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これが、究極の魔術


ミリアしかいなかったはずの部屋で、製図板にあった白紙に、いつのまにか魔術の設計図が書かれていた。

意味がわからない。


「これは、おまえが書いたのか?」


最初に確認するべきはそれだった。

もしかすると、窓から飛びこんで来た怪人、魔術オタク仮面が、高速で設計図を書いて、また窓から去っていったということも……

ないな。

もっと現実的に考えよう。


「その、勝手なことをして、ごめんなさい」

「別に怒ってるわけじゃないよ。ただ、驚いただけで」


ミリアが書いた。

それはわかる。

しかし、完全な素人が、見よう見まねでこんな物が書けるのか?


「ミリア、おまえ魔術の設計とかできたの?」

「えっと、前にいたところで、道具の使い方だけ……」

「そうなの? まあ、線とかは綺麗に引けてるみたいだけど……」


俺は設計図をもう一度見る。

よく書けている。

たぶん、この部分で、魔力を取り込んで、こっちで属性を分割して、各部位が作動して……目立った破綻はない。

組み立てれば、たぶん動く。


俺は図面の一カ所を指さす。


「ここ。この記号は、何を意味しているか知っているのか?」

「そんなの知りませんよ」

「知らないのに、書けたのか?」


それはおかしい。

何も知らずに適当に書いて、スペルミスが一つもないなんてありえない。


「私にもわからないんです。ただ、こう頭の中に浮かんできた物を書いてみただけで……」

「何もわからないのに、紙に書いたのか?」

「なんだか、書かないと誰かに怒られそうな気がして……」

「誰に?」

「わからないんですよ……」


嘘をついているようには見えない。

ということは……


ミリアはいわゆる『ふしぎちゃん』だったのだ。


いや、それも違うか。

ふしぎちゃんは、ただの常識不足、あるいはそういう演技をしているだけの存在だ。

俺にもできないことをやすやすとやり遂げておいて、それはない。


この魔術は、何の設計図なのだろう?

仮組みしてみないと断言できないけど、これは、入力した信号を魔力の波動に変換して、どこかに飛ばす……つまりは通信装置だ。


ただ、波動に変換する過程が既存の物とだいぶ違う。

効率は悪そうだ。

受信機の方も、専用の物を設計しないとダメだろう。

それでも、一応は動くと思う。


何の知識もなしに、自分が何をやっているかの自覚もなく、新しい魔術の設計図を描く。

そんな事が可能なのか?


「いつ、思いついたんだ? 俺が部屋を出てからすぐに、か?」


別に変な事を聞いたつもりはなかった。

けれど、ミリアは急に頬を染めてもじもじし始める。


「その、昨日の夜……」

「ん?」

「クズマさんが、私を……私に、いろいろしてる時に……なんか、急にこれが頭に浮かんできて」

「はぁ?」


よく意味がわからない。


「ぜっ、全部クズマさんが悪いんですよ。あんな事するから! 痛いしキモいし恥ずかしいし、何か他のことでも考えてないと耐えられませんよ!」

「そんなに嫌だったのか?」


……そんな?

気持ちよかったのは俺だけで、ミリアには何のメリットもなかった?

俺はミリアを傷つけていただけだったのか?


「あっ、そんな顔しないでください。正直に言うと、最後の方は、ちょっと嫌じゃないかもって思って……」

「お、おう?」

「そしたら、なんか設計図が、頭の中に浮かんできて……朝起きた時も頭の片隅にあれが浮かんだままで、何かに書かないと頭の中から消えてくれそうになかったんですよ」


そっか……。


「全ての情報を総合すると……」

「はい」

「おまえは頭がおかしい!」

「な、なんでですか!」


セックスして気持ちよくなると魔術の設計図が頭に降りてくる。

ほら!

字面だけ見ても頭おかしいだろ?


