第三章 第十話
火曜日、まだ有給の条件を満たしていなかった為、丸損の休みには成ったが仕方が無い。
愛車を走らせてメーカーに直接赴いた。
鞄には刀各種のCAD用データの入ったデータ端子を複数用意して来ている。
他県に在るメーカー工場に徹夜で車を走らせて約束の時間に余裕を持って到着する。
桜玻の紹介とは言えアポを取るのもかなり強引だったが、一刻の猶予も無い。
一秒の無駄も許されないと言う切迫感に背中を押され続けている。
紹介された人工水晶メーカーの主任と言う人物に迷宮の状況等、話せる事を全て説明した上で協力を要請した所快諾された。
無論条件として人工水晶で創った刀はコマーシャルにも使われる事になった。
削り出す刀の寸法のデータを渡した。
データは太刀、打ち刀、小太刀、脇差、短刀のCADデータを渡してある。
一番歩合の良い角度で切り出して貰い加工して貰う事になった。
持ち込んだデータはそれぞれ名刀や業物の寸法にしてある。
一度見せて貰った人工水晶は巨大で恐ろしい透明感の有る代物だった。
氷? 硝子? どちらとも違う質感だった。
一切の不純物が無いのは勿論の事、圧倒的な硬質感が有った。
加工は完全にメーカー側に丸投げに成ってしまうが、コンマ数㎜単位での凹凸も削ってくれると言う事だった。
完成が今から楽しみでは有るが、次の課題も有った。
幸い、小太刀に関しては、鞘は流用出来るから完成したその週末から実戦投入が出来る。
我ながら投じるには色々と額が大きいとも思うのだけれど、気を抜くと瞼の裏に浮かぶ閑散とした避難区域の故郷が僕を踏み込ませる。
出来上がった刀身は輸送の手配まで請け負ってくれると言う事で急ぎ引き上げる事にする。
目的地は元原さんのアトリエだ。
時間を見るとまだ昼前、夕方に成る前には戻れるだろう。
高速道路を走り東京に戻り外環から郊外に出てアトリエに向かう。
太陽が気持ち傾いてきた頃に漸くアトリエに到着した。
「こんにちは~」
アトリエのドアを開けて一声かけて中に入ると奥で何か作業をしているのが音で分かる。
作業の邪魔をするつもりも無かったので待っている間に空きスペースで自分も作業を始める。
持ち込んだリュックから刀袋と手入れ道具を空いたテーブルに広げる。
目釘抜きを使用して小太刀を分解し、白鞘に拵えを移す。
一式を仕舞って鍔だけ直ぐに取れる様にポケットに入れておく。
工房の方からはキンキンと金属を叩く小気味の良い音が響いてくる。
その音を聞きながらアトリエに飾られた小物を見て回る。
鈍色のトンボの文鎮や蝶の壁掛けフック等、可愛らしい小物が並んでいる。
一通り見て回って手持無沙汰に成った所で都合が良い事に音が止む。
工房に声を掛けるとガチャガチャと慌てた様な音がして元原さんが現れる。
「ごめんね、メールに気が付かなかった! 今日はどうしたの? まだ出来上がってないよ?」
どうやらメールの内容は見ていないらしい。
「ごめんなさい、追加の仕事の依頼に来ました」
少し申し訳無く思うが、どうにもこの仕事は元原さんに依頼したいと思ったのだ。
「え~? また~? 最近祟目君の仕事しかしてない気がしてきた」
若干不服そうでは有るが確実に売れる仕事なのだから大目に見て欲しい所だ。
「元原さんの仕事が気に入ってますからね、次々と持ち込んで申し訳ないとは思うんですけど」
「祟目君の持ち込みっていつも以上に神経使う仕事なんだもん」
少しだけ膨れっ面をして見せて笑う。
好き勝手に作品にだけ没頭出来るのが彼女の望みなのだろうとは僕も思うが、こればかりは仕方が無い。
実績在る職人よりも目の前の芸術家に委ねるのが僕の場合は正解だと、根拠も無いのに確信に近い物を持っている。
恐らくは、アーティストの彼女には傍迷惑以外の何物でも無いだろうが。
「それで? 今日はどんな難しい仕事を持ち込んでくれた訳?」
「うん、今日は元原さんにオリジナルの鍔を創って貰いたくて来ました」
「鍔? えっと、刀の根元のアレ?」
頷いてポケットにしまっていた鍔を取り出す。
「この鍔の中茎穴と言うのだけれど、同じ寸法の穴を開けて貰わないといけなくて。肝心な点は鏡面仕上げの銀板で、そして銀で作った鈴を八個等間隔でぶら下げて欲しいんですよ」
一息に大雑把な概要を口にするがどうも情報過多で頭の中で整理しているのが分かる。
「えっと? つまり純銀の板で鍔を創って、周囲に八個の鈴を付けろ? と? ねえ、鈴が邪魔じゃない?」
僕の依頼に慣れてきたのだと思う、端的に要点を掴んで疑問を投げかけてくる。
「邪魔では有るんですけど、必要な事なので」
「鍔に鈴ねぇ、刀に付けるって事は迷宮用ね? この間話していた関係よね?」
「はい、イメージとしては鉾先舞鈴を検索して見てください」
頷いて参考資料になる様にと思い元原さんに画像検索を頼む。
鼻背デバイスを操作して対象を確認して何度か頷いた。
「うん、言いたい事は分かった。つまり刀をこの鉾先舞鈴に見立てる為って事ね?」
