第20話
イサクは別れぎわに手紙を託してくれた。
わたしを詠んだ詩が何篇も書かれている。
最後に愛していると一言。
その文字をいくども読み返したため、いまではすっかり涙で滲みぼやけてしまった。
何度も何度もその筆跡を辿り彼の心情を追った。
そのときイサクは手紙と引き換えに、わたしのグリーンのリボンを欲した。
「マリアンと離れている間、きみだと思って大事にするよ……」
リボンに頬ずりをしていたイサク。
のちに、こんな悲劇が彼を襲うだなんて。
◇ ◇ ◇ ◇
イサクたち捜索隊はフランの村を訪問したのを最後に消息を絶った。
王都から、今度はイサクたちを捜す捜索隊が出発した。
「イサク、あなたは今どこに……」
「マリアン……イサクさまはお強い方だ! 必ず見つかるさ!」
「そうねモニカ、そうだわね……」
だが、いくら捜してもイサクたちはどこからも見つからない。
遂に捜索は打ち切られ、彼らは行方不明と断定された。
イサクとの辛い別れからちょうど1カ月後のことだった。
「納得できないわ! わたしが行く!」
「マリアン、だめだよ! 待ちましょう!」
「いやよ、いや! イサクに会えないなんて、耐えられない……ワァァー……ッ!」
「マリアン……」
いくら泣いてもわめいてもイサクは戻ってこない。
わたしを慰めるあたたかい腕はあとかたもなく消えてしまったのだ。
連日、仕事もせずにイサクを想い泣き狂った。
「イサク……イサク……いやよ! イサクー!」
「マリアン……お客さまだよ……」
「誰……?」
「マリアン……大丈夫かい?」
「…………!」
フランだった。
「実は……だいぶ記憶を取り戻してね。君のお父上のこともだ……」
「お父さま……? お父さまの最後を思い出したの?」
「ああ……川のフチで突風が吹いてね……そのまま……。ぼくはすぐに馬を降り川へ飛び込んだ……記憶はそこまでだ。次に気がついたときはリュゥフワ大公と話をしていた」
「やはり、お父さまは事故で……。それにしても……川? 川などあったかしら?」
「……君のお父上が滝を見たいと言われてね。それで……横道にそれたんだよ」
「そう……川にさえ行かなければお父さまは……」
「イサク殿のことも気の毒だった……。それで……おかしなウワサを聞きつけたものだから」
「おかしな……ウワサ……?」
「マリアン! たいへんだ! おや……これは失礼、先客が……」
開け放したドアからネイサンが飛び込んできた。
彼はわたしを励ますために、まいにち部屋を訪ねてきてくれる。
「シャルル・リュゥフワです。亡き義父のあとを継ぎ大公になった」
「大公ともあろうお方が、供も連れずにご婦人の部屋に?」
フランが大公になっていたとは驚きだった。
義父が亡くなったのだから当然といえば当然だが。
それよりネイサンだ。
彼はわたしとフランの事情を知らない。
2人きりで部屋にいたので変に思ったのだろう。
「ネイサン……彼はわたしの幼馴染なの。これには複雑な事情が……イサクも知っていることよ」
「そうなのか……? それよりマリアン! 聞いたかい? イサクの公金横領の話を?」
「イサクの……横領?」
「ああ……君にはショックなことだろう。わたしだってそうだ……。シャルル大公もその件でいらしたのですか?」
「はい……」
「イサクはたびたび領地へ赴いていた。そのたびに横領した金を領地の娼婦に貢いでいたらしい。イサクが行方不明になったあと、荷物を整理していた役人が多数の不正書類を見つけたんだ」
「なんですって! そんなばかな! イサクはそんな人じゃないわ!」
「マリアン、事実は覆せない。それに……イサクが領地で娼館のあるいかがわしい界隈に出入りしていたことはたしかだ。わたしも確認している。わたしだって絶対に信じたくはないのだが……」
「イサクは絶対にそんなことはしないわ! たとえ……たとえ女がいたとしても、不正だけはしないわ! 彼の性格を知っているでしょう?」
「マリアン、そうだね! ぼくも君の意見に賛成だ。イサク殿は有名な騎士だ。ありえない!」
「ですが大公……今回のイサク失踪も計画的なものではないかという見方があるのです」
「計画的な……? ネイサン、どういうこと? イサクが捜索隊に加わることは去年から決定していたはずよ」
「マリアン……だからなんだよ。不正書類から推察すると、去年イサクは捜索隊に加わると宣言しはじめた頃から横領をくりかえしている。そして今年……リュゥフワ大公が殺される直前に発覚しそうになっている。リュゥフワ大公は財務大臣だった。イサクの不正疑惑の報告を受け捜査をはじめようとした矢先に殺された。リュゥフワ大公が殺されたため、イサクの横領の件はいったん保留になっていたそうだ。そうですよね? シャルル大公?」
「事実はたしかにそうだが……」
「そんな……そんなことが……信じられないわ!」
「わたしも信じたくはないよ! でも、話の辻褄は合うんだ……」
フランとネイサンには帰ってもらい、ひとり部屋で考え込んでいた。
イサクが横領なんて絶対にありえない!
