第二章 第九話
彼等は横一列に並び、機動隊が使う様な透明な強化プラスチック製の盾を構えて進んで行く。
通路に広がって正面から狼が来ても一切の隙の無い陣を取っている。
各自右手には石突きの有る角鉈を持っている。
一撃で狼の頭蓋骨を叩き割れる優秀な武器だ。
あまり切れ味を重視していない武器では有るが、食い込んで取れなくなる事は無い。
盾との組み合わせを考えると合理的だと言える。
彼等を見ていて思ったのは、僕が連携を取れそうに無いと言う事だ。
棗と連れ立っていた時も盾は使用して来なかった。
僕は両手に小太刀と脇差を携えていたし、棗は剣鉈と左手に打撃用の鋲が肘まで有るガントレットを使用していた。
暫く隊列を後ろから眺めていると遠方から狼が全速力で駆けてくるのが見える。
「来たな、用意!」
羽生氏が号令を掛けると全員が腰を落として構える。
グングンと狼が近付いて、そして飛び掛かる。
羽生氏等は飛び掛かって着た狼の鼻っ面に思い切り盾で殴り付ける。所謂、シールドバッシュと言う技だ。盾を持った戦闘方法は門外漢の為、初めて目にするが有効な攻撃方法らしい。透明な盾でタイミングが計り易い様に見える。鉄の盾程の重量が無い為に大ダメージを与えられる技では無いだろうが、確実に相手を怯ませられるのは有効な戦術だと思う。怯んだり、ひっくり返った狼にそれぞれが鉈を振るって一撃で仕留めている。
接触から数秒で処理が終わっている。
鮮やかな手並みだと思う。
四人の淀みの無い動きを見るに戦闘方法は完成しているらしい。
ますます僕の戦闘スタイルと噛み合せが悪いのが分かる。
盾と角鉈に持ち替えれば同じ事は出来るとは思うが、剣術を使えないならシーカーを続けている意味が半分に成る。
正直頭を抱えたい気分だ。
この四人の処理速度は魅力的だと思う。
ソロだと戦闘に不安を感じはしないが体力や集中力の面で休憩を挟む事に成る。
大体一時間で群れ三つが限界だが、恐らく彼等なら倍は回れると思う。
農業の敵たるモンスターを駆除する事を主眼に置いた、地に足の着いた彼等と、
身に付けた業を使いたいと言うフワフワとした理由の僕とではスタンスが違い過ぎる。
最近は間引きをしないと狼が氾濫すると言う危機感も持って活動しているが、
スタートがスタートな為に自分で自分が信用成らない。
暫く周囲を警戒していたが、羽生氏だけがこちらに近寄って来る。
「祟目さん、どうですか?」
「正直、スタイルの噛み合せが悪過ぎて合流はお互いの為に成らない気がします」
思った事を素直に口にする。
彼等の戦術とスタイルは完成している。
「そうですね、俺達は基本的に盾が前提のチーム戦闘ですから……」
「僕は壁を背にした迎撃型ですからね……」
ここまで徹底的に違うといっそ清々しい。
少し話し合って、次の分岐から別行動を取る事に成った。
多少の差異ならお互いに歩み寄ってスタイルの統合も出来るだろうが、
僕達には無理が有る。
暫く進むと左右に通路が分かれている所に到着した。
左右で狼との遭遇率は予測出来ないので気負わずに羽生氏等と別れて右の通路を進んで行く。
少し歩くと通路の先に小部屋が広がっていた。
狼の群れも居るのでこの経路にはまだ他のシーカーは通っていないのかも知れない。
小部屋の隅に急いで移動して、深く息を吐いて全身の筋肉を締め上げる。
正面だけに意識を向けられる様に部屋の隅を背に陣取った。
体もやや正面を向いた半身に構える。
群れの狼は四頭。
位置取りが難しいのか一頭は後ろに控える形で四頭とも身体を伏せて唸っている。
意識を集中させながら浅く呼吸を繰り返していると一頭が、僕が息を吸っている途中で向かってきた。息を止めて小太刀を突き入れて一頭目を刺し貫く。そこに間髪開けずに二頭目三頭目が躍り掛かってくる。小太刀にぶら下がる狼から小太刀を抜きながら脇差で次の狼にも突き入れ、空いた小太刀で突きを放ちながら脇差を抜く。貫いたままの三頭目の狼を投げ付ける流れで刃を引き抜く。自分に向かって仲間が飛んでくる事に驚いたのか慌てて避けた所に踏み込んで小太刀を振り下ろす。脳天から下顎までを両断して構え直す。
周囲を確認して他の狼が居ない事を確認して止めていた呼吸を再開する。
肺に溜まった息を吐き出して新鮮な空気を繰り返し取り込む。
毛皮に変わるまでの間、地面に腰を下ろして一度体から力を抜いて休憩を取る。
