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第二章 第六話

 翌朝、冬の夜明け前に起きると部屋が冷え込んでいた。

 エアコンを起動して部屋を暖めつつ、ジョギングの用意をして部屋を出る。

 寝惚け眼を擦りながらロードワークをこなし、暖まった部屋に戻る。

 シャワーを浴びて髪を拭きながらPCを確認すると炎上していた。

 動画にも大量にコメントが付けられていたし、書き込みの方も大炎上していた。

 動画には注約で現行法では取り締まれない旨は書いていたが、その点もおかしいと言う意見が多かった。

 その流れを見て唇の端を少し上げて、着替えて大学にいつも通り車で向かった。


 車通学なら不意に背中を押される事は避けられる。

 元々研究資材でガラス板や金属板の持ち込みが日常的に成る為に、申請を出して許可を取っていたのが幸いした形だ。

 シーカー犯罪もそれなりに有り、シーカー特有の心理的ブレーキ等無い。

 むしろ刃で命を奪う事に慣れた人種と考えた方が良い。

 僕は他者の善良性を信じるつもりは微塵も無い。

 見極めた上で信用し、預けられると思えた時に初めて信頼する。

 信用、信頼の言葉を重く扱う性質だと自分でも思う。

 信じると言う行為はとても怖い事だと少年時代に思い知らされている。

 ましてや、自分の畑を守る為に迷宮に入る地方のシーカーと違い、力を振るう事を目的にした自分を含めた東京のシーカーを信じるなんて愚行以外の何物でも無い。

 逆に、狼が出る様に成ってから自衛の為にシーカーに成る様な奇特な人間の方が信に値する。

 この反応もある種同族嫌悪なのだと思う。


 大学の駐車場に車を停めて、講義を受ける為に移動する合間、ネットで状況の推移を確認する。

 炎上は加速し、シーカーを禁止する方が良いと言う意見すら見て取れる。

 不祥事を起こせば職を失う国家公務員が迷宮での間引きをする方がコントロールし易いと言う意見も有る。

 道理として正しいと思うが、マンパワーが足りなくて民間人をシーカーに引き入れた経緯を考えると難しいだろう。

 シーカー犯罪を重要視して、シーカー犯罪は一際重たくしろと言う意見も有った。

 刃物を使い慣れた人間に対する恐れからの意見だろう。

 これも正しい意見だと思う。

 シーカー犯罪として、迷宮帰りに問題を起こすケースが報道されている。

 血の気の多いシーカーが迷宮帰りで気が立っていたら周囲とトラブルを起こすのも驚く事でも無い。

 現に僕自身、闘争本能剥き出しにして他者と対峙したのだから言い訳する余地も無い。

 ただ、それでも氾濫を抑える為に必要だと言う事も承知している。

 社会貢献の面も有ると思っている。

 そう言う意識が東京のシーカーには足りていない気がする。

 狼が氾濫すれば迷宮周辺は避難地域に成る。

 故郷を奪われる、そんな理不尽を許容するべきでは無い。

 そう思う。

 真面目に講義を受けようとするが、どうにも頭から色々な事が駆け廻っていた。

 どうにか集中して内容をノートに写してその日の講義を終える。


 午後からは丸々空いているので迷宮に行くかと迷っているとメールを受信した。

 確認をすると件のグループのリーダーからだった。

 内容を確認すると動画投稿への抗議のメールだった。

 念の為に確認するが、誹謗中傷の書き込みは削除されていなかった。

 講義室に居座る訳にもいかないので食堂に移動して、学食を食べながら対応する事にした。

 日替わり定食を口に運びながら眉を顰めてメール内容を再度読んでから返信する。

 不名誉な誹謗中傷が放置されたまま故の措置だと伝える。

 合わせてモザイクを掛けているだけ穏当な措置だと考えている旨も添えて置いた。

 炎上した書き込みの続きを読んでいると正面の席に誰かが座ったのが分かった。

 顔を上げると綵が笑いながら手を振っている。


 何が楽しいのか分からないが、手を上げて挨拶を返す。

「砲丸でドッジボールみたいな報復ね」

 そう綵は楽しそうに笑って言い放つ。

「僕が投げられたのはナイフだった分、優しいと思うけどね?」

「確かに、随分と手加減した反撃だと思うけど、本当に怪我してないのね?」

 綾も棗同様に気遣わしげに尋ねてくる。

 そのくすぐったさに表情を緩めて応える。

「鎧のお陰で無傷だよ、頼り甲斐の有る鎧ありがとう」

 棗や綵と話していると心の波風が一瞬で凪ぐのが分かる。

 有り難い、得難い友人だとつくづく思う。

「それで? 眉を顰めてどうしたの?」

「向こうのリーダーからクレーム、動画を上げられたのが余程困るみたいだよ」

