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第二章 第十五話

「腕を出して」

 そう言って袖を捲りあげて何度も腕を擦ってくる。

 くすぐったいがされるがままに耐える。

「うん、鍛えてる男の人の腕だね、サイズは大体分かった、パットの厚みも考えたら大体こうってのは決まったよ」

 言い終えると材を仕舞ってある棚から数枚の鉄板を引っ張り出してくる。

 鉄板にラインを引いてからディスクグラインダーで籠手の形に切り出していく。

 二枚の鉄板を切り出したらバリを落としてから炉に火を入れる。

 暫く炉にくべて赤く燃えた鉄板をやっとこで引っ張り出して金床で叩いて曲線を作っていく。

 元原さんの可愛らしい顔が真剣さを帯びて赤熱した鉄を叩き火にくべてまた叩きを繰り返していく。

 焼き入れを行い鉄板を何度も確認して満足げに頷いた。

 二枚目も同じ様にして一気に鍛え上げる。

 ジュッと良い音を立てて焼き入れを終えて二枚目も確認して満足げに頷く。


 再度僕の腕を取って籠手を合わせる。

 パットを挟んでピッタリと腕が収まる辺り流石としか言い様が無い。

 籠手を腕から剥がして固定する為の細工作業に入った。

 四ヶ所に穴を開けて二本の鎖を取り付ける。

 紐やベルトでは無く鎖固定にしたらしい。

 最後にベルトサンダーで表面の凸凹を取って完成させる。

「はい完成、もう一度装着してみて?」

 そう言って渡された籠手を装着すると驚く程にフィットする。

 D3Oパットのせいも有るだろうが隙間無く装着出来る。

 手首を回しても手の甲に一切干渉しない。

 何よりも固定する為の鎖の長さに誤差が無い事に驚かされる。

 彼女がこの道何年なのかは知らないが、素晴らしい腕前だと思う。

 現代具足の時もそうだが、頭の中に高性能CADが搭載されているのでは? と疑いたくなる。

「流石元原さん、ピッタリです」

「まあ、お仕事だし? 山と谷の部分は矢を溝に沿って受け流す、ヨーロッパの鎧の技法を応用してみたから、多分君を守ってくれるよ」

 そう言って照れ笑いを浮かべる彼女は今日も楽しそうだ。

 そのままツナギの袖を下ろす。

 元々余裕を持って縫われた物だがキッチリと収まるにはありがたい。

 矢を通さない、か。

 確かそんな伝説の鎧が日本にも有った気がする。

 調べてみて、納得して籠手に名を付ける事にした。

 ”平石ひらいし”と。


「元原さん、今日はお仕事終わりですか?」

 壁掛けの時計を見ると二十時を回っていた。

「ん? うん、今日はこれでおしまいにするよ、流石に疲れちゃった」

「良かったら食事どうです? 奢りますよ?」

「あ、良いね、行こうかな」

 その返事に、デバイスで近所で美味しそうなお店を急いで検索する

「何が食べたいですか?」

「肉!」

「じゃあ、ここにしますか」

 そう言ってHPを転送して籠手の代金を支払う為に財布を取り出す。

「うん、ここが良い、ちょっと待っててね、着替えて来るから」

「あ、その前に御代を」

 あ~、じゃあこの位でと彼女は指を立てる。

 それにしたがって一万円札を数枚渡す。

「毎度あり♪」

 そう言って彼女は奥に消えていく。


 待っている間に反対の腕にも籠手を嵌めて袖で隠す。

 厚さは一㎝弱と言った所だろう。

 服の下に何か付けているとは思えない程コンパクトだが対刃性の高い加工がされている。

