第32話
その後、わたしはフランの正式な婚約者となった。
人生3度目の婚約だ。
しかも同じ人間と2度も。
わたしは宮殿に住まわせてもらうことになった。
「マリアンヌ殿! あなたに新しい侍女をつけましたよ!」
ある日、調査官が宮殿内で私室を与えられたわたしの元へやってきてそう宣言した。
「調査官殿……新しい侍女? まあ! モニカ!」
「マリアン! 生きていたのね! 事情は調査官さまから聞いたわよ!」
「モニカ! モニカ!」
「マリアン……よかった! イサクさまもあの世できっと喜んでいるわよ!」
わたしはモニカと抱き合い、無事を喜びあった。
「マリアンヌ殿、もうおひとかた、あなたの元へ連れて参りましたよ……」
「えっ? あなたは……」
調査官が指差す方向には、ナタリー・モローがいた!
「ナタリー!」
「マリアン……苦労したそうね……」
「ナタリー! ナタリー! ああっ……」
やさしいナタリーの顔を見たとたん、ガマンできなかった。
彼女の肩をかりて思い切り泣いた。
「元気そうでよかったわ……イサクさまは……残念だったわ」
「ナタリー……わたしを養女にしてくださったのね? どうもありがとう! お蔭でわたしとイサクは夫婦になれたわ! あなたの農場は……残念だったわ……」
「従業員に怪我がなかったのが幸いよ! また地方ではじめているの! あなたもよかったらいつもで来てね! わたしの娘でしょ?」
「ありがとう、ナタリー……」
こうしてわたしには頼もしい仲間が増えた。
◇ ◇ ◇ ◇
――カーンッ! カーンッ! カーンッ!
今日は大聖堂で、フランとクリスマスに行われるミサと戴冠式の下見に来ていた。
「マリアン……君がぼくのすべてを許してくれるとは……」
「それはそうよ。あなたはわたしの初恋の人。一緒に輪舞を踊って未来を夢見たのよ。その夢が叶うのよ! なんでもするわ!」
「マリアン……誓うよ。決してぼくは君だけは裏切らないと。過去の女との過ちは……君を知らないぼくがしたことだ。初恋をまっとうし、素晴らしい国を作っていこう……2人で!」
「はい!」
フランとウソを吐きあうわたし。
神への信仰を捨てたわたしは、大聖堂でも平気で偽りの演技ができる。
6年前フランとアポロンの下で輪舞を踊ったとき、2人にこんな未来がくるとは予想していなかった。
フランがあのときの公園の少年でないことは、こうして親しく知り合ってみてよくわかった。
彼にはなんの魅力もない。
教養も信念も、責任感のカケラもない。
取り得はスタイルと顔だけだ。
やわらかい物腰は女ったらしの性格を思えば当然だろう。
今日も視線を感じる。
大聖堂の柱の陰にマスクの男がいた!
こちらをジッと見ている。
男とはときどき、あの酒場の2階の部屋で落ち逢う。
2人で輪舞を踊りベッドを共にする。
真っ暗闇で男と抱き合うと、なぜかイサクを思い出しひどく安心する。
実際イサクに抱かれていると思いながらコトに及んでいる。
だんだんとマスクの男の背格好や仕草までイサクに見えてきた。
ときどきフードの隙間からのぞく、碧い瞳の色までイサクにそっくりだ。
イサクが生きているはずがないのに。
マスクの男は各地のレディMの影武者の様子を紙に書いて知らせてくれる。
それは王城で調査官から聞く話の内容より詳細でわかりやすかった。
いまやレディMはフランに反対する貴族や民衆たちの間ではヒーローとなっていた。
レディMこそ正当な王だと皆が譲らず各地で暴動が起きていた。
王城に詰め寄る人々はますます増え続けフランたちはいそいで戴冠式を済ませようと躍起になっていた。
マスクの男がいてくれるから、わたしはフランの前で立派に演技ができる。
いまやわたしを支えているのはこの男との逢瀬だ。
イサクを忘れたわけではない。
だけどもうイサクはいない。
目の前の男にすがるしかないのだ。
人生は本当に不思議なものだ。
自分の変化にいちばん驚いているのが、このわたしだ。
わたしにこんな一面があったとは。
マスクの男はどういうつもりでわたしを助け、付き合いを続けるのか。
乙女の時代、わたしがずっと文通していた男。
男はなぜわたしにあんな熱烈な返事を?
まさか、手紙の中のわたしに恋をしていた?
