*第七話*
私が部屋に戻るとすぐに電話が鳴り出した。慌てて受話器を取ると、例によって、編集者の友人だった。
「どこへ行ってたんだ? なんだって、泥棒が入るようになったから緊急の報告集会? それは、まったくと言っていいほど時間の無駄だな。まあ、赤の他人がそこに入ったって、取るもんなんて垢のついたペン先くらいで、まともな貴金属は何も無いのにな。いまさらセキュリティを入れるような費用は会社は出さないから、各自で財布くらいは自己責任で守るしかないだろうけど、そんなに他人に立ち入られるのが嫌なら、こんなのはどうだ? 入り口に『どうか、関係者以外は入らないで下さい。どうせ、めぼしいものは何もありませんから』って書いておくんだよ。どうだい? え、不謹慎だって? それは悪かったな。それはまあいいとして、君は明日は暇かい? 我が社の創立30周年記念のパーティーが都内のホテルであるんだが、よかったら君も来るかい? 出版界のお偉い方々とお近づきになれるいいチャンスだと思うが……」
「そういう厳粛な雰囲気での集まりは苦手なんだよ。数年前の理論発表会でもえらい目に遭ったしね」
私は肩をすくめて小声でそう返した。
「君のような、業界の末端にいるような、目立ちたいのに目立てないような、寂しい極みの人間にわざわざ声をかけてやったというのにむざむざと断るのかい? 他にも声をかけたい候補はいっぱいいたのに、わざわざ君を選んでやったんだぞ……。そういえば、前の発表会のときも君は途中でいなくなったっけな。あの後で君の不始末を取り繕うのが大変だったんだぞ。今回は君も正式に賞を取ったんだし、ベテランの先生方に頭を下げて挨拶をしておいた方がいいに決まってるんだぞ」
そう言われてしまうと少しばかり考えてしまうが、私の決心は揺るがなかった。
「悪いとは思うが、やはりやめておくよ。そういうお偉い先生に挨拶をするとき、『私の作品には当然目を通してくれているんだろうね?』とか向こうの作品のことをいろいろと聞かれるのが耐え切れないほど苦痛なんだ。特に、相手は自分のことを知っているのにこっちは相手を知らない場合が最悪なんだ。作家が多く集まる場所では、往々にしてそういうことは起こり得るからね。悪いとは思ってるけど、僕は国内の作家の本はあまり読まないんだよ」
「なんだ、君は相変わらず礼儀を知らない男だな。そういうことが起きないように、自分が関係している出版社のお偉方の新作本くらいちゃんと目を通しておいてくれよ。まあ、そこまで期待する方が間違いかな……。では、来れなくてもいいんだが、一つ頼まれてくれないか? え? なになに、簡単なことだよ。そのマンションの4階に高名なコラムニストの上谷先生が住んでいるんだが、彼に、明日の午後2時からパーティーがあることを伝えてくれないか? どうも、上谷先生とも、こちらからは連絡がつかなくてね。君なら階段を上がるだけで直接会いに行けるだろ? では、頼んだよ」
こちらの返答も聞かずに友人はそこで電話を切ってしまった。だいたい、パーティーの前日になってから、出席の有無を聞いてくるなんて、それだけでも失礼な話なのに、その上、話したこともない相手への言付けまで頼むとは……。私は呆れ果てたが、これまでのいくつかの失態で、彼には借りもあるので引き受けないわけにもいかなかった。
安易に引き受けてしまったものの、上谷先生のところへ行くのはかなり億劫だった。彼は温厚そうな顔や、温かな喋り口とは裏腹に、徹底した軍国主義者であり、明治時代の官僚の生き残りではないかと思えるほど思想が偏った人なのだ。私は何か特別な事件でも起きない限りは、国の防衛のことなど少しも考えない人間なのだが、上谷先生は青少年犯罪も少子化も経済力の衰退も大きなスポーツ大会の勝敗も、全てを国防論争に結び付けるような人で、一度その方向に話がいってしまったら、凡人ではその勢いを止めようがないと思われる。天井を見上げながらぐずぐずと考え込んでしまうのが私の悪い癖だが、期日も迫っていることだし、このまま行動せずに考え込んでいても、かえって伝えにくくなってしまうだけなので、これ以上、状況が悪くならないうちに、彼の部屋に向かうことにした。