 中央に一本山型の凸を付けているので金属バットで殴られても恐らく全体は変形しないだろう。

 多少山が潰れる位で。

 命を預けられる良い防具と言うのは本当に頼もしい物だ。

「お待たせ~、お腹空いた~早く行こう!」

 奥で着替えて戻って来た元原さんはニットのワンピースにベージュのダウンコートを羽織って現れた。

 鍛冶場とのギャップが激しい。

 いつも見る姿は凛としたシャープな印象なのに、プライベートは随分と可愛らしい。

 工房に鍵を掛けている間に車を回して店先に寄せる。

 車を走らせて十五分程、目的の店に着いて車を駐車場に停める。

 コートを羽織って店内に入ると地元ではかなり有名なお店らしくそれなりに混んでいた

 肉の焼ける匂いが漂っており空腹には堪える空間だった。

 二人揃って腹一杯に成るまで肉を食べ続け、調子に乗って飲んだ元原さんに絡まれながら夜は更けていった。


 目覚ましのアラームで起きて日課のジョギングを行う。

 吐く息の白さに冬の深まりを実感する。

「おはようございます」

 ジョギングコースの中に入っている神社の鳥居の手前でお辞儀をして家に戻ってくる。

 シャワーで汗を流し終えて着替えていると元原さんからメールが来ていた。

 また食事行こう、身の回りに気を付けろ、依頼はいつでも受け付ける、と三行メールについ笑ってしまった。

 そこで一つ思い付いた事が有ったのでメールに返信しておいた。

 直ぐに「手配しておく」と返事が来たので後で代金を支払いに行く事にして、大学に向かう。


 講義を受け終えてサークルに少しだけ顔を出して工房に向かう。

 途中に銀行によってお金を下ろして元原工房に車を留める。

 二㎏の特殊鋼を代わりに注文して貰って代金を渡して早々に帰る。

 そこからは特に変化も無く週末に特殊鋼が届いたので迷宮に他の材と一緒に持ち込んで強化する日々を過ごした。

 件のシーカーの裁判を知らせが来たのが二週間程経った頃で、全てを弁護士に任せて学業とシーカー活動に専念した。

 件の裁判は罰金刑に終わり身の安全はあまり好転しなかった。

 逮捕から判決までの期間は拘留されていたので安心出来たのだが、判決後は正直身の危険を感じている。

 身を隠す事も考えたが卒論の為にも迷宮に潜る必要が有る為それも出来ず、他の迷宮に行くのも距離的に現実的では無い。

 迷宮内部にはシーカー免許が無ければ入れないし、大学の前後の時間が一番怖い。

 向こうもこちらが武器を携行している迷宮で再度襲撃するのは無理だろう。

 武装していない時を狙って来る、近日中に。

 そう僕の中のナニカが訴えてくる。

 こういう時の勘働きには従う事にしている。

 勘が外れれば自分の中で少しだけバツが悪いだけで済むのだから。


 その日は大学の研究室で資材の強度を調べてデータを取り、サークルにも顔を出した。

 迫る冬休みにスキー・スノボに行く計画が有り、足担当でも有るからだ。

 その打ち合わせを終えて家に帰ろうと駐車場に向かう。

 構内にはまだ人も多いが、車で来る人間は限られている為に周囲には人影も無かった。


「死ねえぇ!」

 叫び声が耳に届いた所で振り返ると一人の男が全速力で向かってくるのが見えた。

 手には光る物を持ち、振り被っている。

 荷物も無い空の両手には盾に成る物も無い。


 強く拳を握って振り下ろされた刃を左腕で受ける。ガッと言う音と腕や肩に掛かる衝撃を感じた所で、右手で相手の手首を取って捻る。空いた左手で更に捻りあげて相手をアスファルトに押し倒す。