大した文章も書けない十代の娘に。
◇ ◇ ◇ ◇
今日もマスクの男と酒場の2階にいた。
――キイッ! パタン。
めずらしく男が頭に布を被っただけで、マントを脱いで出掛けた。
マントを椅子に掛けておいてやろうと手にしたとたん、足下に何かが落ちた。
手紙の束だった。
「あら?」
拾い上げてみると、わたしがこどものときに書いた手紙の束だった!
役人に渡した手紙の他にも、まだマスクの男が手元に持っていたらしい。
――パサッ!
懐かしさのあまり、そのうちの1通の封筒を開け読んでみた。
フランへの想いや預かった十字架のことが絵付きで書かれている。
その手紙も添削してあり注意書きや疑問点が書き込まれていた。
いかにしてお父さまから財産をだましとろうと画策した様子だ。
それを目の当たりにするのは、さすがに辛い。
マスクの男はお父さまを破産させたのだ。
その行為はやはり許しがたい!
「えっ……?」
手紙のなかからグリーンのリボンがでてきた!
「どうして……グリーンリボンが! まさか……!」
これはイサクが捜索の旅に立つ際にわたしが渡したものだ!
まさか!
マスクの男がイサクの殺しに関わっていた?
もしやこの手紙は、イサクから奪った物では?
「そんな……そんな男とわたしは……!」
パニックで何がなんだかわからなくなった。
手が足が震えはじめる。
――バッ! ダダダダッダダダダッ!
すぐに走って王城へ逃げ帰った!
◇ ◇ ◇ ◇
「ハアハア……」
「マリアン、どこにいってたの? シャルル大公がいらしてますよ?」
「フランが……? モニカ、ありがとう」
――カッカッカッカッ!
フランの元へいそいだ。
王城を抜け出していることを悟られてはならない。
「フラン! おまたせてしてしまって……」
「いいや! 明日の舞踏会の打ち合わせにね。招待客にはみな案内状を出したかい? クーデターが恐くて欠席者が続出しそうだが……」
「まかしてフラン! とっておきの招待客がいるの。彼女が来るなら絶対に欠席者はなしよ!」
「ほう……それはそれは……女王陛下でも来るのかい? たのしみだな!」
「そうね! わたしもよ」
「マリアン……また一緒に輪舞を踊ろうね? 婚約式のときのように……夜中過ぎまで……」
「ええ! たのしみだわ!」
たがいの瞳の奥を探り合うわたしとフラン。
「フラン……あなたのお仲間の方たち、地下牢で自害したそうね? 都合が良すぎるんじゃない?」
「どうしてだい、マリアン? 彼らみたいな悪党たちにも、罪悪感が残っていたんだよ。心の中にね」
「そうかしら? でも……」
「でもなに?」
「……なんでもないわ。明日の舞踏会がたのしみ!」
「君は輪舞の名手だからね?」
「ホホホホ……! あなた輪舞はどこで?」
「さあ……気がついたら出来ていた! なぜかな?」
「模範解答ね? おみごとだわ! 伯爵に習ったの?」
「伯爵? どこの伯爵だい? 輪舞を男と? ありえないね?」
「……そうね。伯爵も名手だけど、あなたもなかなかよ。どこかの女に習ったのでしょう……」
「女? 女は君ひとりだけだよ、マリアン!」
フランがくったくなく笑う。
この男は天性の詐欺師でワルだ。
わたしはどうしてこんな男と関わりをもってしまったのだろう。
自分の仲間を笑って殺せるような、こんな男と!
