第23話
――ガタンッ!
わたしは椅子から立ち上がり、部屋から飛び出ようとした!
だが、老婆のうしろにいる男を見て動きを止めた。
酒場の老婆が案内してきたのは――あの調査官の紳士だった!
なぜ――なぜ、彼がここに?
「おやおや! どうしたい? 厄介ごとは困るよ! わたしは行くからね!」
「はい……」
「失礼、座らせてもらっても? あなたもどうぞお座りになってください」
「はい」
わたしは調査官のいうとおり椅子に座り直した。
――ガタンッ!
調査官がテーブルを挟みわたしの前に座る。
「レディM……本当のことですか?」
「……はい」
わたしはマントの男のメモにあったとおり『はい』とだけ答えた。
「本当に?」
「はい」
「あの……では……レディM、あなたが先王のオトシダネだというのは間違いないのですね?」
「はい」
はいと答えながら仰天した。
先王のオトシダネですって?
マスクの男は、わたしにいったい何をやらせようとしているのか。
「そうでしたか……では、証拠の品を見せてください」
「…………」
証拠の品とはなんだろう。
あっ! そうだ!
袋を差し出せとメモにあった。
すぐに手元の袋をテーブルの上に置いた。
調査官はそれを大事そうに手に取ると、そうっと袋のくちを開け中身を取り出した。
「…………!」
調査官の手に握られていたのは――フランの十字架の先についていた銀の筒だ!
「あっ!」
わたしは思わず声を上げてしまった。
「では、確認させていただきます」
調査官は恭しくそれを貰い受けると、紙と蝋を取り出した。
燭台の火で溶かした蝋を紙に垂らすと、銀の筒の先を押し当てた。
そこには、なにやら模様が浮き上がっていた。
「おおっ……! ほんものだ! これは間違いなく、王家の紋章……!」
「…………!」
銀の筒は封蠟だったのだ!
しかも、王家の物らしい。
これでわかった。
フランは先王のオトシダネだったのだ!
調査官は銀の筒を袋にもどすと、それをわたしに差し出した。
黙ってそれを受け取りながら、あまりのことに手が震えた。
この封蝋は本当はフランの物なのに!
マスクの男はわたしをフランの代わりに仕立てようとしている!
いったい、なんのために?
だとしたら、マスクの男はやはりフランの伯父を名乗っていた盗賊団の頭ベネディクト男爵だ。
なんらかの理由でフランと対立しているのだろう。
「このことはしばらく内密にしておきましょう。国王は先月から病に罹り床に伏しています。シャルル大公が先王の十字架を示し時期国王として采配を奮いはじめています。シャルル大公は亡きリュゥフワ大公の婿です。バックについている貴族たちは領地でクーデターを起こした一族の者たちばかりなのです。シャルル大公が税金を上げたため、物価が上昇し国民の生活は困窮するばかりです。このままでは我が国は独裁政治になってしまう! シャルル大公の振る舞いに、本当のオトシダネなのかと疑問視する声が上がりはじめていました。あなたから本当の跡継ぎだという連絡を受け、たいへん助かりました」
「は、はい……」
「追って連絡いたします。あなたはこちらにジッとしていてください!」
「はい……」
「それでは! わたしのことはどうか内密に!」
――ガタッ! バンッ! バタバタバタバタッ!
あっという間に調査員の男は出ていってしまった。
「はあー……。緊張したわ。調査官はわたしがマリアンヌだとは気がつかなかったみたい。よかった……」
――ズズッ……ズズッ……キイッ!
「…………!」
廊下の隅にでも隠れていたのか?
扉を開けて突然マスクの男が入ってきた。
「あっ! あの……なぜ、このようなことを……?」
マントの男は何も答えず、手に持っていたトレイを2つテーブルに置いた。
おいしそうな食事が載っている。
――ギイッ!
――カチャ、カチャッ……。
男がさっきまで調査官の座っていた真向かいの椅子に座り食事をはじめた。
「……いただきます」
――カチャ、カチャ……。
わたしもそれを黙って食べはじめた。
その夜も男と同じ寝台に寝た。
月も出ない暗い晩だった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、ベールを被せられ男に腕を取られたまま酒場の外へ連れ出された。
狭い路地から広い通りに出て歩きはじめた。
着いた先は歌劇場だった。
男は裏の扉からわたしを連れて勝手に入っていく。
すでに劇は始まっていた。
暗闇のなかを2階の一等席に連れていかれた。
「えっ……!」
目の前に――フランが座っていた!