 所謂脇固めと言う技で抑えこんだ。

 抑え込まれた男はジタバタと暴れながら罵詈雑言を喚き散らしている。

「殺す! てめえは絶対殺す! ぶっ殺す!」

 頭に血が上った――を通り越して殺意を持っての襲撃だと良く分かる。

 さて、困ったなぁと途方に暮れていると遠くで校舎から話し声が聞こえた。

 廊下を歩く生徒の姿が目に入ったので大声で呼び掛ける。

「そこの人! ごめん警察に電話して! ナイフで襲われた!」

 そう叫ぶと相手は驚いてこちらを凝視して固まっている。

「警察に通報して! ナイフで襲われた! 早く! 頼む!」

 再び叫ぶと慌てて頷いてデバイスを操作しているらしいのが見える。

 もがき、暴れて殺意を向けてくる男に心底から軽蔑の目を向けてしまう。

 さて、警察が到着するまでこのままか、とげんなりした気分にも成る。

 十分もしない内にパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 流石に日本の警察は早いと思った。

 その間に件の男は暴れるが抑え込みを解く訳にもいかないのでそのまま拘束しているが、恐らくアスファルトで顔は擦り傷だらけだろうと少しだけ同情する。


 目の前にパトカーが留まり、警察官が数人慌てて降りてくる。

「通報者はどなたですか?」

 その声に校舎を目線で示して廊下の人と口添えをする。

「えっと……、この人が襲ってきた人?」

 そう警察官が尋ねてくるので地面に転がるナイフを見ながら答える。

「そのナイフで切り付けられました、前科者です」

 この段階に成っても男は僕への殺意を隠そうともせず、「殺す」を連呼していた。

 警察官の姿を認識出来ていないのか執拗に暴れていた男も手錠を掛けられた所で漸く気が付き大人しく成る。

 流石に警察官も凶器が側に有る状態で拘束を解けとは言えなかったのだろう。

「お話を伺っても?」

「はい、講義を終えて帰ろうと車に向かっていたら襲い掛かって来まして」

「襲われる心当たりは?」

「有ります、この人は先日傷害事件で逮捕されてます。その逆恨みだと思います」

「詳しいお話は署でお伺いしますので、御同行頂けますね?」

「はい、その前に弁護士に電話をしても良いですか?」

「大丈夫ですよ」

 淡々としたやり取りを終えて、鈴木弁護士に電話を掛ける。

「あ、お世話に成ります。祟目です」

「祟目さん、と言う事はやっぱり?」

「はい、ええ、今やられました」

「無事ですか? 今どんな状況ですか?」

「警察に今引き渡した所です。このまま警察に行きます」

「どこ警察ですか?」

「え? ああ。すいません行くのはどこの警察署ですか?」

 連行と言うか事情聴取される警察署が分からなかったので警察官に聞いてみる。

「ああ、○○警察ですよ」

 頭を下げて会話に戻る。

「○○警察署だそうです」

「分かりました、私も向かいます」

「はい、お願いします、失礼します」

 鈴木弁護士との通話を終えて警察官に向き直る。

 到着したパトカーは二台で件の男と僕は別々に移送された。

 パトカーの中で左腕を確認するとコートは無残に切り裂かれており、ツナギにも傷が入っていた。

 袖を捲って平石を見てみると山の部分がハッキリと窪んでいた。

 籠手が無ければ骨まで斬られていたかも知れない。

 そんな手傷を負っていたら取り押さえる事も出来なかったかも知れないと考えると元原さんの確かな仕事に感謝した。

「籠手ですか?」

 横で見ていた若い警察官が質問をしてくる。

「ええ、こうなる事は予想出来ていたので、備えていましたから」

「どう言う事でしょう?」

「聴取の時に詳しく説明しますが、要するに奴に殺されかけるのは三回目だと言う事です」

 そう言うと運転している警察官と揃って驚きの声を上げる。

 どちらも管轄は違うが被害届は出しているから、調べて貰えば良いのだが、事件番号など僕は知らないので何と言えば良いのか困ってしまう。

 そうこうする内に警察署に到着しそれぞれ取調室に連れて行かれた。

 身元等を聞かれて身分証やシーカー免許を提出し、証拠品のコートと籠手を押収されている所で鈴木弁護士が到着する。

 そこからは弁護士を交えての事情聴取となるが以前の事件、裁判資料も合わせて提示、

 鼻背デバイスの動画も提出した所で解放される。

 動画を見る限り一方的な凶行なのはハッキリしているし、特に僕の方から挑発等もしていない事も証明出来た。

 もしかしたらもう一回位呼び出されるかも知れないが、今回のは明らかな殺人未遂の現行犯逮捕なので実刑は免れないだろう。

 僕も速攻で被害届を出したし、弁護士同伴の為受理もスムーズだった。

 流石に今回は警察も働きたくないとは言わなかったのは当然なのか、幸いなのかは微妙な所だが。

 警察署を出た所で冬の寒空にコートを取り上げられたせいで寒さに肩を竦めた。

 諦めてタクシーを捕まえて鈴木弁護士も連れて大学に戻る。

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