エンディングのその先
「あっ」
「よう」
そこにいたのは、おのれがいまだ生者であった頃の仇敵であった。
「やっぱりお前も来たのか、勇者」
「まさか死んだ後でお前に会うとはな、魔王」
人類の救世者、勇者。
ヒトならざるモノどもの頭領、魔王。
決して理解し合えるはずのない二人が邂逅を果たした。
「それで? ここはどこなんだ?」
「地獄でも天国でない、としか言えないな」
勇者は既に死んだ身だ。だが、勇者が死んだのは魔王を倒してから何十年かした後。彼は闘争や病による死ではなく、天寿を全うした末の死であったのだ。
対して、魔王は勇者とその仲間によって倒された。当然、蘇生の魔法によって世界の災厄である魔王がもう一度復活することがないように、魔王の肉体を塵芥になるまで燃やし尽くしてから封印を施した。
「まあ、こたつに入れよ」
「こたつ?」
「ああ、なぜかここにあるんだよ。もっとも、これ以外にはなにも与えられなかったがな」
自分を殺した勇者を目にしても魔王は笑ったままだった。勇者の知る魔王であれば一度でも刃向かった者は身内でも凄惨に殺したはずなのに。
「……俺のことが憎くはないのか?」
「ん、そうか?」
「お前は魔王で、俺は勇者だ」
「んー、でも正直言うと好きで魔王やっていた訳じゃないしな」
「え?」
「あれな、仕事の押し付け合いだったのさ」
それは衝撃の事実だった。
魔王とは人類にとって絶対に排除しなければならない災害だった。いわば魔王とその軍勢は天変地異にも等しく、だからこそ人類の中でも選りすぐりの特攻部隊を送り出したのだ。
「魔王というのは、モンスターの親玉だろう? それなのに、人間が憎くないのか?」
「まあ、勇者だったお前は政治的な事情をなにも知らないんだろうな。本来なら人間なんてとっくの昔に滅んでいた種族なんだから」
「どういうことだ?」
「簡単なことだ。人間は魔物に比べるとはるかに脆弱な生物だ。統制されていない野良の雑魚相手ですら普通の村人では追い払う程度しかできない。それほどまでに実力差があるのに、どうして人間がいつまでも生き残ってきた?」
「神の加護があったからじゃないのか?」
人間には信仰があった。その証拠に神官は人間以上の存在として神の権能を借りて神秘の力を振るうことができる。
「違うな、こうやって俺たちがここにいることからわかるように、神が存在するのはたしかだろう。しかし、お前たちが滅びなかったのは偶然や運命などではない。あるのは、ただの必然だけだ」
「つまり?」
「単純に、俺たち魔族は生存戦略に敗北したんだよ」
魔物は、強い。他のどんな生物よりも。
人間は、弱い。他のどんな生物よりも。
魔物は個として強すぎた。だから、仲間同士で連携を取ることもなく、闘争に明け暮れた。弱肉強食のみを唯一絶対の掟としたがゆえに、知恵と知識を積み重ねることができず、いつまでも進歩しなかった。
人間は、個として弱すぎた。だから、生き残るために仲間同士で協力し合い、より大きな共同体を作った。文字を生んで過去を記録し、道具を使って本来の力以上の仕事をこなすことを可能にした。結果として、文化と文明が発達し、種として発展した。
「まあ、それでも知恵のあるやつが魔物にもいた。それが魔王の一族なのさ」
「魔王の政治なんてただの圧制だと思っていた」
勇者は魔王を殺すためだけにある首切り包丁だった。毒薬だった。弾丸だった。
それ以外の思考も行動も許されなかった勇者には、魔王の行為に対して憎悪以外のものを持たなかった。
「これでも大変だったんだぞ?」
魔物という種を残すためには、飢えさせないための食料が必要だった。だから、魔物同士で殺し合いを刺せるのではなく、群れを作る上に一匹一匹が弱い人間を襲わせた。
魔物という種を残すためには、魔物を殺す敵を排除する作戦が必要だった。だから、人間たちの支配者が本気で掃討に乗り出さないように、首都などの重要な拠点から離れた辺境のみを襲わせた。
魔物という種を残すためには、魔王の地位を狙う反逆者を抑えるための謀略が必要だった。だから、強力な武器を与えたり、捕まえた人間たちを奴隷として自由にさせたりした。
「毎日、毎日、自分のことなど度外視で働いていた。最初の頃に抱いていた義務感なんて数か月で消え去ったよ。だから、俺たちの一族で魔王というのは一種の貧乏くじだった訳」
「いろいろ大変だったんだな」
「そういう意味で言えば、俺を倒してくれたお前には感謝すらしている。お前が俺を殺した時点で、魔物と人類のパワーバランスが理想の状態になったし」
人間が減りすぎれば魔物はまた殺し合いを繰り返してしまう。
魔物が減りすぎれば今度は人間に狩り尽くされてしまう。
「俺の仕事は終わった。こうして、こたつに入りながらぬくぬくと世界の情勢を眺めることができるし」
「ちょっと待った。そんなことができるのか?」
「ああ、ちょっとしたボーナスみたいなもので、こちらからはなにもできないが、傍観するだけならいくらでもできる。どんな空間でも、どんな時間軸でも、自由にのぞける」
「へー、じゃあ俺の子供が俺の死んだ後でどうなったかもわかるのか?」
勇者は魔王を倒した後で王女と子供をもうけた。そして、その子が次の王の有力候補となったのだ。
「ああ、お前の子ね。お前と同様に戦士としての才能はあるな」
「おお、それはいいな」
「代わりに、政治の勉強が全くできなくて、そうそうに王になるのを諦めたぞ」
「そういうのは遺伝しなくていいのに」
「まあ、それなりの血筋だから騎士団の団長としてうまくやっているよ」
勇者の成したことは偉業であったが、それは必ずしも後世まで永遠に残るものではなかったようだ。
「そういえば」
「ん?」
「スライムってなんだったんだ? 序盤から雑魚として登場していたが、あれってどうやって生まれてくるんだ? というか、生き物なのか?」
「ああ、あれ? ゴミだよ」
「は?」
「もともとは俺たちの一族が作っていた栄養補給剤だったんだ。人間に代わる食料として期待していた発明品だったんだが、失敗作として廃棄処分にした。ところが、誰も使っていない廃墟に捨ててきたら、そこにさまよっていた幽霊が乗り移ってモンスターになってしまったのさ。もっとも、魂の代わりになっていた幽霊も非常に脆弱だったから、どうせ戦略に影響は及ぼさないだろうと放置していた」
「そんなしょうもない理由であいつら生まれたのかよ」
「まあ、そういうこともあるさ」
スライムの誕生秘話は、思ったよりもずっとくだらないものだったようだ。
「魔王、積もる話はまだまだたくさんある。聞いてほしい話も、聞いておきたい話もな」
「勇者、それは俺も同じだ」
こたつを囲みながら魔王と勇者は語り合う。
既に死んだ彼らには生きていた頃の因縁も責務もないのだから。