フランの仲間は殺される前にすべてを白状していた。
フランは元々領地にいた孤児の流れ者だった。
6年前、顔に傷のある大男が領地へやってきた。
大男はフランと仲間を仕事に誘った。
ある男の代わりに婚約式に出るという内容だった。
フランたちはその仕事を請け負った。
そのあとわたしにきた公園の少年からの手紙には、シャルルはセカンドネームでファーストネームはフランだと訂正が入った。
フランがうっかりまちがいを犯さないように傷のある大男が伏線を張っておいたのだろう。
アタマの回る男だ。
しかも、その婚約者の娘の父親を誘拐してくれと言ったそうだ。
彼らは婚約式を終え傷のある大男から報酬をもらった。
傷のある大男は急用ができたので先に行くと口実を言い去っていった。
フランたちはわたしの父ジュブワ男爵を連れていく途中、異変に気づいたお父さまに逃げ出された。
例の滝のある川で追いつき、誤って急流に突き落とし殺してしまったそうだ。
フランは先に領地に帰り、仲間たちだけでお父さまの遺体をわたしの村へ運んできた。
わたしの村や農場、廃村やナタリーの農場を焼いたのもすべて彼らだった。
フランの仲間は優秀な元戦士で飛び道具を得意としていた。
廃村の強盗団も王城の兵士たち、生き残りわたしに手紙を届けてくれた兵士もすべて彼らが殺したそうだ。
イサク殺害とわたしの殺人未遂もだ。
すべてフランの指図で行われていた。
疑問点がひとつだけあった。
フランの仲間たちは、口を揃えて傷のある大男と役人を2人とも殺したと言っているのだ。
だからフランは歌劇場で会ったとき、わたしとの再会以上に大男の存在に蒼ざめていたのだ。
3年前の暮れに傷のある大男がフランの屋敷にやってきた。
例の殺された役人に口止め料を出せと言ってきた。
恐らく旧知の仲の役人と山分けにするつもりだったのだろう。
かなりの額の金を要求してきた。
傷のある大男は役人から王都の話を聞くうちに、フランが王家の末裔として大公の娘婿になっていることを知ったらしい。
フランと大男はその場限りの関係だった。
だが、大男はわたしの手紙から十字架の存在を知っていた。
まさか王家の物とは、そのときまで思い至らなかったのであろう。
アタマの良い男はすぐに察し王都へきてフランを脅した。
そのときだろう。
わたしが偶然、街で大男を見かけたのは。
フランは大男に金貨を渡し、あと半分は廃村の近くの川辺に埋めておいたと嘘の話をした。
雪解けまで待てばいいものを、傷のある大男と役人はクリスマスに馬車で川辺に向かった。
当然そこにはフランの仲間たちが待ち構えていた。
大男と役人を殺して木の根元に埋めたそうだ。
その際、役人が持っていた金貨が川の中に落ちて散らばったそうだ。
すべての辻褄が合う。
でも、1点だけ合わない。
傷のある大男は生きている。
もしかしたら彼は、イサク殺しに関係しているのかもしれない。
頭が混乱してくる。
「マリアン? どうかした?」
「えっ? ああ、いえ……2人の今後を考えていたのよ」
「きっと幸せな未来さ! 君もぼくも公人になるんだ」
「そうね……」
ちょくせつ手をくだしていなくとも、フランは人殺しだ。
最愛のイサクを殺した張本人だ!
絶対に、許すものか!
◇ ◇ ◇ ◇
舞踏会、当日。
わたしはフランと輪舞を踊り、玉座で休んでいた。
「マリアン……君の言っていたとおり、招待客は全員きたね」
「ええ。例のスペシャルゲストのお蔭ね。ほら、あそこ! やっとおでましよ!」
「えっ? あの……彼女かい?」
――ザワザワ……。
皆が騒ぎはじめた。
女の前に人垣の花道ができる。
それもそのはず、その女とは。
――レディM! レディMが現れたぞ!
人々があちこちでレディMの名を口にする!
「レディMだと! ほんとうか?」
フランが色めきだって立ち上がった!
彼にしては珍しく取り乱している。
レディMの存在がよほど恐いらしい。
もっとも、本物のレディMであるわたしはフランの隣にいるのだが。
女は真っ赤なドレスに黒いレースを被ったままフランの前に進み出た。
「レディM! なんという大胆なことを! もしも……もしも本当に先王のオトシダネだというのなら、証拠を見せてみろ!」
「これを……」
「はっ!」
レディMが差し出した銀の筒を調査官が受け取る。
すぐに紙と蝋が用意され、レディMの持っていた筒で捺印がなされた。
――オオッ!
捺印された紙を調査官が皆に提示する。
舞踏会場中がどよめいた。
「まちがいない! 王家の紋章だ!」
「レディMはやはり、先王の真のオトシダネだった!」
家臣たちまで騒ぎはじめた。
慌てるフラン。
「なんだとー! いい加減なことを申すな! ぼくのこの十字架を見ろ! これこそ本物だ! その銀の筒は……ぼくが幼い頃に落とした物だ! 見ろ! 十字架の下の部分に付いていたはずだ!」
フランが胸からネックレスの先に付けていた十字架を取り出した。
それは6年前と同じく美しい装飾がなされたまま、ピカピカと光輝いていた。
わたしと少年の思い出の品。
これをわたしは10年間、フランの代わりと思い大事にしてきた。
――オオッ!
――なんと美しい……。
皆の見守るなか、調査官の手により十字架と銀の筒が合わせられた。
それはピッタリとはまり込んだ。
――わああー……!
――いったい、どちらが本当のオトシダネなのだ……?
