戦い、終結
葉月一週目水曜日
「うっ、ぐふっ。がはっ」
僕が想いを込めて出した拳はミイさんの心臓を貫いた。体から引き抜けばきっと血が大量に吹き出すのだろう。だから僕はすぐに抜き出せずにいた。きっと抜いてしまえばすぐにミイさんは死んでしまうだろうから
「ミライさん…ありがとうございます。マスターたちに…」
「うん、ちゃんと伝えるよ」
「はいっ…ああ、私…もっと…生きたかったな」
「…っ!」
改めて突きつけられる、命を奪うことの意味。誰かの人生を自分の手で終わらせるその意味を。
「さよなら、ミライさん。私はあなたとほとんど面識ないけど…でもあなたは、私ときっと」
「違うよ。君とは面識ない」
「!…そっか…」
ミイさんの目から涙が流れる。伝わってくれたんだ
「ズルイよ…こんなときに私をちゃんと見てくれた人が来るなんて…でも、最期に会えて…よかったかな」
「ふふっ、最期に救われたわ…だから…ありがと…う」
ミイさんの目から光が失われる。ああ、逝ったんだ。だから僕はミイさんの体から手を引き抜く。引き抜いたところから血が噴き出して僕の体にかかる。避けることもできたけど僕はその全てをかぶる。これが、僕がおかした罪なんだ。
『今度はもう発狂しないのね』
「しないよ…もう、振り返らないことにしてるから」
『そう…』
できればイヨさんの隣に埋めたいな。そう思ってミイさんをみると、彼女の体が塵になっていった。
「え?」
『あいつが入っていた代償ね』
「そんな…」
彼女が生きた痕跡が消えていく。僕らの心の中でしかもうそれを示すことができないのか
『それで十分だと我は思うがね』
「!、どうして」
『ああ、心配するな。我の負けだ。我が今蘇ることはない…これは最期の念みたいなものだ』
あいつの残りなのかモヤみたいなものが僕の目の前に来る。こいつのせいで…
『我を恨むか。それでいい。憎悪でも前に進めるのならな』
「ぐっ」
『理不尽と思うか?』
ああ、そうだ。でも…こいつがいなければミイさんは生まれてくることはなかった…それだけは決して変わらない事実だ。だから…素直にこいつを恨むことができない
『人とはそういうものだ。それにだから貴様らが覚えておくことがあの子に対しての最大の供養になるのでは』
「そうだけど…お前」
『ああ、我は正直どうでも良い。人間などくだらん生き物だ。そうだろう?炎の精霊よ』
『ええ、そうね。でも私は面白いとおもうから好きよ?』
『そうだったな…さて、貴様名は?』
「は?…ミライ」
『違う、苗字はなんという。貴様、転移者であろう?さすれば名前の他に苗字があるはずだ』
そうだけど…でもそんなことを知ってどうするっていうんだ?そんなことを知っても意味ないのに
「紅 美頼、それが僕の名前だ」
『暮れない 未来か。我の名前も伝えておこう。我の名前は「アルトリア・ルーナー」』
「そうかよ」
多分覚えておかなくてもいいだろうな…いや、覚えておこう。
「お前の名前を耳にした時に絶対にお前を倒しに行くからな」
『ああ、それでよい。貴様とはまた会う気がするからな』
「僕としては御免だね」
『そうか…炎の精霊よ。この世界に蘇ろうとしているのは何も我だけではない。せいぜいこやつらを殺させないようにするんだな』
『わかってるわ…余計なお世話よ』
『ははは、そうであったな。ではミライ、さらばだ』
そう言い残すとモヤみたいなものは霧散していった。こいつ、最初から最後まで自分が言いたいことを言いやがって…でも
「強かったな。それに、気高い」
『まあ、王だもんね』
「にしてもなんで名前を教えたんだ?別に言わなくても良かったんじゃね?」
『まあ、王というものは自分が認めたものにその証として名前を教えるみたいなことがあったし』
「そういうものなのか」
まあ歴史物とか見たりすればよくあることだけどさ。アルトリア、か。ぱっと浮かぶのはあの有名な王様のことだけど…まさか関係性があるとかそんなことはないよね?
