表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/48

第九話

 真新しい革のツナギがギチギチと革がしなる音を立てる。

 少しだけ仕様を変更して、革手袋と袖口を一体型にしている。

 履き慣れたエンジニアブーツと合わさって、全身黒で統一されている。

 ツナギを仕立てて貰うのに二週間ほどが掛かった。

 綵の母親が試行錯誤した力作と成っている。

 ツナギの裏地には迷宮活動で穿き続けたデニムを使用して防御力を嵩上げしてある。

 今有る手札を全部注ぎ込んだ感の有る装備と成った。

「奉、どうだ?」

 手足を動かしながらツナギを馴染ませていると棗が声を掛けてくる。

「違和感は有るけど一日着て動けば馴染むと思うよ」

 多少体形が変化しても大丈夫な様に余裕を持たせたサイズの為、どこかが突っ張ると言う事も無い。

 袖や脛に仕込んだプロテクターと、各所に付けられた金具が揺れて若干煩わしいが、それ以外は特に気になる点も無い。


 お待たせ、と準備が出来た事を伝えて揃って迷宮に入って行く。

 前回は慌てて出てしまったが、今回は時間を掛けて素材集めが出来る。

 漆皮は完成しても半年は使えない。

 ウルシオールと言うかぶれを引き起こす成分が抜け切るまでは着用出来ない。

 制作が伸びれば完成も、使用も先延ばしになる。

 必要な狼の皮は出来るだけ早い段階で集めてしまいたい。

 予備の分も考えると四十枚は欲しい。

 付き合ってくれる棗とは山分けにして収入にもする事に成っている。

 装備の為にかなり貯蓄を崩してしまった事も有り、革材料と売る分も考えるとかなり集める必要が有る。

 狼の皮の買い取り額は 千四百円と成った。

 当初の予想よりは多い。

 東京の迷宮だけが手薄な為に買い取り額を高く設定している。

 そして買い取り額で見ても狼を百頭以上狩らないと散財を取り返せないのだ。


 改めて計算すると鬱々とした溜息が漏れる。

「どうした? シーカー辞めたくなったか?」

 棗がさも辞めてしまえと言う様に笑いながら問い掛けてくる。

「いや、貯金額を思い出したら切なく成っただけ」

 素直に心情を言葉にすると自業自得だと言わんばかりに棗は笑い飛ばしてくる。

「確かに鹿革が高かったもんな」

 愛車程では無いが、それでも大きな額を使ったし、その時の二人の呆れきった顔は忘れられない。

「使えない部分も多かったし、値段と見合っていたのか自信が無く成るよ」

 ツナギを作る革材として使えない部分が意外と多かった。

 端切れ部分は持ち帰って財布を仕立ててみたが、切り貼りが出来ない分無駄が多かった。

「まあ諦めて稼ぐしかないって」

 棗の慰めに成っていない言葉に頷いて迷宮を進んで行く。

 当分は狼をお金に見立てて頑張る事にする。

 そんな事を考えながら周囲を警戒しながら進むと唸り声が微かに聞こえた。

 今日は早速のお目見えらしい。

 

 暗視画面に浮かんだ複数の狼に向かって躍りかかる。事前打ち合わせで、四頭以上が現れた場合は壁を背に戦う事。囲まれる前に一頭でも排除する事を決めてある。右の片手平突きで戦闘を走る一頭の頭を串刺しにする。薄い頭蓋骨を割る感触が手に伝わった所で急いで壁際に下がる。棗も正面の壁に背中を預けて狼と対峙する。

「慌てずに処理していこう」

「ああ、狂犬病予防もしたしな!」


 お互いに声を掛け合って必要以上の緊張を振り払う。現れた狼は全部で五頭、内一頭は既に絶命させた。棗の所に二頭、こちらにも二頭が陣取って唸っている。眼下の狼が唸りながら距離を詰めてくる。地面を強く踏みながら上体を前のめりにすると驚いて距離を取ってはまた詰めてくる。何度かそんなやり取りをした所で一頭が警戒を緩めて不用意に近付いてきた。一瞬でギアを上げて居合で横凪に一閃すると右側の狼の頸椎を切り離す。小太刀を持ち直して左追い突きで残りの狼の眼窩(がんか)から刃を通す。

