第二章 第四話
眉を顰めて身構えると一人の男が何かを投げる姿が目に映る。その何かは狼の頭上を通過してこちらに飛んでくる。飛来する何かを躱そうと身を捩るが左肩の装甲に当たった。回避行動中、狼と正面でぶつかる形に成った。体勢を崩したまま狼の突進を受けて後ろに倒れ込んでしまう。牙の並びを認識した瞬間に左腕を上げて噛み付きを防ぐ。こちらの腕を喰い千切る為に頭を振り乱す動きの隙を突いて右手の小太刀の切っ先を心臓目掛けて刺し貫く。刃物が貫通する痛みに悲鳴を上げてから力無く狼が突っ伏してくる。
狼を横にずらして体を起こすと走ってきた二十代前半位のヘルメットを被った男と目が合った。
目線を反らさずに睨みながら慎重に狼の顎を開いて腕を抜く。
「悪い、一匹逃げ出しやがってさ」
その男の言葉で自分が何をしたのかを理解していないのが分かった。
「本当に……、どう言う了見で確認もせずにナイフなんて投げやがった!」
勢いよく立ち上がってその男を怒鳴り付ける。
いきなりの叱責に面食らった様な顔をしているが、こちらは危うく大怪我する所だった。
掴み掛ろうにも両手には刀を握り締めている為に、むしろ余計に危険人物に成っている。
激情を抑え込んで言葉を繰り返す。
「どう言う了見なんだと聞いている!」
そこでようやく男は僕の装束に気が付いたらしい。
「わっ悪かった、慌ててて、つい……」
「そうか、お前はつい、で他人を殺す訳だな?」
「殺そうとなんか……」
「違わない! お前が投げたのは刃物だ! 人を殺せる道具で、何かを殺す為に投げたのだろうが!」
「悪かったつってるじゃねえか……、誰も怪我してねえしよ……」
狼と戦闘をする事は想定していても、他のシーカーから流れ弾的な攻撃までは想定していない。
第一、怪我はしていないが凶器は間違いなく当たっている。
増してや、この男はこちらが怪我をしていないかを確認すらしていない。
男は詰め寄られた事で怯みつつも見当違いの言い訳を男は繰り返す。
怒りに奥歯を軋ませていると男の仲間がゾロゾロとお揃いのヘルメットを被った男が四人ほど近寄って来る。
「何やってんだよ? 絡まれてんのか?」
男の仲間の一人が極めて不名誉な言いがかりと掛けてくる。
「逃げた狼追っかけてたら怒鳴られて」
誤魔化す様に自身の行動は言葉にしない男に不快感が増していくのが分かる。
「なんなんだよ? 変な格好しやがって、コスプレか?」
自分の仲間が絡まれていると思った別の男が割って入ってくる。
日本刀を両手に持った鎧武者を相手に勇気が有るとは思うが、こちらはこちらで見当違い過ぎて呆れてしまう。
「そうか、お前等はナイフを投げられた被害者に叱責されたら、相手はチンピラって判断する訳だな? どっちがチンピラなんだ?」
不愉快さが窮まって連中を一纏めにチンピラとして扱う事にした。
「なんだよ、あんた! ナイフって何の話だよ?」
「言葉の通りだが? こちらはナイフを投げ付けられた被害者なんだが? なんで被害者が絡んでるチンピラみたいに言われなきゃならない?」
僕の言葉で不審に思い最初の男に他の連中が確認をする。
「お前ナイフ投げ付けたのか?」
「ああ……狼に向けて……」
「で、なんでこの人は怒ってるんだよ?」
「狼に当たらなくてそっちに飛んでって……」
「この人に当たりそうになったんだな?」
「当たりそうにじゃない、当たったんだよ」
どうやら確認しているのはグループのリーダーか何かの様だ。
そのやり取りの推移を眺めつつ正しい情報を挟む。
成り行きを観察しながら頭の中で今後の対応を考える。
迷宮は私有地では無いが、刃物を所構わず投げる行為がどんな犯罪に成るのかイマイチ分からない。
最悪ここで乱闘騒ぎに成る気がする。
正直相当に気が立っているし、戦闘直後で闘争本能が全開だ。
