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第四章 第一話

「ふっ!」

 シャン! シャン! シャン! シャンッ!

 鍔の鈴の音と共に刃を走らせる。


 袈裟切り上げ袈裟切り上げ。手首の返しだけで振るう剣速は言うほど早くは無いが、それでも一秒で幽体を斬り刻むに足る。


「ここまでとは……、凄いな」

 水晶刀と名付けた人工水晶の刀身を見詰めながら呟いた。

 光源の無い迷宮内では輝く事も無く、静かにその鋭さだけを主張している。

 幽体に効果が有る要素をふんだんに盛り込んだこの刀剣は四手で幽体を駆逐出来てしまう。

 透き通る様な鈴の音が神楽を連想させ、迷宮の通路が神域の様にさえ思えてくる。

 そう考えると自分の現代具足が場違いに思えてくる。

 思えてくるが、神職でも無いのに白衣に袴と言う訳にもいかないし、場違いさは更に上だろう。

 根本的には迷宮その物が人類の歴史に場違いなのだから当然と言えば当然かも知れないが。

「理不尽な迷宮の法則に乗れば、モンスターの弱点も衝ける、か。なんて言うか、概念には概念でって感じかな?」

 手首を返して鈴を鳴らす。

 驚きや興奮が、潮が引く様に静まっていく。

 この水晶刀が有れば間引きじゃ十分に出来る。

「出来るが……、氾濫が起きれば……」

 北海道、宮城、東京、京都、山口、鹿児島、沖縄、七ヵ所の迷宮が氾濫を起こせば、遠くない未来に日本は人の住めない土地に成ってしまう。

 避難勧告が出されて、バリケードで封鎖された故郷を思い出す。

 両親と妹とバリケードの外からしか故郷の町を見れなかった苦い記憶。

 奥歯を食いしばって金粒を回収して奥に進んだ。


 暫くの間は遭遇する幽体を一手一手丁寧に、戦闘を続けていたが体力をそれなりに使う。

 二、三時間なら少し足が疲れたで済むが、あまり好ましい事でも無い。

 最初にやった様に、最短の時間で処理を行う様に連続で刀を振るう。

「やっぱり、手首と肘にくるな……」

 連続で振るうには両手だと邪魔に成る為に、片手で振るう事に成る。

 小太刀の重量と重心が手の中に来る分楽では有るが、それでも支障は出る。

 半日で関節が炎症を起こしそうだ。

 少し悩んで左手に持ち替える。

 日本の剣術は例外なく右利きのスタンスで構成されている。

 僕自身も右利き。

 それでも、僕が通っていたのは二刀流の流派だった為に、左手にも刃を持つし振るう事も出来る。

 勿論、利き腕と同じ技量では扱えないけれど、負担は分散させられるだろう。


 正眼に構えながら左手だけで小太刀を構えると違和感が凄まじい。

 右手が寂しいと言うのか、大小を左右で握る事は有っても、左手にだけで構える事は無い。

 シッシャンシャンシャン。

 突きを放ちそのまま三回手首を返して逆風袈裟左切り上げで幽体を消滅させる。

 指四本分ずらした握り。

 間合いの狭さと小太刀の刀身の短さ。

 なかなか難しい。

「まあ、打ち刀を左手で振るうのは無理があるし、慣れるしかないんだけど……」

 これは早々に二刀流に切り替えないと関節を壊しそうだ。

 多分来週には何振りかは柄も鞘も出来上がっているだろう。

 一時間に三体と遭遇するが、その間は腕を休められるのもありがたい。

「でも……間引きには程遠いな……」

 一人で出来る駆除の数から見ても氾濫を防げるとは到底思えず、苦々しく言葉が漏れる。


「シッ!」

 鈴の音を纏った刀閃が走る。両脚を固定して袈裟斬りと切り上げを二往復させる。腰を切り返して腕に係る負担を分散させた。剣速も増して負担も減る戦い方が何となく定まりつつある。