まして罪から逃れるために失踪しただなんて。
にわかには信じがたい話だ。
◇ ◇ ◇ ◇
「えっ? わたしも……罪に……?」
「はい。あなたはイサク・シャルルの正妻ですから」
「わたしが……イサクの妻?」
その日の午後、税務の調査官がイサクの公金横領の件でわたしの元にやってきた。
てっきり婚約者としての立場で話を聞かれると思っていたわたしは、突然の正妻宣言に面食らっていた。
「わたしたちは婚姻がまだですわ」
「いいえ。イサク・シャルルとマリアンヌ・ジュブワの婚姻届は提出され承認されています。あなた方は正式な夫婦です」
「なんですって! ほんとうに? それはいったい……いつのことですか?」
「今日です。婚姻届はもっと前に提出されていたのですが、あなたの養女の手続きに時間がかかり今になりました」
「そんな……どういうことです? わたしが養女……いったい誰の! 誰の養女になったっていうんですか」
「ナタリー・モロ-という女性です。農場経営をしていると書類にあります。婚人届は彼女から王都へ郵送されています」
「ナタリーが……! いったい、いつの間に……」
「ご存知なかったのですか? でも、婚姻届にはあなたのサインが書かれていましたよ」
「たしかに……わたしはイサクの出発前に婚姻届にサインしました。ただ、提出されていたことや養女の件は初耳です」
「ご本人が正妻になっていたことをご存知なかったのですね……。では、落ち着いた頃にまた話を伺いに参りましょう」
財務の調査官は帰っていった。
わたしは呆気にとられたまま放心状態に陥っていた。
イサクは旅の途中でナタリーに会いわたしを養女にしてもらい、彼女から婚姻届を提出してもらっていた。
「イサク……」
うれしい反面、疑惑が残った。
こんな大事なことをどうして手紙で知らせてくれなかったのか。
「そうだ! ナタリーに会いに行こう! 家はわからないけど、フランの村の近くの農場で苗字もわかっているからすぐに見つかるわ! やはり……わたし自身でイサクを捜しに行くのが得策だわ! 皆の話を総合しても、イサクは生きているのかもしれない! 横領の件はきっと、何か理由があるんだわ! そうだわ! 特殊任務の一環なのかもしれない!」
意気揚々と荷物の整理をしていると、ネイサンがやってきた。
「マリアン、聞いたぞ! イサクと結婚していたんだって!」
「そうなのよ、ネイサン! こんな形で報告することになってしまって……」
「君たちの結婚はわたしも望んでいたことだが……やっかいなことになったな。イサクはなんだってそんなことを?」
「まあ、どうして? イサクはわたしのためを思って……!」
「イサクの横領が発覚した今、マリアンは非常に不利な立場に立たされているんだぞ。君がイサクの公金横領となんの関係もないと証明されるまで、王都を出ることは許されないだろう」
「なんですって! じゃあ……イサクを捜しに行くことはできないの?」
「イサクを捜しに? マリアン、待ってくれ! 君はそんなことしてはいけない! これは大事件なんだ。女性がどうこうできる問題じゃないんだよ」
「でも……イサクのことを想うと、いてもたってもいられないのよ!」
「もう少し我慢してくれ! イサクのことを色々調べている最中なんだ」
「だったらネイサン、イサクが前々から言っていた領地で任命された特殊任務とはなんだったの?」
「わたしも気になって調べてみたのだが、まったくわからなかった……。誰に聞いても、そんな任務はあるわけないと言うんだ。こうなってみると……イサクの作り話だったとしか思えない」
「そんな……イサクがウソを? 信じられないわ!」
「だが、事実だ。それと……イサクに同行していた兵士の1人が重傷を負い、地方の教会のホスピタルに収容されていたことが判明した。ずっと昏睡状態だったのが、やっと意識を取り戻し身元が判明した。明日、馬車で王都に送られてくる。その兵士がマリアンに渡したい物があると、イサクの親友のわたしに連絡を寄こしてきた。明日の朝、大聖堂の裏の通りで待ち合わせをしている。マリアンも来てくれ」
「まあ! ほんとうに? 絶対に行くわ! わたしに渡したい物って何かしら?」
「手紙らしい。それ以上はわからない。マリアンにちょくせつ渡すようイサクに命ぜられたそうだ」
「イサクに……! うれしいわ! 必ず行くわ!」
あらたな展開だ。
わたしはイサク探索の旅をあきらめ、あしたの兵士との面会に希望を託して浅い眠りに就いた。
◇ ◇ ◇ ◇
――ガラガラガラガラッ! ガラガラガラガラッ……!