リュックから使い古したハンドタオルを出して刃に着いた血糊を拭って鞘に納めた。
狼が毛皮に変わる頃には疲れも和らいでいる。
毛皮を丸めてリュックに仕舞って、刀を抜いて次の小部屋へと移動する。
そこから三時間程間引き作業を繰り返した所で空腹を自覚した。
時間を確認するともう昼を回っている。
今日は鉄板を持ち込んでいない為にリュックにも余裕が有ったので携行食を持ち込んでいる。
戦闘をして血の臭いが漂う小部屋は居心地が悪いので、通路に出て壁際に腰掛けてチョコレート味のクッキーバーを齧る。
二本ほど平らげてペットボトルの水で水分補給を行う。
味気ない食事では有るが、野営セットを持ち込んだ事も無いし、野営は大人数で行う物だ。
十人以上で行動する場合でなければ見張りの交代や仮眠のローテーションが組めない。
恐らくは自衛隊が調査する時以外は誰もやらないと思う。
狼に噛み付かれて目を覚ます自分を想像して苦笑を浮かべる。
流石にそんな思いをしてまで迷宮に篭るつもりも無いし、この現代具足を着たまま寝むれもしない。
迷宮の最深部に興味は有るが、僕自身の目で見る機会は多分無いだろうと思う。
そんな愚にも付かない事を考えていると一時間ほどが経過していた。
食休みとしても十分だと判断して立ち上がる。
立ち上がって軽く体を動かして疲労具合を確認するが特に問題無く動けそうだ。
リュックの中身を確認すると午前中だけで三十六頭の狼を駆除していた。
現在地を折り返し地点として戻ればリュックの容量的にも丁度良いと判断する。
小太刀・脇差を抜いて来た道を戻り始める。
目の前の小部屋を確認するが狼は流石にまだ居ない様で、次の小部屋を目指して足を進める。
小部屋と小部屋の距離は大体一㎞前後離れている。
周囲の警戒と、足元の悪さも相まって二、三分掛けて次の部屋に到着する。
移動中の足音を察知していたのか狼の群れは小部屋の中で唸って臨戦態勢を取っているのが見えた。
部屋の隅まで移動するのは難しいが囲まれたり、前後で挟まれたりする方が怖い。
強行突破をしてでも角を取る方が安全だ。
走って部屋の左隅に向かうと怒りを滲ませた唸り声を上げて一頭の狼が足元目掛けて突進してくる。一度立ち止まって、鉄板入りのエンジニアブーツで思い切り蹴り付ける。怯んだ隙に部屋角に陣取って迎撃の構えを取った。
「はぁ~~」
五秒六秒掛けて口で息を吐くと腹筋に自然と力が入る。唸りながらこちらの様子を窺っていた狼の群れが痺れを切らした様に飛び掛かってくる。少し前に出た右足を噛んで引き倒そうと一頭が牙を剥く。足を上げて思い切り頭を踏み付ける。ミシッと骨の軋む音を立てて足の下でもがくが体重を掛けて逃がさない様に釘付けにする。次々に襲い掛かってくる狼を斬り伏せながら、その度に踏み砕くつもりで右足に力を入れる。足を上げられない為に構えを変えられず、対処を全て右の小太刀で行う。一斬一斬刃を重ね、四頭の狼を処理した瞬間に骨を踏み砕いた音が響いた。絶命した狼から足をどけて乱れた呼吸を整える。
使い古したタオルで刃を拭ってから鞘に納め、毛皮を回収してからまた刀を抜く。
「次々行こう」
そう短く呟いて次の小部屋に移動する。
戦闘の音や狼に悲鳴は周辺にも届いているだろう。
狼の奇襲も有るかも知れない。
より強く警戒しながら慎重に足を進めて行く。
左右に飛び退ける様に腰を落として通路を進んで行く。
意識を集中していつ狼が現れても良い様に備える。
何も考えない、ただただ狼を駆除する事だけに思考を絞る。
脚は刀を送り出す為に有る。
腕は刀を奔らせる為に有る。
五体を刃の一部に、斬ると言う概念を人の形とする。
それ以外の事は思考からも意識からも追いやる。
次の小部屋には五頭の狼が居た。
壁を背に連続で襲い掛かってくる狼を小太刀で、脇差で、時に蹴りで薙ぎ払っていく。
そこからも駆除をしては休憩をし、また駆除をする。
気が付くと迷宮の出口を出ていた。
視界に色が戻った事で自分が外に出てきた事に気が付く位集中していたらしい。
刀を鞘に納めて、深く溜息を吐いて時刻を確認すると午後六時直前だった。
慌てて買い取り所に向かい狼の毛皮を買い取って貰う。
リュック一杯に詰めた毛皮は全部で七十一枚、買い取り金額は九万を超えた。
受け取った紙幣を封筒に入れてリュックに仕舞い、担いで更衣室に向かおうとした所で声を掛けられた。
「おい!てめぇ!」




