第9話
――ガチャッ! ガチャガチャ、ガチャガチャッ!
「すまない……外から侍女に鍵を掛けさせた」
「フラン……」
ドアを開けることはあきらめてフランに向き直った。
彼は長椅子に腰掛けたまま、わたしに懇願してきた。
「少しだけでいいんだ! 時間をくれ! 自分の過去を知りたいんだ! 知る権利が、あるはずだ!」
「ごめんなさい……わたしはあなたのことを、よく知らないの。あなたとは14年前に王都の公園で出会ったきりだった。輪舞を踊ったことしか憶えてないわ。次に会ったのは4年前の婚約式のとき。その間の10年間は文通だけ。そのときの手紙も火事で焼けてしまったわ」
「マリアンのぼくへの気持ちは? もう、残っていないのかい?」
「もう、やめて! わたしは婚約しているのよ! そしてあなたは、去年結婚したばかり! あなたの出生はハッキリしているのでしょう? それでもう、いいじゃないの」
「ずいぶんと冷たいんだな? かつて将来を誓い合った仲なのに……。ところでマリアン、ぼくと君はどうやって知り合ったんだい?」
「わたしが公園で泣いていたら、あなたが慰めてくれたのよ」
「どこの公園? ぼくはどうして、そこにいたのかな?」
「あなたがそこにいた理由? わからないわ……わたしたちまだ、こどもだったから……。でも、あなたは王都に住んでいるようだったわ。ごめんなさい……公園の場所は憶えていないわ」
「十字架のネックレスは? あれを君に渡すとき、ぼくはそれについて何か説明したのかな? 十字架は、どうして君が持っていたんだい?」
「お互いの大事な物を預かったのよ。その十字架はあなたの大事な物だから、わたしに持っていて欲しいと……」
「そう……。ぼくのことで何か……特徴とか、記憶してないかな?」
「特徴? あなたは4年前となんら変わってないわ。大人っぽくなって背も伸びたけど……話し方や仕草も一緒よ。フラン……どこまで憶えているの? 婚約式のことしか憶えていないの?」
「あ、ああ……いや……記憶がね……」
フランは額に手を当て下を向き、考え込んでしまった。
記憶のないことがよっぽど不安なのだろう。
フランと話していて気がついたことがある。
なぜ、まだ少年だったフランはあの公園にひとりで足を運べたのだろう。
彼はいつもそこにいた。
「そうだわ! 伯父さまは? ベネディクト男爵!」
「……お、おじ……? なんの、ことかな……」
「とても大柄な伯父さまがいらしたじゃない! 両親のいないあなたの後見人でもあるベネディクト男爵よ! お顔に傷が……憶えていない? 婚約式にもいらしたわ」
「さ、さあ……婚約式も君のことしか憶えていなくて……」
「実はわたし……あなたの伯父さまを王都でお見掛けしたの。黒いマントを羽織ってフードを被ってらしたけど、あれは絶対に……そうだわ! イサクに頼んで男爵のリストを見せてもらいましょうよ! 村の名前はわかっているから、すぐに調べがつくわ!」
「なんだと? やめてくれ! 絶対にダメだ! 余計なことはするな!」
「えっ……? あの……どうして?」
「あ、あの……マリアン……ぼくは、その……王家の人間だ! 君との過去は知りたいが、顔に傷のある男のことなど知りたくないんだ! それにそのことは、知ってはいけないような気がするんだよ……」
「どうして? だって、男爵なのよ? 物腰の柔らかなマナーのある人間だったわ。家臣を何人か連れていたのよ」
「マリアン! ぼくは成人してから自分の身元が判明した。王家の人間であることは間違いないんだ。それは王も承認済みだ。なのに……なぜ王家のぼくがそんな男と一緒にいた? おかしいじゃないか? 悪いヤツに違いない!」
「でも……。だったら! あなたはどうやって王家の人間だとわかったの? あのころはそんなこと……」
「偶然だよ! 偶然! 偶然に発見されたんだよ。そのときぼくは、たった1人でいたそうだ。王都に来てからしか記憶がないんで、わからないんだが……。ぼくの推測だが……王家で生まれたぼくは何者かに誘拐された。18歳のときに川に落ち、記憶を失くしてさ迷いぐうぜん王家の人間に発見された。だから……その間ぼくの面倒をみていた人間がいたとしたら、そいつは非常に怪しい人物なんだよ!」
「あなたとベネディクト男爵は、とても親しい様子だったわ。脅されている感じでは受けなかったけど……。だったらフラン! 王家に頼んで調査してもらったら?」
「マリアン! やめてくれって言っているだろう!」
「あ、あの……っ……」
フランの強い口調にビックリしてしまった。
彼はこんなに激昂する人間だったろうか?
「あ、ああ……ごめんよ? と、とにかく……その男が誘拐犯なのか親切で育ててくれていたのかは知らないが、関わり合いにはなりたくないんだよ。どっちに転んでも、やっかいだろう?」
「…………」
そうだろうか?
好意で育ててくれたのならお礼が出来るし、悪意があったのなら捕まえることができる。
フランが誘拐されていたのならば、なおさらだ。
彼はどういう経緯であの村に住んでいたのだろう。
「そうだわ、フラン! あなたの育った村だけど……」
「村?」
「あなたと会う前から廃村らしいわ! いったい……どういうことかしら?」
「……さあ……本当に、その村なのかい?」
「ええ! まちがいないわ!」
「手紙は燃えたって言ったよね? 綴りの記憶ちがいじゃないか? 似たような名称の村はたくさんあるんだよ」
「でも……」
「それに……その村もどうせ、その傷のある男が言ってた住所なのだろう? あてにならないよ! もう、その男のことは忘れたほうがいい!」
「…………」
フランが王族の人間であることは間違いないようだ。
だが、どうも釈然としなかった。
彼は自分の過去を知りたいがってはいるが、それを王家に知られるのは避けたいようだ。
どうやら思い出したいのはわたしとのことだけで、顔に傷のある男の話に興味はないらしい。
これ以上、話し合っても無意味だ。
「では、わたしはこれで……」
――ガタンッ!
「マリアン、待って! ぼくは……!」
「フラン……!」
突然フランが立ち上がり、こちらに迫ってきた!
わたしは咄嗟に身構えた。
――ガチャガチャッ! ガチャリッ! バッ!
「マリアン! フラン! どういうつもりだ!」
「イサク……!」
突然ドアを開けてイサクがあらわれた!




