第26話
――チチチチッ! ピピッ! チュンッ、チュンッ!
朝になり、また一日がはじまった。
部屋でジッとしていたが、調査官もマスクの男もこない。
夜になりこちらから行動を起こすことにした。
「たしかあそこの酒場ね……」
近くの洋品店で派手なドレスを購入して着替えた。
濃い化粧をしてベールを脱いだ。
――コツコツコツコツ……。
石畳に足音を響かせながら細い路地に入る。
すでに酒場は開いているとみえ、大勢の男や女の騒ぎ声が聞こえてくる。
――キイッ……。
目立たぬように裏口から酒場へ入った。
「おや? 見慣れない顔だね? 女がひとりでなんの用だい? 売春なら、あっちの通りでやっておくれよ!」
「いえ……あの……仕事を探してて……」
「酌婦かい? だったら……あっちの隅にいる客の向かいに行きなよ。赤いドレスの女と飲んでる男だ!」「えっ……? あれは……」
「知り合いかい?」
「あ、あの……い、いえ、きれいな女の人だと思って……」
女将の指し示したテーブルで男と飲んでいる女は、きのう話をしてくれた娼婦だった。
大柄な男と一緒に飲んでいた。
「駄賃はチップでもらいな! そこから半分、こっちに寄こせば通わせてやるよ!」
「は、はい……」
――コツコツコツコツ。
奥のテーブルに向かった。
女は男の肩にもたれかかり親密そうに話をしていた。
「あ、あの……」
「おや? なんだい?」
「あの……お酒を……」
「ああ……新しい酌婦かい? だったら……旦那に酒を足してやっとくれ! 初めてだから、駄賃はわたしがやろう」
「は、はい……」
――チャリンッ!
女がわたしにチップをくれた。
それを両手で受け取りながら、彼女の様子を伺った。
よかった。
わたしが昨日のベールの女とは気づかない様子だ。
――カタンッ。
目の前にある椅子に腰掛け、テーブルの向こうにいる男の杯に酒を注いだ。
男はこちらには一瞥もくれずに、女と濃厚なキスをはじめた。
顔を背け、酒場の中を見渡した。
どこもかしこも、だらしなく酔いつぶれた男や女がいた。
「えっ?」
一瞬、視線を感じたような気がした。
こんなところに知り合いはいないはずだが。
――ガタンッ!
「ようっ! ねえちゃん、美人だな!」
――ドンッ!
酒臭い中年の男が、わたしの肩に腕をまわしながら隣りの椅子に座った。
「注いでくれ!」
男が大きな木のジョッキを目の前に置いた。
「は、はい……」
わたしはすぐにジョッキを酒で満たしてやった。
男の無作法な仕草には死ぬほど驚いたが、そんなことを気にするヤカラはここには誰もいない。
彼はグイッと大ジョッキの酒を飲み干すと、娼婦といる男に話しかけた。
「おい! おめえは王都に行かないのか?」
「おお、どうしようか迷ってる。ダチに誘われてるんだが……」
「おめえのダチってあれだろ? 青い目の美男子とつるんでた……」
「ああ、そうだ」
「去年そいつのことを聞きまくってた男がいたろ?」
「そうだったな……でも、ダチはすげえ口がかたいんだ。絶対に仲間の話はしねえぜ。かなりヤバイ仕事みたいだが、報酬がいいんだろうよ。それにあいつら、もともとは兵士くずれだからな」
「ねえ! なんでみんな王都に移ろうとしているんだい? 領地にいちゃまずいのかい?」
「ローザ、知らねえのかい? 国王が死んじまったのに跡取りがいないもんだから、王都は先王のオトシダネって男が牛耳ってる。それについてる家臣がなんと、去年クーデターを起こした連中ってわけさ! わかるだろう?」
「じゃあ……王都に行けばいい思いができるかもしれないってことかい? 王都のやつらを差し置いて!」
「ローザ、まあ……そんなところだ。おめえは? 行く気かい?」
「おれはそんな、兵士なんて柄じゃねえからやめとくよ! おれはこうやってキレイなねえちゃんと差しつ差されつってやつが向いてるって……なっ? ねえちゃん?」
――ぐいっ!
「…………!」
男が、いきなり肩にまわした腕に力を込めた。
わたしは恐くなって身を縮ませながら顔を背けた。
「おいおい……! そんなんじゃかわいいお顔が見えないぜ!」
「きゃははは、はは! あんた、ふられたね!」
「いやがってんじゃねえか! かわいそうに!」
向かいの男女が面白がってはやしたてる。
隣りの男は顔をグッと近づけ、酒臭い息を吐きかけながら話しかけてくる。
「なんだとー! なあ、ねえちゃん! 酒場女ならもっとわきまえろ! おい! こっちをちゃんと見な!」
――グイッ!
「……ヒッ!」
男がわたしの顎を持ち上げ、血走った目をドヨンとさせながらわたしの顔をのぞき込む。
こわい!
恐怖がわたしを動けなくさせる。
男の顔がまぢかに迫り、唇がわたしの頬に触れそうになった!
思わず目をつむった。
――ガッターアアアアーンッ!
「いてえっ! なにしやがるー!」
一瞬なにが起きたかわからなくなった。
酒場の中が騒然とする。
恐る恐る目を開けると、隣りの男の腕が背中のほうにねじあげられていた。
男のうしろを見上げる。
そこには――マスクの男が立っていた!




