第10話
「これはいったい……どういうことだ!」
「どうしたもこうしたも……マリアンに聞きたいことがありまして」
「シャルル殿……わたしの婚約者にちょっかいを出すのは止めてもらいたい!」
「わたしの婚約者でも、あるのですよ?」
「何をおっしゃられているのかな? フランという男は、死んだのですよ?」
2人の間にバチバチと見えない火花が散っていた。
どうしてよいのかわからず、わたしは途方に暮れていた。
「客間とはいえ……不法侵入ですよね?」
「おや? 婦女監禁の罪はどうしました?」
「……今日はこのまま引き下がりますが……マリアンのことはあきらめません! わたしの最愛の女性です。彼女にとってもわたしは……!」
「それは過去の話です! マリアンは今はわたしの婚約者なのです。事故に遭い記憶を失くされたことは本当にお気の毒だと思います。あなたが王家の人間だということも重々承知しております。ですが……過去にこだわるのはおやめください! わたしとマリアンは現在に生きております! この先の未来も一緒に歩みます。わたしたちはお互いに深く愛し合っているのです」
「たいした自信家だ! そのプライドがどこまで持つかな? それでは、今日はこのへんで……。ごきげんよう、マリアン!」
「……失礼いたします」
「マリアン、行くぞ!」
――バンッ!
イサクに手を引かれ客間をあとにした。
――カツカツ、カツカツッ……!
――コツコツ、コツコツ……。
「イサク……怒ってるの?」
「いいや! モニカに聞いた。仕事だったんだろう?」
「ええ……。あっ、いけない! フランに手紙を渡すのを忘れたわ」
「どれ、手紙をこっちに。ネイサンに頼んであの男の手元に渡るようにしてやるよ。どうせ、どうでもいい内容に決まってるがな!」
「イサク……不快な思いをさせてごめんなさい。フランは記憶がもどらなくて、不安らしいの」
「同情は禁物だ。あの男の心の中がいくら不安だとしても、王家の人間だ。あいつの周りには味方が大勢いる。第一あの男には妻と義理の父親がいるじゃないか! マリアン……いつから彼は記憶が?」
「イサク、ごめんなさい……。この前の婚約式のときにフランがわたしを訪ねてきたの。過去のことを教えて欲しいと言って……。さいさん断ったのだけれど、しつこくて……」
「……君のことは? どこまで憶えてるんだ?」
「憶えてるも何も婚約式のわたしの様子だけで、他には何も……。だからこそ、わたしへの気持ちに固執するんだわ」
「記憶のない自分が過去に愛した女性への執着か……。マリアン、ヤツには気をつけろよ?」
「はい」
◇ ◇ ◇ ◇
フランのわたしへの執着は執拗に続いた。
ことあるごとに王城内で話しかけてくる。
しまいに花や宝石などの贈り物までしてくるようになった。
わたしはそのことに毎日さいなまされた。
「マリアン! 早く式を挙げて、形だけでも結婚してしまおう! このさきもっと暴走したフランが、なにをしてくれるかわかったもんじゃないぞ!」
「でも……わたしの書類が整わなければ婚姻できないわ……。それに……わたしはきちんとした形であなたの妻になりたい」
「マリアン……おれだってそうさ! 君をおれの母親みたいな未婚の母にしたくないんだ!」
「イサク……ごめんなさい。わたしのせいであなたに辛い想いを……」
「いいや、マリアン。辛くはないさ。もう少しの辛抱だ。春が来れば……」
「そうね……雪解けが待ち遠しいわ」
「マリアン、愛してるよ……永遠に……」
「わたしもよ、イサク……」
わたしの戸籍を取りに行った役人は行方不明のままだった。
雪が解けないと彼の捜索はできない。
わたしとイサクは遠い春の訪れを心待ちにしていた。