どのフロアも同じ造りのはずだが、住民が少ないせいか、4階のフロアは他のフロアと比較して床や壁がきれいなので、雰囲気までが違って見えた。どうも新しい建物に踏み込んだような気がしてきて、任務遂行のための緊張感が増してくるのだ。どの部屋が先生のお部屋だったかを聞き忘れてきたのだが、上谷先生の部屋だけはきちんと木製の立派な表札が出ていたので、404号室がそれだとすぐにわかった。しかし、呼び鈴を何度か押してみたが、誰も出てくる気配はなかった。時間が経つに連れて焦りと緊張は増してきた。パーティーはもう明日に迫っているので、ここで伝えそびれるわけにもいかず、私は困り果てた。一度部屋に引き返そうかと階段まで戻って来たところで、屋上へと続く階段の欄干に寄り掛かって煙草を吸っている男性の姿が見えた。もしやと思って近づいてみると、それは探し求めていた上谷先生であった。
「おう、どうしたの? 私に用事だって、わざわざ来てくれたのかい? なになに?」
先生は、にこやかな笑みを浮かべて、そう尋ねてきた。私がパーティーの一件のことを伝えると、穏やかな顔のままで頷いて下さった。
「うんうん、創立記念のパーティーのことはもちろん知ってるよ。友人のライターから話は聞いているからね。そんな簡単な用事で、わざわざ来てもらって悪かったね。ところで、あなたは出席しないの?」
私は体調がすぐれないので出席しないと答えると、上谷先生は心底残念そうな顔をした。私などがいなくとも、パーティーに少しも影響があるわけはなく、先生に迷惑がかかるわけでもないので、本当に残念がっているわけではないだろうが、この先生は相手を不快にさせることを極力避ける外交術を心得ているらしい。さすが、大手の経済雑誌にもコラム欄を持っている作家は違うなと感心してしまった。
「たしか、あなたも今回大きな賞を取ったんでしょ? ちゃんと、聞いているよ。なんて言ったっけ? あの凄い賞だよ。ほら、ほらほら、なんだっけ?」
先生は急かすように尋ねてきたので、私が小声で賞の名前を伝えると、先生はぽーんと手を叩いて喜んだ。
「よかったじゃないか! まだ若いのに素晴らしいことだよ! ところで、あなたいくつなの?」
私が歳を教えると、先生は自分の長女の娘も同じくらいの歳だから、付き合ってやってくれないかと、冗談混じりに言い寄ってきたが、私は三文ライターで身分が違うのでさすがに無理ですよと丁重にお断りすると、先生は満足そうに高笑いした。その後、26歳になったのになかなか地方の大学を卒業してくれない次女の話など、私生活の余分な部分を聞かされたが、まさかこのタイミングで逃げだすわけにもいかず、私は苦笑しながら、ええ、ええ、とうなずき、しばらく黙って話を聞いていた。このように楽しげに会話をしてくれたのは序盤のみで、話を続けている間に、話題はいつの間にか現在の文学界の話になってしまい、先生は目つきを鋭くして真剣に語りだした。
「最近の文学は全然ダメだね。時間だけはズンズンと流れているけど、この国の文学はすっかり停滞してしまってるよ。なぜだかわかるかね? 賞だよ」
「賞ですか? ああ、文学賞のことですね? しかし、ああいうものがないと実力の指標がわからないのでは?」
先生は首を大きく振って反論をした。
「では、作家の実力ってのはいったい何だね? 多くの読者を納得させて、本を買わせることだろ? いかに多くの読者に自分の文章を読ませるか、そこに労を払っている作家こそ評価されるべきだろ? 読者を喜ばすための文章こそ必要だというのに、今の作家が書く多くの文章は賞のための文章になってしまってる……。嘆かわしいことだよ。本来、賞なんて後からついて来るものだよ。多くの時間を費やして、何冊もの本を描ききったご褒美であるはずだ。しかし、今の文学賞は、明らかにまだいくつも書いていない新人作家のお披露目会になってしまっている! これではいかんね」
先生はトーンがすっかり上がってしまい、なんでこんな話になってしまったのか、聞き手の私にも全くわからないのだが、私自身も最近くだらない賞を取ったばかりで、相槌も打ちにくい空気になってしまった。
「そ、そうですね……。ただ、各々の出版社も業界全体がさらに盛り上がってくれることを祈って、そういう小さな賞を創り続けている部分はあると思います……」
「だから、それがいかんのだよ! 本当に優れている人は放って置いても自分だけで芽を出して、ぐんぐんとそれを伸ばすもんなんだ。編集部に手伝ってもらって、二人三脚で作品を書いて、賞を受けるための手口だけを磨いて、標本通りの作品ばかりを作っても意味はないんだ。なんだか、最近は装丁や色合いだけ手が込んでいて、内容はさっぱりという作品ばっかりだがね……。主人公が実在の人物で、最後に病死すれば感動のドラマ、探偵ものは途中で容疑者がコロコロ変われば劇的なストーリー、そんな作品ばっかりだろ? 同じようなものばかり読まされていて、よく読者が飽きないものだと感心するよ……」