「私のどこがおかしいって言うんですか」

「普通の人は、そんな風にならない」


特に苦労もせずに新しい魔術の設計図が思い浮かぶ。

しかもそのスイッチがセックスとか。

バカにしてるのか?

俺たちが普段、どれだけ苦労して新しい設計図を生み出していると思っているのやら。


「あーあ、なんか深刻に考えて損したよ」

「本当のことを言っただけなのに、なんで私が悪いみたいな流れになってるんですか!」

「はいはい。とりあえず昼食にしよう。考えても埒があかない」


昼食は、適当にサンドイッチを作って食べた。

食事が終わった後で、俺は櫛を取り出す。



「ほら、これを見ろ」

「あっ、櫛……買ってきてくれたんですか?」

「これで髪が飛び跳ねていても、直せるだろう」


俺はミリアにそれを差し出すが、ミリアは受け取ろうとしない。


「私の髪は、クズマさんが整えてください」

「む? まあいいけどさ」


俺はミリアの後ろに回ると、櫛で髪をとかしていく。

やっぱり、この髪、触ると気持ちいいな。


「ミリア、どんな気分だ?」

「気持ちいいです」

「なるほど。下をいじられるより、頭をいじられる方が好きなのか?」


調子に乗って、ついついゲスな質問をしてしまう俺であった。


「そうじゃないです。あの……クズマさんは男ですし、私は女です。それが一緒にいたら、ああいう事になるのは仕方ない部分もあるとは思うんです」

「理解があって助かるよ」

「でも、乗ってくると私の頭をぐちゃぐちゃにするの、あれだけはやめて欲しいんですけど……」

「今夜はしないように気をつけるよ」

「なんで今夜もする前提なんですか……」


そんな事を言い合いながら、前髪の横の方に櫛を当てていたら……

カツリと堅い音がした。


「ん?」


頭に櫛を当てたような音じゃなかったぞ。

櫛の歯を見るが、別に欠けたりはしていない。

同じ所を、もう一度ゆっくり梳いてみる。


何かが引っかかるような感じ。

手で探ってみると、何か頭皮とは違う感じの堅い部分があった。


「なんか、頭に硬い部分があるけど。これ何? 角でも生えてくるの?」

「え? どこですか?」

「ほらここ」


俺はミリアの手を取って、触らせる。

ミリアはしばらく手触りを確かめていたが、泣きそうな顔になった。


「これ、なんですか? 私こんなの知りませんよ?」


俺も見たことがない。

銀色の……、まるで釘の頭か何かに見える。

頭に、釘?


「と、取ってください。なんか怖いです」

「落ち着け。今まで無事だったなら、急に悪影響が出たりはしないはずだ」

「で、でも……」

「それよりもだが……俺、昨日の夜、どれぐらい強く頭をかき乱した?」

「私の人生で、あんなに髪が乱暴に扱われたのは初めてですよ」

「そんなに? それでも取れなかったのか?」


つまり、頭皮に張り付いているわけではない。

たぶん頭蓋骨に突き刺さっている。

下手をしたら、貫通して脳にまで到達しているかもしれない。


なんでミリアは平然と生きていられるんだ?

どうする、取るか?


いや、やめよう。

本当に脳にまで達していたら、下手に触ることすら危険だ。

一生このままで、何も起こらないことを祈るとか、その方がいいかも知れない。


「一応聞くけど。拷問か何かを受けたことは? 処刑されたことは?」

「ありませんよ……たぶん」

「たぶん、ってなんだよ」


普通なら、絶対ないって答えるだろ。

何かおかしくないか?

俺が次の言葉を待っていると、ミリアは意を決したように言う。


「あの、私、隠してた事があるんですけど、それを聞いても、捨てたりしません、よね?」

「捨てないよ。今夜も楽しませてくれるならね」

「うぐっ……。で、でも言います。あの、私、実は……」

「実は?」


ミリアは、かなり長い時間、ためらった後、続ける。


「奴隷、だったんです」


ほう、奴隷とな?