『さあ?少なくとも聖剣は持っていないわね。てか吸血鬼が聖剣を持つってどういう状況よ』
「それもそうか」
さて、全て終わったことだし帰るか。ここにいて感傷に浸っていてもいいけど…クレアが倒れているしさっさと治療させてあげたい。
「クレア、大丈夫か?」
「う…うぅ」
「起きろ『放電』」
「ぎゃあああああああああ」
『悪魔』
「ねえ酷くない?」
ちょっと出力をかなり控えめにして電気をパチリと発動させる。そしてクレアの体に触れるとあっという間に感電する。死んでしまうとこまるので威力はかなり下げてある。…これで起きるだろう
「ミライ…あいつは!ミイさんは」
「勝ったよ…ミイさんは…」
「そっか…帰るか」
クレアもちゃんと起きたことだしそのま僕らはフランさんの家に戻った。
「ミライさん!クレアさん!」
「ただいま、メイさん…勝ってきたよ」
「良かったです。本当によかった」
家に戻ればメイさんが家の前に立っていた。相当心配していたみたいだ。だから安心させるように僕は伝える。僕らの報告を聞いたメイさんはずっと泣いていた。
「う、うぅ…」
「終わったんだ…だから遠慮なく泣くといいよ」
「はい…研究者たちは全員捉えました…研究とは関係なく、襲われたことを報告して」
「そっか…」
これで完全に研究の呪縛から解放されたことになるんだな。よかったね。
「じゃあイチカさんも…」
「…」
「?」
イチカさんの名前を出すと途端にメイさんの顔色が暗くなる。え、まって…もしかして
「イチカは死にました。もう、耐えられなかったのでしょう」
「そんな…」
今いるのならお礼が言いたかった。結果として彼女の協力のおかげでミイさんは目を覚ますことができたようなものだし…
「彼女はルドーとかに連れられて悪いことをたくさんしていたみたいです…それを言えばミイも同じですが…だから彼女は死ぬことを選びました」
「…」
ふと見れば月桂樹の隣に掘り返された跡がある。そこに埋められたのだろう。悲しいけれど、それが彼女が決めたことなのだろう
「結果として僕はほとんど守れなかったんだな」
イチカさん、ミイさん、ムツキさん、ナナさん、そしてイヨさん。五人も僕は死なせてしまった…全員を守るって決めていたのに。そう思っているとメイさんは首を振り、静かに紡ぐ
「そうですね。クローンとしての彼女たちは死にました。そして…人として彼女たちは最期を遂げました…だから守ったんですよミライさん」
「ありがとう」
そう言った途端僕は膝から崩れ落ちる。まるで緊張の糸が突然切れたみたいに。
「ミライ!」
「ミライさん!」
『まああれだけ戦ったらね』
「すぐに治療を…」
「いやいいよ」
「でも…」
家に入るように勧めてくるメイさんには本当に悪いけど断らせてもらう。
「僕らはそろそろこの国から出ないといけない…だから」
「そんな…ミライさんはある意味世界のために戦ったっていうのに」
「いいよ」
僕らが戦ったのは…少なくとも僕は、世界のために戦ったって思っていない。僕が戦った理由はなんども言っているけど自分のエゴに過ぎない。クレアはそんな僕についてきてくれただけだ
「わかりました…急ですけど…お別れですね」
「ああ、」
「そうだね」
フランさんの家を見る。なんだかんだ彼女にもかなりお世話になった。学校に戻ったら、戻ることができたら一度ちゃんとお礼を伝えておかないとね
「フランさんにも僕が感謝していたことを伝えておいて」
「はい…ミライさん、クレアさん、ありがとうございました」
「うん、またねメイちゃん」
「さよならメイさん」
僕らはメイさんに別れを連れて離れていく。でも、体がかなり悲鳴を上げている。早いところ寝床を見つけないと
『ああ、それなら研究所にいきましょう?今日は誰も来ることがないと思うし』
「そっか、クレア」
「なんだい?」
「肩、貸してくれ」
「…ああ、わかったよ」
そして僕はクレアに肩を支えられながら研究所に向かった
『世界を救った英雄とは程遠いわね』
うるさい…僕にはこれが、お似合いなんだよ。これが僕なんだから…ああ、まずい意識が朦朧としてきた。薄れゆく意識の中でイフリートの声が聞こえた気がした。
『ええ、そうね。わかっているわ』
今回で第5章は終了です
このあと、キャラの能力まとめとエピローグを挟んで第6章が始まります