表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/48

第二章 第一話

 迷宮変遷から七ヶ月。

 日本国内では迷宮関連でいくつかの法案が特別国会で審議されており、各地の迷宮も自衛隊とシーカーが積極的に活動をし、氾濫の可能性を抑える活動が続けられていた。

 一部独裁国家では軍だけで活動している。

 逆に先進国では軍の比率は低く、シーカーの活動を推奨している国が目立った。

 欧州では貧民層や移民層を積極的にシーカーに成る様に促す政策を取っている。

 無論問題点も多く、武器を使い慣れたシーカーの犯罪に警察や軍隊が取り締まる事も増えている。

 貧困国で、軍が主体となって迷宮での活動を行う国では、貧民層が生きる糧を得られない状況も発生している。

 そして貧民層の抗議運動を武力で鎮圧していると言う情報も有った。

 世界の構造が迷宮により変動している、と言う認識が広まっている。

「よし、準備は万端っと」

 朝一で神社に参拝をして、気を引き締めてから迷宮に挑む事にした。


 綵デザインの現代風の当世具足を現代具足と名付けた。

 現代具足を迷宮脇の買い取り所の更衣室で装備して動きの最終確認をする。

 当世具足とボディーアーマーを掛け合わした様なデザインで、体にフィットした構造の為にガシャガシャと音を立てる事も無い。

 関節の動きに全く干渉しないのが良い。

 兜も装飾は一本の鬼の角を模した物以外は無く、極めてシンプルなデザインをしている。

 今日から一人で迷宮に入る事に成る。

 いつも隣に有った姿が無い、それだけで心細い物が有る。

 本当は他のシーカーのグループに参加させて貰うべきなのだが、如何せん東京のシーカーの絶対数が少な過ぎて交渉相手が見付からなかった。

 この辺りもネットで探すべき事なのだろう。

 そんな事を考えながら迷宮の入り口に立つ。

 一つ深呼吸をして気合を入れて足を踏み出す。

 鯉口を切って小太刀と脇差を抜いて暗闇の中に入って行く。

 何年経っても慣れない緑と白の視界に顔を顰めて歩みを進める。


 暫くの間迷宮の通路を進んで行くと小部屋に差し掛かる。

 小部屋の中から唸り声が聞こえてくる。

 足音に反応して既に狼は臨戦態勢に入っているらしい。

 狼の聴覚を誤魔化して歩く事など不可能な為にシーカーは諦めて遭遇戦を行っている。

 掌の中の柄を握って戦闘への覚悟を決めて集中力を高めていく。

 視線を走らせると狼が六頭居るのが確認出来る。

 入り口を入ってそのまま壁沿いに横にずれて背後を取られない様に陣取る。

 腰を落として狼の動きを観察する。

 一人で現れた僕を警戒しているのか中々動こうとしない。

 この緊張感と動きの無さは精神力を地味に削る。

 この一回で終わる訳でも無いので誘いを掛ける事にする。

「さあ、始めようか」


 そう声に出して切っ先を揺らすと誘いに乗る形で一頭が間合いを詰めてくる。足首狙いの突進に合わせて鉄板入りのブーツの先端で思い切り蹴り上げる。膂力の増した蹴りは十五㎏前後の狼を蹴り飛ばすに十分な威力だった。ドッと言う音と共に少し離れた所に落下すると他の狼が敵愾心を発揮したのか一気に向かってくる。息を止めて向かってくる狼を順々に攻撃して行く。小太刀で斬り、脚で踏み砕き、脇差で刺突する。怒りの籠った唸り声と切なく成る様な悲鳴が小部屋に満ち、反響が収まる頃には戦闘も終わっていた。


