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第五章 第一話

 珈琲を含みながら昨日の事を思い出していた。

 京都迷宮の休眠化を成功させ、国会に公述人こうじゅつにんとして招致された。

 日本国内の迷宮の危険性や、フランスでの対策等を含めて色々と意見をしてきた。

 筋違いな非難もされたが、憤りを抑えて否定もした。

 与党の圧力で自衛隊が動けずに居た事実にも言及した。

 これで余計な真似はし難くなったはずだし、足を引っ張られる事は無くなったと思いたい。

 とは言え、だ。

 絳峯二等陸佐(渡仏中に昇進していたらしい)から聞かされたのだが、通常の鬼ならば銃弾が効いたが、ボスには通用せずに撤退を余儀なくされたのは驚きだった。

 正直に言えば、大部屋に入る事無く遠距離から対物ライフルで仕留められると思っていたからだ。

 そうなると僕達以外にボスに対抗出来る人間は居ないと言う事に成る。

 そして各地のボスの情報も貰った。

 大半が、日本人がイメージする鬼の大将と言った大型で凶暴な鬼で、例外は二例だけだった。

 その一例は茨木童子で、残りの一例は牛鬼だった。

 頭部が牛、胴体は巨大な蜘蛛と言う鬼なのか妖怪なのか判断に迷う物だった。


 そして、気になる事がもう一つ。

「茨木童子に止めを刺した脇差がなんで心臓にまでさせたのか……」

 そう、水晶刀や三鈷剣でも深手を負わせる事が出来なかったのに、脇差が深々と刺さり、心の臓を貫いたのかが分からない。

 刀箪笥から脇差を出して、改めて見てみる。

 脇差にしては帽子が小さい。

 所謂、小切先こきっさきと言われる作りになっている。

 基本的に、脇差や鎧通しは組討後の止めを刺す為に、切っ先が鋭く造られているはずだ。

「ん? これ脇差に仕立て直されてる? いや、まさかね……」

 一瞬、飛躍し過ぎた事を連想したが、そうそう都合良くは無いだろう。

 反りの浅さから太刀を脇差に仕立て直した事は確かでは有るが。

 そんな事を考えている時に電話が鳴った。


 鼻背デバイスが表示したのは親友の棗からだった。

「もしもし?」

「おう、奉。今大丈夫か?」

「うん、問題無いよ」

 話ながら、脇差を刀箪笥に納めて鍵を掛ける。

 帰国直後に改めて祈祷とお祓いをして貰って以来だから一月以上経っていた。

 何か有れば必ずと言って良いほど声を掛けてくる親友に表情が綻ぶ。

「国会、お疲れ様。しかし、お前は物怖じしないと言うか、あんな所でも堂々としてるな」

 半ば呆れた様な声で言われて苦笑する。

「まあ、迷宮に入ると大抵の場所とか状況は怖く無いしね。それに向こうでは政府主催のパーティーにも招待されてたし」

「ああ、大統領と議員じゃそんな物か」

「だね。そもそも、ようやく不満を口に出来る最初で最後の機会だったからね」

 そう言うと棗は大きく笑った。

 第二次変遷を終息させた後の窮状を知る棗は大いに同意してくれた。

 “シーカーは犯罪者予備軍”と念入りに苛め抜かれたのだ。

 この位の反撃は正当な権利だと思っている。

 確かに、迷宮での稼ぎで貯蓄は有ったが、仕事が無いと言うのは精神的にもキツイものだ。

 それが謂れのない偏見なら余計に。

 国会で「犯罪者予備軍と呼ばれた私はフランス大使に請われて渡仏しましたが」と強調した時の与党政治家の苦々しい顔と、野党議員の気まずそうな顔をよく覚えている。

 これで国内の元シーカーの立場も少しはましに成るだろう。

 成って欲しいと心から思う。

「それで? 今日はどうしたの?」

「ああ、次の迷宮に行く前に、また集まって食事でもどうかと思ってな。妻も喜ぶし、な」

「うん、そうだね。他のメンバーの都合も有るから、しばらくは動けないし」

「空いてるなら次の週末に家に顔出せよ。持て成す」

「分かった。お邪魔させてもらうよ」

 親友の“顔を見せて周りを安心させろ”の意を受け取って応じた。

「それで、次の迷宮はどこに行くんだ?」

「正直どこでも良いんだけど、沖縄を考えてる」

「いきなり端だな」

「色々とごたごたする土地だから、先に片を付けてしまいたいんだ」

 そう、前回は妨害が入った事も有って、後半に回すのは危険だと判断した。

 同時に在日米軍の家族が居る。

 迷宮はその国の政府が対応するのは当然だが、米軍関係者からすると自国では無い為に生じる不安を感じさせる。

 それはトモダチ作戦を覚えている自分としても見過ごせない問題だ。

 それらを加味して次は沖縄を、と提案の連絡はしてあった。

 御前隊の二人や、同棲を始めたばかりの羽生等には些か申し訳無かったけど。

 厦海さんは奈良の修行場に居るが、予定が決まり次第合流する事に成っている。

 僕は僕で、契約したままにしていた部屋の掃除に忙しい。

 時折妹が掃除と空気の入れ替えに来てはくれてたらしいけど。

「妹さんも誘うと良い。お前の帰国祝いも出来てないし、京都迷宮攻略の祝勝会も兼ねて、な」

 その後は細々とした世間話を軽くして電話を切った。


「ふぅ~」

 溜息を漏らしながらソファーに深く身を預ける。

 棗からの電話に色々な意味で安堵して、ここ数日の状況変化も一段落だと感じる。

 勿論、油断は出来ない。

 迷宮のボス、大鬼はどれも危険だし困難な相手だ。

 そして、僕達は日本の台頭を快く思わない陣営からすると邪魔者でしかない。

 今後も妨害は確実にあるだろう。

 メディアも本質的には味方では無い。

 “敵だと表明出来ない敵”だと思って警戒する必要がある。

 困った事に、敵が多過ぎる。

 その分身内は強力な味方で有るのが救いだ。

 変遷前までは動ける事も無かったが、僕が日本に居なかった時期に綵や薺は色々と動いてくれていたらしい。

 身内の身贔屓も有るが、薺も美人だしシーカー用の防具のPVは良い出来で、動画サイトでもそれなりの再生数を稼いでいた。

 ただ、状況は変わってしまった。

 通常の鬼ならば武器さえ選べば一般のシーカーでも駆除は可能だ。

 そこに自衛隊が加わる事に成った。

 つまり、シーカーの必要性が下がる。

 この先は綵や薺の助力は及ばなくなる。

 国内の迷宮に止めを刺すのは僕達にしか出来ないのだと、改めて認識する。

 なんだろう?

 迷宮をどうにか出来る筋道を掴んだ。

 その光明を見出した。

 なのに、この追い詰められている様な感覚は?

「そっか、僕達にしか出来ないって事は、負けられないって事なんだな……」

 いや、事僕達が倒れどうにも成らなくなったら、オリジナルを使用すれば良いだけだ。

 天下五剣を自衛官の中で最も屈強で腕の立つ人間に持たせれば良い。

 ただ、それは本当の意味で最後の手段だ。

 国宝どころか御物まで投入する決断を政治家が出来るとは思えない。

 そう言う意味でも、形振り構ってられない最後の手段だろう。

「誰の故郷も奪わせない、それだけだ……」

 いつもの口癖は張り詰めた空気に溶けていく。


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