第三章 第七話
背も高く若手の癖に妙な貫禄が有る姿が妙に面白くて頬が緩んでしまう。
「人の顔を見て早速笑うとは全く……」
そう不満そうに呟いた後挨拶を交わす。
「おはようございます、宮司には話を通しておりますので、どうぞ」
棗に丁寧な言葉で話されるとなかなかに座りが悪くて落ち着かない。
「よろしくお願いします、あ、その前にこちらを」
棗に促されるが、先に初穂料を棗に渡す。
受け取った棗は先程の巫女に渡してから僕を拝殿の脇の建物に案内する。
奥に行くと拝殿や本殿と渡り廊下で繋がった建物の前に出た。
車が入って来られる道が有る事から車のお祓い等をする場所だと分かる。
「こちらは祓殿と言いまして、各種お祓いを行う場所です」
予想通りの場所だと納得し案内されるまま建物に入る。
そこには壮年の棗の父、木村大和氏が装束を纏い静かに佇んでいた。
良く似た親子では有るが、棗よりも柔和な雰囲気の方だ。
そして、二人とも僕から見たらズルいと言いたくなる男ぶりをしている。
「おはようございます、御無沙汰しております」
「おはようございます、お話は木村から伺っております。大変ご苦労なさっていると」
「そうですね、今回はなかなか手強くて難儀しておりますが、少しだけ目途が立ってきた様に思います」
「然様ですか、それは何よりです。では早速お祓いを執り行いましょう」
そう宮司に促されて手に持っていたリュックを開く。
隣に立っていた棗が受取り白木の長三宝の上に小太刀、脇差、現代具足、革ツナギが並べられる。
宮司が三宝の前に立ち神前で祓串を手に祝詞を唱え祈祷を行う。
祓串の和紙の音がする度に、祝詞が進む毎に空気が固く成って行く様な気がした。
まだ鳴いている筈の蝉の声が遠く成って行くのは神事だからだろうか。
その不思議な雰囲気も祝詞が終わると霧散してしまう。
名残惜しい様な何とも言えない気持ちに成る。
お祓いが終わった装備一式を三宝持ち上げて棗が持って来てくれる。
手早くリュックに全てを詰めて二人に感謝の言葉を告げる。
お祓いを終えて社務所に三人で戻る。
社務所の待合室の様な所で腰掛けてお話を聞かせて貰う。
「さて、祟目さんのお話は木村から伺っておりますが、どの様な事をお聞きに成りたいのですか?」
「はい、ざっくりと言ってしまうと今迷宮から出てくる俗称幽体は幽霊や人の魂では無く、私達日本人のイメージを吸い上げて出現する新しい魔物、と考えております。昨日も出来る限り調べて試した所水晶や数珠等、幽霊に利くとイメージされる物が理屈は分かりませんが有効だった事が判明しました」
「続けて下さい」
「はい、昨日試したのは水晶、数珠そして鈴でした。他に神道に連なるお話で邪を祓うイメージの物が有ればお教えいただきたいのです」
「そうですか、穢れ祓いのイメージとなると私達が一番初めに思い浮かぶのは桃でしょうか」
「桃ですか? 果物の?」
「ええ、節分の豆まきはご存じだと思いますが、あれは元来桃を投げて穢れを祓った古事記の一説に由来します。ですから私どもは毎年節分の時期に成りますと豆に桃の霊験を写しお配りしているのです」
伊弉諾と伊弉冉の黄泉平坂の件の解説を貰う。
宮司の言葉に頷いていると話は更に続いた。
「後は火打石でしょうか」
「あ、火打石は試しました」
「そうですか、時にその火打石の石の名前はお判りに成りますか?」
「確か瑪瑙だったと思います」
「そうですか、それも決して間違いでは無いのでしょうが、玉髄をお使いに成られると良いかも知れませんね。江戸時代には玉髄が火打石の最高級品として扱われておりましたので。後は鏡と榊でしょうか」
玉髄と言うのが何かは分からないが調べれば良いとして、鏡と榊は武器に使えるとは思えない。
暫く悩んだが最後の二つは組み込むには難しいと思う。
「私が今お答え出来るのはその位でしょうか」
「あ、お時間を頂きありがとうございました」
宮司からの有益な情報を得られて、それも織り込んでもっと効率的に駆除が出来れば何とかなるかも知れない。
先ずは試した素材をどう纏めるか、だ。
部屋に戻る車の移動中も頭を回転させ続ける。
恐らくここが勘所に成る。
ここで手抜かりが有れば後々手痛い失敗をする気がする。
感覚的な事だがまだ見落としが有る、そんな気持ちの悪さが残り続けていた。
思考で視野が狭く成って危険だと判断して駐車場の有るコンビニに車を停める。
指を絡めて組んだ手に額を押し付けて考え込む。
「刀、水晶、鈴、瑪瑙、銀、桃、玉髄、桃、鏡、武器、概念を乗せた武器……、武器……武器? 防具は?」
武器に概念が乗るなら防具には乗らないのか?
