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久しぶりの図書館


久しぶりの図書館だ。

いや、本当は一昨日も来たのだけれど。


俺はとりあえず、脳について調べる事にする。


人間の思考は、魂や心臓ではなく脳で行われる

脳の活動は、電気信号として観測できる。

脳に外部から電気的な刺激を与えることで、なんらかの反応を生み出すことができる。

脳が鼻水を作り出すだけの器官と考えた古代人の感性はイミフ。


とかなんとか、最後の一つ以外は、第五位がやったここ数年の研究成果だ。

なるほどね。

これが、基礎研究の痕跡か。


第五位が作りだした装置はミリアの脳に影響を与えている

つまり、脳の活動を観測して、それに対応する刺激を与えているのだ。


その結果、ミリアはある特定の状態の時だけ、魔術の設計図を書ける。


その特定の状態って言うのは、セックスの後、っていうのはどう言うことなんだろうか?

使いやすさを考えるなら、もっと別の条件にした方がいいと思うのだけれど。


いや、第五位もそこまでは把握していなかったのかも知れない。

ミリアの様子からしても、あの機能が発動したのは初めてらしいし。

つまり、第五位はミリアが成功作だと知らなかった可能性がある。


それもそうだな。

完成品ができたと知っていたなら、一月も黙っている理由がない。



「クズマ。久しぶりね」


急に後ろから声をかけられた。

カレッタが腕組みして、不機嫌そうに立っていた。


「そんなわけはない。一昨日も会ってるだろ」

「そうね。一人でこそこそ調べ物をしていて、私の顔を見たら逃げるように立ち去ったわね。あれを会ったと呼ぶかは微妙だけど」


そうだったかな?

よく覚えてないや。


「ちょっと、急いで帰らないといけない理由があったんだよ」


その頃はミリアが回復しつつあったからな。

その日、夕食前に服を買いに行った事を考えれば、正しい判断だったはず。


「急いで帰らないと、機嫌を損ねるから?」

「えっ? い、いや、機嫌って何の事? 何か、生き物の話かな?」

「なんでもない。てっきり彼女でもできたのかと思って」


ひいいっ?

なんでそんな事まで見抜けるんだよ、おかしいだろ。


「べ、別に彼女なんか作ってる余裕ないし……」

「そうなんだ?」

「というか、仮にだが、俺に彼女ができたとしてカレッタに何か関係あるのか?」

「そ、それは……あなたが宮廷魔術師になれるかも知れないって大事なときに、妙なことに気を取られていたらいけないでしょうが」


そうか?

内容は正論だと思うけれど、教授が言うならともかく、カレッタにそんな心配をされる筋合いはない。


「確かに俺にとっての目下最大の心配事は、宮廷魔術師の事だな」

「そうね。将来に関わる事だもの」


俺は話を逸らしたつもりだったが、カレッタも乗ってきた。

何だろう?

何かカレッタの秘密に触れてしまったのかな?


「それで? 何を発表するのか、決まったの?」

「いや、ぜんぜんダメだ」


何を作れば審査員が喜ぶのか、まるで見当もつかない。


「脳について調べてるみたいだけれど、そういうのやってみるの?」

「いや、今からじゃ時間が足りないだろ」


人間の脳は複雑すぎる。

基礎研究の準備だけでも一年はかかるに違いないし、秘密の人体実験を山ほど行う事になるだろう。

宮廷魔術師なみの予算があっても難しいに違いない。


「脳の研究で思い出したんだけど、少し前に、妙な噂を聞いたの」

「噂?」

「どこかの宮廷魔術師が、人間にどんな嫌なことでも命令して忠実に実行させる魔術を開発しているらしいわよ」

「へぇ?」


第五位以外にも、脳の研究をしている宮廷魔術師がいたのか。

でも、ここにはそんな記録なかったんだよなぁ……


「その魔術師は、脳をいじるための実験台として何人も奴隷を購入しては、実験の失敗で殺してしまっているんだそうよ」

「そ、そっかぁ……」


おかしい。

なんかミリアの状況を悪い方に想像したのと似ている話のような気がする。

本当に、第五位とは別の宮廷魔術師の話なんだよな?


