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第四章 第三話

 週末、新たに拵えが完成した小太刀と太刀を受け取ってから羽生と合流して、それから東京迷宮に降り立った。

「悪いな、水晶刀借りてしまって」

「いや、構わないよ。数珠丸写しが打ち上がるまでの間だしね」

 羽生には拵えが完成した水晶刀・太刀、童子切安綱写しを貸す事に。

 数珠丸と作風や反りは違うが、下手に小太刀や打ち刀を持たせるより太刀に慣れさせた方が良いと判断した。

 小太刀なら左右に持てるが、太刀と小太刀で二刀流は僕には無理だと判断したのも有る。

「注意点としてはまだ鍛えてないから振ったら折れるかもしれない、突きで使ってほしい」

「ああ、この長さの水晶の板を振り回したら根元から折れそうだもんな」

 羽生の言葉に頷いた。

 鉄ほどの粘りは無いから、耐えられない過重は避けたい。

 当面は太刀の間合いを身に着けてもらう事に重点を置いてコンビで活動する事にしたのだ。

 数日前、保管していた迷宮鋼を羽生に渡し、羽生はとある刀匠の下に赴いて作刀を依頼してきたらしい。

 現在、分かっている範囲で迷宮の事を説明し、拝み倒して依頼を受けて貰えたらしい。

 今頃、刀匠も試行錯誤しながら数珠丸写しを鍛えてくれているだろう。

 完成までの間、僕達は僕達の出来る事を全力で行う、そう決めた。

 羽生は太刀を打つ事を提案した直後に剣術道場に通い始めたらしい。

 彼は彼でフットワークの軽さを全力で発揮していると思う。

 僕も負けてはいられない、そう強く思った。


 防具を身に付けて、準備が完了した所で頷き合い、そして迷宮の中に進む。

 光源の無い迷宮内部で、暗視装置が起動し視界が確保される。

 羽生が水晶刀・太刀を、僕が水晶刀・小太刀を左右に握り靴を鳴らしながら進んでいく。

 あまりシーカーが入っていないらしく、入ってすぐに幽体と遭遇した。

 事前に打ち合わせていた通りに僕は飛び出して攻撃に移る。


 鋭く息を吐いて踏み込み、右手の小太刀で袈裟斬り・切り上げ、左手で突きを放ち引くと同時に右手の小太刀で斬り伏せる。後ろに一歩飛び退いて幽体の様子を観察する。


 四手、斬り付けた所で幽体の輪郭がぼやけて消えた。

 先週と同じ、四手で駆除が出来た事に満足して頷いて落ちた金粒を拾いケースにしまう。

「水晶刀か……、これで少しは光明が見えて来たんじゃないか?」

「どうだろう? 僕等二人で好転するとは思えないし、他の六ヶ所はフォローも出来ない訳だし……」

「そうだな……」

 お互いに歯切れの悪いやり取りで終わってしまう。

 奥に進んでいくと次の幽体と遭遇した。

「今度はこっちの水晶刀・太刀だな」


 そう言って羽生は水晶刀を構える。

 斜め後ろから見ていると背筋が伸び、全身が締まった様な印象を受ける。

 構えからは流派は判らなかったが、習いたてにしては良い具合だと思う。

「前にも言ったけど、突きだけで」

「分かってる……ハッ!」


 羽生は正眼から真っ直ぐに突きを放ち、切っ先を引きながら後ろに下がる。切っ先は幽体の胸元辺りを貫き、抜ける。幽体が腕を振るうが間合いは太刀の方が有る為に安全に躱す。二度三度と“突いては離れる”を繰り返す内に、突きを放ったら真後ろにそのまま飛び退く動きで動作を簡略化し始める。繰り返し太刀で刺し貫かれた幽体は、十手で動きを止め消滅した。


