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第四章 第二話

 出社し、職場たる研究室に籠り午前の業務を終わらせる。

 昼休憩に入った所で上司の桜玻に声を掛けた。

「桜玻さん、ちょっと相談が有るんですが、よろしいですか?」

「ん~? 祟目君? また面白い話かな?」

 件の、水晶で刀を作るが相当お気に召したらしい。

 とは言え、今回は決して愉快な話ではない。

 それをご飯時にするのは申し訳ないが、この人はあまり気にしない様な気がした。

「いえ、座り込みたくなる位残念な話です」

 僕がこれから話す内容は迷宮が絶望的だという、他者を奈落に突き落とす話だ。

「なんだい? あまり脅かさないでほしいね、どうしたの?」

「昨日迷宮に籠ったんですけど、痛感しました。最悪の場合ではなく、このままではほぼ確実に氾濫が起きます」

 苦々しく言葉を吐き出しながら昨日の状況を説明した。

 平均的なシーカーの駆除数と全国のシーカーの数。

 そこから導き出される間引き率は氾濫を抑え込めるとは断言出来ない程低い。


「それで? 話ってのは絶望させる為の話では無いんだろう?」

 やはり緊張する。

 受験の時も、入社する時も緊張した。

 でも、今回は逆の道を選ぶのだから、より強い緊張を感じる。

「ええ、そうですね……。桜玻さん、僕辞めます」

「ん? シーカーをかい?」

「いえ、……会社をです」

 そう、週末だけ間引き活動をしても追い付かない。

 時間の許す限り全てを注ぎ込んでも間に合わないかも知れない。

 それでも、今やらなければ東京が故郷と同じ、人の住めない土地に成ってしまうから。

 自分でも馬鹿な選択だと思う。

 思うけれど、やらない訳に行かないのだ。

「随分と思い切ったね……。祟目君が入って五ヵ月か、短かったなぁ」

 そう苦笑して話も長引く事なく、人事部に連絡する様にとだけ言われた。

「ごめんなさい、仕事投げ出す様な真似をして……」

「まあ、社会人としては失格だろうなぁ、だが……漢としては合格なんじゃないかな? 多分」

 笑って不義理を受け流されてしまう。

 揉めはしないと思っていたけど、こうもあっさりと話が進むとも思わなかった。

 思わなかったけど、ありがたいと思う。

 まあ、そこまで必要な人材として育っていなかったと言うのも有るとは思うけれど。


 午後は午後で退職の手続きを行い、一月後に退職する事が決まる。

 取り敢えず、人事部の方には「こいつ頭大丈夫か?」という顔をされたけれど。

 全くもって同感である。

 同感なのだが、ここで飛び込む以外の選択肢は何度考えても僕には無かったし。

 仕事を終えて帰宅してから親に報告をしたら実家に呼び出されてしまった。

 週末は迷宮に潜るため、その日の内に顔を出す事にする。

 車に飛び乗って現在の実家に向かう。

 正月に顔を出したきりで、半年以上も顔を出していなかった。

 同じ東京、車で二十分程の距離なのに、だ。

 土日祝日は迷宮に当てていた、色々と親不孝をしてる事に今更気が付くほどに。

 そして転職と言うのか、大手に就職したのに相談も無く辞める事で親不孝を重ねてしまった。

 自覚はある。

 自分が世間とずれている事は。

 普通選ばない選択を選んでしまう。

 必要な事だと感じて、必要な事を選んでいるだけだ。

 予感がする。

 加速度的に状況が変化する、と。

 その中心点、迷宮から視線を外すのは致命的なのだと肌感覚として感じていた。

 ステアリングを操作しながら第六感なのか、最悪を想定したシミュレーションなのか自分でも判断付かない事を考える。

 水晶刀の有用性を実感したが故に、事の困難さを明確に理解してしまった。

 その重圧に奥歯を噛み締めて耐える。


 実家の駐車場に車を停めて、家に入る。

「ただいま~」

 そう声を掛けるとリビングから母が顔を出した。

 もう五十間近のわりに若々しい母は嬉しそうに笑う。

「どうしたの? 滅多に顔も出さないのに、急に」

「うん、ちょっと報告しなきゃいけない事も有ってね。あ、これデパ地下のお惣菜」

 そう言って靴を脱いで玄関を上がる。

 急な帰省でお米はどうにか成ってもおかずは困るだろうと思って買ってきた。

 ビニール袋を受け取った母は父と妹に声を掛けながら台所に戻った。

「お父さん、なずな、奉が帰ってきたわよ」

 玄関廊下を通って室内に入ると食卓で父が新聞を、妹がデバイスを弄っている。

「奉、お前が帰ってくるとは珍しいな」

「兄さん、おかえりなさい。お正月ぶり?」

「ちょっと報告が有ってね」

 物珍しそうに中々顔を出さない僕の顔を少しだけ嬉しそうに父が笑い、華の有る割に大人し目の妹も笑っている。

 二人の目を見ると珍獣扱いなのが分かる。

 あまり嬉しい認識では無いな、と苦笑した。

 夕食の直前だったらしく、台所では慌ただしく母が料理をしている。

 父は料理が不得意だが、妹も手伝う素振りも見せない。

 小さく溜息を吐いて台所に向かい、手伝って手早く夕食の準備を済ませてしまう。


「あ、報告なんだけど、仕事辞める事にしたから」

 食事の最中、報告に来たと言う割にタイミングを逃していた事を告げる。

 デパ地下で奮発した総菜を口に運ぶと場の沈黙に気が付く。

「ん? なに?」

「奉……辞めたいじゃなくて辞める事にしたって?」

「ああ、今日退職の届けを出したから後一月は続けるけどね」

 再び沈黙が訪れ、直後に三つの火山が噴火した。

「お前、仕事辞めるって軽すぎるだろう!」「奉、あんた堪え性が無いにも限度があるでしょ!」「兄さん! 馬鹿なの? 社会人一年目でしょ? 何考えてるの?」

 予想以上の反応に頬が引き攣る。

 いや、確かに三人の言う通り、深刻さも無く話題に出したけど、ここまで激昂するとは思わなかった。

「奉! 仕事を何だと思ってるんだ!」「せっかく頑張って大手に入ったのに何を考えているの!」「社会人一年目でプーなんて! 兄さん恥ずかしいと思わないの?」

「いや、本当に無責任な事をしたと思うけれど、理由が有るんだよ。正直惜しいとは思うけど、そうも言ってられないし。いや、プーに成ると言うか専業シーカーに成るから、プーじゃないよ?」

