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第三章 第十一話

 金曜日の夜、仕事を終えて元原さんのアトリエに向かう。

 夕方、メールで現代具足の装甲板の交換が終わったと連絡が有った。

 メールで来たと言う事が不穏当さを感じる。

 依頼し過ぎて倒れてないか、不安が募った。

 法定速度内で、出来るだけスムーズに走れる道を選んで車を走らせる。


 夜の国道、街灯とヘッドライトで照らされたアスファルト。

 徐々に行き交う車の量も減っていき、暗闇の中に可愛らしいアトリエが視界に入る。

 電気は付いていない。

 もう閉めたのか? と思い車を店先に止めるとシャッターは開いている。

 慌てて車を飛び降りて、ロックをしてから足を踏み入れる。

「こんばんは~、元原さ~ん」

 声を掛けてみるが気配が無い。

「不用心だな……、ん」

 微かに音がする。

 店の奥、外からは死角に成っている所のソファーから音が聞こえる。

 寝息だ。

「本当に不用心だ。でも、それだけ疲れてるって事だよな」

 外の看板に照明が点いていないと言う事は夕方から寝ていた事に成る。

 疲労困憊(ひろうこんぱい)、と言う言葉が脳裏を過る。

 時計を見ると午後八時、日没が六時として最低でも二時間は寝ている事に成る。

 起こすか、起こすまいか迷うが、このままでは風邪を引く。

 取り敢えずジャケットを掛けて、それから肩を揺すって声を掛ける。

「元原さん、風邪引きますよ? 元原さん、起きて」

 暫く声を掛けていると小さく声を上げて薄目を開けて掌で目元を遮る。

「にゅぅ、眩し……、あなた今何時~?」

 うん、寝惚けている。

 と言うかこの人結婚していたのか。


「夜の八時ですよ、こんな所で寝ていたら風邪を引く」

 そう声を掛けると元原さんは動きを止める。

「祟目君? えっと……、私寝てた?」

「寝てましたね。メールの後落ちた感じですか?」

「あ~、そうかも……。取り敢えず作業場に行こうか」

 促されて作業場に移動してトルソーに掛けられた現代具足が目に付く。

 外見上は変わっていないが、中の装甲板は差し替えられているらしく、傍らに緩くカーブした鉄板が積まれている。

「銀板は薄い物を使ったから重量は少し軽くなったよ、でも強度は下がってるから気を付けてね?」

「ええ、でも幽体だと強度関係ないので大丈夫ですよ、使っていれば硬度も上がりますしね」

 軽量化はありがたい。

 形が崩れない程度に革部分も強度と硬度が向上している。

 そう言う意味でも当面は支障が無い。


「それと(つば)だね、オーダー通りに創れたと思うんだけど、どうかな?」

 そう言って渡されたのは鏡面仕上げの銀の鍔だ。

 周囲に八つの鈴が付いている。

「はい、イメージの通りです。ちょっと車から荷物取ってきますね」

 そう言って急いで車に戻り、一式を回収して戻る。

「ちょっと、ここで組んでも良いですか?」

「うん、良いよ。と言うか、ちゃんと出来ているか私も心配だし」

 そう笑って彼女はテーブルの上を片付ける。

 開けてもらったスペースに鍔、鞘、柄、白鞘に納めた水晶の刀身を並べた。

 白鞘から抜いてみると光を反射する事も無い、透明度を誇る刀身が現れる。

「本当に透明なんだね」

 驚く様な感心する様な声に頷いて目釘を抜いてばらしてしまう。

 (はばき)切羽(せっぱ)の次に真新しい鍔を嵌めてもう一枚の切羽で挟んでから、こちらも真新しい柄に嵌める。

 柄頭を叩くと、カシッという音を立てて茎が柄の中に嵌まる。

 目釘を刺して手首を返す。

 シャンッと言う、身が引き締まる様な音色で八つの鈴が鳴る。

 二、三度繰り返しても鳴るのは鈴の音だけで、柄からは音はしない。

「完璧です、初めての仕事でこれは凄いですよ」

 そう言いながら納刀をしてガタツキも無い事を確認する。

「そう、良かった」

 安堵の溜息を漏らして元原さんも笑う。


 鞘を握って手首を返し、少し間を開けて再度鳴らしてみる。

「とんでもないな……」

「え? 何か失敗した?」

 改めて唸ると元原さんが慌てて声を上げる。

「いえ、早朝のお伊勢さんか霊山の雰囲気に成るんですよ、この鈴の音が鳴ると」

「ああ、確かに、神社のお神楽の舞台を思い出すね」

 実際、神社で使われる矛先舞鈴を武装化した物だから同じイメージに成るのだけれど。

 ここまで真に迫る、迫れてしまう彼女の技量が凄い。

 これならいける、そう想えてしまった。

 鍔の淵を親指で撫でながら思わず口角が上がる。

「祟目君、怖い顔してるよ~。お姉さん引くよ~? これでも文鎮とか置物とか可愛い物を作るのが専門の彫刻家なんだよ?」

「あ、ごめんなさい。なんだか頼もしい相棒が出来て、変にやる気が出てきました」

 頭を掻いて苦笑して見せる。

 取り敢えず、納刀していても刃物を持っているのも問題なので急いでケースにしまって清算をする事にした。

「元原さん、急で、しかも厄介なお仕事を依頼してしまって申し訳無かったです。えっと今回の依頼、おいくらでしょう?」

「えっと、材料費と工賃で、えっとこの位……」

 恐る恐る提示された金額は飛び上がる程では無かった、むしろ安いと思う。

 財布を取り出して支払いをすると安心した様に笑う。

 もうここまで散財してしまったら、怖い物も無い。

 と言うか、開き直って明日から稼ぐしかない。

 ただ、確証は無いが確信はある。

 この水晶の刀が有れば今まで以上に戦えると。

「元原さん、店仕舞いなら送りますよ」

「あ、うん、ん~、お願いしようかな……」

 現代具足をリュックに詰めて、刀ケースを肩に掛けて車に戻る。

 荷物の整理をして運転席で待っているとアトリエのシャッターを閉めて彼女が車に乗り込む。

 元原さんを自宅まで送って、途中のファミレスで食事をしてから自宅に帰る。

  

 自宅に帰り着き、翌日の準備を済ませる。

 ソファーに腰掛けて仕上がった水晶の刀の鯉口を切る。

 ゆっくりと抜いて刀身を眺める。

 傍にあった手帳から一枚紙を取り刃に当てる。

 刀身を引くと紙はあっさりと斬れる。

「切れ味は十分だ、それに……」

 手首を返して鈴を鳴らす。

 澄んだ音に満足して鞘に納める。

 手首を返して鈴を鳴らす。

 音が止んだらまた鳴らす。

 心が、精神が鋭く研ぎ澄まされていく様だ。

 全身が何か違っていくのを感じる。

 何と言えば良いのだろう? 身体が正しく刃と成ろうとしている様な感覚だった。

 この一振りが苦難を切り開く最初の一閃となる、そう確信する。


「もう誰の故郷も奪わせない……絶対に」

 鈴の音と共に夜は更けていった。

 

第一章はここで幕引きと成ります。

水晶の刀を手に戦う第二章は、少しお時間を頂いてからとさせていただきます。

第一章、お付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。

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