「マリアン! あの馬車だ!」
「あれね……」
早朝、大聖堂の裏通りでネイサンと待ち合わせた。
ほどなくして一台の馬車がやってきた。
――バタンッ!
馬車は目の前で止まり、扉を開けて屈強なひとりの男が降りてきた。
男は頭や肩に包帯を巻き足を引きずっていた。
青白い顔をしていかにも病み上がりという様子だった。
「おい! 無理をするな! 一緒に馬車に乗ろうか?」
「いえ、大丈夫です……ああ、あなたがマリアンヌ・ジュブワ殿ですね。イサクさまがおっしゃられるとおり、上品でお美しい方だ……」
「あの……あなたは……?」
「はい。わたくしはイサクさまとご一緒させていただいていた捜索隊の兵士です! イサクさまをお守りできなくて、たいへん申しわけございませんでした……」
「それじゃあ……イサクは……」
「はい……敵の襲撃に遭い……」
「そんな……。イサク……イサクはやはり……?」
「わかりません……。わたくしも命からがら逃げてきて……気がついたらホスピタルの寝台の上でした」
「わあああーっ!」
「マリアン……しっかり! 話を聞こう。イサクが殺されるまでの経緯を教えてくれ」
「はい。わたくしどもは失踪中の役人の足跡を追いました。彼はフランシス・ベネディクトが住んでいた廃村を訪ねていました」
「フランシス・ベネディクト? 誰だ?」
「ネイサン……フランシス・ベネディクトはシャルル大公の昔の名前よ」
「シャルル大公の? そうか、彼はたしか記憶喪失で発見されたんだったな……。それで? 続けてくれ」
「はい。廃村の奥へと注意深く進んで行くと、盗賊の一味だった男が数人潜んでいました」
「まあっ! たいへん! それで?」
「すぐにとっ捕まえてやりましたよ。すると、ヤツラは我々におかしなことを言いだしたのです」
「なんと言ったんだ?」
「2年前の暮れに、自分たちの頭が役人との取引に行ったまま帰らないのだが行方を知らないかと」
「頭? そいつはどんな野郎だ?」
「黒いマントにフードを被った、顔に大きな傷がある大男だというんです」
「傷! 顔に傷がある大男ですって!」
「マリアン、知ってるのか?」
「あの……」
どうしようかと口ごもってしまった。
その盗賊の頭というのがフランの伯父ベネディクト男爵だろう。
ネイサンにベネディクト男爵の話をしてしまったら、フランに迷惑が掛からないだろうか。
彼は伯父の話が王都に知れることを極端に嫌がっていた。
「こ、こわい話だわ……あの……それで、その盗賊の話していた役人というのが、今回さがしている人物なのですか?」
「はい。話の様子からそのようでした。盗賊の頭は女の戸籍の手続きにくる役人と会い取り引きしてくると言い残し、村を出たまま帰らないそうです」
「では、役人は最初から盗賊の頭と取引するつもりで廃村を訪ねたのか? マリアンの戸籍を取りにいっただけでなく、陰ではそんなことを……」
「…………!」
唐突に調査官の男のことを思い出した。
彼は、わたしの戸籍を取りにいった役人に内密に調査を依頼したと言っていた。
その調査とは、盗賊の頭と取引することだったのか。
盗賊と取引?
