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第11話

 あたたかくなるにつれてフランからのアプローチは減っていった。

 遂にあきらめてくれたかと胸を撫で下ろしていたところ、今度はイサクに辞令が下された。


「イサクが戦に?」

「戦っていうほどのものじゃないよ。領地でクーデターが起きたんだ。鎮圧にいくんだよ。おれは大臣たちの護衛だ。すぐに戻ってくるよ」

「クーデター? 治安が悪いんじゃない?」

「大丈夫だ。腕っぷしには自信があるんだ!」

「やっぱり危ないじゃない! いやよ、イサク! 行かないで!」


 わたしはイヤイヤをしながらイサクに抱きついた!

 嫌な予感がする。

 わがままだとわかってはいたが、どうしてもイサクに旅立って欲しくなかった。


「イサク……とても不安だわ……」

「泣かないで……すぐにもどるから……」


 イサクが大きな手の平でわたしの涙をぬぐう。

 それでもあとからあとから流れ落ち、彼の手をいつまでもわずらわせた。

 

「マリアン……頼むから泣かずに待っていておくれ……」

「イサク……」


 わたしの頬をやさしく撫でるイサク。

 わたしはいつまでもイサクに抱きついて離れようとしなかった。

 それほどまでに別れが惜しまれた。


「マリアン……連れて行きたくなるよ……。どうか……」

「だったら、イサク! わたしをあなたの妻にして! だったらいいわ……」

「それって……マリアン……!」

「ええ。いいの。あなたとなら、なにがあっても後悔はないわ……」

「マリアン……いいのかい? ほんとうに……?」

「…………」


 無言で抱きついたまま、イサクのブルーの瞳を下からのぞきこんだ。

 男爵令嬢としてあるまじき行為をしようとしているわたし。

 両親が生きていたら、決して許されることではない。

 

 だが、今のわたしには確かなものなどひとつともない。

 書類上の婚姻が結べないのなら、イサクとの愛の思い出だけでも欲しい。

 そのカケラを抱きしめ、これからはじまる長い夜を越えていきたい。

 

「マリアン……」

「イサク……」


 2人で街へ降り宿屋へ行った。

 このときのことを、わたしは生涯忘れることはないだろう。


 奥の寝室に巨大なベッドがあった。

 ランプの灯かりを頼りに1まい1まい服を脱ぐ。

 闇に浮かぶ男女の白い肉体。

 隅から隅まで埋め尽くすように愛し合ったわたしとイサク。

 鋭い痛みのあとに、女としてのヨロコビがひろがった。


「…………!」

「マリアン……大丈夫かい?」

「はい……イサク……」

「愛してるよ……永久トコシエに……おれのマリアンヌ……」

「わたしも……愛してるわ! わたしのイサク……!」


 ふたりは激しく求め合いそして奪い合った。

 わたしは初めてとは思えないほどイサクを感じ、そして強請ネダった。

 イサクもそれに全身で応えてくれた。

 ふたりの睦み合う音がときに甘くときに激しく、夜のしじまへと消えていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「……マリアン……どうかしたの?」

「イサク……」


 窓辺に立つわたしに、目を覚ましたイサクが声を掛ける。

 わたしはガウン1枚で外を眺めていた。


「星空を……見ていたのよ」

「星空を……?」


 いつの間にかうしろにいたイサクが、そうっとわたしを抱きしめる。

 

「イサク……」

「寒くない?」

「ええ」

「からだは? つらくないかい?」

「だいじょうぶよ……」

「外に……何か見えるの?」

「星空の向こうにあなたがいるわ」

「おれが? おれはここにいるよ」

「でも……いるわ。イサクがそばにいないときも、あなたは夜空で輝いているわ」

「それで? おれは何をしてる?」

「何を……? それは……」

「当ててみようか? おれはきっと……こうやって……」

「きゃあっ!」


 イサクがわたしを抱き上げ、クルクルと回転しはじめた!


輪舞ロンドを踊ってるんだ! そうだろう?」

「まあっ! ウフフフ、フフ……! そうよ! さみしくひとりでね!」

「ひとり? なんだって1人なんだ? マリアンは?」

「いないわ! だってわたしは、ここにいるのよ? マリアンヌが2人もいたらおかしいでしょう?」

「なら、なんでおれは2人もいるんだ? おかしいじゃないか!」


 イサクが突然まわるのをやめてわたしの顔をのぞき込んだ。

 月光に照らされた彼のブルーの瞳がキラキラとマタタきはじめる。


「そうね……おかしいわね……どっちがニセモノ?」

「どっち? どっちかは……キスして判断しろ!」

「…………!」


 わたしを横抱きにしたまま、イサクから熱烈なキスを贈られた。

 2人はたちまちキスに夢中になった。


「マリアン……後悔してない?」

「もちろんよ! イサクは?」

「おれが? おれが後悔なんかするもんか! 踊り出したい気分さ! こうやって!」

「まあ! うふふふ、ふふ……あははは、はは……っ!」


――ダンッ!


