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第二章 第十六話

 車を置いたままにしていたし、戻るなら同じ方向なのだからと送る事にしたのだ。

 愛車に乗り込んで鈴木弁護士を事務所まで送って家に帰る。

 駐車場に車を留めて疲労感が溜まった足を押し出す様に部屋に上がった。

 冬の曇り空は分厚いコンクリートの壁に抑え付けられている気分に成る。

 エアコンを掛けて部屋が温まるまで去年着ていたコートを羽織って、寒さを凌ぐ

 ソファーに腰掛けて一息吐いた所で関係者に連絡と言うか報告しておいた方が良いと思い至る。

 棗、綵、元原さんにメールで無事・無傷で有る事を最初に書いて件の男が現行犯逮捕された事を伝えておく。

 これで、十年単位で身の安全が確保出来たのは上出来だ。

 この所色々と物入りで出費が嵩んでいたので、これで漸く迷宮で真面目に稼げると思うと一安心ではある。

 とは言え、解放感とは違う虚脱感で今日は何もしたくない、そんな気分だった。


 インターホンの音に驚いて目を開ける。

 どうやら気が抜けてソファーで寝ていたらしい。

「はい、どちら様ですか?」

「祟目君私ー♪と木村君と綵ちゃんも一緒ー!」

 驚いた事に三人が合流して押しかけてきたらしい。

 珍しいと言うか、こんな事は初めてだと思う。

 面識は有るがつるむ様な感じでも無かったし、と思いながらドアを開ける。

「どうしたの? 皆揃って」

「いや、あんなメール送って来たら来るでしょ? 普通」

「そうだぜ? お疲れ、奉」

「本当にお疲れ、昼間のサイレン奉だったんだねー」

 三人を招き入れるが四人で収まるには些か狭い部屋なのだが。

「酒持ってきたから飲もうぜ」

 そう棗が笑ってビニール袋を持ち上げる。

 彼のその明朗な性格や度量の大きさにはいつも救われる。

「狭いけどまあ座って」

 そう言って部屋に皆を招き入れる。

「皆足はどうしたの?」

「私は電車」

「俺達はバイクだ」

「……、つまり泊まる心算で来た訳ね」

 皆呑み明かすつもりで来たらしい。

 なんと言うか、色々と心配を掛けた自覚は有るが、ここまでされると申し訳無くも成るし、面映(おもは)ゆい。

 三人がソファーに腰掛けて、僕はPCデスクの椅子に座る。

「三人共ご飯は?」

「軽く済ませてきたぞ、奉は?」

「今の今まで寝てたから、まだ」

 酒のラインナップはビールに日本酒にウィスキーだ。

 冷蔵庫の中身を思い出して何か作るか、と考えて席を立つ。

「何かおつまみになる物作るよ、ちょっと待ってて」

「あ、それなら待ってる間に今日有った動画見してくれ」

 棗が気に成っていたのだろう、今日の顛末を知りたがるのでPCにデバイスを繋いで動画を再生したままにして台所に向かう。


 冷蔵庫の中身はキャベツやら野菜と兎肉やらこまごました物が詰まっている。

 小型の圧力鍋で兎肉と野菜の煮物を作りながら野菜炒めを作る事にする。

 台所で景気よく肉を焼いているとPCからは罵詈雑言やら色々聞こえてくるから僕が襲撃された所らしい。

 漏れ聞こえる声に動揺が滲んでいるのは三人が極めて善良な人間の現れ。

 得難い友人に恵まれたとつくづく思いながらフライパンを振るっている自分が妙に可笑しく感じてしまう。

 深皿に出来た料理を盛り付けてリビングのローテーブルに置くと三人が警察署での事情聴取の模様を喰い入る様に見ている。

 しつこい位繰り返し同じ質問をしてきていた事を思い出して不快感が還ってくる。

「警察ってなんで証拠映像を見てるのにこんな同じ質問を繰り返すんだろうな?」

 棗が不愉快そうにそう呟く。

「警察だからじゃない? 加害者でも被害者でも疑って疑って疑い抜いて相手を不快にさせても「職務です」って言えるくらい面の皮が厚くなきゃやってられない仕事でしょ」

 警察にも司法界にも期待をしていない僕にとってはそんな認識だ。


 料理と酒を並べると乾杯の音頭を求められる。

 宅飲みで音頭も何も無い気もするが心配と手間を掛けた手前、拒否するのも憚られる。

 素直にビールの缶を手に言葉を述べる。

「ようやく問題が一段落します、裁判も有るから完全解決にはまだ数か月掛かるけどもう身の危険は無いと思う。心配掛けてごめん、心配してくれてありがとう、乾杯」

 そう言ってプルタブを開けてビールを煽る。

 昼食から水分の一滴も口にしていなかったからか、喉の渇きを潤すビールの一口は旨かった。

 皆も思い思いに酒を飲み料理に手を付ける。

「そうそう、奉、咄嗟に左腕で受けてたけど怪我はしなかったのよね?」

 綵の疑問に頷いて答える。

「元原さんの籠手を仕込んでたからね、痣にも成ってないさ」

 そう言って腕まくりをして左腕を叩いて見せる。

「役に立って良かったよ、正直私は防具を作るのも祟目君が初めてだったしね」

「命を預けられる良い防具ですよ、元原さんの作る物は」

 そう言うと元原さんは照れ臭いのか、缶ビールで顔を隠す。 