 盛大に、食い気味に詰め寄られたけど、一人一人に答えていく。

「専業でシーカー? お前何を言ってるんだ? 一生シーカーを続けていけると思っているのか?」

「それは不可能だと僕も思ってるよ。でもね、今シーカーとして頑張らないと拙いんだよ……」

「拙いって何がだ?」

「岩盤を通り抜けてくるモンスターが全国七ヵ所の迷宮から数万単位で氾濫する。核シェルターでも安全だと誰にも言えない状態なんだよ。最悪、迷宮周辺は人が住めなくなる」

 確証も無いし、実証も出来ない。

 氾濫を許したが最後、取り返しのつかない事に成る。

 同時に、大丈夫だ何とかなるなんて楽観的な事が言える状況でも無い。

 故郷のバリケードが全国に作られる、そんな幻視をして口の中が苦くなる。

「……そんなに、か。で? なんでお前が仕事を辞めてシーカーに成るのかの理由に成ってるか?」

「そうよ、奉が仕事を辞めてまで頑張らないといけない理由はなんなの?」

「兄さん、無茶苦茶言ってる自覚はある?」

 迷宮が今どんな状況なのかを説明すると三人共トーンダウンして、それでも僕の馬鹿な行動を批判する事は止めなかった。

「氾濫を防がないと、この国が亡ぶ。そう気が付いてしまったんだ。気が付いた人間がまず動かなきゃ、世界は変わらないんだよ」

 そう思っている事を吐き出して現時点で分かっている迷宮の事を説明していく。

 兎から狼、そして幽体へとモンスターの出現が推移してどれだけ危険度が上がっているのか。

 仮説段階でしかないが、幽体そして迷宮のモンスターについても語る。


「つまりモンスターはその土地のイメージや記憶を吸い上げて、人類を滅ぼそうとしている可能性が高いんだ」

「それはお前が仕事を辞めてまでシーカーに成る理由には成っていないと思うが?」

 父の言葉に頷いてシーカーの武器事情と幽体との戦闘の説明をした。

 主武装が鉈で有る事、鉈では幽体を駆逐するのに九十回の攻撃が必要な事、僕が使う水晶刀の事を語った。

「それはお前じゃなきゃ駄目って訳では無いよな?」

「まあね、でも水晶刀は作るのにお金掛け過ぎたし、量産性がね」

 そう苦笑する。

「兄さん……、何か言ってない事が有るよね? 兄さんは軽い調子で喋ってる時は絶対に本音を言って無い時だもの」

 薺のツッコミに思わず苦笑する。

 あまり家族に話すのもどうかとは思っていたのだけれど、話さずに納得はして貰えなさそうだ。

「バリケードを思い出すんだ」

 そう言うと三人は急に黙り込んで静かに目を伏せた。

 きっと僕の奥底に焼き付いたあの光景と同じモノを見ているのだろう。

 僕の言葉に三人は押し黙った。

「お前が何を考えてるか、は解ったが。お前が負うべき事では無いだろうに……」

 そう溜息交じりに、諦め交じりに言われると困ってしまう。

 大げさに嘆かれるのが切ない。


「明日も仕事だから、そろそろ帰るね」

 食事を終えて帰ろうと帰り支度を始める。

 席を立ち、ジャケットを羽織ると薺が声を上げた。

「兄さん、それ何?」

 何と指さされたのは喉元だが特にアクセサリーも付けていない為に首を傾げた。

 と、薺が手を伸ばしてきて襟首に指を掛けて襟を下ろした。

 隙間から現れたのはまだ肌の色が揃わない傷跡。

「兄さん、何なの? これ?」

 おいと止めるが、強引に裾をたくし上げられて腹部から胸元まで、生々しい傷跡が露わに成る。

大学生モデルをしている女子のする事か? と思わないでもない。

嘆息しながら顕にされた傷痕を説明する。

「幽体の攻撃の痕だよ。これがシーカー激減の理由だね」

 数回数十回、傷が治る前に重ねた傷は薄くなる事は有っても、二度と消える事は無いだろう。

 あまり気にしてはいないが、グロテスクで引かれる見た目に成ってしまった自覚はある。

「やっぱり兄さんは変よ。なんでこんな怪我をして、なのに専業のシーカーに成ろうなんて思えるの?」

 妹の泣きそうな顔を見ながら、客観的にはそう見えるのだなと妙に納得しながら笑う。

