第二章 第十四話
アラーム音で目を覚まして鼻背デバイスを装着する。
時間を確認すると午前六時、実内も冷え切っていて吐く息が白い。
エアコンに電源を入れて布団から出る。
布団から出るのに気合と勢いが必要に成ったのが少し笑いを誘う。
急いで着替えてジョギングにさっさと出る。
マゴマゴしている方が寒いから。
空の色が微かに変わり始める夜明け前、慣れた道のりを無心で走って行く。
最初の数分はただ寒い。
嫌になる位刺す様な風を顔に受けてUターンして帰りたくなる。
その内体温が上がり、風にも慣れて気に成らなく――も無いがまあ諦めの境地に達する。
ジョギングの折り返し地点からは走るだけでは無く足さばきも交えて走る。
電信柱の度に立ち止まって、停止からの送り足・継ぎ足してからまた走り出す、を繰り返す
足が疲れを感じた所からやるから意味が有ると判断しているが、傍目からはだいぶ変な動きをしている自覚は有る。
部屋に帰り付いてシャワーを浴びて汗を流して着替える。
棗の言う通りに耐久度の増したツナギを着込んでナポレオンコートを羽織った。
部屋を出て車に乗り込んで暖機をする間にメールを確認する。
複数着ていたメールの中に羽生氏からのメールが有った。
どうやらネットの情報で僕のトラブルの動画を見たらしく、心配してメールをくれた様だ。
ザックリとした状況を説明するメールを送っておく。
何となく羽生氏のグループの活動を調べてみると予想以上に大所帯なシーカーグループを作っていた。
「本気で一大勢力だな……」
十人程だと思っていたが五十人近い人数でグループだった。
どう考えても東京の民間人シーカーで最大勢力なのではないだろうか?
後は彼のグループが長期スパンで活動出来るか、だ。
迷宮が出来て六年、世界中で間引きが出来ていない所では毎年反乱が起きている。
迷宮を無くす方法は判明していない。
ならば間引きを続ける体制作りが必要で、それを続けていくしかない。
「迷宮を終わらせられるのか、か……」
それは迷宮の調査を続けている自衛隊でも、世界中の軍隊でもまだ分かっていない気がする。
少なくとも日本では迷宮とモンスターは害でしかない。
あえて残す理由も無い筈だ。
原因と解決方法が分かるのはいつの事だろう。
迷宮からモンスターが溢れてくる、そんなストレスは根本から取り除きたいものだ。
そんな事を考えて居る内に暖機も終えて大学に向かう。
大学で講義を受け、午後からは連絡していた弁護士事務所に移動する。
部屋の最寄り駅に有る真新しい事務所に到着して受付で予約した祟目ですと伝えると一室に案内される。
案内された第一相談室と書かれた部屋も温かみのある木目のハッキリしたフローリングと柔らかい感じの壁紙で心理的に安心感を抱きやすい作りに成っていた。
以前相談した時は三十分無料相談で電話でのみのやり取りだった為これが初対面だ。
「はじめまして、祟目です」
「はじめまして、弁護士の鈴木です」
壮年の固い感じの弁護士だった。
表情筋の硬そうな人で頼って大丈夫そうだと第一印象では感じた。
明るい茶色のレザーの一人掛けのソファーを勧められて腰掛ける。
あまり長引かせるつもりも無い為に今朝までの一連の流れを説明して行く。
大学のPCから印刷したメールも合わせて用意して有ったので流れはスムーズだった。
ついでに警察にも見せたナイフを投げられた時の動画と買い取り所での襲撃の動画二つも合わせて見て貰う。
一連の流れを把握した所で弁護士から提案が有った。
「この動画の投稿は不味いですね……。警察署に私も行って最初の傷害未遂もねじ込みましょうか?」
「動画投稿の前に私への誹謗中傷が酷かったので削除する様に働きかけたんですが、拒否されたので仕方なくです。色々と調べてみたのですが、傷害未遂は有っても無くても影響無い気がしますが」
「そうですね、それに傷害未遂と合わせても実刑は難しいと思います」
「なら逆恨みして再度襲撃された時に叩き潰す、しか無いですね」
一瞬、鈴木弁護士は困った様な、呆れた様な顔をするが直ぐに真顔に戻る
「……、慰謝料はあまり取れないと思ってください」
「ええ、首の治療費と裁判費用で私が赤字にさえ成らなければそれで良いです」
「痛い思いして益が無いのに祟目さんは冷静ですね」
「冷静と言うよりも期待していないだけです」
「期待ですか?」
「ええ、日本の司法を特に信じていませんので。いえ世界的に見れば高い所に有るとは思いますが、地裁・高裁・最高裁で判決が転げ回る司法制度を盲目的に信じようとは思いませんので」