「私はかなり端くれの方ですが、言わせていただければ、確かに時代が進むごとに、読者が喜ぶものが単純になってきたとは思うんですよ。一つ大ヒット作が出れば、追随して同じような作品が次々と出ますしね……。しかし、誰も喜ばないような小難しいものを、苦労して時間をかけて長々と書いてギャンブル的に出版して、それが転んで酷い目に遭うよりも、ある程度読者層を絞って、一部の人だけでもいいから確実に売れるものを書いた方が裾野も拡がりますし、文学界にとっても悪いことばかりではないと思いますが……」
「いや、賞を取った作家だけが幅を効かせて、浅い思考で単純な作品を量産していったら、いつか、この国の文学は滅びるよ。単純なものほど喜ばれると定義するなら、漫画やアニメの方が訴える力は強いし、わかりやすくていいわけだからね。このままでは、演歌が次第に衰退していったのと同じ道を辿ることになりかねないね……」
先生は寂しそうにそう語った。私もなるべくそうですねとは答えたが、文学界全体のことなど考えずに、読者層のことなどもっと考えずに、思いつきで作品を量産している私にも痛いお言葉だった。私はうなだれてしまい、大きなため息をつかずにはいられなかった。
「小説にとって本当に必要なのは、画期的なアイデアでも、優秀な大学出の脳みそから放たれる緻密な文章でもなく、深い思念や思想でしょ? 最近の作品からは全く感じられなくなってしまったがね…。私はある大学で学生に近代文学論を教えているんだが、試しに古典の御三家といわれている三作を学生達に読ませてみたんだよ。数日後に感想文を書かせてみたら、多くの生徒が同じことを書いていて、『戦争と平和』は平和の美徳、『ゴリオ爺さん』はいじめの物語、『カラマーゾフの兄弟』は宗教の正当化だとさ……。つまり、現代の学生は名作を読んでも、あの偉大で芸術的な文章から、その程度の印象しかつかみ取れていないんだよ」
「お言葉ですが……、先ほども申しましたように、この国が経済発展を遂げて生産や物流の過程が簡略化されていっているうちに、読者の思考の方もずいぶんと単純化してしまっています。ですから、19世紀の名作のような古臭い難しいものを書いても、あまり喜ばれない時代かもしれませんね。作家の側も難しい思想や思考を持ち出さずに、しかも、なるべく難しい知識をひけらかさずに浅い思考で書いて、例え少なくても、一定の量のファンを得ることが、最近の作家の飯の食べ方なんです」
私の話を聞いているうちに茹でタコのように真っ赤になっていく上谷先生の表情に恐ろしくなったが、自分でも止められないような、反論したい衝動に耐え兼ねて長々と冷静な意見を述べてしまった。
「なんだい! すると君は確信犯で駄作を量産しているのかい? 消費者の思考レベルが下がったというなら、それをなんとか引き上げる努力をするのが作家の仕事だろ? 君らまでが一緒になって下がっていってどうするんだ! どんなに時間と金がかかってもいいから、今こそ、大衆の知性の底上げをするような作品を目指さなきゃだめだよ!」
「お言葉ですが、現在はそれが難しい世の中なんです。中世のフランス貴族のように、時間と金が有り余っていれば別ですが、最近の若い人は、遊んでいても仕事をしていても時計をちらちらと見ながら動いていて、とにかく忙しくて自由な時間がないですから、腰を落ち着けて小難しい話を読んでいるような余分な時間はないと思います。一流会社に勤めているような人間でも、仕事帰りに電車の中で推理小説や時代小説の簡単なものをパラパラとめくるくらいなんです。まあ、そういう労働者たちの気持ちはよくわかります。私だって、ボロボロになるまで働いて、心底疲れてしまい、これから帰って寝ようかというときに、ぶ厚い哲学や思想の単行本は読みにくいですからね。最初のページを開いただけで頭が痛くなりますよ。ですから、簡単なものしか売れなくなってしまったのは、消費者の知性が下がっただけではなくて、近代から現代にかけての生活の変化も挙げられると思うんです。いかがですか?」
「君はこの現代コラムの帝王と呼ばれる上谷周五郎に反論しようと言うのかね? 誰に意見を言ってるんだ! 私が文芸雑誌でコラムを一つ書けば、世論が5%は動くと言われてるんだぞ! それとも、私に実名をあげて悪口を書かれて、世間から追い詰められたいのか? 黙って聴いていれば、生活が変わったから知性が下がっただと? 時間がない忙しい人間には知性はいらないとでも言いたいのか?」
