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チート、発動


鳥の鳴き声が聞こえた気がして、俺は目を開けた。

朝の光が部屋を照らしていた。


心地よさが全身を満たしている感じがする、宮廷魔術師とかどうでもよくなってくる程度には。

俺の胸の上には、髪の毛がボサボサになったミリアの頭があった。


どうやら、俺が髪の毛をかき乱してしまったようだ。

昨日、せっかく整えたのにな。

後で櫛をかけてやろう。


「うう、う、うううう……」


ミリアがうめき始めた。

目を覚ましたのだ。


「ミリア、おはよう」


俺はできるだけ明るく声をかけたつもりだったけれど、ミリアは顔を上げると俺を睨みつけてきた。

しかし残念だったな。

怒ってもかわいい顔にしかなれない己を恨むが良い。


「この人でなし……」

「そんなに酷いことをしたつもりはないが」


というか、その体勢で頭を上げるって言うのは、胸と下腹を俺に押しつける事になるんだけど、気づいているのかね。


「な、何でまた興奮してるんですか」

「気のせい、じゃないかな」

「……けだもの」

「理性は残っている、問題ない」

「……」


納得がいかないようだ。

ここは理論的に攻めてみよう。


「あのね、ミリア。こういうのって、遅かれ早かれ、だいたいの人は経験することだよ。まあ俺も初めてだったんだけど」

「しかるべき過程ってあると思うんですけど」

「わかった。どんな過程をたどりたかったのか、語ってみてくれ」


しかし、ミリアは何も語ってくれなかった。

どうしてなのだ。

せめて要求ぐらいは言うべきではないか?