普段の数倍は好戦的に成っている自覚が有る。
「全面的にお前が悪いじゃないか!!」
「だから何度も悪かったって謝ってるけどこいつが……」
謝っていると言う主張に不愉快さがまた一段上がった。
「お前は日本語が使えないのか? 謝ってる? お前は非を認めただけで謝ってない! 謝罪はごめんなさいだ! 悪かったって言葉は非が自分に有るって意味だ! 刃物を投げ付けられた側が有耶無耶にしてくれると思うな」
男の言い訳に怒りが加速度的に増していく。
何故全員が刃物を抜いている状態で挑発的な言葉を使うのか理解が出来ない。
「その人が言う通りだと俺は思う、少なくとも俺なら「悪かった」の一言で流せない事をしてるぞ?」
男はリーダーや他の仲間の顔を見回して味方が居ない事を悟ってから不貞腐れた様に謝罪してくる。
「すいませんでした、俺が悪かったです」
取り敢えずの謝罪の言葉に怒りを抑えてみるが、
その言い方に何が悪かったのか理解しているのか疑問に感じて聞き返す事にする。
「どこが悪かったって?」
「どこって……、ナイフを投げた事がだよ……」
本格的に分かってない事がハッキリして怒りが再燃する。
「全く分かってないな、縦の通路で誰が居るかも確認せずに刃物を投げて他人を怪我させかけた挙句、誤魔化して逃げようとした。お前その内に人を殺しそうだから警察に行く事にする」
こう言う輩は口頭で注意叱責されても心入れ替えるとは思えない。
それならば事件にする方が効果的だと判断して、その場を立ち去る事にする。
一連の行動はデバイスの動画で撮影されているから一度警察に相談する事にした。
アメリカでのシーカーの誤射跳弾事故と似た出来事がタイムリーに起こり過ぎていて憂鬱になる。
足元に転がる毛皮を回収して連中を置き去りに歩き出す。
何か騒いでいたが意味の有る言葉は言っていなかった気がするので構わずそのままにした。
迷宮を出ると刀を鞘に戻して鼻背デバイスで迷宮庁に電話を掛ける。
迷宮内で警察権は発生するのかを確認してから警察に電話をする。
警察には相談と言う形で留めておいて、後日動画を提出する事に成った。
残念ながらナイフで怪我をした訳では無い為に傷害事件には出来ないらしい。
不満では有るが現行法でそうなっているなら騒いでも仕方が無い。
溜息交じりに移動をして、リュックの中身を買い取り所で売り払って食事を摂る事にする。
鎧武者のまま出歩くのも変だし、刀を帯びたままお店に入る訳にもいかない。
買い取り所の更衣室で着替えて、コインロッカーに装備を仕舞って食事に行く。
変遷で客足が落ちたのだろうか? 比較的空いている近所のファミレスに入ってステーキランチをオーダーする。
日々自炊はするのだが、ステーキの類は焼き加減に自信が持てず家では作らない。
久しぶりにがっつり肉々しい食事を摂る事にする。
先程の事件の事を考えると気分が悪くなるので、卒論の事を考える事にする。
小部屋に設置した鉄板に変化が有れば、時間経過で硬度が増していく証左に成るし、変化が無ければモンスターの屠殺数に比例する事の証左に成る。
数十枚の鉄板の強度変化の検証データの収集で迷宮に篭る事に成る。
特に確証が有る訳では無いのだが、装備品の強度が向上する条件が携行する事だった場合を考えて、リュックは地面に置かずに背負ったまま戦闘をしていた。
正直5㎏弱の鉄板は重くて煩わしいとは思うが、検証作業に必要な資材な為仕方が無い。
あれこれと考えていると焼き上がった拳大のステーキが運ばれてくる。
香ばしい肉の焼ける匂いが鼻腔を擽る。
ナイフを入れると軟らかいヒレ肉はあっさりと切れる。
熱々の所を口に入れて噛み締めると濃厚な肉の旨味が広がってくる。
最近は兎肉がメインで、塊としては小ぶりの為に煮込み料理ばかりだった。
ステーキの様な「肉を喰っている」と言う感覚が無かった為に余計に旨く感じる。