「ですが、大きな戦争によって苦しめられ、生きることだけで精一杯であった頃の作家が書いた作品と、書けば書くだけ金になる裕福な現代作家の作品を比較されましても、それは内容の重さも読者が受ける印象も違うでしょうし、そういった人生のほの暗さそのものを浮き彫りにしたような、大昔の作品を引き合いに出して、現代作家の弱みとされてしまうのはどうかと思いますが……」
「白米にタクアンを乗せる給料もないおまえに、近世の文豪の幸せや不幸の何がわかると言うんだ! この国の一番右側を40年に渡って引っ張り続けてきたこの私に意見をするとはいい度胸だ! 私の書いている雑誌には金輪際、おまえの駄文など載せてやらんから覚悟しておけ! わかったらとっとと、去れ!」
上谷先生の顔は究極まで真っ赤になり、身体を震わせ全身から蒸気を出していて、まるで蒸気機関車のようだった。私はさすがにこれ以上の論争は我が身を滅ぼすことになるのではないかと思い至り、頭を深々と下げて失礼しますと震える声で一言発して、そのまま階段を走り降り、自分の部屋に駆け込んで頭から布団に潜り込んだ。目的を果たせたのは良かったが、さらに難しい問題を一つ作ってしまい、次から次へと悩みを量産する現代人特有の苦悩に打ちのめされながら、その日は仕事をせず、静かに過ごした。
翌日、寝床からはい出たのは、すでに昼近くになってからだった。出版社の大きなパーティーがあるわけだから、このマンションの住民の多くがそれに参加するはずで、今日はずいぶん静かな一日になるだろうと考えながら、ベランダに出て、真下にある駐車場を覗いてみたのだが、車は相変わらずびっしりと停まっていて、誰も外出したような気配はなかった。まさか、名のある先生方が電車を使って移動するわけもないし、迎えのタクシーやハイヤーなども来た様子はなかった。着替えや挨拶などの下準備の時間を考えれば、すでに出発していなければ、開場に間に合わないはずだった。午後一時になっても状況は変わらなかった。この階にしても誰も廊下に出てくる気配がなく、静かすぎるほどだった。作家の多くがパーティーの日にちを間違えているか、朝起きが出来ずに出席を見合わせてしまったかのどちらかだが、自宅のあるマンションに泥棒に入られても、善後策を決められないような悠長な人達であるから、それも十分有り得るかと思ってしまった。
やがて、開場の時間まで数分ほどまで近づき、本当にパーティーは行われるのだろうかと根本的な疑問を抱き始めた頃、このフロアの各部屋のドアが次々と開け放たれる音がして、廊下を数人の人間が早歩きで過ぎ去っていく音が響いてきた。慌てて覗き穴から外を見てみると、数人の男性が雑談をしながら通り過ぎて行くところだった。やがて、上階からも階段を走り降りてくる多数の人間の足音が聞こえてきた。どうやら、一人がパーティーのことを思いだして動き出したので、それとリンクするかのごとく、アフリカの大地を感情もなく駆け巡る野牛の群れの行進のごとく、自らの主義主張を持たない野生的な動作で各人が動き出し、このまま無機質な態度で会場に向かって行くらしかった。私に余計なことを考える暇も与えず、駐車場から車のエンジンをかける騒音がいくつも同時に鳴り響いた。
「だって、まともな飯が喰えるのよ! 参加しない手はないでしょ!」
そう叫びつつ、鈴又先生も参加を決めたらしく、けたたましい靴音を響かせて階段を駆け降りてきた。作家陣の車は駐車場の外にきれいに列を作って一直線に大通りを目指して進んでいった。
私はその姿を見て、自分が憧れる先生方のこれ以上の醜態を文章にすることが恐ろしくなってきた。このマンションについて、伝えたいことも、伝えなければならないことも、まだまだあるのだが、ここでいさぎよく筆を置こうと思った。なぜなら、このままこの文章を書き続けていっても、これらの作家先生を愛してやまず夢を膨らませる読者諸兄の助けには全くならないばかりか、逆に出版業界全体のイメージを大きく損なうことに成り兼ねないと思い至ったからだ。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
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