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電気使いは今日もノリで生きる  作者: 歩海
第5章 バックアップ
211/317

イヨの願い

葉月一週目火曜日


「ミライ……」

「クレア、それにメイさん」


こちらに駆け寄ってくる二人に対して僕は何も言えない。……何もいう資格がない。事情はどうあれ、過程はどうあれ、僕がイヨさんを守りきることができなかったのは事実だ。僕はイヨさんに抱きついた状態のまま近づいてくる二人を眺めていた。


「ミライさん、イヨは…そう」

「メイさん、ごめん」


僕はただ謝ることしかできない。これはどう言い訳しようにも言い訳ができない状況だ。僕がもっと強ければきっとイヨさんが命を落とすことがなかったというのに


「バカなことを言わないでください『充電(ヒール)』」

「!」


メイさんは僕のすぐ近くに腰を下ろすとそのまま僕に回復魔法をかけてくれる。どうしてそんなことをしてくれるんだ。イヨさんを守りきることができなかったっていうのに


「はい、これで一応の応急処置はしました。立てるはずですよ」

「は、はい」


僕が一人で悶々としているすきに治療は終わったみたいだ。ゆっくりとイヨさんから離れていく。結構長い時間接触していたみたいで僕の服にはイヨさんのであろう血がかなりべっとりとついていた。


「う、うぅ」


自分についた血をみて思わず吐きそうになる。でもそんなことはできない。これはイヨさんの血なんだ。僕をかばったことでついた血なんだ。それをみて気分を悪くするなんて最低だ


「ミライ」

「クレア……」


そんな僕に近づいてくるクレア。こいつも一体どこで何をしていたんだよ。理不尽な怒りが僕の中で発生する。でもそれは本当に理不尽な怒りだ。誰が悪いのかっていえば弱い僕が悪い


「帰るぞ。戦いは終わっていない」

「……」


確かにまだあいつがいる。他の研究者たちもいる。彼らを倒しきっていない現状、まだ戦わなければならない。でも、僕はこれ以上戦う気分になれなかった。


「僕のせいだ。僕のせいで…イヨさんだけじゃない。ムツキさんもナナさんも…」

「ナナも死んだんですね」

『あの研究者たちイヨたちを全員殺すつもりみたいね』

「でもフタバさんとミナさんを襲おうとしていたやつは僕とメイちゃんで倒しておいたよ」

「そっか」


きっとクレアは安心の意味を込めて僕にそう伝えたのだろう。他の人たちが襲われてしまうのではないかと僕が考えるのは至極当然な話なわけでそれを読んで安心させるように僕にそう伝えたことは想像に難くない。


でも、今の僕にはその言葉は当てつけのようにしか思えなかった。


「……」

『あんたねぇ』

「まだ戦いは終わっていないって言っただろうが!」


なおも暗い表情をして黙っていた僕にしびれを切らしたのかイフリートが何かを言いかけた。でもそれは僕に届くことはなかった。なぜか。それよりも先にクレアが僕を思いっきり殴ったからだ。全身を使って放たれた一撃によって僕のからだは吹き飛ばされる。


「な、なにを」

「いいから!お前なにそんな暗い顔をしているんだよ。なにか?お前自分一人でなんでもできるとでも思っていたのか?ふざけんな」

「そ、そこまでとは」


僕一人でできるだなんてそんなこと全く思っていないよ。僕はお前らとは違うんだから


「は?ならどうして今責任を負うんだ?お前は全力をだしてそして負けた。それだけの話だろうが」

「それでイヨさんは死んだんだぞ!」


イヨさんだけじゃない。僕が弱いから人が死んだ。僕がもっと強ければ………それに人が死んだ時に僕はその場所にいたんだ。責任を感じて当然だろうが


「それが傲慢なんだよ。お前一人でできないこともたくさんある」

「ぐ……」

「確かにミライがもっと強かったらそりゃ今イヨさんは生きていたかもしれない。でもさ、これが現実なんだよ。それを認めようとしないで自分が弱いからだのぐちぐち言いやがって。少しは成長しろ」

「じゃあお前は見知った人が死んだのをみてそれでも落ち着いていられるのか!」


しかもその前に僕はイヨさんと喧嘩?したし。僕が記憶を失ったせいでギクシャクしてそして仲直りが中途半端な状態なんだぞ。


「……」


勝った。そんな場合じゃないけれど僕の言葉を受けて悔しそうに黙ってしまったクレアをみてそんな感情が僕の頭をよぎる。冷静に考えてみればかなりひどいことを思ったもんだ。でも、それは違った