旨さは置いておくとして、食いでと言う意味ではやはりステーキが勝る。
頬張り、噛み砕き、嚥下する快感を存分に楽しむ。
若干の物足りなさは有るが、午後も迷宮で活動するので丁度良い量では有る。
食後のコーヒーを飲みながら機嫌も収まっている事を自覚する。
思い出せばまたムカムカしてくるので考えない様に別の事を考える。
暫く食休みをしてから買い取り所に戻る。
役所然とした建物に入り、トイレを済ませ、更衣室で装備をし直して迷宮に向かう。
入り口で深呼吸をして、意識を戦闘へと切り替える。
二本を鞘から抜いて迷宮の暗闇に足を踏み入れる。
まず真っ先に小部屋で鉄板の確認をする。
「悪戯されてる形跡はない、か」
これで、悪戯目的で無く成って居たら目も当てられない所だった。
日本の治安の良さに甘えたやり方だと自覚は有るが、わざわざ迷宮で間引きもせずに一日張り付く無駄は避けたい所だ。
目立たない所に設置した事も有り、今日一日は問題無く行く事を祈る。
そこからは午後の半日を間引き作業に当てる。
午後は特にトラブルも無く、合計で四十八頭の狼と遭遇し、全て毛皮にして迷宮の外に出る。
設置した鉄板も回収出来て一安心した。
毛皮を買い取りして貰うと、午前の分も合わせると十一万を超えた。
今までのシーカー活動でここまで稼げた事は無かった。
棗と二人で頭割りしていたので当然だが、ソロに成っても遭遇数が減った訳では無い。
処理速度が若干下がったとしても、一時間で遭遇する数が減った訳では無い。
それならば総取り出来る今の方が稼げるのは当然だ。
ただ、一日十万、週五日行えば一月で二百万円を超える。
これは就職する意味が有るのだろうか、と考えてしまう金額だ。
勿論、将来性や安定性を考えると普通に就職するべきなのだが。
シーカーが何歳まで続けられるのか分からない事、モンスターの変遷が起これば厳しさが増す事、根本的に迷宮が何時まで存在し続けるか誰にも分からない事。
不透明過ぎて選ぶのは危険だと思う。
正直、遺骸が毛皮や肉にその場で変化する時点で生物なのか疑問が残る存在だ。
繁殖している様子も無いのに、増え続ける事も訳が分からない。
考え事をしながら更衣室で装備を外して着替えを済ます。
荷物を車に乗せて帰宅する。
冷蔵庫に兎肉以外何も入っていない事を思い出したが、刀を持ち歩く訳にも、置きっぱなしにする訳にもいかない為に真っ直ぐ帰る。
車を玄関付近に路駐して手早く荷物を室内に置いて、刀を鍵付収納に仕舞ってから買い出しに出直す。
近所のスーパーで野菜と卵、三日分を買い込んで車に乗せる。
車に乗り込むと陽が完全に落ちた冬の夕方の景色が窓から見える。
迷宮内は暑くも無ければ寒くも無い、気温の変化の無い環境で風も無い。
季節感の無い環境故に防具の上に羽織る必要も無いのが幸いでは有る。
勿論戦闘が長引けば汗もかくが、ここ十年程の気候の極端化の影響が無いのはありがたい。
氾濫したモンスターを猛暑の太陽の下や、冷え込む雪の中で対処しないで済む様に間引きは必須だ。
僕を含めて、世界は迷宮と折り合いを付け始めている、そう感じる。
氾濫さえ起きなければ社会は特に変化も無く回っているし、回って行く。
まあ、反乱が起きれば絶対に迷宮周辺の地価は暴落するし、それ以外の土地は高騰するのが見えているが。
犠牲者は確実に出る狼の氾濫は可能なら避けたいとは思う。
地道な間引きを続けて行くしかない。
本当はシーカーを増やすべきなのだけれど、狼を相手取る酔狂な人間はそう多くは無いだろう。
秋とも冬とも言えない微妙な寒さは車内にも伝わってくる。
第一話の前に、短いですが一話差し込む形でクライマックス直前のパートを上げました。
もしまだ未読の方は一度触れて読んでいただけますと幸いです。