 根本的に元原さんは鉄でオブジェを作る彫刻家だ、鍛冶師もやるが本業はアーティストだ。

 そんな彫刻家に「現代でも通用する復古甲冑に興味無いですか?」と話を持ち込んだのが切っ掛けだった。

 CADを駆使した現代技術を取り入れた僕の現代具足はその最たる物と言うか、第一号だ。

 この一件の裁判が終わったら「投げナイフも弾く鎧」としてアピールしてみようと思っている。

「で、この後は裁判か?」

「うん、裁判で殺人未遂で起訴って事に成ると思うよ。殺意は明確だからね」

 とは言え相手が雇う弁護士次第では相当荒れる気もするが。

 世論としてはシーカーに厳しい事から甘い判決は出ないとは思うが。

 状況次第でTVメディアに動画を誤って流してしまうかも知れない、そんな予感もしている。

 食事を終えておつまみが無く成った所で再び台所に移動する。


 角煮用に買った豚バラブロックをタコ糸で筒状に縛って圧力鍋で煮込む。

 煮付けに使った大根が余っているので大根サラダと鍋用に買ってあった肉野菜も諦めて使う事にする。

 鶏ささみを一口サイズに切って焼いた後チーズを投入して溶かし絡めた物をテーブルに持って行く。

「はい、つまみの追加、ちょっと買い物行ってくるから呑んでて」

 そう言ってコートを羽織る。

「あ、私も行くよ、全部任せるのも悪いし」

 そう言って元原さんが立ち上がるが行くのはコンビニだからと座らせる。


 部屋を出ると冬の夜の寒さが頬に痛い。

 今年の冬は特に寒い気がするが、それは毎年言ってる気もする。

 近所のコンビニで缶詰や乾麺、ベーコン、野菜、酒の追加を買い込んで戻る。

 三人が持ち込んだ酒は四人で呑み明かすにはどう見ても足りなかった。

 結局ビールを箱で買って来る羽目に成ったが、まあ、心優しい友人達を持てなしたいとも思うから問題ない。

 部屋に戻り鍵を開け、ドアを開いた瞬間に部屋の中から三人の話す声が聞こえた。

「私の防具が祟目君の役に立った。良かった、役に立たなかったら彼殺されてたんだよね……」

「薊ちゃんありがとう、奉を守ってくれてありがとう」

「本当だ、元原さんのお陰だよ」

 どうした物か、三人共酔っているのだろう。

 酔って本音がダダ漏れだ。

 三人にしてもあの動画と言うか、僕が襲われてた事はショックだったのだろう。

 動画は僕の目線だから臨場感と言うか、自分に向かってくる様に感じる。

 それだけに危険の度合いが生々しかったのだと思う。

 そんな三人の本音は僕にはありがたい物だ。

 身も心も三人に守られたんだ、そう思うと涙腺に来るものが有る。

 照れ臭い、凄く照れ臭いからちょっと凝った美味しい物でも作ろうと思う。

 深呼吸して涙腺を固く締めてから勢い良くドアを開けた。

「ただいまー、ごめん! 重い! 手伝って!」

 三人が笑える様に二つのビニール袋とビール箱を抱えて声を上げる。


 慌てて三人が玄関まで来て荷物を受け取る。

「奉、どんだけ買ってんだよ」

 棗の呆れた様な声だが、四人で呑んで食べると結構な量が必要に成るんだよ。

 特にお前の酒量は頭一つ飛び抜けてるんだし。

「多分今日で全部消費するよ?」

 そう言い切ると三人共首を傾げている。

 台所で食材を並べて、献立を考える。

 そこからは本気の料理を作ってみるとしよう。

 とは言え、一人でずっと台所に居ると三人が気を使うから一品一品作っては皆で突いて、を繰り返す感じだが。

 PCで面白い動画を流しっぱなしにして飲んで作って食べて飲んで、を繰り返した

 千切りキャベツとコーンビーフをコンソメで炒めて茹でたキャベツで巻いた物は女性陣に大人気で二回も作らされた。

「〆にラーメン食べたい!」と叫ぶ酔っ払い二人に煮込んでいたチャーシューを乗せた家庭チャーシューメンを振る舞ったら、食べ終えてウトウトし始めた。

 笑いを誘う二人にはベッドで寝て貰ってからは、僕と棗で穏やかに差しで呑んでいた。

「奉、あんまり心配掛けるな?」

「ごめん、心配を掛けたい訳じゃないんだ、どうにも立ち回りと運が悪いらしい」

「まあ、今回は誰にも避けれない所か、良く無傷で乗り切ったと感心もしてるし、奉が悪いとも思ってないけどな?」

「僕はただ、迷宮で活動出来ればそれで良いんだけどね……」

「まあ、お前が真剣なのは分かってる。どうせ氾濫で避難区域が出来るのが嫌なんだろ?」

 棗の相手の意図を察する気質は得難い物だと思うが、こちらの心情まで把握されてしまうから困る。

 頭が上がらなくなるじゃないか。

 まあ、踏み込む領域もギリギリで図ってくれるから良いのだけれど。

 そうやって日本酒をチビチビと明け方近くまで呑み続けた僕等で有る。

 漸く日常が還ってきた、そんな気持ちのまま眠りに就いた。


 最後の一缶を空ける。

 結局ビールの箱は全部消費した。

 皆飲み過ぎだよ。

 夢に落ちる直前にそんな事を考えて笑った気がする。

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