 周囲を見回して他に狼が潜んでいない事を確認してから大きく息を吐き出す。

「うん、良いな。むしろ鎧のお陰で戦いやすいかも」

 刀を握る手を回しながら呟く。

 戦闘時間は恐らく二分程だろう。

 新たな装備の重量も身体的には負担には成っていない。

 逆に重量が威力面に貢献すらしている気がする。

 兜も大きな装飾も排除しており、面頬も鼻背デバイスも計算に入れて作ってある。

 重量も当世具足の二十kgを大幅に軽量化して七kg程にまで軽減、体感として少し重たい鞄を背負っている程度にしか感じない。

 今の戦闘でも疲労感は特にない。

 体力面でも力が付いている事が分かる。

 狼も六頭程度なら特に問題無く駆除出来る事が分かって安心する。

 これなら単独でも特に問題無く活動出来ると確信を持った。

 そうあれこれ分析をしていると狼の死骸が毛皮に変ずる。

 毛皮を背負ったリュックに収めて次の小部屋に移動する。

 次々に部屋を渡って狼を駆除し続けて順調に毛皮が貯まって行く。

 今のリュックでもそろそろ心許無い位に成った所で迷宮を出る事にする。

 巻いて筒状にしてコンパクトに詰めても限界は有る。

 単独では回収出来る量も限られているのが問題だ。

 大き過ぎて邪魔になるかも知れないが、大型の物を買うなどしなければ成らないだろう。


 周囲を警戒しながら迷宮を出る為に通路を戻って行くと突然小部屋から一頭の狼が全速力で突進してくるのが見えた。

 流石にイヌ科の全力疾走は早い。

 腰を落として戦う姿勢を取ると狼が目の前で急停止した。

 予想外の挙動に反応が遅れた所で狼が遠吠えを上げる。

 その遠吠えは通路に反響して遠くまで響いて行くのが分かる。

 小部屋と小部屋の距離はかなり有るが、それでも相当な範囲に今の遠吠えは響いただろう。

 そして聴覚の鋭い狼が大挙して押し寄せてくるだろう事も分かる。

 躊躇している暇は無い。

 目の前の狼を駆除して周囲を完全に包囲される前に戦い易い場所に移動しなくては。

 小太刀と脇差の二段構えの突きを放って呼び寄せる為の遠吠えを続ける狼を屠る。

 毛皮は諦めてその場を急いで離れる。


 通路を走りながら周囲を確認するがなかなか良い場所が無い。

 呼吸が乱れない範囲で走っていると壁に窪んだ箇所が有るのが見える。

 躊躇い出口まで駆け抜けるか迷うが背後から狼の吠える声が聞こえている。

 もうここまで来たら開き直って窪みに背中を預けて囲まれない様に戦うしかない。

 窪みその物は一m程の小さな物で背中を預けて置けば背後に回り込まれる事は無い形状をしている。

 前面だけを見据えて戦えるのはありがたい。

 狼も三頭以上が陣取れば身動きが取れないだろう。

 敵の向かってくる方向を限定出来、こちらの攻撃範囲も制限されない立ち位置を作れる。

「ああ、新撰組が路地を利用したってこう言う事か……」

 妙に納得出来る故事を思い出して場違いにも笑ってしまう。


 かなりの緊急事態のはずなのだが、昔から緊張がピークを超えると逆に楽しくなってしまう気質が出てしまったらしい。

 正直今の自分の顔は人様に見せるべき物では無い自覚が有る。

 無遠慮に、周囲の目を気にせず、全力を出せる事を喜ぶ笑顔、だ。

 大なり小なり人が持つ闘争本能と言う物が顔をもたげる。

 深く息を吐いて、腹筋を締め上げる様に力を込める。

 狼が疾走してくる音が近付いてくる。

 地面を擦る音の距離に比例して集中力が増していくのが分かる。

 窪みから体半分がはみ出た姿に気が付いたのか、狼達が一斉に群がってくる。

 見た感じ十数頭は居る様だが、正確に数える余裕は無い。

 牙を剥きだしに襲い掛かってくる狼の群れは恐ろしかった。

 怯えを押し殺して、ただ向かってくる狼を迎撃する事だけを考える。

 

 襲い掛かってきた一頭を、小太刀を用いて上段で切り落とす。頭部を両断すると次の狼が足首に噛み付こうと首を捩じりながら向かってくるのを右足で踏み付ける。足の裏に骨が割れる感触が伝わる。次いで向かってくる狼も小太刀で切り付けると同時に右足に体重を思い切り込めて頭蓋骨を踏み砕く。両の太腿に力を込めて体を引っ張る様に落として左右から同時に飛び掛かってくる狼を上段から二本の刃で斬り付ける。足元に転がる遺骸を狼に向けて蹴り飛ばして足元のスペースを確保し直す。殺された仲間の遺体が飛んできた事で怯んだのか、狼達の動きが止まる。呼吸を整えながら狼達の次の動きに備えて地面を踏み成らす。ジャリジャリと微かな音と共に地面に転がる小石を(はら)いながら万全の状態を作る。まだ眼下には十前後の狼が唸り声を上げて僕を囲んでいる。逃げ場の無い場所で、逃げても追い付かれる状況では開き直るしか無い。