 イサクはわたしを抱いたまま何度も回転し、最後に寝台へ飛び込んだ。

 彼がわたしの上に起き上がり顔を覗き込んだ。


「ハアハア……マリアン……幸せかい?」

「もちろんよ! イサク……わたし……世界でいちばん幸せよ……」

「世界で? それはすごいな……」

「この幸せが、長くつづくといいわね……」

「あたりまえだろ? おれたちは永遠だ!」

「イサク……」


 こうしてわたしはイサクと初めての夜を過ごした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


――チュチュッ! ピー! チュンッチュンッ!


――カタンッ!


「……イサク……どうしたの……?」

「マリアン……愛する乙女よ……」


 早朝、物音で眠りから覚めた。

 寝台の脇でイサクが服に着替えていた。


「朝早く辞令がきた。クーデターが激化したそうだ。すぐに出発する」

「まあ! そんな! イサク、お見送りに……!」

「君は寝ていなさい。モニカにあしたまで休暇をもらっている。宿代も払ってあるからゆっくりしていくといい。あとでバラの花束を届けるからね」

「イサク……気をつけて……」

「マリアン……すまない。ずっと君といたかったのに……」

「お仕事なら仕方がないわ。あなたの無事を、ずっと祈っています」

「マリアン……愛してる。すぐにもどってくるからね」

「イサク……きっとよ! きっと……無事に帰ってらして!」

「ああ、絶対にそうするよ!」


 イサクはわたしを強く抱きしめ熱烈なキスをすると、名残惜しげに去っていった。

 窓から彼の去り行く姿をずっと見つめていた。

 

「あら……?」


 イサクは表通りとは反対方向に帰っていった。


「抜け道かしら?」


 彼は王都で生まれ育ったので、さまざまな裏道を知っているのだろう。

 そのときはその程度にしか考えなかった。

 イサクとのことで頭がいっぱいだったからだ。


 遂に、わたしとイサクは結ばれた。

 神に許されての行為ではなかったが、わたしは女としてのヨロコビに震えた。

 それは神々しいばかりの崇高な交わりだった。

 イサクと一体になれたという大いなる感動があった。

 彼とはもう離れ難い関係になってしまった。


 午前中に真っ赤なバラの花束が届けられた。

 その芳香に酔いしれつつイサクを想った。

 わたしの幸せは尽きそうになかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 イサクが旅立ち2ヶ月が過ぎた。

 連日大聖堂へ行きイサクのために無事を祈った。

 彼への想いはあの夜を境により強固なものとなっていた。


 大聖堂へ通うわたしの元へフランが毎日のように現れた。

 仕方なく話し相手をした。

 フランは徐々に記憶を取り戻しつつあった。

 いまではわたしの村を出発してお父さまと旅した最初の数日間のことまで思い出せるようになっていた。

 お父さまの最期がどうしても知りたくて、夢中になってフランの話を聞いた。

 

 そんなある日。


「マリアン、お客さまよ!」

「わたしに? 誰かしら……?」


 身寄りのないわたしに客など来るわけがない。

 半信半疑で王城の外まで出てみると、見知らぬ女性が立っていた。

 栗色の髪に水色のふんわりとしたドレスを着ている。

 顔ぜんたいが派手なつくりで、なかなかの美人だった。

 近づいていくと、悲しげに眉を寄せ握りしめたハンカチを目に当てた。

 

「あの……」

「マリアンヌ……さまですか?」

「はい……あの……あなたは……?」

「ここではなんですので、近くのカフェに参りませんか」

「はっ? あの……どちらさまですか?」

「一緒に来ていただければわかります。カフェに着いたら説明致しますので」

「はあ……」


 半信半疑でついていった。

 カフェなら人も大勢いるし、相手は女性だ。

 危険なことはないだろう。


――ガヤガヤ……。


 カフェは混雑していた。

 女が奥の席へ向かっていく。

 黙ってついていった。


――カタン。


 女は席に着くとハンカチを握りしめたままうつむき、やけに深刻そうにしている。

 小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座った。

 コーヒーが運ばれてくる間、緊張しながら下を向いていた。

 いったい誰なのだろう。

 人違いだといいが。


――カチャッ!