どうして気が付かなかったのだろう。
一度気が付いてしまえば、今まで思い付かなかった事が不思議に思える位単純な事だ。
もし防具にも概念が乗るのなら、一度でも攻撃されたら一週間は迷宮に篭れ無く成る怪我を軽減出来るのではないか?
あの激痛を伴う内出血を防げるかを試す勇気は無いが、もしかしたら少しでも軽減出来るかも知れない。
その可能性を無視するのは間違っている気がする。
元原さんに相談すべきと考えて急いで工房へとハンドルを切った。
時計を見るとお昼前には到着出来そうだった為、一度電話を掛けてお邪魔する旨連絡をしておく。
夏の日差しを反射する幹線道路を走らせて工房に到着する。
「こんにちは」
工房のドアを開けて声を掛ける。
「いらっしゃい、早かったね」
「いつも急で申し訳ない、もうお昼は食べました?」
「いや、まだ食べてないよ」
「ファミレス、行きます? 僕もまだなので」
「そうだね、行く行く」
昼時のファミレスは郊外でもそれなりに混んでいる。
日曜で天気が良い昼時だ、行楽客が駆け込んでくるから当然だろう。
一つだけ残っていたテーブルに案内されて昼食を注文する。
「それで? 今日はどうしたの?」
「少し知恵を借りたくて」
「どんな事?」
「元原さんも知っての通り、今迷宮は全国的にかなり危険な状態なんだけれど、攻撃が効きにくい事と、防具が意味を成さない。この二つの理由で正直追い詰められてて」
「そうみたいね、シーカーが減ったってTVで言ってたし」
「武器の方は目途が立つ直前まで漕ぎ着けたんですけど、防具の問題がまだ未解決で」
「凄いじゃない、流石研究家。それで防具で私の知識が役に立つの?」
「研究職では有りますけど研究家では無いですが。幽体、モンスターが嫌う金属や鉱物が大体分かったので僕の現代具足をアップグレード出来ないかと相談に」
「モンスターが嫌う物? それは武器だけじゃなくて防具にも転用しようって意味?」
「はい、まあ防具に加工出来そうなのは銀だけなんですけどね」
「銀か……、柔らかい金属だから防具を作るのは難しいよ?」
「ええ、ただ僕の現代具足は漆皮ですけど、芯材は鉄板じゃないですか?それを銀と置き換えられないか、と」
「ステンレス板ね、可能だけど強度的にどうなのかな?」
「それは大丈夫だと思います、職場で調べてみたんですけど装甲パーツは鉄の分を差し引いても十分に強度が向上していましたから」
「ステンレスね? ふうん、でも不思議だよね、迷宮って。持ち込んだ物の強度が変化するってどう言う理屈?」
「さあ? その理屈が分かったらノーベル賞が取れると思いますけど、皆目見当も付きませんね」
そう言って肩を竦めると元原さんも苦笑して、コップの水を飲む。
「まあ、分からない事は置いといて、鎧の芯材の置換ね、出来るよ。持って来てるの?」
「持って来ているので後でお預けしますね」
あれこれ話している間に料理が届き二人揃って食事を始める。
僕はパスタを、彼女はハンバーグステーキを。
昔よく使われた言葉の肉食系女子と言うヤツか? いや違うか。
不思議なのはあれだけ肉々しい食事を好むのに元原さんの腕は力瘤も出来無さそうな細さだ。
肉を食べて日々金槌を振るっているのに不思議でならない。




