第2話
――ガラガラガラガラッ! ガラガラガラガラッ!
――パカッパカッパカッパカッ! パカッパカッパカッパカッ!
――ワアアアアーッ!
「すごく、にぎやかだわ……」
王都の喧騒は想像以上だった。
「目がまわるだろう? むかしここで暮らしていたわたしだって、来るたびに様子が変わっていてびっくりするよ」
「そうなんですか?」
幼かったので王都のことはよく憶えていないが、通りには新しい建物がたくさん立ち並び市場は人であふれていた。
馬車に乗せてくれた老婦人はナタリー・モロ-というフランの村の近くで農場を営む女性だった。
白髪頭をひとつにまとめやさしそうな大きな黒い瞳をしていた。
大切な友人の葬式に参列するため、馬車で王都へ向かっていた。
「実はね、今日の葬儀の主はかつてのわたしの婚約者なのさ! わたしを裏切って他の女と結婚したんだよ。お蔭でわたしはこの通り、いまだに独身さ! だけど、まだ彼を愛しているんだ……。憎んでも憎みきれない相手なのにね。ねえ、マリアン。恋ってやつはさ、いくつになってもやっかいなもんなんだよ。あんたは、わたしのようになってはダメだよ」
「…………」
憎い相手を死んでも愛する。
最愛の人を亡くしたわたしには、その気持ちが痛いほどわかった。
ナタリーとは反対に、フランはわたしに良い思い出だけを残してくれた。
思い出の中のフランはいつもやさしく美しい。
そして、誰よりもわたしを愛してくれていた。
ナタリーがいまだに独身ということにも賛同できる。
わたしもきっとそうなるだろう。
フランほど素晴らしい人はこの世にいない。
同じような相手に会えるチャンスはもうないだろう。
わたしの一生に男性はもう必要ない。
自立して死ぬまで独身を貫こう。
その決心は3年前についていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「マリアン、こっちよ」
「はい」
広い大聖堂では厳かに葬送の式が行われていた。
ナタリーと献花の列に並んだ。
知らない人間の葬儀に顔を出すのもおかしな話だが、ナタリーの不安そうな顔を見ると参列を断れなかった。
「憎い人でも、死んでしまうと何もかもが水に流せてしまうものなんだね……。マリアン、彼はわたしを嫌いになったわけではないのだよ。ただ、お金に目がくらんでしまっただけ。お蔭で、彼はこんなに立派な葬儀を出してもらえた。わたしと一緒になっても、田舎の農場生活が待っていただけだものね……」
「ナタリー……」
たしかに大きな葬儀だった。
王侯貴族たちが多数参列していた。
ナタリーを捨て金持ちの女と結婚した男の人生とは、どのようなモノだったのだろうか。
献花の順番を待つうちに、だんだんと周囲の人々が気になりはじめた。
参列客は皆、高級な帽子や服を身につけている。
自分のただ黒いだけの地味なドレスがとても恥ずかしく思えた。
一張羅の服を着てやってきたのだが、道端の靴磨きだってもう少しまともな服装をしている。
王都とはそういうところだと改めて身に沁みた。
自分の境遇がひどく哀れに思えてきた。
農場で暮らしたこの3年間は、思い出すのも身震いするほど惨めでむごたらしい日々だった。
救いのない毎日に、いつしか神への信仰を失っていた。
なぜわたしだけが!
援助の手を差し出そうともせず、農場へわたしを追いやった親戚。
男爵である父の恩も忘れ、わたしを売ろうとした農場主夫婦。
己の運命を呪う恨みつらみが急激に沸き起こってきた。
聖堂にいながらにして、神に対する冒涜の言葉を吐き出しそうになった。
「えっ……?」
視界の隅に金色の光が躍った!
振り向くと――後姿で遠ざかる背の高い金髪の男が見えた。
似ている!
――ドンッ!
「わああっ!」
花を棺へ投げ入れ、すぐにあとを追った。
――カッカッカッカッ、カッカッカッカッ……!
――タタタタッ、タタタタッ……!
男は短く刈った金髪をきらめかせながら聖堂を出ると、長い脚をたくみに動かし人ごみの中を抜けていく。
王都を歩き慣れている様子だ。
人違いか。
男が通りを左に曲がった。
「ああっ!」
横顔が見えた――フランだった。




