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第18話

「……イサク!」

「ハアハア……えっ……? 誰だ!」


 星明りに照らし出されたイサクの顔は真っ青で、額にうっすらと汗を掻いていた。

 

「イサク、わたしよ! マリアンよ!」


 わたしは仮面をずらしてイサクに顔を見せた。


「マリ……アン……? 君か?」

「こんなところでどうしたの? 仮面は?」

「えっ? ああ……ここにある……」


 イサクは手にしていた仮面をいそいでつけた。

 ギョッとした。

 それは、悪魔の顔をしていた。


「マリアン! いそいでここを離れるんだ! おいで!」

「……イサク!」


 イサクがわたしの手を取り走り出した。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「ハアハア……イサク……ちょっと待ってよ……息が……」

「あ、ああ……すまない! マリアン……大丈夫かい?」

「ええ……ハアハア……」


 大広間の手前で走るのをやめてもらった。

 息を整えながらイサクの様子を伺う。


 イサクは約束のグリーンのリボンをつけていなかった。

 どこかに落としてきたのだろうか。

 肩まであるサラサラの髪がいつもより乱れていた。

 仮面の端から見えるイサクの顔色は蒼白だ。

 それに、ひどく落ち着かない様子だった。

 迷路の奥で何があったのだろう。


「マリアン……迷路の前で何をしていた?」

「……人を……追いかけてあそこまできたの」

「人? おれをか? それとも……誰かをおれと勘違いしてか?」

「……あなたの姿は見ていないわ。他の……人よ」


 ルイーズの名を出すのはやめた。

 イサクはルイーズと逢っているところを見られてはまずいと思い、わたしを迷路の前から離れさせたのだろう。

 やはり――イサクはルイーズと。


「そうか……。マリアン、踊りに行こう。輪舞ロンドがはじまる!」

「ええ……」


 大広間に行き輪舞ロンドの輪に混ざった。

 わたしは一粒の涙を流すピエロの仮面の下から、悪魔の面の奥で光るブルーの瞳をいつまでも見つめていた。

 その夜わたしとイサクは、宮殿内の客間に泊まり愛をたしかめあった。


 翌朝、ベッドサイドに置かれた2つの仮面を見つけギョッとした。

 哀れなピエロに寄り添う悪魔。

 不吉な予兆の前触れだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「なんですって! モニカ、昨夜の舞踏会で……人が殺されたの?」

「正確には舞踏会の行われていた宮殿の生垣の迷路の中でだよ。今朝、衛兵が見回りに行って見つけたそうだよ」

「誰が……? 誰が殺されたの?」

「リュゥフワ大公だよ。シャルルさまの義理のお父上の」

「なんですって! 生垣の……迷路?」


 仕事をしていたわたしは、モニカからとんでもない話を聞かされた。

  

「マリアン、そういえば……あんた、朝帰りだったんじゃないかい?」

 

 モニカがからかうような笑みを浮かべた。


「モニカ……あ、あの……そうよ! ゆうべはずっと……イサクと一緒だったの! だから……さ、さつじんがあったなんて! わたしもイサクも、ぜんっぜん……知らなかったわ!」

「そういうもんさ! 結婚前のこの時期がいちばん楽しいんだよ。わたしもそうだった!」


 モニカはウインクしながら行ってしまった。


「イサクが……まさか……?」


 足が震えてきた。

 動悸がする。

 まさか、まさか――イサクが?


 だが、イサクがリュゥフワ大公を殺す動機はまったく見当たらない。

 頭の中でいろいろと考えをめぐらせているうち少し落ち着いてきた。

 イサクが慌てていたのはルイーズと会っていたのをわたしに見られたくなかったせいだろう。

 そう思えば、イサクが異常に動揺していた理由も納得できる。

 昨晩わたしと客間に泊まったのも、ルイーズのことを誤魔化すためだろう。


 ルイーズ――彼女のことは水に流そう考えまいと必死で努力してきた。

 なのにイサクは、舞踏会の最中にルイーズと逢引きしていた。

 だんだんと我慢できなくなってきた。


 イサクの女性関係で心に受けた悲しみは、怒りに転化しなんとか誤魔化してきた。

 本当はルイーズの姿を思い出しただけで、耐え難いほどの苦痛が襲ってくる。

 久々に思い切り泣きたくなった。

 なんとか思いとどまり仕事に没頭した。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「マリアン! 大丈夫かい? 先週の舞踏会で起きた殺人事件が思わぬ波紋を呼んだな……」

「ネイサン……」


 仕事中にネイサンに出会った。

 イサクとは仮面舞踏会の夜以来、会っていない。

 そしていま王都中が、リュゥフワ大公が殺された迷路殺人事件の話でもちきりだった。


「君の村に行く捜索隊が今回の事件に借り出されたため、出発が延期になったらしいな」

「そうなのよ……」

「マリアン、もう少しの辛抱だ。リュゥフワ大公の死因が特定されたぞ」

「なんだったの?」

「領地に生息する植物の毒が使われていた。イサクが領地へ確認に行っている」

「イサクが領地へ? 知らなかったわ……。それで、犯人の目星は……ついたのかしら?」

「いいや。まったくわからないらしい。リュゥフワ大公には敵が多かった。彼は現王に対する反対派の中心人物だったからね。近々政権逆転を企てているとのウワサがあった……。王族のシャルルを婿に迎えるぐらいの野心家だったからね」

