第29話
――ガキーイイイーンッ!
――ガッ! ガッ!
「えっ?」
恐る恐る目を開けると、目の前に黒いマントが見えた!
「…………!」
――ガキーン! ――ガガガガ、ガガッ!
――ズザザザーアアーッ! ドタンッ!
「こいつうー! 覚悟しろー!」
マスクの男が戦士を倒すと、別の男たちが切り掛かってきた!
群集は道の端により彼らを遠巻きに見ている。
――カキーンッ! ガッ! ガッ! ドサリッ!
マスクの男は襲ってくる敵を次々と倒していく。
かなりの腕前だ。
「くそーっ! おい! 逃げろ! 撤退だー!」
――バタバタバタバターッ!
敵わないとわかり、男たちがバラバラと逃げていく。
「ハアハア……」
「あの……どうもありがとうございました……」
――バッ!
「あっ!」
――タッタッタッタッ、タッタッタッタッ!
マスクの男はわたしの手を握り、群集の中へ突っ込んでいった。
「ハアハア……どこへ……?」
男とわたしはたちまち人の波に紛れていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ハアハア……えっ?」
男に引っ張られて行った先はなんと王城だった。
正確には王城の裏門付近だ。
ここにも人が大勢いたが、門の中にさきほどフランと乗っていた馬車が停まっていた。
――ダダダダッダダダダッ!
とつぜん数人の男たちが裏門から中へ入っていった。
衛兵がすんなりと中へ入れたところをみると、王城の関係者たちなのだろう。
王城に入れろと詰め寄っていた人々が一斉に抗議をはじめた。
みな、フランの政治体勢に不満があって集まっている民たちだ。
口々に今の政権に対する不満を叫んでいる。
それにしても――いま王城に入っていった男たちに見覚えがあった。
王城の関係者とは思えないほど柄が悪かったのだが。
「えっ……? もしかして……」
わたしはハタと思い当たった。
「そうだわ!」
間違いない!
あの男たちは、かつてわたしの婚約式にフランの家臣としてきた者たちだ。
お父さまの遺体を運んできたのもあの男たちだったはず。
あのときは立派な身なりをしていたが、人相が悪いので顔をよく憶えていた。
もしや――さっきわたしに切り掛かってきたのもあの男たちではなかろうか。
わたしはさっきあの男たちに殺されかけたのだ!
途端に足が震えはじめた。
――ギュッ!
「えっ?」
わたしの動揺を察知したのだろう。
となりに立つマスクの男がわたしの手を強く握りしめてきたのだ。
なぜだかひどく安心した。
――グイッ!
その手をいきなり引かれた。
マスクの男を見上げると、首をクイッと動かし裏門の中を見ろと指示してきた。
首を伸ばして柵の間から門の中を覗きこんだ。
「…………!」
さっきの男たちが門の中にある馬車へ乗り込んでいく!
まちがいない!
あの者たちはいまでもフランと繋がっているのだ!
目の前が真っ暗になるとはこういうことか。
騙されていたのだ、ずっと!
ずっとフランに騙され続けていたのだ!
◇ ◇ ◇ ◇
ショックのあまり放心状態のわたしを、マスクの男が宿屋に連れていった。
いつか潜伏していた娼館通りの酒場の2階だ。
「そんな……おお……そんな……! フランがわたしを……!」
部屋に入ったとたん床に泣き崩れた。
わたしはずっとフランに騙されていたのだ。
あの初恋の男の子に!
フランだけじゃない!
わたしは最愛の男イサクにも騙されていた!
「あああーっ……なんてことなの……! おおっお……!」
わたしは床に身体を投げ出し嘆き悲しんだ!
この世の終わりのように苦しい。
あとからあとから過去の辛い出来事が思い出され、怒涛のごとくわたしを襲ってくる!
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
「もう……死んでしまいたい! ああ! おおっ……イサク……イサク……! あなたの元へ……!」
床を叩き、世を呪った。
己の運命を!
神をも!
――バッ!
「あっ……!」
いきなりマスクの男に抱き起こされた!
「…………っ!」
男はいつかの歌劇場のときのように、激しいキスをわたしにしてきた!
「あ……ふぅ……いや! やめて!」
――ドンッ!
「…………」
「ハアハア……」
わたしは激しく抵抗し男を突き飛ばした!
「出てって! いや! 出ていってよ!」
――バンッ! バンッ!
そのへんにあるモノを、手当たりしだい男に投げつける!
――パタンッ!
男はマントで頭を庇いながら部屋を出ていった。
「ハアハア……」
手の平で涙をぬぐいながら寝台に横になった。
涙が、あとからあとからあふれてくる。
フランに欺かれ続けたことへの憎しみの涙なのか、はたまたイサクに女として裏切られたことへの悲しみの涙なのか、どちらの涙なのかは最後までわからなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
――チチチチッ! ピピッ! チュンッ、チュンッ!
朝になり、泣きながら目が覚めた。
鏡を見なくてもわかる。
わたしは今みっともないほど目が腫れている。
「ぐすっ……泣いてもはじまらないわ……」
夜中じゅう起きていて、頭の中でいままでの経緯を整理していた。
「憎むべきは殺されたイサクではなく、お父さまを殺し我が家の財産を取り上げたフランだわ!」
やっと、やっと事件のからくりがわかってきた。
フランはあの川でお父さまを殺し、我が家の財産をわたしからすべて取り上げた。
そのあと記憶喪失のフリをして何食わぬ顔で王都に現れ大公の娘と結婚した。
十字架から王家の人間だと発覚して時期王にまで上り詰めた。
――ボスッ! ドスッ! ドスッ!
「くやしい! くやしい! くやしい! あんな男を信じて!」
くやしかった!
ベッドをいくら叩いてもこのくやしさは消えない!
初恋の男がひどい犯罪者だったなんて!
公園で2人で踊った輪舞。
再会を約束しグリーンリボンを渡した。
幸せだった婚約式。
おでこのキスで天上まで舞い上がった十代の未熟なわたし。
アポロンの見つめる下で輪舞を踊った。
フランと結婚できると信じて疑わなかった。
その後に起きた数々の悲劇。
フランと再会後もいろいろと親切にされていると思い込んでいた。
わたしの運命を更に襲った沢山の辛い出来事。
愛するイサクの裏切り。
フランが助けてくれた。
でも、ちがった。
その間わたしはずっと監視され騙され続けていたのだ!
――ボスッ! ドスッ! ドスッ!
「あんな男! あんな男に! 男なんて……!」
フランへの恨みそれは、いつしかひどい憎しみへと変わっていった。
「あの男! フランだけは許せない! お父さまの仇! 我が家の財産を盗み……村や農場に火をかけたのもフランの指示にちがいないわ! では、ナタリーの農場や廃村の火事も……! 役人や兵士たち、盗賊たちを殺したのもきっとフランよ! イサクを襲ったのも……あの男たちだわ! そして……わたしの命を2度に渡り狙った……!」
許せない!
命に代えても絶対に!
絶対にイサクやお父さまの仇を討つ!
わたしの中でフツフツと怒りの炎が燃え上がった。
涙を流しながら拳を突き上げ、わたしは立ち上がる!
「イサクとお父さまの仇フランシス! おまえを絶対に許さない! そのためならわたしは、地獄へさえも落ちる覚悟よ!」
マリアンヌ・ジュブワは神を完全に捨てた。
胸に渦巻くはフランへの強い憎しみと恨みのみ!
わたしはフランへの復讐を、自分自身に誓った。