「仰りたい事は分かります。ただ裁判長も完璧では無いのですよ、それは我々弁護士も、です」
「それは仕方が無いと思いますが、控訴してひっくり返る判決を出した裁判官にペナルティが特に無い時点で信じられる要素も有りませんからね。取り敢えず今回は普通に傷害事件で裁判、その間もしくはその後襲撃されたら記録を取りつつ対応すると言う事で」
そこで取り敢えず話は終わり、依頼を正式に行い着手金を支払う。
件のシーカーは現在逮捕拘留中だろう、数日内に釈放されて二週間以内に裁判が始まるそうだ。
略式に成るか普通に裁判に成るかはまだ分からないが、そんな大した事件でも無いから略式で進んで行く気がする。
正直、どちらでも良いと思っているし、どうせ奴はまた現れる。
そう確信して備える事にする。
取り敢えずD3Oの衝撃吸収パットを全身余す所無く仕込んでおこう。
思い付いた事が有ったので急いで駐車場に停めた車に戻る。
車を発車させて現代具足を作った時の鍛冶屋にハンドルを向けた。
一時間程掛けて走って行くと目的地に着いた。
郊外の開けた所に有るアトリエに到着する。
近所には刀鍛冶も住んでいる、その位民家と民家の距離が空いている田舎だ。
鉄を叩く音を気にして職人は郊外に住む事が多いとは本当らしい。
アトリエの脇に車を留めて建物に入る。
炭の燃える音と鉄を叩く音、そして熱気が立ち込めていた。
建物の外観はオレンジやピンクの彩色の可愛らしいアトリエなのに、作業場は炭が燃え上がり焼けた鉄と金鎚のぶつかる音が響く。
そんな盛大にギャップ有る工房だったりする。
コートを脱ぎながら中を覗くと一人の職人が真っ赤に熱した鉄と金鎚で叩いている。
その真剣な横顔を眺めていると視線に気が付いたのかこちらを向いた。
涼しげな目元が特徴的な美女 元原薊、僕の現代具足の製作者の一人。
軽く手を上げて、続ける様に合図をする。
僕の顔を確認しその仕草の意図を理解して、少し逡巡するがそのまま作業を再開してトンカントンカンと心地良い音が響いていく。
満足行く形に仕上げたのか熱した鉄板を、水を張ったバケツに漬けて焼き入れを行い、出来を確かめて砂の上に置いて立ち上がる
「いらっしゃいませ、ごめんね、待たせちゃって」
「いえいえ、仕事は見てるのも楽しいですよ」
「そう言って貰えると助かります、で? 今日はどうしたの? 鎧の手直し?」
「いや、ちょっとトラブルに遭いまして、プライベートで服の下に仕込める防具が必要に成って」
「ちょっと待ってね? なんでそんな厄介な事に成ってるの? 警察には?」
「警察には行きましたし犯人は逮捕されているんですけどね、微罪と言うか罰金刑で済んじゃいそうなので再度襲撃される気がするんですよ」
そう言って今日二回目の経緯の説明をする。
時折眉を顰めたり顔全体を顰めたりと表情が忙しい人だと思いながら最後まで説明する。
「本当に厄介な事に成ってるね……。シーカーが荒っぽいってたまにTVで見るけど本当なんだね」
「日常的に武器を扱いますし、日常的にモンスターを殺していますからね。どうしても感性や人格が歪む人は多いと思います」
「祟目君はあまり荒っぽいって感じはしないけどね」
そう笑ってフォローしてくれるが、つい先日怒鳴り声も上げたし、襲撃の時には思い切り迎撃してしまっているので、自分も累に漏れずと言う自覚が有る。
取り敢えず件の襲撃の動画を彼女のデバイスに転送して見て貰う事にする。
数分間の沈黙の後に元原さんが口を開く。
「確かに、これは不味いね。喧嘩に成っても祟目君なら大丈夫そうだけど相手が武器を出して来たら本当に不味いね」
「そうですね、なので私服の下に収まる、不自然じゃないサイズの防具が出来ないか相談に来たんです」
「私が作れるのは鉄だけだからね? でも最低限籠手は作る必要が有ると思う」
「そうですね、服はワンサイズ大きい物を着れば良いだけなので、籠手を作っていただけますか?」
「分かった、でも仕込み防具となるとかなり薄いからあまり強度は出せないよ?」
「裏にD3Oのパットを張れば衝撃吸収も出来ますし、そこまで派手な厚みには成らないと思うんです」
「ああ、そうだね、それで行こうか、パットは今有るの?」
「ええ、予備の分はいつも車に積んでいるので」
そう言って工房脇の車に戻って段ボールに入れたD3Oパットを持ち込む。
元原さんは一度壁掛けの時計を見てから一つ頷く。
「よし、チャッチャと造っちゃおう! 今日中に造らないとだからね」
「飛び込みで申し訳無いです」
「良いよ、祟目君の命にも係わる問題だもん。責任重大だ」
そう言ってカラッと笑い作業場に連れて行かれる。