「どうぞ」


 店員がコーヒーを置いていった。


「あの……」

 

 口火を切ったのは女だった。


「はい?」

「単刀直入に申し上げます。イサクさまと別れてください!」

「はっ? な、なんですって! あなたいったい……なんの権利があって!」

「実は……おなかにイサクさまのこどもが……」

「こ、こ……こどもですって……? な、なにを……」


 晴天のヘキレキだった。

 突然あらわれた女が、イサクのこどもを身籠ったと言っている。

 本当だろうか?

 

「そ、そんな馬鹿な……! し、信じられないわ! 嘘はやめて!」

「マリアンヌさま……わたしが妊娠していることは、嘘ではありません!」

「…………!」


 女がまっすぐにわたしを見て答えた。

 嘘をついているようには、とても見えなかった。


「イ、イサクは? イサクはなんと言ってるの?」

「彼にはまだ、打ち明けていません……」

「ど、ど、どうして……」

「マリアンヌさまという婚約者がいらっしゃるので……」

「そ、そうよ! わたしは……イサクの正式な婚約者よ! だから……こ、こんなことは……!」


 手が、足が、声が震える。

 動揺してはいけない!

 しっかりしなければ!

 わたしはイサクを信じている。

 彼に限って、そんなことがあるはずない。

 

――コクッ。


 わたしはコーヒーをひとくち飲み、気を落ち着けた。

 目の前の女が不安そうにこちらを見ている。

 大きなグリーンの瞳に涙を浮かべながら、コーヒーに手もつけず、ずっとハンカチを握りしめている。

 女は全体的にふっくらとした身体つきをしている。

 妊娠しているかどうかは見た目だけではわからなかった。


「あの……そうだとして……イサクとはいったい、いつから……?」


 冷静に相手の話を聞いてみることにした。

 イサクの子がおなかにいるなんて、なんの確証もない話だ。

 嘘やハッタリだとしたら、なんらかの意図があるはずだ。


「……お2人が婚約なされる前からです」

「どこで知り合ったの?」

「……舞踏会で……それからずっと……」 

「もしも……もしもわたしとイサクが別れたとしたら……一緒になれるとでも?」

「別れてくだされば、イサクさまに事情をお話します。責任感のある方ですから、生まれてくる子供のために父親になってくださるかと……」

「では、わたしが別れなかったら?」

「両親に打ち明けます。イサクさまにはなんらかの処罰が下されるかもしれませんが……いたしかたございません……。わたしにとっては、この子がすべてですから……」


 女はおなかに手を当て悲しげにそう言うと、涙を流しはじめた。

 わたしは女の涙にとまどった。

 おなかをさする彼女の手は、生まれてくるこどもへの執着と愛情にあふれていた。

 わたしは心のなかで、それらの事実を必死で否定した。


「そ……そんな話は絶対に信じない! わたしはイサクを心から信頼し命がけで愛しています! ふたりは将来を誓いあう仲なのよ! どういうつもりか知らないけど……わたしたちの邪魔をしないでちょうだい!」

「イサクさまはわたしに、マリアンヌさまの話をしてくださいましたわ。両親を亡くし、たいへんなご苦労をなされたとか……。農場で働いていらしたのでしょう? 婚約者の方も行方不明だとか」


――ガタンッ!

 

「…………!」


 思わず椅子から立ち上がった!

 この女は何者なのか。

 なぜ、わたしの過去まで知っているのだ。


 まさか――ほんとうにイサクが!


 女は下を向いたまま涙を流している。

 わたしの剣幕に周りの人々が何事かと眉をひそめる。


 いいえ! いいえ!

 プルプルと首を振り、イサクへの疑念を追い払った。


「と、とにかく……! あなたとイサクがなんて……そんなこと絶対にありえない! 彼は誠実な人よ! いまの話が本当だと言うのなら……イサクと一緒にいらしてください!」


――バンッ!


 テーブルに2人分のコーヒー代を叩きつけ席を立った。

 手を伸ばし女が何か言っていたが、いちども振り返らずにカフェを出た。


――タッタッタッタッ、タッタッタッタッ……。


 駆け足で人ごみを抜ける。

 立ち止まったら最後へなへなと座り込み動けなくなるだろう。

 胸が痛い。

 涙があふれてくる。

 気がつくと泣きながら街なかをさ迷っていた。


「このままじゃいけないわ、どこかに……」


 目の前に公園がある。

 いそいで門から中へ入った。

 ベンチに座り涙が枯れるまで泣き続けた。


 しばらく経つと落ち着いてきた。

 ハンカチで涙を拭い周囲を見渡した。


「あら? ここは……もしかして……」


 よく見るとそこは、幼い頃フランと出会った思い出の公園だった。

 

「なつかしいわ……」


 目の前に2人で輪舞ロンドを踊った広場がある。

 

「あのころに戻りたい……大人になんかなりたくなかった……」


 誰もいない公園で、たったひとりで輪舞ロンドを舞った。

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