「モザイクも声も変えてくれてるだけ、手心を加えてくれてるとは感じてないのね?」

「そう言う事なんだろうね、メンバーの問題行動を諌められないなら仕方が無いと思うよ」

「次の手はどうするの?」

「向こうの出方が穏やかか荒っぽいかで対応は変わるかな? 脅迫的なメールが来たらそのまま警察に駆け込んだ上で手を加えてない動画を上げるけど」

「次の手まで準備済みなんだね」

「ナイフを投げられた案件その物は既に警察に相談済みだから、関連付けて対応出来るしね。弁護士も探した方が良いかな? とか思ったりはするんだけどね」

「そこまで……、奉怒ってる?」

「いままで経験した事無い位怒ってる」

 断言する僕の言葉に綵は頬を痙攣させて、何か言葉を続けようとしていたが止めて口をつぐむ。

 二人揃って歯切れの悪い感じに違和感を覚えるが、聞くなら夜聞けば良いと判断する。

「そうそう、今夜棗と一緒に行っても良いんだよね?」

 気を取り直して話題を変えて会話が続く。

「うん、クリームシチューとサラダで良ければね。他に食べたい物が有れば作るけど、何かある?」

「ん~、特に思いつかないかな~」

 昨夜食べたシチューの味を思い出して御飯でもパンでも合う事を考えると、

 バケットを基軸に相性の良いおかずを考える。

 肉以外でバケットに合う物を頭の中で羅列していく。

「じゃあ、もう一品として魚でアヒージョでも作ろうか」

「あ、良いかも、ならデザートは私達で買っていくね」

「了解」

「じゃ、私そろそろ講義室に行くわね」

 軽く手を上げて挨拶をして別れて、近隣の弁護士事務所に電話を掛ける。


 無料相談の時間内にシーカーで有る事、迷宮内で刃物を投げ付けられた事、その事でトラブルに成った事、相手から誹謗中傷をネットで広められた事、報復にモザイク音声加工した動画を流して炎上している事を説明する。

 報復行動を咎められ、裁判に成っても和解を勧められて損しかしないと言われた。

 ただ、向こうが危害を加えようと動いた場合は起訴しなければ成らなくなる可能性も有ると言う。

 様子を見ないと判断出来ないので、向こうの出方次第で再度相談する事に成った。

 ただ、未加工の動画のアップロードは止められてしまった。

 弁護士としても勝ち筋を無くされては困ると言う事だろう。

 今後の推移次第と言う事でネットを漁ってみると炎上は継続しており、動画投稿に対しての口汚い批判が目に留まった。

 周囲もそれを面白がって「本人乙」と煽って荒れている。

 他にもメールで返事の催促も来ているが面白いので放置を決め込んだ。

 誹謗中傷も削除されていないのに、手を緩める理由は無い。

 迷宮庁のHPを確認するが特に変化は無いので、投擲武器の禁止はまだされていない様だ。

 ニュースで取り上げられる様に成らなければ動かないのは予想していた。

 数日で対応してくる程日本の役所は柔軟では無いと思っている。

 とは言え、今後数日内に迷宮内で投擲武器での事故が起きたら批判は免れない。

 そう思うと出来るだけ早く動いて欲しいと思う。

 今なら怪我人を出さずに規制出来る段階だからだ。

 あれこれ考えてそれなりに時間が経ってしまったので急いで帰る事にする。


 帰り道にスーパーに寄ると太刀魚の切り身が目に入ったので、ホタテの剥き身やフランスパン、生マッシュルーム、ニンニク、オリーブオイル等と合わせて購入して自宅に戻る。

 食材を洗い仕込みをしているとデバイスに着信が有り、もう直ぐ二人揃って到着する旨連絡が有る。

「二人共お腹は空いてる? 空いてるなら直ぐに食べれる様に作り始めるけど?」

 そう尋ねると二人共空腹だと言うので調理を開始する。

 二口有るコンロの片方でシチューを温めつつ、アヒージョの調理も進めていく。

 太刀魚とホタテに小麦粉を降ってソテーを作る。

 表面が焼けたら皿に避けて、深めのフライパンに薄くオリーブオイルを敷いてみじん切りにしたニンニクと輪切りのトウガラシを軽く炒めて火を止める。

 油が冷めた所で並々とオリーブオイルを注いで四等分したマッシュルームを入れて加熱する。

 マッシュルームに火が通った所でソテーした太刀魚の切り身を入れて軽く加熱した所で火を止める。

 フランスパンもスライスしてオーブンで表面がカリカリになるまで焼いて皿に並べる。

 野菜を千切って手早くサラダをボウルに作る。

 パタパタと料理を進めているとインターホンが鳴ったので二人を招き入れた。

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