「自分をかばって誰かが死ぬのを見るのは辛いよ。それはわかる。僕だって目の前で両親が僕をかばって殺されてる」

「あ……」


そういえばそうだったな。こいつの両親はこいつを『朱雀』からかばって命を落としたって聞いている。しかもクレアの場合は幼い頃だ。そのショックは想像もつかない


「その時に孤児院の院長様に言われたよ。お前はずっと後悔して生きるのか。それとも両親の死を背負ってその分生きるのかって」

「…」

「ま、僕の場合とミライの場合なんて全く違うからこの限りではないのかもしれないけどさ、少なくともイヨさんはミライがそうしてしょげているのをみたくないと思うよ」


それは、きっとそうなんだろう。最後の言葉を思い出す。最後にイヨさんは僕に感謝の言葉を述べていた。僕がイヨさんの死について責任を感じている姿なんてきっと望んでいないだろう


「お話の途中で悪いんだけど私もそう思います」

「メイさん」

「というかミライさん。あなたイヨの顔をみましたか?」

「え?」


顔って死に顔ってこと?いや全く見ていないな。みれていなといったほうが正しいのかもしれないけど。僕がどんな顔をしてみたらいいのかって思っていたし。それに死んでからずっと僕は伏せっていたからね。まともに顔なんてみていないよ


「そうだな。お前ちゃんとみてないだろ」

「クレアまで……」


なんでそんなことをわかるんだよ。わかったよ。みればいいんだろ?ごめんねイヨさん。そんなことを思いながらなんともなしにイヨさんの顔を見て……


「あ……」

「わかりますか?イヨ、笑っている(・・・・・)んですよ」


まさしく安らかな顔といった感じでイヨさんは眠りについていた。心から安心しきった顔。なにも心配がないといった顔をしている。怪我の感じから見て直前までかなり痛みを感じていたであろうにそんな気配などみじんも感じられない穏やかな顔をしていた。


「どうして」

「なんでわからないのか私が知りたいですけど、あの子にとってあなたは感情をたくさん与えてくれてそしてなにより人にしてくれた。もう他になにも望まないんですよ」

「そうなんだ」


僕にとってイヨさんたちの過去のことなんてなにも知らない。でも僕が来てからの時間よりも来るまでの時間のほうが圧倒的に長い。その時にどんなことがあったのかどんな扱いを受けていたのか僕は知らない。知らないけれど研究者たちの態度からしてかなり酷いものだということはわかる


「死んだほうがいいとすら思っていませんでしたからね。ただただ与えられたことをこなす人形。そう扱われていましたしそう思い込んでいた」

「ほら、ミライ。お前はそんな人たちを救ったんだ」

「……」


理屈ではそうなのかもしれないけれど、理想論のような気がしてならない。まだ僕の中にはモヤモヤとした感情が残っている


『きちんと埋葬して、時々でいいから思い出してあげましょ?』

「それはそうだけど」

「そうですね。ミライさんイヨを運んでくれますか」

「わかった」


いくら落ち込んでいるからといってここで僕以外に運ばせるのはなんか嫌だな。僕はイヨさんを持ち上げる……そうだな。お姫様抱っこでちゃんと運んであげよう。


「その状態で大丈夫?フラフラだよ」

「大丈夫だって。少し休んだら魔力も回復したし『電気鎧(armor)第三形態(third)』」

「お前また……」


言いかけた口を閉じてくれる。それがありがたい。クレアだってわかってくれたんだろう。僕がこの辛さを忘れようとするためにこうして魔法を使ったのだと。でも、その瞬間に、ことは起きた


「あ…」

「どうした?……え?ミライ?」


僕の目からは涙が再度流れ始める。どうしてだろう。感情が抑制されているはずなのに。いや、できないんだろう。だって、だって…


「ミライさん、どうしてイヨの魔力を?」

「…」

『どうしたのミライ?』

「思い出した」

『え?失っていた記憶を?』


厳密には違う。失っていた記憶は戻ってこない。代わりに僕の頭に流れ込んできたのは記憶。イヨさんからみた僕の姿の記憶。ここ二日間、僕はほとんどイヨさんと過ごしていたのだろう。だからほぼ全ての記憶を取り戻したといったも過言ではない


『これでもまだ疑う?イヨがあなたにどうして欲しか……いのか』

「イヨさん…」


ポロポロと涙が流れていく。でも今度は違う。今度の涙はただただ悲しみの涙なんかじゃない。別れの、涙だ。記憶とともに僕に対して抱いていた気持ちのその全てが流れてきた。そっか。そうだよね


「ありがとうイヨさん」


さようなら、じゃないね。何回もイヨさんと電気を渡し渡されあったからだろうか。イヨさんの電気が僕の電気と混ざり合って一つになった。だからこれから僕は魔法を使おうと電気を発生させるたびにイヨさんの魔力を感じるだろう。


『今日だけは気持ち悪いとか言わないでおいてあげるわ』

「結局言っているじゃないか……あ、クレア、メイさん」

「ん?」

「どうしたんですか?」


ふと、思い出して二人を呼びかける。…改めて言おうと思うとなんだか気恥ずかしいな。でもそんなことを言っていられないし言うか。それを聞いた二人は顔を見合わせて、そして二人同時に笑顔で僕に告げる


「どういたしまして」




ーふたりとも、ありがとう

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