第三話
電話を切ると二人に振り返って電話の内容を伝える。
「で、どうする?」
棗が尋ねてくるが僕自身どうすると言われても、現状する事は無い。
もう一度迷宮に引き返す勇気も湧いてこないが、このまま離れて良いのかも分からなかった。
「取り敢えず、兎の肉を買い取りして貰いましょう?」
綵の言葉に、それぞれのバッグに大量の兎の肉が詰まっている事を思い出した。
「ああ、そうだな、この毛皮もどうなるか確認もしたいしな」
棗が綵の言葉に頷き、僕も同意をして直ぐ近くの買い取り所に向かった。
正直、毛皮に関しては売れるとは思わない。
初めて出る物だし、使用方法も毛皮の敷物かコートの素材程度。
毛が固い為にコートの素材として使われるかも実際は微妙だ。
十数m先の買い取り所兼管理事務所のプレハブまでの間に狼の毛皮を触って毛の固さや皮の硬さを確かめる。
もしかしたら毛を全て除去してから鞣したら硬い革に成るかも知れないが、厚みが無い為に望み薄では有る。
そうこうして居る内に買い取り所に到着し店の中に入る。
建物はかなり大きく、市役所然とした建物の奥側は輸送用のトラックが留められている。
平日でも数百人、土日になると千人程のシーカーが肉を卸すのだから、かなりの規模に成るのは当然だろう。
「こんにちは、買い取りをお願いします」
綵がカウンターの一つに陣取って受付の女性に話し掛ける。
僕等も背負った大型リュックを肩から外してカウンターの上に置く。
「畏まりました、数を確認して参りますので、番号札を思って掛けてお待ちください」
そう言うとプラスチックの番号札を渡されて壁に設置されたソファーに腰掛けて待機する。
番号は十六番、待っている間にデバイスで狼を調べおこう。
「番号十六番のお客様、計算が終わりましたのでカウンターまでお越しください」
十分程待っていると僕達の持つ番号札の数字が呼ばれる。
「兎肉二百八十八個でしたので五万七千六百円に成りますが宜しいでしょうか?」
ギリギリで六万に届かなかった事に微妙な落胆を覚える。
落胆は置いておくとして、買い取りを頷いてから受付嬢に狼の毛皮を提示する。
「これは何でしょうか?」
「つい先ほど狼の様なモンスターが出た、これはそのモンスターの残した毛皮なんだが」
「え? モンスターが?」
受付嬢驚いて顔を上げると上司に確認する旨を告げてカウンターの奥に引き込んだ。
番号札の数から考えて僕達が、狼が出現してから初のシーカーだと思われる。
つまり使用法から価格の算定も、そもそも買い取りが可能かも定まっては居ない。
二束三文で買い叩かれるのも業腹だし、可能なら研究材料として買い取って貰おう。
数分で受付嬢と、その後ろに中年の男性が戻ってくる。
「お待たせいたしました、こちらの清水に変わり私渡辺がお話を承ります」
そう言ってグレーのスーツを着た四十代後半の男性が挨拶をしてくる。
「では、早速ですがこの毛皮なのですが買い取りは致しかねます」
本当に早速で単刀直入のお断りだった。
少々面食らったが昔から言われている「役人」特有の態度と言うヤツだろうか。
「そうでしょうね、買い取り額も決まってないでしょうから。でも、それで宜しいのですか?」
「どう言う意味でしょうか?」
「単純な話です、これからモンスターが兎から狼に全面的に切り替わるかは分かりませんが、例えば半数が狼に成った場合シーカーを続ける人間が今と同じ数維持出来るとお思いですか?」
僕の言う意味が分からない様で続きを促される。
ああ、本当に役所で書類と数字でしか周りを見ていないのだろう。
「この毛皮を残す狼は牙を持ち、兎と違って怪我をする可能性が高いです。そんなモンスターが跋扈する、しかも買い取りを拒否される迷宮に潜る酔狂な人間がどれだけ居るでしょう?」
「しかし、この毛皮がモンスターから出ると言う確証が有りませんし」
「では、その確証を得るのは誰でしょう?貴方ですか?こちらの職員で調査されるのでしょうか?」
「いえ、それは上に確認してからですが」
「迷宮庁には報告済みなので自衛隊が調査に入るでしょうが、自衛隊の職務にこの毛皮の使用法の検討は含まれているのでしょうか?」
壁掛けの時計を見るともう直ぐ十七時を回る頃だ。
渡辺氏も僕の視線に釣られる様に目線を時計に向けた。
シーカーが切り上げてくる頃合いでも有るし、これから数十組のシーカーの相手をする事に成る。
このやり取りをするのか?と言う事を言外に伝えてみる。
「規程にも有りませんし、その裁量は私には有りません」
「そうですか、では出来るだけ急いで毛皮の有効活用法を調査して買い取り価格を決めて下さいね」