「ぼくに決まっているだろう! 十字架の持ち主だぞ! それに……ぼくは男だ! 王になる資格がある!」
「恐れながらシャルル大公……この国は男女同権です。性別は関係ないかと……」
「調査官! その女はぼくが落とした封蝋を拾って人々を欺いている! 逮捕すべきだ!」
「ですが……実際にレディMを押すものも少なくありません。ここはどうか……穏便に」
「穏便にだと? じゃあ……どうすればいいんだ!」
「ひとまず協定を結びませんか? レディMと。富と権力を分け合うのです」
「富を分け合うだと? ふざけるな! ぜんぶ、この王都のモノは全部ぼくのモノだぞ! 戴冠式はぼく1人で行うものだ! その女は関係ない! マリアン! 行こう!」
――カッカッカッカッ……!
フランはわたしの手を取ると大広間をあとにした。
「フラン……!」
「あ、ああ……すまない。つい興奮して……ニセモノは許せないんだ!」
「奇遇ね? わたしもよ!」
フランの手は震えていた。
もしかしたらレディMが本物だと思って恐れているのかもしれない。
あれはナタリーが演じてくれているに過ぎないのに。
「…………!」
突然フランがわたしの手を強く握りしめた!
彼の視線の先を見ると柱の影にマスクの男がいた。
「マリアン……まだあの男と?」
「はい……いろいろ助けていただいております」
「あの男は……顔に傷があるのか?」
「はい」
「君の言っていた男爵とはちがう男のはずだ。いったい、あいつの目的はなんなんだ?」
「親切にしてくれているだけかと……」
「君はぼくの婚約者なんだぞ! 王の后があんな得たいのしれない男といるのはおかしい! 即刻わかれろ!」
「……わかりました。もう会わない。では、最後に彼と輪舞を踊らせてください」
「わかった。それぐらいならいいだろう」
マスクの男の元へ向かった。
男にわたしから手を差し出す。
わたしの手に手を重ねた男は、フランを遠くからきつくにらみつけ、わたしの手を取り大広間へと歩きだした。
マスクの男は自分を殺そうとしたフランをどうしても許せないのだろう。
彼と踊る最後の輪舞。
わたしはこのさき罪人になる。
戴冠式が終わったらこの男とは決別する。
それがわたしのこの復讐に対するけじめだ。
男のブルーの目がアポロンのようにわたしを射抜く。
婚約式から6年。
わたしの運命はこんなにも変わってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
「では調査官殿、お父さまの借入金の証書が領地で見つかったのは、フランたちへの報酬としてそれが最後に支払われたためですね」
「はい。裏づけが取れました。フランたちは領地へもどりこの書類を担保に金を得たのです。ベネディクト伯爵はあなたの婚約式を終えたその足で領地に向かい、書類の手続きをしてフランたちが報酬を得られるようにしておいたのです。最後の成功報酬です。頭の良い男ですよ」
「調査官殿がお父さまの証書に気づいてくださらなかったら、すべてのことが明るみに出ませんでした。本当にありがとうございました」
「マリアンヌ殿、これから地下牢のルイーズに会いにいくのですが……ご一緒しませんか?」
「ルイーズに……? わかりました。わたしも会いたいと思っていたところです。お願い致します」
調査官と一緒にルイーズの元を訪れた。
彼女は地下牢の中でおとなしく座っていた。
だが、わたしたちを見るなり走り寄り叫んだ。
「息子は! 息子はどうしているのよ!」
「あなたの息子は乳児院で元気にしております。実にシャルル大公にそっくりですな」
「あたりまえでしょ! 彼の子なんだから!」
「なぜ、イサクさまの子だと言った?」
「フランに言わされたのよ! イサクって男が邪魔だから!」
「邪魔……なぜだ?」
「フランのことを領地でこそこそかぎまわっていたそうじゃない! 王都でも! それに、婚約者も自分の過去を知っていて危険だから丸め込んで側室にするつもりだって!」
「なんてこと……! フランって、本当にひどい男だわ! ルイーズ! では……イサクとあなたは……?」
「イサクなんて男、王都に来て初めて会った! 知らない男よ。領地にいたらしいけど見たことないわ。ぜんぶ嘘よ」
「そんな……」
からだから力が抜けていく。
では、ローザが言っていた良い男とはフランのことだったのか。
酒場の男たちが噂していた青い目の美男子も。
地下牢からの帰り、王城の中で子供の頃に見た肖像画の前を通った。
16年ぶりにその絵を見たわたしは衝撃を受けた。
「これは……!」