この国には奴隷制度がある。

奴隷の出自は、まあ、口減らしで売られたとか誘拐とか……とにかくいろいろだ。

ミリアも、盗賊団のアジトに捕まっていた時は、奴隷として売られる寸前だった。

だが、それ以前から奴隷だったのか。


「それと、頭に刺さった釘と、何の関係が?」

「私を買った最初の主人は、なんか偉い魔術師だったみたいなんです」


ん?


「だけど、盗賊団が強盗に入ってきて、殺されちゃったみたいで。その後で、家捜ししている時に私も見つかっちゃって……。探している物とは違うけど、奴隷として売ればお金になるかもって……」


んんん?


「ちょっと待った。それはいつの話だ? おまえが盗賊団のアジトに来たのはいつなんだ?」

「クズマさんが来る二、三日前ですよ」

「……おい」


その超重要情報、なんで最初に言わなかった?


まあ、盗賊団のアジトで会った時はそんな事を話してる暇はなかったし、再会した時は病気だったし、今朝もいろいろあったし……

仕方なかったかもしれないけど。


「つまり、おまえは第五位宮廷魔術師の家から、拉致されてきたって事だな?」

「主人の身分は知りませんけど、たぶんそうです」


まさか、そう言うことなのか?


「第五位宮廷魔術師の家で、おまえはどんな仕事をさせられていたんだ?」

「それが、何も……」

「何も?」

「狭い部屋に閉じこめられて、普通に生活して、暇だったから魔術の設計図の書き方を覚えたぐらいで……」

「本当にそれだけか?」

「それだけです。一月ぐらい前に、治療台みたいなベッドで麻酔をかけられて、寝ている間に何かされたみたいなんですけど、それ以外には、何も……」

「……おおおお、おまえはぁあああああっ!」

「な、何かおかしかったですか?」

「ノンキ過ぎるよ! 少しは頭を使え、頭を!」


それ、人体実験じゃねーか。

しかも、頭に何かするって、絶対、知らないところで多数の失敗作が出てるはず。

運が悪かったら、ミリアも失敗作の仲間入りする所だったのかもしれない。


「まあ過ぎた事はいいや。おまえの強運に感謝しよう。無事で良かった」

「はあ……それで、この、頭についている物、どうするんですか?」

「いや、ちょっと待ってろ」


俺は設計図の束の中から、第五位宮廷魔術師が書いた物を引っ張り出して、製図板の上に広げた。

ミリアをその前に連れて行って、椅子に座らせる。


「これを見ろ。おまえの、前の主人が考えた魔術だ」

「なんですかこれは」


小指ぐらいの大きさの謎の棒について描かれている。


「おまえの頭に刺さっている物は、たぶんこれだ。大きさと形が一致する」

「形がわかってるって事は、取れるって事ですよね?」

「いや、ダメだ。これは刺した後、内側で細い線が広がるようになっている。下手にいじると、脳がズタズタになる」

「ひぃっ、どうするんですか」

「逆に、いい知らせもある。これはたぶん、最初から人間の脳に突き刺すつもりで設計されている」

「どこがいい知らせなんですか?」

「第五位だってバカじゃない。相手を殺すための道具ではないようだし、健康に影響が出ないように最大限配慮されているはずだ」

「でも、なんか怖いですよ……」

「絶対に大丈夫だ、俺が保証するから」


俺が後ろから抱きしめると、ミリアは少し安心したようにため息をつく。


「で、ここからが本題なんだが……」

「まだ何かあるんですか?」

「俺は、第五位宮廷魔術師が作り出した『究極の魔術』を求めて、盗賊団のアジトに忍び込んだんだ」

「はい?」

「それはおまえだったんだ」


ミリアは、意味を理解できなかったのか、返事をしなかった。

俺はもう一度言う。


「おまえの存在その物が『究極の魔術』なんだよ」



「どんな偶然だよ」

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