「まあ、こんな感じか……」

 迷宮の出口付近、最後の戦闘を終えて呟いた。

 外に出ると既に日は落ちて辺りは暗くなっている。

 集めた金粒を買い取り所で売り払って車に戻る。

 途中治療所の前を通る時にカーテンが揺れた気がするが、閉める時間で戸締りをしていたのだろう。

 車のトランクで現代具足を外しているとデバイスにメールが受信された。

 棗からのメールで安否確認だった。

 無事である事、水晶刀が効果絶大だと言う事、それでも間引きが足りない事を返信する。

 運転席に腰掛けてキーを回す。

 エンジン音を聞きながら考える。

「駄目だ、六月の氾濫は……食い止められない……」

 拳を握り、絞り出す様に本音を吐露する。

 日本中が故郷と同じに成る。

 さっきは考えない様にしていたけれど、もう思考を切り替えるなんて出来そうにない。

 岩壁を透過して攻撃してくる幽体が七ヵ所の迷宮から数千数万と溢れ出る光景を幻視する。

 接触しただけで激痛に悶える男達。

 建物に逃げ込んでむしろ袋小路に追い詰められる子供達。

 泣き叫ぶ女性達。

 パニックになって逃げ惑う群衆。

 全部、吐き気がする程リアルに想像出来た。

 出来てしまった。

 四手で幽体を駆除出来る様になってもまだ足りない。

 まだまだ全然足りない。

 陸上自衛隊には情報は流した。

 それでも足りないと予感する。

「クソッタレッ!!」

 頬を濡らし、密閉された車内で声を荒げた。


 悔し涙を拭って自問する。

「氾濫は防げない。間引きが足りない。武器が足りない。人が足りない。……覚悟が、足りない」

 駄目だ、現実的じゃない。

 無駄な努力だと自分でも分かってる。

 でも、それでも、僕はあの風景を誰とも共有したくない。

 させたくないんだ。

 ――シャンッ。

 鈴の音がした気がする。

 固定が甘くて揺れたのかも知れないけど、僕はそれを天啓だと思った。

 三種の神器の概念を武器にした水晶刀が鳴る、納得出来てしまった。

 どの神様の意かは分からないけど、それはきっと神の意向だろう。

 神の意向、いや、この場合は神の威光、か。

 気のせいでも構わない。

 単に僕が折れれない、そう思ったにすぎない。

 デバイスを操作して絳峰三等陸佐とコンタクトを取った。


 車を走らせて都内の駐屯地に入り、絳峰三等陸佐と面会した。

「わざわざご足労頂いて申し訳ない」

「いえ、規則なども有るでしょうから、それに車なら苦労も有りませんし」

 握手をして、進められてソファーに腰掛ける。

 直ぐにテーブルの上に刀ケースを置き、絳峰三等陸佐に中身を見せる。

「幽体駆除用試作品一号、水晶刀です」

「おお、これが……。手に持っても?」

 その言葉に頷いて見せる。

 クッ……シャラン……。

 絳峰三等陸佐は慎重に鞘から刀身を抜き出す。

 気泡も亀裂も筋も無い、抜群の透明度を誇る刀身を見詰めている。

「四手です」

「え?」

「水晶刀であれば四手で幽体を駆除出来ました」

 そう言い切ると先程までの穏やかさは鳴りを潜めて、巌の様な雰囲気を纏う。

「つまり、この水晶刀が有れば間引きは可能だと?」

 絳峰三等陸佐の言葉に首を横に振る。

「数が足りません。人工水晶の単価が高過ぎて難しいと思います」

 そう言って水晶刀を作る為に掛かった費用を口にする。

 買えなくは無い金額だが、数を揃えようとすると難しい。

 予算が下りるとは思えないのだ。

 今の政府与党はシーカーへの風当たりも強く、氾濫への対策が見えてこない。

 つまりは、防衛を軽視する傾向があった。

 それが実質、人命を軽視しているとも思わずに。

「確かに……、予算が下りるとは思えませんね……」

「なので、提案です。砕いた水晶を散弾にした弾の開発です」

 苦悩する絳峰三等陸佐にそう提案した。

 滑稽でも良い。

 出来る事は何でもやろう。

 知恵も振り絞って、人脈もフルに使って。

 全部、使えるものは何でも使おう。

 僕のすべてを注ぎ込もう。

 歯を食いしばり、改めて覚悟を決めた。


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