権限を持たない役人に言っても仕方が無いと溜息交じりに頷くと二人に声を掛ける。
「棗、綵、明日の日曜も潜るか?」
渡辺氏に背中を向けて二人に尋ねる。
「えっと、どうしよう?」
「狼だしな……」
二人は予想通りに逡巡した言葉が返ってくる。
「そうだね、あの牙を考えたらデニムじゃ意味が無いからレザーのツナギとプロテクターが無いと怖いよね」
小さく高く付くね、と呟く。
「んー、迷宮庁のHPから報告が出るまで保留かな?」
「そうね、無理する必要も無いし……」
「だね、氾濫が起きたら真っ先にここが襲われるから、近づかない方が良さそうだね」
全面的にモンスターが狼に切り替わったかは分からないが、氾濫の兆候の可能性もある。
専業のシーカーならいざ知らず、僕達は学生だ。
その辺りは大人の判断を見てから決めれば良い。
少しばかり性格悪い発言では有るが、リスクの比重を考えたらこの位は許容範囲内だろう。
「では、兎肉の買い取り金額を頂けますか?」
もう一度渡辺氏に向き直って、受け取っていなかったお金を催促する。
氾濫の言葉と狼と言う言葉に顔を引き攣らせた渡辺氏と清水女史が慌てて買い取り金額をトレーに乗せてリュックやケースと一緒にこちらに差し出す。
毛皮と現金を受け取って、三人で分けてその場を後にする。
買い取り所を出ると迷宮の方から人影が出てくるのが見えた。
遠目に観察していると彼等は迷宮の出口の脇に座り込んでしまった。
怪我をしているのか、疲労困憊でへたり込んでいるのかはここからでは分からなかった。
どうするかを考えていると綵が口を開いた。
「ねえ、あの人達大丈夫かな? 救急車とか呼んだ方が良い?」
「いや、まず怪我人かどうかの確認だろ」
綵の言葉に答え、僕の顔を見ると棗は率先して小走りに向かった。
「大丈夫ですか?」
棗が話し掛けた男性は項垂れて荒い息を吐いている。
外見からは特に怪我をしている様には見えなかったので、無事に切り抜けたのだろう。
ただ、疲労困憊に成る程の戦闘だったらしい。
「ああ、退き上げる途中で他の連中と行き会ったから、何とかなった……」
同世代の男は呻く様に言葉を紡いでいた。
辺りを見回すと怪我人は居ないらしい。
ただ、土曜で迷宮に篭っていた人間の数を考えれば怪我人や犠牲者も少なからず出ているはずだ。
怪我人が現れたら即座に救急車の手配をしなければと考えていると道路から沢山の車が押し寄せてくる。
氾濫防止用にフェンスで囲まれている迷宮に車が入ってくる異常事態に驚いていると、集まって来たのはモスグリーンの救急車やトラックだった。
それ等は自衛隊の車なのは直ぐに分かった。
モスグリーンの大型車両の類は自衛隊だと相場が決まっている。
乗っている人影もヘルメットを被っているのも見て取れた。
迷宮庁への通報からまだ二十分も掛かっていないのに、かなり早い初動だと感心してしまう。
恐らく全国の迷宮で同じ様に通報が集まり、緊急だと判断されたのだろう。
数百人の迷彩服を着た自衛官の一団は壮観だった。
見ているだけで緊張してしまう。
「負傷された方は居ますか?」
座り込むシーカー達に、通る声で一人の自衛官が呼び掛けている。
その後ろには白衣を着た医師も居る。
災害時に大活躍する自衛官の軍医に当たる存在だ。
何と言っただろう、と考えていると一人の自衛官に声を掛けられた。
「君達は、怪我はしていないんだね?」
十歳は年上だろう、日に焼けた力強さを感じさせる人物だ。
「はい、僕達三人は出口付近で一回新しいモンスターと戦闘しただけなので」
僕の言葉に一つ頷いて自衛官は続けて尋ねてくる。
「では君達は新しいモンスターを知っているんだね?」
「はい、中型サイズの犬型のモンスターです。外見からの推測ですが……」
「何か気が付いた事でも有るのかい?」
断言出来る程の確証も無いが伝えた方が良い、そんな予感がして口を開く。
「恐らく……、あのモンスターはニホンオオカミだと思います」
その言葉に驚いて目を見開くと念を押す様に質問をされる。
「君がそう思った根拠を聞いても?」
「個体の大きさと毛並みの色です。画像検索をしました。一般的にイメージする狼より小さく、茶色の毛はニホンオオカミの特徴です」
「絶滅種が何故……」
そう呟く自衛官と同様に僕も改めて困惑する。
このモンスターとはなんなのか、迷宮とはなんなのか。
分からない事に上乗せする様に謎が圧し掛かる。
直面する、モンスターそして迷宮と言う危機に視界が暗くなる思いがした。
これから毎日、19時に投稿致します。
時間やタイミングは読めませんが、閑話休題も入れていく予定でおります。
楽しんでいただけると幸いです。