「うおぉ! 掛かって来い!」

 腹の底から気合を込めて咆哮を上げると、と弾かれた様に狼達が向かってくる。攻め掛かってくる狼を迎撃するが、二頭三頭と続けて屠ると距離を取ってこちらの様子を見る行動を取りだした。消耗を待ってから一気に向かってくるつもりの様だ。何度か挑発をしてみるが懲りたのか遠巻きにウロウロするだけに留まった。困った、このまま膠着状態が続けば気力と精神力が削られるし、集中力が切れてしまう。狼の数を数えてみると残りは四頭だった。いい加減腕が重たいし、脚にも乳酸が貯まってきている。もう一頭削れればむしろこちらから仕掛けても良いのだが、四頭に向かって包囲されるのは不味い。態々怪我をする様な行動を取る理由も無い。瞬発力と反射神経に物を言わせてだらけた雰囲気を擬態する事にする。腹筋に力を込め直しつつ、実際に力を抜いて肩を回したりと足首を回したり、油断した風に動いてみる。残念ながら狼達は動かずに擬態は失敗した。


「これは小柄でも携行した方が良いのかも知れないな……」

 鞘に差して持ち歩く小刀の類を用意する必要が有る。

「あ、和釘で良いか」

 どう考えても小柄では軽すぎて効果が見込めない。それに比べて和釘なら重量も鋭さも十分見込めるだろう。そんな事を考えていて無自覚に集中力が切れていたらしい。狼達が一斉に向かってきた。反応が遅れて右脛に噛み付かれてしまった。引き摺り倒そうと噛み付いたまま頭を振り乱す狼の力に体勢を崩されそうになる。されるがまま倒されてしまったら最後、無残な姿に成り果てた自分を想像出来てしまった。太腿に、脹脛に、両脚に力を込めて脚で地面を掴むつもりで姿勢を立て直す。死ぬ気で踏ん張っていると目の前に飛び掛かってくる狼の姿が見える。咄嗟に小太刀を一閃させて、続いて向かって来ようとしていた狼の鼻っ面を思い切り蹴り飛ばす。ゴキンと言う音と共にその狼は後ろに倒れ込む。唸り声を上げながら右足を咬み続けている狼の背骨を断ち切る様に刀を振る。思い切り噛み付いていたのだろう、両断されたにも関わらず狼は半分に成った身体でぶら下がった。脛当てに傷が付いただろう事を思うと苦々しい思いが顔に出る。苛立ちを抑える事も無く残った狼を見据える。


 最後に残った狼は孤立を理解したのかより慎重に成った。

 向かってくる気配も無く、しかし逃げる事もしない。

 自然界の狼が最後の一頭に成った時にどうするのかは分からないが、逃げず、向かって来ず、距離を置いて唸っている時はどうしたら良いのだろうか?

 カウンターで合わせるのは可能でも、狼に向かって行って攻撃が当たるとは思えない。

 人間はどう頑張っても野生生物に動きで勝つ事は出来ない。

 静かに、狼の初動を見逃すまいと視線を動かさずに腰を落とす。

 狼は動かない。

 僕も動かない。

 どちらも微動だにしない時間が流れて行く。

 互いに勝筋の為に動かないし、動けない。

 浅い呼吸の中狼の方が先に焦れてきたらしい。

 低い唸り声を上げながら力を溜めているのが見て取れる。

 

 緑色の視界の中、前脚の爪が地面を噛むのが分かったそれに合わせて小太刀を右方向に薙ぐ。コマ送りの様に狼が飛び掛かってくる。刃がゆっくりと右に進んで行く。狼の目標は僕の喉。僕の目標は狼の頭部。切っ先は動き出しが早過ぎたのか狼に触れる事無く通過する。通過すると同時に左脚を踏み込んで身体を開く。開きながら左手の脇差を真っ直ぐ突き出して、切っ先を狼の眉間に送り込む。十五kgの狼と七十kgの僕の体重が骨と刃の一点に集約されてぶつかり、そして鉄が勝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