「怖い話よね。本当にそんな技術が完成したら、何一つ信じられなくなるわよ」

「そうだな……」


おかしいな。

だが、それも一応は『究極の魔術』と言えなくもない。

人の心を操れるなら、十分に凄い。

まあどっちでもいいか。


「で? 脳の研究をしているんじゃないのなら、何をしているわけ?」

「何もしていない、に等しいよ……。何かいいアイディアない?」

「そうね……」


カレッタは少し考える。


「例えば、空を飛ぶ魔術なんて、どうかしらね?」

「空を?」

「ええ。もし空から戦場を見下ろすことができれば、敵がどこにいるかよくわかるでしょう? 指揮系統は大きく変わると思うわ」

「なるほど」


鳥のように飛ぶ魔術については、昔から研究されている。

そして、理論上は可能だが、現実には不可能、と言われている。


飛ぶための装置の重さを持ち上げるだけの出力を、装置自身が出せないからだ。

高出力化と軽量化。

その問題が解決しなければ不可能だろう。


逆に言えば、基礎研究が進めば、遠い未来には実現するだろうとも言われている。


「俺たちが生きている間には、無理だろうな」

「そうね……」

「そう言えば、他の候補者はどんな物を出してくるんだろう? 教授は何か言っていたか?」

「アルトムって人が、新型の長距離砲を発表するって言ってたわよ。試作品の鍛造を発注したらしいわ」

「発表の場に実物を持ち込む気か」


気合いの入った奴だな。

でも、どこで発表するんだろう?

野戦用の大砲なんて、有効に発表できる場所は限られているんじゃ?


それに大砲なんてここ二十年ぐらい何の進歩もしていないぞ。

何を発表するつもりなんだ?


「あと、ウェンヒルが、敵陣に火の玉を落とす魔術を開発するって聞いたわ」

「それは、随分前からあるだろう?」

「よくわからないけど、威力か射程を伸ばすんじゃないかしら?」

「ふうん?」


地味な発表になりそうだな。

素人からは、威力が数割上がったからどうなるんだ、とか突っ込まれそう。

だって威力が半分だとしても、二回撃てば同じ事だもんな。


「あと、ラウダイツって人が、敵国の通信を傍受する装置を開発しているみたいよ」

「その発表は去年も見た記憶があるぞ……。同じ事をする気なのか?」

「さすがに一年分の進歩はあるでしょう」

「そりゃそうだろうけど……」


微妙だな。

宮廷魔術師がどうこう以前に、なんか聞いてもつまんなそう。


「っていうか、やたらと戦争関連が多くないか?」

「それは仕方ないわよ。だって軍事関連は人気分野でしょ? 国への貢献度も高いし……、それで宮廷魔術師になった人っていっぱいいるじゃない?」

「なるほどね」


傾向はわかった。

この三人は、今まで続けてきた研究を、今まで通りにやって、いつもと同じように発表するだけだ。


それは『研究者の鑑』といえるのかもしれない。

でも出世するタイプじゃないな。

そして俺が目標にしたい人間でもない。


「っていうか、三人だけか?」

「他にも、十人ぐらいいたと思うわよ。ただ、教授は全員のリストを持っていたけれど、そこには発表内容までは書いてなかったの」

「そっか」


名前だけ聞いても意味がない。

俺みたいに、まだ様子見をしてる人だっているかも知れないのだから。

というか、大半はそうなのだろう。


「教授なら、なんて言うかな」

「自分がこれまでやってきた研究を、地道に進めるのが一番、って言うでしょうね」


それは、俺の場合で言えば、動力機関を使った馬なし馬車を作れ、ということか。

無理だって。

そんな地味な発表をした程度で、宮廷魔術師になれるわけがない。


この戦いは、自分のベストを出せればそれでいい、などと甘いことを言っていても、乗り切れない。

全世界、全時代における一番を目指すのではなく、限られた範囲内で一番を取ればいいのだ。


それはつまり、いかにして相手を出し抜き、蹴落とすか、という競争でもある。


「とりあえず、発表内容が明らかになっている三人に見劣りする物を作っているようじゃ、ダメだ……」


見た目が一番派手なのは、ウェンヒルの火の玉か。

それを上回る派手さが欲しい。


しかし、同じ攻撃呪文で正面から争っても、俺に勝ち目はないだろう。

攻撃呪文ではないもので、派手さを出すには、何をしたらいい?


「単純に考えるなら、光ったり、音が出たり……何か動きがあったりするのもいいな」

「子ども騙しね」

「それでいいんだ。インパクトがあれば審査員の印象に残る。機能なんて、派手さを正当化するための屁理屈でしかないんだ」

「それだったら、いいのを知ってるわよ。しかもクズマにぴったりの魔術が」


カレッタが言う。


「俺にぴったり?」

「ほら、何年か前に作ってたでしょ。果物を一瞬でジュースにする機械」

「いや、作ったけど……それが?」


あの酷評の嵐は忘れるものか。

悔しかったから、今でも使い続けてるんだぞ。

意地でも俺はあの機械を誉めたたえるのだ。


「あれを改良して、あちこちがキラキラ光ったり、いっそ全体を人形みたいにして踊らせちゃうとか、どう?」

「ええ……、それはちょっと」

「でも? 派手でしょ?」


確かに音とか凄いけどさ。


「ありえないだろ。そんなんで宮廷魔術師になれるわけがない」

「でしょう?」


カレッタも、わかった上でわざと言ったようだった。

そうだよな。

いくら派手でも、機能がしょぼくちゃダメだよなぁ……。


「こんな事していて、本当に間に合うのかねぇ」

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