 棗は棗で、足首を狙ってきた狼をブーツで踏み付ける。狼の首に体重を思い切り掛けながらもう一方の狼の頭頂部を叩き割り、その流れのままに足元の狼にも即座に止めを差した。

 

 最短最小の力で行われた一連の動きに嫉妬すら覚える、そんな手並みだった。

 恐らく掛かった時間は二秒程だろう。

 才能の差か、それとも刀を振る事に拘った為に出た差かも知れない。

 互いを視界内に収めていた為に、お互いの処理速度の違いに気が付いている。

「なあ奉、そういうの良くないと思うぞ?」

 棗の無駄の無い戦い方と自身の戦い方の差に、見咎める様な声色に返す言葉も無く苦い顔をする。

 無自覚に剣士に成ったつもりで居たらしい。

 通っていた剣術の道場でも柔術を含めた当て身も当然教わっている

 実際の所、剣術は剣道程スマートな物でも無く、泥臭いまでに実践的な動きすら有る物だ。

 なのに、脇差鎧通しの類を帯びていない事からも反論の余地も無い。

「本当だね、色々勘違いしていたみたいだ。全部出す様に心掛けるよ」

 兎と言う危険の少ない環境だった以前とは違う。

 防具の初期段階で満足していた認識がまず()()()()()()

 そんな事も指摘されるまで考えもしなかったのだ。

 ましてや、学んだ剣術は二刀流まで体系として確立した流派だったのに、だ。

「小言ばかりで悪いんだけどな……」

 そう棗も気まずげに呟くが、それも心配しての言葉だと分かる。

 情に厚く、思慮の深い親友に感謝する。

 親友に心配掛けてまで固執する事では無い。

 毛皮を回収しながら身に付けた引き出しの中身を全て使う心構えを固める。


 そこから十七時頃まで二人で狼の駆除を続けてから迷宮を後にする。

 後ろからいきなり襲い掛かられない為に、背後にも注意を払いながら時間を掛けて。

 迷宮を出て、迷惑に成らない場所まで避けてリュックから毛皮を並べ数えると、合計で六十頭を越える数が集まっている。

 兎も十数羽だけだが遭遇し間引きしておいた。

 それぞれが倒した毛皮をそのまま各自回収しているので、内訳は棗が二十五頭、自分が三十六頭だった。

 棗の収入は三万五千円に届いた。

 明日も同じペースで稼げるなら毛皮の確保と、残りは買い取りをして貰えば早い段階で切り崩した貯蓄も戻せる目途が立った。

 安心して溜息を漏らすと棗に笑われてしまう。

「明日で素材は集められるから、来週綵も誘って鍛冶屋に行かないと」

「ん? 鍛冶屋に、か?」

「うん、崩れ防止と強度向上に薄い鉄板を仕込みたいんだよ、だから型紙持参でね」

「ああ、そう言う事か」

「防具なんて上を見たらきりが無いからチタンとは言わないまでも、薄い鉄板位は挟みたいからね」

 数日前に制作したプラ甲冑は綵に預けて、装甲パーツの参考にして貰っている。

 週末までには型紙は出来上がっているだろう事を期待している。

 そこからは棗の集めた毛皮を買い取りして貰ってそれぞれの家に帰宅した。

 家に帰って荷物と小太刀を仕舞い、夕食と風呂を済ませる。

 全ての雑用を終えた所で毛皮の毛をカミソリで剃り落とし毛皮を皮に加工する。

 特に鞣していない皮はふにゃふにゃと頼りない柔らかさに成ってしまう。

 とは言え、ここからは漆を重ね塗りして元が皮だと分からなく成る。

 モンスターの皮と普通の皮で違いが本当に有るのか?

 むしろモンスターの皮は耐久力が向上しなかった場合は目も当てられないのだが。

 その辺りの事も不安は残る。

 実際問題、人類にとって迷宮は今でも未知のままだ。

 これからどうなるのかも分からない。

 世界中の迷宮で兎から狼に出現する動物が変わった。

 今後も変わり続けるなら、どこかで人類は存亡が危うくなる。

 それが何年スパンで変化するかで人生は大きく変わって行くだろう。

 ベッドに身を投げ出して、そんな事を考えながら眠りの中に落ちて行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