「ええ、なので純銀の鈴の中に入れる玉はこれを使ってください」
そう言ってポケットから小さな革巾着を出して手渡す。
元原さんが中身を見て確認の言葉が飛んでくる。
「これは翡翠の玉? ああ、これは勾玉の翡翠って意味ね」
鉾先舞鈴は鉾が天叢雲剣を、鍔が八咫鏡を、鈴が八尺瓊勾玉を模しているとされている。
概念武器として形成するならこれが最適解だと判断した。
「分かった、鍔の意匠は菊紋入りにする?」
「いやいやいやいや、完全鏡面でお願いします、畏れ多い」
菊花紋を身に帯びる等と出来る訳が無い、と慌てて言い募ると笑われてしまった。
実際はパスポートにも使われている菊の紋も有るのだが気が引けてしまう。
「分かった、じゃあ鏡面仕上げにするね。で? これはいつまでに仕上げれば良いの?」
「出来れば金曜日の夜までに、土曜から実戦に投入したいので」
そう言うと露骨に嫌そうな顔をされた。
どんな職業でも仕事を急かされるのはストレス以外の何物でも無い。
「もう! 現代具足の方も有るんだからね? 多分間に合うとは思うけど、鈴が超面倒なんだからね? 分かってる?」
元原さんの反応は当然なのでその苦情は甘んじて受ける。
作家を急かすのは正直に言えば不本意なのだが、迷宮に関してだけは本当に時間が無いと感じている。
全国のシーカーの概念武器に対する反応も芳しくないのがキツイ。
武器の持ち替えは幽体相手だと誰だって怖いだろう。
僕だって不安が無い訳では無い。
「申し訳ないです、弁解の余地も無いです」
呆れ顔で溜息を吐かれ繰り返し頭を下げる。
「分かった、金曜日の夜に取りに来て、それまでに仕上げておくから。作業の邪魔だから帰って帰って」
元原さんの顔は集中力が高まって居るのか真剣で引き締まっている。
きっと職人とか芸術家がする表情なのだろうと納得して工房を辞した。
予想よりも時間が余っていたので確認するとコンタクトを取っていた柄巻師からのメールが届いていた。
一度お越しくださいと有るので電話を一本入れて伺う事にする。
一時間程、車を走らせた都内の作業場にお邪魔する。
車を駐車場に停めて店舗に入ると作務衣を着た壮年の男性が正座して待っていた。
その佇まいは武道家か僧侶の様。
「ようこそいらっしゃいました」
「ご無沙汰しております、急でしかも変則的なお願いで恐縮なのですが」
柄巻師兼鞘師の淮原氏に出迎えられて作業場の奥に招かれる。
淮原氏は物静かだが、職人特有の厳しさが見て取れる人物だ。
板の間で何人かの鞘師が木材にノミを入れているのが視界に入る。
勧められる座布団に正座をして、挨拶もそこそこに話を切り出す。
メールではざっくりと説明しては居たが、改めて依頼内容と依頼理由を説明する。
「迷宮と言うのは良く分かりませんが、緊急事態で有る事は分かりました。しかし桃の木で、ですか……」
「やはり難しいですか?」
淮原氏は難しい顔をして考え込んでしまった。
このまま後手に回れば六か所の迷宮が氾濫し、数万単位の被害が出るのは分かって貰えた様だが何か問題があるのかも知れない。
「桃の木材は硬いのですが油分が有って錆び易く成ると思います。桃の木を使う理由はもしかして古事記の桃の話でしょうか?」
「はい、錆に関しては刀身が金属では無いので大丈夫だとは思うのですが」
「ああ、いえ、祟目さんの意図を考えると桃の木では駄目だと思いますよ?」
曰く、古事記に出てくる桃とイメージされている桃は完全なる別種でヤマモモと言うらしい。
こちらは家具にも使われるので二重の意味で適しているのはこちらだと言う。
「都合良く、守り刀用に材はそれなりに用意していますので」
「では、この小太刀の柄を作っていただけますか?」
そう言って片刃袋から白鞘の小太刀と柄を出して渡す。
お預かりしますと小さく言って受け取りつつ淮原氏が尋ねてくる
「柄巻はどういたしましょう? お急ぎの御様子ですが」
「実戦用なので、使い易く簡素、最短で巻いて頂ければ結構です」
「最短、ですか。それはいつ頃でしょうか?」
「土曜日の朝までに御用意頂けるなら幸いです」
申し訳ないと思いつつ、退くに退けない苦渋が表に出ていたのだろう、淮原氏は頷いてくれた。
「では、この柄の鮫皮をヤマモモの材に移植、巻きの指定は無しですか。糸はどうされますか?」
「正絹でお願いします」
それからもあれこれと打ち合わせを行い、方針が決まった所で料金を支払い、作業場を辞して車に戻る
車に戻って重たい溜息を吐いた。
「水晶、銀、鈴、山桃、絹、翡翠、鏡、小太刀、幽霊が嫌う物てんこ盛りか……。これで先週よりも効果が出れば良いのだけれど……」
一つ一つ、小さなヒントを積み重ねて出した結論、概念武器が本当に効果的なのか。
それは試さない事には分からない。
ただ、少しだけ光明が見えてきた。
その為に散々、散財する羽目に成ったがこればかりは仕方が無い。
全ては土曜日に判明する。
そんな事を考えながら帰宅し一日を終えた。