俺が待っていると、ミリアは睨むような目つきになる。

俺は頬をプニプニしたくなる衝動を抑えて、言葉を待つ。


「本当にお嫁にいけなくされました。責任をとってもらいます」

「いいよ」


俺が即答するのが予想外だったのか、ミリアは眉根を寄せる。


「あの、意味分かってますか?」

「この流れでの責任という言葉は、結婚を前提におつきあいをするという意味を持っていると思うけど、あってるよね?」

「た、たぶん、そうだと思いますけど」

「つまり、今夜も同じ事をしていいって話だよね?」

「えっ、ちょっと待ってください。それはおかしいですよ」

「どこがおかしいのか、俺にはよくわからない」

「私はあなたに、反省を求めてるんですよ!」


反省か。

それは俺と最も縁遠い言葉だな。


「夜までなら待つから、返事を考えておいてね」


俺がミリアの背中を軽くなでると、ミリアは、まるで敵を威嚇する猫みたいな声を上げて、俺をベッドから押し出した。


「許しませんよ」

「そんな事言われても……」

「あなたには、ホモに襲われる呪いをかけます」

「なんだよその呪いは」


もうちょっと呪いっぽい内容は思いつかなかったのか。

確かに、実現されたら嫌だけどさ。


「私の呪いは凄くよく効くんですよ? 後悔しますよ?」

「わかった。俺が悪かったよ」


ベッドから降りた俺は、適当な服を羽織った後、バナナの皮をむいてジュース製造装置に放り込む。


ばすごんっ、じゅががががががっ


出てきたジュースを二つのコップに入れて、片方をミリアに差し出す。


「ほら、飲みなよ」


ミリアはコップを受け取りながらも、俺を睨むのをやめない。


「くっ、屈辱です。この借りは必ず返しますよ」

「お手柔らかに頼むよ」


このままいくと、今晩も貸しが増えそうだけどな。


「ところで、俺はシャワーを浴びてこようと思うんだけど、いっしょに来る?」

「私が先です。覗いたりしないでくださいよ!」

「使い方、わかるの?」

「くっ……」


結局、二人で一緒にシャワーを浴びることになった。

もちろん後ろからやった。



ミリアは相変わらず不機嫌だった。

どうやら、俺が過程とかいうのを蔑ろにするのがよくないようだ。

でも言われてもわかんないし、説明もしてくれないんじゃ、どうしようもないからな。


シャワーを浴びたけれど、タオルで拭いた後の髪はまだボサボサで、ミリアは手櫛てぐしで整えようとがんばっていたけれど、無駄な努力だった。



俺は製図板の前に座る。

目の前に広がるのは真っ白な紙。

何も書かれていない。


しばらく悩んでいると、寝癖が跳ねたままのミリアが近づいてくる。


「何を書こうとしているんですか?」

「うん。何か、凄い物を……」

「具体案とかはないんですか」

「ああ。何もない」


動力機関の図面はもう完成した。

出力は二割り増しで、重量はほぼ半分。


書き上げてから、何度も検討したけれど、これ以上は性能をあげる余地がない。

どうしても改良したかったら、基礎研究からやり直さないと無理だ。

誰かがやるんだろう。

……たぶん、来年の俺が。


この動力機関を発表してしまう事は簡単だ。

でも、宮廷魔術師を狙うなら、もっと凄い物を産み出さないといけない。


いやいや、凄い物ってなんだよ。

誰が、どんな場所で、何を目的に使う装置なのか……。

それぐらいは決めないと。


なんで俺は何も決まってないのに図面に向かっているんだろうな。

バカなのか。


「ミリア。おまえだったら、どんな魔術が欲しい?」

「この飛び跳ねた髪をまとめる魔術って、できますか?」

「それは櫛を使えばいい。魔術はいらない」

「櫛はどこにあるんですか?」

「どこにもない、少なくともこの部屋の中には」

「ううう……」


ミリアは変なうめき声を上げながら、ベッドの方に戻っていく。

まてよ?

乱れた髪をまとめる魔術というのはどうだろう。


たぶん、明日の朝もミリアの髪はボサボサになっているだろうからな。

実験し放題だ。

ただし、どう考えても、動力機関以上に受けは悪そうなので作ったりする気はないが。


待てよ? 受け、ってなんだ?

誰に受ければいいんだ?

そいつらは何を求めているんだ?

よくわからん。


「でも、何もすることないしやってみるか」


とりあえず、昼まで髪の毛をまとめる魔術を作るためには何が必要か考えてみた。

いろいろ難しい、という結論に達した。

これ、本気でやったら、髪の毛の性質を分析する所から始めなければいけないじゃないか。

たぶん熱すればいいんだろうけど、熱すぎると焦げてしまうから、どれぐらいの温度がいいのか実験しないと作れない。


「面倒くさいな。カレッタをそそのかして研究させるか」


こんな物、欲しがるのは女しかいないだろう。

だったら作るのも女に任せるのが道理と言うもの。

うん、俺がやる必要はないな。


「ちょっと昼食の用意を買ってくるよ」


俺はミリアにそう言って、部屋を出た。

気分転換の散歩も兼ねてだ。


商店街に行って、パン屋でパンを買って、肉屋でハムを買って、八百屋に行ってキャベツを買う。

これで簡易サンドイッチを作ろう。

八百屋では、ついでに幾つか果物も買った。

明日の朝もご機嫌取りが必要になりそうな気がするからな。


ふと思いついて、金物屋にも寄る。

金属でできた小さな櫛を買った。

これでミリアの髪も整えることができるだろう。

また喜ぶ顔が見れるかな?


俺が部屋に戻ると、ミリアが製図板の椅子から立ち上がる。


「あっ、お、おかえりなさい」


何か慌てた様子で、製図板を背中で隠していた。

ん?

んんん?

何か書かれているではないか?


「待て、それは何だ? 何をしていた?」

「いや、別に大した事をしていたわけでは」

「いいから見せるんだ」


ミリアを引っ張ってどかさせる。


製図板に置かれた紙には、何かが書き込まれていた。

もちろんミリアが俺のいない間に勝手に書いたのだ。


俺の仕事道具で遊ぶなよ、とは思う。

でも、まだ何も書いていない白紙だったし、俺は紙の一枚二枚で文句を言うようなケチくさい男では断じてない。


しかし、これは、何が書かれている?

ただのいたずら書きとかではない。


「嘘、だろ……」


何本もの直線と曲線、魔力の流れを示す矢印と、調圧記号や分流記号。

間違いない、魔術の設計図だ。


それはまあいい、しかし、こんな装置、見た事がないぞ。


これは、どういう事だ?


「おまえよりも優秀な者は、いくらでもいるという事だ」

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