どう考えてもおかしい。
しかも盗賊の頭はフランの伯父ベネディクト男爵にほぼ間違いない。
だとしたら、わたしを訪ねてきた調査官も怪しいということになる。
調査官は行方不明になった役人より前に廃村を訪ねている。
誰もかれもが疑わしい。
何がなんだかわからなくなってきた。
「役人と盗賊の頭がどこに行っか検討もつかないのか?」
「盗賊どもはあちこち捜してみたそうですが、みつからなかったらしいです。盗賊の頭の住まいは森の中にあり盗賊たちの知らない場所だそうです。とにかく謎の多い人物みたいで、盗賊たちも頭の素性はよく知らないと言っていました。ただ、数年前まで盗賊の頭の元へ手紙が届いていたそうです。わたくしたちは盗賊どもを地元の自警団に突き出し、そのまま廃村に泊まりました。イサクさまは近くにある農場へ1人で出掛けられました」
「農場へ? なんのために?」
「ネイサン、たぶん……わたしを養女にしてくれた女性農場主に会いに行ったんだわ。そのとき婚姻や養子縁組の証書を作成し、その女性が王都へ郵送してくれたんだわ」
「そうか、それなら辻褄が合うな……。それで? イサクは農場から帰ってきたのか?」
「はい。イサクさまは翌朝かえって参りました。農場にいたこどもに不思議な話を聞いたので行ってみようと言われました」
「不思議な話? どんなものだ?」
「大通りを外れた森の中に川があるそうなのですが……その脇にある大きな木の下の激流の底が、キラキラ光っているというのです。奥に滝があるので馬車で通れるぐらいの道はあるそうですが、滅多に人が寄り付かない場所だそうです」
「川底が光ってる? こどもの戯言だろう? イサクはどうしてそんなことが気になったんだ?」
「イサクさまが言うには、川底の光は金貨ではないかと……。役人が盗賊の頭と取引したなら、とうぜん金貨が使われたはずだと」
「そうか! それで? その川に行ってみたのか?」
「はい。翌朝、こどもの言っていた場所に向かいました。大通りを横道にそれ進むと流れの激しい川があり、フチを沿って進むと大きな木がありました。激流の中を覗くと、たしかに川底がキラキラと光っています。イサクさまの推測どおり大量の金貨が落ちている模様でした。大きな木の下が不自然に盛り上がっていたので掘り返すと……男と思われる死体が2つ出てきました」
「なんと! 役人の死体を発見したのか? それで?」
「死体の内ポケットから手紙の束が出てきました。これです。マリアンヌ殿、あなたに渡すようにとイサクさまから仰せつかりました」
「わたしに……ですか?」
兵士はふところから古そうな封書を取り出した。
なぜだか見覚えがある。
「……これは!」
見覚えがあるはずだ。
それは、わたしが昔フランに送った手紙だった!
「マリアン? その手紙に見憶えが?」
「これは……わたしが昔フランに送った手紙だわ」
「フランとは、シャルル大公か? マリアン、君たちは幼馴染だと言ってたな……それで手紙を?」
「ええ、そうよ。でも、どうして役人がわたしの手紙を……?」
「イサクさまは手紙にざっと目を通すと1通だけ選び、いますぐマリアンヌ殿に届けてくれとわたくしに頼まれました。わたくしはそれを内ポケットに大切にしまい込み、馬で大通りに向かって走り出し……そこで敵に襲われました! 全員、覆面をしていたので顔はわかりません。背に矢を受けながらもなんとか逃げ延び、大通りを疾走している途中で気を失い落馬して……。通りがかった乗合馬車に助けられたそうです」
「敵は弓矢を使っていたのか?」
「はい。一斉攻撃を仕掛けてきました」
「弓矢か……我が国の者ではないな……。それではイサクたちも反撃できなかったであろう……」
「なんと……! おお……イサク……イサク……わああっー……!」
愕然とした。
イサクたちは、矢で一斉攻撃を受けた。
ひとたまりもなかっただろう。
わたしはその場に泣き崩れた。
ネイサンと兵士が立ったままわたしを見守っている。
「マリアン、かわいそうに……。いったい、誰が君たちを襲ったのか……」
「わかりません……」
「弓矢を使うからには他国の連中だろうが……理由はいったいなんだ? そうだ、川の場所を教えてくれないか?」
――ガサッ。
兵士が胸ポケットから紙を取り出した。
「こどもの書いた川の地図です。バツ印が役人の死体が埋まっていた木の場所です」
「ありがとう。君はゆっくり療養しろよ。あとはわたしに任せろ」
「ネイサンさまこそ、お気をつけて」
――バタンッ! ガラガラガラガラッ! ガラガラガラガラッ!
