第四章 第四話
週末、治療所で診察を受けてから羽生と連れ立って迷宮に籠る。
先週はほとんど活動出来ていなかった事も有って、今日明日で出来る限りの間引きと調査をする事に成っている。
「奉、このマップデータはどうしたんだ?」
「ああ、それは絳峰三等陸佐から貰った」
水晶散弾の試作品が出来て、その使用感の報告を受けた時に地図をコピーして貰ったのだ。
迷宮は国の所有物では無く、一番奥に何かある訳でも無い事から機密には入らなかったのが幸いした。
シーカーが頑張れば手に入るデータでもあるのも大きかった。
「奉は結構仲良いのか?」
「仲が良いと言うか、目を掛けて貰ってるって感じかな?」
まあ、迷宮に関してだけは最大の協力者だと自分でも思うし、持ちつ持たれつなのだろう。
僕自身も極力自衛隊の内部の事は聞かない様にしているし、適切な距離だと思う。
「本当に奥まで行くつもりか?」
「まあ、一度は調べなきゃでしょ」
リュックには三日分の携行食を詰めて、拵えが完成した水晶刀を全て持ち込んでいる。
羽生が持つ水晶刀・太刀と水晶刀・打ち刀二本、僕の主武装の水晶刀・小太刀二本、水晶刀・脇差が四本。
重武装では有るが、これは耐久度を上げる為に持ち込んでいるだけなのだが。
そして一番重たいのは水だった。
最深部までの道程と距離を考えるとそれなりに時間がかかる為、羽生と打ち合わせてコンビニで携行食と水を買い込んだ。
ストレッチをして、心体のタイミングを合わせた。
緊張感と心拍数、全身の筋肉、呼吸、そして覚悟。
考えうる全てを戦闘の為に整える。
右手も握力は完全に復調しているし、今回は油断も無い。
これならかなりの数の間引きが出来る、そんな確信が有った。
じゃりじゃりと靴底で岩肌を踏み鳴らして進んでいく。
「ふっ」
一呼吸で四閃。
手首と肘の返しで幽体を駆逐する。
「はっ! はっ! はっ!」
十突き、幽体の間合いの外からの諸手突きで駆除。
羽生と交互に幽体との遭遇戦をこなしていく。
ニホンオオカミの時とは違い、出現頻度は極端に少ない。
未踏破区域だと時折複数と遭遇する事も有るが、それでも二体がせいぜいだ。
「なあ、なんで幽体って数が少ないんだ?」
羽生は釈然としない物を感じているのだろう。
モンスターとしての幽体の出現頻度に言及した。
「さあ? 少なくともニホンオオカミより少ないのは確かだね。まあ、ニホンオオカミも兎に比べると少なかったと思うけど」
数えた訳でも、統計データが有る訳でも無いが体感として確かに少ない。
「少ない分、脅威の度合いは跳ね上がってるけどね」
「確かに狼の頃には、怪我人は出ても死人は出なかったしな……」
シーカー用のプロテクターがかなり早い段階で一新されて、ニホンオオカミの頃は酷い被害は出ていなかったと記憶している。
僕自身、ニホンオオカミを間引いてる時期に怪我をした事は無い。
「迷宮もモンスターも分からない事ばかりだから推測推論でしか無いけど。モンスターは本質的には一匹が単位じゃない可能性は有るね」
「ん? どういう事だ?」
「つまり、人類に対する脅威の総数総量では同じだけど、変遷の度に凝縮されてるんじゃないか? って話」
伝わらなかった様で羽生は首を傾げている。
「適当な数字は分からないからイメージとしてね? 百兎=五十狼、五十狼=十幽体、って感じにモンスターの脅威度が濃縮されてる可能性」
「あ~、何となく言いたい事は分かった気がする。だから終わらないって言いたい訳だ」
羽生の言葉に頷く。
確証は無い。
ただの憶測だ。
でも、確信が有る。
地球は僕達人類を滅ぼそうとしている。
多分、意志や意識とは違う、無自覚無思考で当たり前の反応として。
故に傾向が読めないし、各国で難易度が違うのだとも思う。
「僕達の敵はガイア其の物だと思って争おう」
そう言い切ると次の幽体、最深部に向けて足を踏み出す。
「迷宮、結構深いな」
ヘルメットを脱いで寛ぎながら羽生が呟いた。