「こう言う言い方をするのは恥ずかしいんだけど……、日本を守りたいんだよ。やっぱりね」

 言っていて恥ずかしい。

 もうずいぶん前に感じる記憶。

 地面が揺れ恐怖した日々。

 津波で流された家々。

 大小の余震に恐怖し、毎夜飛び起きた事。

 怯える事に疲れ果てて周囲の人達と体育館で震えていた時に優しく、穏やかで、でも揺るぎない安定感を持った方々に慰められた記憶。

 僕以上に怯えていた妹が久しぶりに安堵していたのも覚えている。

 頑張らなければと思った。

 その時の気持ちと同じ所から、この国を守りたいという感情が湧きたっている。

 あの時には僕の人生は決まっていたのかも、と少しだけ思う。

「薺、出来るのにやらないって格好悪いだろ? 僕はね、胸張って泥まみれになるよ」

 そう妹に笑いかけて実家を後にした。

 気恥ずかしくてはっきりとは言葉には出来ないが、慰問を受けた記憶が深く根付いているのを自覚している。

 我ながら随分と尊王家になったものだと苦笑する。


 苦笑しながら自宅に帰りついた所で羽生からメールが入った。

 内容に目を通すと、やはり武器の相談だった。

 水晶刀を作る事は断念し、他の手を考えていたが思う様にいかないらしい。

 デバイスを操作して羽生に電話を掛ける。

「もしもし、今大丈夫?」

「ああ。大丈夫だ」

「メールの件だけど……、水晶刀は来週からなら貸せるとは思う。ただ、ずっとって訳にもいかないし、羽生も自分の得物が必要だと思うんだけど」

「そうなんだけど、どうも上手くいかないんだよ」

 剣鉈に幽体に効果的な要素を盛り込むのは無理が有った、と言う事は解る。

 そこで一つ提案をした。

「前に調べた時の数珠丸を覚えてる?」

「ああ、覚えてるが……」

「青江派の再現刀を鍛えてる刀匠に数珠丸写しを打ってもらう、ってどうだろう? 材料に僕が迷宮で耐久性を向上させた青紙を使用して」

 迷宮関連で日本刀の数や材料の規制が緩和されている事も有って、現在玉鋼以外の特殊鋼でも刀匠は作刀が許されている。

 まだ、どの刀匠も試した事が無いだろう迷宮鋼で日本刀を鍛えるのは面白いと思う。

 交渉次第では有るが、悪くないと思うのだ。

 同時に調べてみて初めて知ったのだが、にっかり青江と数珠丸恒次は同じ青江派の流れを汲む物だった。

 にっかり青江写しの僕の小太刀をベースに削り出した水晶刀にその概念が乗るのならば、数珠丸恒次写しでも乗る可能性が有る。

 ましてや仏教の宗祖の持ち物だった概念が乗れば水晶刀と近い効果が見込める。

 そして太刀を勧めるのにはもう一つ理由が有った。

「それにね……。幽体で最後だと思ってる?」

「っ……」

 僕は次の変遷で幽体以上に厄介なモンスターが出現する気がしてならないのだ。

 そんな時、小太刀を主武装にするのはデメリットが大き過ぎる気がする。

「水晶刀では不足に成る、と?」

「分からないけどね? 備えた方が良いとは思うよ」

 兎、ニホンオオカミ、幽体と来た。

 次はなんだろう? 何か妖怪の類が出てもおかしくはない、と思う。

 迷宮は決して人間に都合の良い動きはしてくれないと感じている。

 まあ、もし恐竜の類が出るなら自衛隊の出番なのだけれど、違った場合は滅亡へ真っ直ぐ向かってしまうだろう。

「兎に角、材料は提供するから取り急ぎ交渉に入った方が良いと思うよ」

「了解、明日調べて連絡してみる。悪いな、手間をかける」

「構わないよ。戦力が致命的に足りてないんだし、ね」

 そう言って二三、言葉を交わして電話を切った。

 チリチリと肌を刺激する様な、神経を逆撫でする様な嫌な予感が纏わりつく様で不快だった。

 シャワーを浴びて気持ちを切り替えて就寝し、無理矢理に一日を終える。

 眠りに落ちる寸前まで、不安と悪い予想が脳裏から離れなかった。


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