兵士は馬車に乗り走り去った。
わたしは立ち上がり、ネイサンに向き直った。
「ネイサン……まさか! イサクを捜しに行く気なの? 行くならわたしも一緒に!」
「マリアン、君は今イサクの不正の件で王都を出られない。わたしはすぐに出発する。心配するな! 危険は冒さず現状だけ確認してくる」
「まさか……1人で行く気? 供の者は?」
「イサクは公金横領や殺人の罪で疑われている。国はこれ以上、捜索隊を出してくれないだろう。さっきの兵士の話が公になる前にイサクの安否を確認してくる。待っていてくれ」
「ネイサン……」
ネイサンとはそこで別れた。
彼はすぐに旅立った。
わたしは王城に戻り仕事に没頭した。
そうしなければ自分が保てなかった。
夜になるとイサクを思い泣き明かした。
イサクが殺されたとか犯罪を犯したとか、いまは考えられなかった。
ただただ、会えないことが苦しかった。
目の前にイサクがいないことが、とても悲しかった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌週、ネイサンが旅から帰ってきた。
「ネイサン! よくぞご無事で! イサクは?」
「マリアン、すまない……イサクは見つからなかった……」
「そんな……」
わたしは絶望していた。
心の片隅で、イサクはどこかで生きていると信じていたからだ。
「兵士のくれた地図に従い川に行ってみたが、イサクたちの痕跡はどこにも見つからなかった。大きな木の下に土を掘り返したようなあとはあったが……たぶん誰かが処理したのだろう。そうとしか考えられない。それと、ナタリーという女性の農場主だが……」
「……ナタリーがどうかしたの?」
「農場がは火事で消失していた。従業員たちは全員無事だが、農場主は地方に移ったらしい」
「そんな……! ナタリー……!」
「マリアン……この事件はとても危険だ。今は追求するのは、やめたほうがいい」
「ネイサン、でも!」
「マリアンすまない。わたしには妻子がいる。これ以上は……」
「……そうね、あなたに迷惑をかけることになるわ……わかった……」
イサクの失踪をこれ以上、追及するわけにはいかなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇
時間だけが虚しく過ぎていく。
イサクに対する悲しみや喪失感は日を負うごとに増していった。
嘆き苦しむ日々が続いた。
当然のごとくイサクは見つからない。
イサクたちの捜索は今後いっさい行わないという決定がくだされた。
生き残った兵士の証言から、イサクたち捜索隊は賊に襲われ殺されたと結論づけられたからだ。
わたしはその後の調べや尋問で、イサクの公金横領に対する罪になんら関与していないことが証明された。
だが、年明けまで王城から出ることを禁じられた。
「なんですって? ネイサン! あの兵士が……死んだ?」
「ああ……。元いたホスピタルに戻って療養していたが、けさ寝台の上で死んでいるのが発見された。胸に刺し傷があったが病死として片付けられた」
「そんな! 彼にはもっと……もっとイサクのことを聞きたかったのに……!」
「それと、イサクたちが捕らえ自警団に突き出した廃村の盗賊たちだが……」
「その人たちがどうかしたの?」
「自警団の牢屋で全員、死んでいたそうだ。原因は不明。自警団の不祥事なので国が隠蔽した」
「なんてこと! 怖ろしいわ……盗賊の頭の証人が次々と……」
「それも、すべてがイサクの関係者だ。どうしたものか……。そうだマリアン! 調査官の所在がわかったぞ」
「ほんと、ネイサン?」
わたしはネイサンに、お父さまの借用書の件で訪ねてきた調査官を調べてもらっていた。
「担当者はわかったが、今は領地にいる。来年もどってくるそうだから、そのとき会いにいってみよう。それと……マリアンには辛い事実だが……迷路殺人の犯人がイサクと断定された」
「そんな……! そんなわけ絶対ないわ! わたしのイサクが殺人なんて! そんなわけない!」
「動機は横領の件をリュゥフワ大公に追求されたことだ。わたしも納得できないよ。イサクはそんな男じゃないと断言できる。だが、証拠が揃っている。目撃者も……」
「目撃者? だって……あの日はみな仮面を付けていたのよ! 目撃なんて出来ない!」
「しかし……仮面舞踏会へ出掛けていくイサクの頭にグリーンのリボンが付けられていたのを見たという証言が多数よせられているんだ。それと、仮面を配っていた担当者が、あの夜イサクに悪魔の面を渡したことを憶えていた。迷路から出てきたのは悪魔の仮面の男だ。すべてがピタリと一致している。マリアン、君は本当に舞踏会の間イサクとずっと一緒にいたのかい?」
「それは……。あの……ネイサン、迷路から悪魔の仮面をつけた男が出てきたのを目撃したのは誰なの?」
「匿名になっていて、誰かはわたしにはわからない。婦人だということだけしか……」
「女の人……?」
わたしの頭にルイーズの姿が浮かんだ。
あのとき見た女性は、やはりルイーズだったのではないか。
「どちらにせよ、イサクのリュゥフワ大公殺しの罪は確定してしまった。マリアン……イサクの荷物はすべて処分されてしまった。せめてもと思い、現場の迷路に落ちていたリボンをもらってきた。受け取ってくれ」
「イサクの落としたとされるリボン……えっ? それって……」
ネイサンがポケットから取り出したリボンを見て仰天した!
それは――6歳のときフランに渡したわたしのグリーンリボンだった。