マップデータが正確ならばあと少しで一番奥と言う所で今までと大きく様相の違う、不自然なまでの直線の通路に出た。
道の真ん中に立つと距離感が狂いそうな位だ。
「ちょっと休むか」
時計を見ると午後十時を過ぎている。
流石に移動疲れと、短い時間ではあるか一日中戦闘をしていた疲労は有る。
そして、現在地の不気味さに疲れが表面化したらしい。
「そうだね、交代で仮眠取ろうか」
時折現れる幽体を駆除しながら三時間交代で休息を取る。
ミネラル・ウォーターを飲みながらパサパサのエネルギー・バーを齧る。
「ここまではデータと齟齬は無し。変遷はモンスターの変化だけで迷宮その物は変わらないのか」
周囲を警戒しながら独り言を呟いた。
話し相手が居ないと気鬱になる。
特にこんな閉塞感の有る迷宮内部では。
三度の幽体出現と駆除。
そろそろ羽生を起こす時間だ。
「羽生、起きて。さっさと調査を終わらせよう」
正直に言えば迷宮に籠り続けるのは怖い。
人間が居るべき場所ではない、そう感じる。
牙が立ち並ぶ、巨大な咥内に居る様な気分に成るのだ。
「ああ、今起きる……」
半覚醒だったらしい羽生は意外とあっさり目を覚ました。
三時間置きの交代はベストなサイクルだったのかも知れない。
陰鬱で居心地の悪さを振り払う様に首を振って立ち上がり、迷宮の一番奥を目指して二人そろって歩いていく。
そこは今までと様相の違う空間だった。
広い、兎に角広い。
迷宮は通路と小部屋の組み合わせだと思っていたが、ここは違った。
高い天井、左右にも奥行きもかなり広い。
そして、その広い空間の真ん中にヤツは居た。
半透明の幽体、その幽体が複数混じり合った様な、僕の倍は有る背丈の巨大な幽体が。
全体に薄っすらとしか確認出来ない大量の顔が有る。
枯れ枝の様な十を超える細腕。
異形だった。
幽体が幽霊のイメージに似通っているとして、この異形はなんなのか?
溶け合い、絡み合い、混じり合った様な、そんな歪なモンスター。
「あれは……」
「ここに来て見た事も無いモンスターが出るのかよ……」
僕と羽生は戦慄を覚えてソレを凝視する。
まるで迷宮の主の様な、悍ましく凶悪なソレは僕等に気が付いたのか、ジワジワと近寄ってきた。
気持ちが悪い。
なんだ? あれは。
怖い。
何が怖いのか分からない位怖い。
全身に鳥肌が、脂汗が滲む。
体が小刻みに震え、でも足が動かない。
ゆっくりと移動するソレから視線を外せない。
向こうは向こうで、僕達を観察する様に間合いを取って横滑りしていく。
ふよふよと風に煽られた煙の様な移動で僕達の隣にまで到達した。
「羽生っ!」
慌てて声を上げてソレから距離を取る。
思わず真横に飛び退いて、そして逃げ道を塞がれてしまった。
失敗した。
失態だ。
恐れ、怯え退路を自分から放棄してしまった。
もう選択肢は一つしか残っていないのだと思い知らされた。
「ごめん、取り乱して最悪な方向に逃げちゃった……」
「ああ、俺も、だ。どうする?」
広間の真ん中まで誘導して逃げるのが一番確実だと思う。
ただ、逃げ切れるか? と考えると微妙だった。
地上までの十数キロ。
ソレから逃げ続けて走る?
不可能だ。
何よりも、この巨大な幽体から逃げ惑う人々が幻視えた。
幻視えてしまった。
頭の中が沸騰しそうだ。
心臓が発火した様に激しく脈打つ。
「ソレは僕達の敵だよ。殺ろう」
言葉にした瞬間に震えが止まる。
全身が臨戦態勢に成る。
「祟目、お前……」
この瞬間にハッキリと認識する。
僕は反抗者だと。
モグラの様に迷宮の潜って小さな爪で這い回る『ガイアの敵』だと。
シャンッ……。
手の中の水晶刀を鳴らして咆哮を上げる。
「うおぉー!!」
明らかな強敵。
言い訳のしようのない人類の敵。
迷宮の最深部に巣食う強大なソレ。
ここからは生存競争だと、争って勝ち残る為の誓い。
地面を蹴って間合いに入り、その細く不気味な腕を斬り付けた。
僕に出せる最速の切り払いで。