「リュゥフワ大公がクーデターを? 知らなかったわ……。婿のシャルルは?」

「シャルル殿は奥方と外国へ旅行中だった。事件は迷宮入りになるかもしれない……」

「そうなの……」

「それと……これは極秘事項だが、リュゥフワ大公の死体のそばにグリーンのリボンが落ちていたそうだ」

「グリーンの……リボンですって!」

「ああ、リュゥフワ大公の持ち物はではないらしい」

「あの……わたしは……ずっとイサクと一緒だったわ! 事件に関してまったく知らない!」

「そうらしいね。イサクもずっとマリアンと踊ってたって言ってたよ。そんなことよりマリアン! イサクと早く結婚できるといいな。イサクは短気だが裏表のない良いやつだ。わたしはマリアンとイサクの幸せを、いつも祈っているんだよ」

「ネイサン……どうもありがとう」


 ネイサンの言葉は涙が出るほどうれしかった。

 だが、わたしはそれどころではなかった。

 リュゥフワ大公の死体にそばにグリーンのリボンが落ちていただなんて!

 イサクがリュゥフワ大公の死になんらかの関与をしているとしか考えられない。

 でも、そのときのわたしはイサクに確かめる勇気は持ち合わせていなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 その翌週ひさびさにイサクを見掛けた。

 見知らぬ女と王城の中庭で話をしていた。

 わたしは飛んでいってイサクに呼びかけた。


「イサク! いつ領地から?」

「マリアン……」

「ではイサクさま、失礼いたします」

「ああ」


 見知らぬ女は去っていった。


「イサク! 今のは誰?」

「さあ……どこかの令嬢だろう? 初対面の知らない人だ」

「ほんとに知らない人なの? 親しげに話していたじゃないの!」

「そんなことはないぞ! 彼女は単に、おれが捜索隊に加わると知って壮行の言葉を掛けにきてくれただけだ」

「そんなこと信じられない! あなたは、前にも……」

「前にもなんだって?」

「な、なんでもないわ……。とにかく、こそこそ女に会うのはやめてちょうだい!」

「女? おれがいつ女と会った? 勤務中の立ち話まで規制されるのか!」

「だって……。それと……領地に行くことわたしに知らせてくれなかったでしょう? 手紙もくれなかったわ!」

「いちいち婚約者に仕事の報告をする義務があるのか? どこの国の法律だ!」

「なんですって! なら、これに答えられる? あの仮面舞踏会の夜、あなたはいったいどこにいたの!」

「仮面舞踏会だって……? どうして……いまそれを聞くんだ?」


 イサクの顔色が変わった。

 彼は何かを隠しているに違いない。

 売り言葉に買い言葉で舞踏会のときのことまで聞いてしまった。

 それをいま追求するのはまずい気がする。


「あの……あのときイサクがなかなか見つからなくて……すごく心細かったから……」

「……特殊任務を遂行中だった。いまはそれしか言えない。頼むからわがままを言わずに理解してくれよ」

「わがまま? わがままですって! なによっ! わああっ……!」

「あっ! マリアン!」


 わたしは泣きながらイサクの前から走り去った。

 胸が痛み涙がとめどなくあふれてくる。

 泣き叫び転げまわり、天に恨みをぶちまけたい!

 わたしは再び神を信じることができなくなってしまった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 その後イサクに会うたびに、いがみ合うことが多くなっていった。

 迷路殺人事件は犯人が特定できず、その名の通り迷宮入りになりそうだった。

 わたしはイサクに対して疑いの目を向けるようになっていた。

 特に女性関係には敏感で、イサクが女といると飛んでいってやきもちを焼いた。


「マリアン、また嫉妬かい? いい加減にしてくれよ!」

「だって……!」

「君の言動は感情的すぎる。もう少し冷静になってくれよ」

「なんですって! イサクのばか! もういいわ!」


――――ダダダダッダダダダ……ッ!


「マリアン! もう……勝手にしろ!」


 こんなことのくりかえしだった。

 ハンサムでたくましいイサクは元々女性たちに人気がある。

 彼が捜索隊に加わり役人捜しの旅に出ると聞き、安否を気遣う女たちがあとを絶たない。

 ルイーズともいつ逢引きするかと気が気ではなかった。

 

 嫉妬のあまり眠れず、食欲もなくし痩せて顔色が悪くなった。

 こんな女ではますます相手にされないだろう。

 毎日あせるばかりだ。

 そんななか、イサクの役人捜索への旅が間近に迫っていた。

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