の人工水晶で刃物を造る。
それも日本刀型で幽体に効果的な要素を盛り込んだ事や迷宮にバイクやバギーを持ち込んだ事を指しているのだろう。
「……使えるアイデア、使えない思い付きなんて幾らでも湧いてくるさ。本当に効果的だった物の方が少ない。ただ、……死に物狂いに、生き汚く足搔くって生き残る絶対条件だと思うんだよね」
周囲からどう見られているかは分からないが、僕自身はいつだって死に物狂いだ。
頭をフルに酷使して少しでも有利に事を運べる様に立ち回っているだけだ。
常識を覆した迷宮と言う新要素を常識の範疇で対抗するだけ無駄だ。
それなら非常識と笑われてでも、盤をひっくり返す事だってすべきだと思っている。
そんな事を続けている内に、周囲からは悪評が付く様に成った訳だが。
「取り敢えず、休憩して万全にリトライしよう」
兜を脱いで、努めて明るく皆に提案をする。