「十手、か」

「……なんだか拍子抜けだな、今までの苦労が何だったんだか」

 羽生のボヤキに苦笑するがこれで間引きのペースは上げられる確信が持てた。

 絳峰三等陸佐とのやり取りで幽体は個体数がニホンオオカミと比較して少ないらしく、東京迷宮の間引きはもしかしたら僕等二人が毎日こなせば可能かも知れない。

 残念ながら羽生は専業シーカーでは無い為、僕が平日にどれだけ狩れるかにかかってくるのだが。

 それでも朗報は朗報だろう。

「これで幽体が出なく出来たら最高なんだがなぁ……」

 羽生の言葉に小さく呻いて脱力感と言うのか、虚無感に襲われる。

 その言葉の通り、人類はいまだにモンスターを駆逐出来ずに居た。

 迷宮自体、まだ内部構造がはっきりしていない。

 もしかしたら初期の頃に自衛隊や他国の軍が内部の調査をしたかも知れないが、少なくとも僕達はそんな情報は耳にした事は無い。

「一度潜れる所まで潜ってみる?」

「あ~、そうだな~」

「僕達は迷宮の事知らな過ぎるんだ」

 直面する、迷宮と言う名の困難を前に苦々しい言葉が漏れる。

 僕等の切り札を強く握り、奥へと足を進めた。


 幽体と行き遭う度に僕等は斬り伏せていく。

 一閃、二閃、三閃、四閃。

 一突き、二突き、三突き、四突き――。

 交互に幽体と対峙し、退治していく。

 小部屋で何体目かの幽体の駆除。

 羽生が、後二手で終わると言う所で壁から幽体がぬるりと現れる。

 ヘルメットの死角に成っている為に出現に気が付いていない。

「右に飛べっ!」

 滅多に無い事では有るが幽体に囲まれてしまった。

 声に反応して右に飛び退いた所に斬り込んだ。

「ハアッ!」


 右切上げから袈裟、手首を返して再度切上げて左の突きを放ち新手の幽体を始末して、即座に腰を切り直して羽生が相手取っていた幽体にぶつかる様にして突きを入れる。

 勢い余って右肘近くまで幽体を貫通し、視界に火花が飛ぶ程の激痛が走る。


「ぐうっ……」

 取り落としそうになった水晶刀を握り直して距離を取る。

 右手が内出血を起こして腫れていくのが分かる。

 小太刀を鞘に納めて籠手を外す。

 激痛の中、籠手を外して袖をまくり上げると腕が黒くなっている。

 暗視装置のせいで色がはっきりしないが恐らく赤黒い内出血を起こしているだろう。

「すまん、油断した! 大丈夫か?」

「うん、でももう右手は握れないから引き上げないと」

 面頬で隠れているのを良い事に、痛みで顔が歪むのを堪えずに済むのはありがたい。

 右手がクリームパンの様に腫れあがって指も曲げられない。

 治療所に直行しないとどうにもならない怪我なのが見て分かった。

「そうだな、切り上げよう。本当にすまない」

 心底から申し訳なさそうに繰り返し謝罪を口にする羽生の背中を叩いて宥める。

「これは僕のミスだよ、焦って間合いを詰め過ぎた僕が悪い」

 首筋に脂汗が滲むのが分かる。

 末端神経と毛細血管が直接傷付けられ、内出血による圧迫痛も加わった痛み。

 時間を置けば置く程痛みが増すのが分かるので、急いで迷宮を出る事にする。


 皮膚一枚で留まってはいるが溢れた血で腕がパンパンになる。

 痛みもピークに達した所で血をいったん抜く事にする。

 水晶刀の切っ先で血を押し留めている皮に切れ込みを入れる。

 ドロリと血が零れて足元を汚していく。

「おい、大丈夫か?」

「うん、パンパンに張って逆に痛かったから……、血を――絞った方が楽っ」

 顔を顰めながら内出血を絞り出して、圧迫痛がおさまったのを確認して歩みを再開する。

 振動で痛む右腕を抱えながら迷宮から脱出した。

「大丈夫か? その手で運転して帰るの無理じゃないか?」

「大丈夫、車もAT車だし、治療を受けてから帰るから。悪いけど明日は無理そうだけど」

「じゃ、来週また合流して、だな」

「うん、じゃ、また来週」

 羽生と別れて治療所に向かい治療を受ける。


「祟目さん、いくら辛くても自分で排血するのは駄目ですよ?」

 至極まっとうな注意を帳医師に注意される。

 ただ、今回は末端の内出血で、痛みも血の溜まりも酷かったのだ。

 これは応急処置セットを携行する事に決めた。

 この発想が出る時点で帳医師の注意を聞き流しているのと同義なのだが。

「分かりました。次からは消毒してからにします」

「全く分かってませんよね?」

 そう言うと患部を圧迫して赤黒い血が絞り出される。

 痛みに声も出ずに身を強張らせた。

「破傷風になったらどうするんです? 迷宮脇に私達が居るのに、それじゃ意味が無いじゃないですか!」

「痛いっ痛いです、先生っ!」

 叱られてしまった、しかも割と本気で。

「怪我をしているんですから痛いのは当然です。感染症に罹ったらもっと辛いんですからね?」

 美人が凄むと強烈な迫力がある。

「はい、気を付けます」

「そうしてください」

 血液が再び溜まらない様に、強めに包帯を巻かれ三角巾で吊るされた。

「はい、包帯は最低でも二日間は解かないでくださいね。祟目さんは平日も迷宮に?」

「いえ、暫くは週末限定です」

「では、来週の土曜日、迷宮に入る前に診察を受けてください。それまで薬をちゃんと飲んで、出来るだけ手を動かさない事、良いですね?」

 再度凄まれ――もとい念を押されて退室する。

「はぁ……、怖かった……」

 想像もしていなかった剣幕に腰が引ける思いだった。

 装備を納め、薬局に寄って抗生物質を受け取り帰宅する。


 自宅のソファーに腰掛けて深い溜息を吐いた。

 視線を右腕に移して再び溜息を吐く。

 水晶刀の性能実験が上手く行った油断による負傷。

「我ながら情けない……、まだまだ未熟だ」

 左手で顔を覆い己の不甲斐なさを呟いた。

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