表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/36

人生最大のチャンス(意味深)


教授の部屋を出た所で、カレッタは俺にタックルしてきた。


「うわっ」


訂正。

カレッタ視点では、腕に抱きつく、という行動を選択したつもりだったようだ。


「やったじゃない。これであなたも宮廷魔術師よ」

「よせやい。まだ決まった訳じゃない」


チャンスを得たのはいい。

だが、コンペで勝たなきゃ意味がない。


「ねえ。コンペで合格できたら、お祝いに何か買ってよ」

「え? 俺が祝われる側じゃないのか?」

「バカね。宮廷魔術師になったらお金もらえるんでしょ?」


ふざけるな。

それは研究費だ。

研究費とは研究のために使う金の事を意味する。

断じて、胸が大きいだけの女に巻き上げられるための金ではない。


「今、何か失礼な事を考えなかった?」

「考えていない」


そうだな、おまえは胸が大きいだけじゃない。

おへそがかわいくて、下の毛が生えていない事も忘れてはいけない。

しかし、そういう問題じゃない。


俺は腕にまとわりついたカレッタを引き剥がす。


「コンペの日取りがいつなのかまだ決まってないけど、そんな遠い未来ではないだろう。たぶん数十日あるかどうか、だ」

「王様が急かしてるからね」

「それまでに、発表内容を決めて、資料を作って、場合によっては魔術装置を試作する必要がある」

「発表内容を決めないと、何もできないわね」

「そうだ。……何をすればいいのか」


発表するだけなら、なんだっていい。

例えば去年の学会で、俺は動力機関の改良バージョンを発表した。

あれの小型高出力化なら、三日後だとしても、設計図を提出できる。


そろそろ馬なし馬車を作れそうなサイズになるから、受けはいいはず。

とりあえず、俺を推薦した教授の顔は潰れずにすむだろう。


しかし、それだけでいいのか?

去年の物をマイナーチェンジした程度で、宮廷魔術師の地位を得るに足る大発票にできるだろうか?


だって、こんなチャンス滅多にないぞ。

俺の人生で最初で最後かも知れないじゃないか?

どうすれば、チャンスを生かせるだろう?


俺が悩んでいると、カレッタは俺の前に歩み出た。

そして、くるりと一回転。

スカートが遠心力でふわりと回る。

カレッタのくせに随分とかわいい動きができるではないか。

誘ってるのかい?


「うふふ。あなたは私の助言を必要としているのではないかしら?」

「むっ……」


助言があるなら、聞きたい。

しかし、こいつの場合、無料じゃない気がするのがちょっと怖い。

有効性が高ければ高いほど、値段も高くなるはずだ。

でも、聞かないともっと後悔しそうだな。


「助言を聞かせてもらおうか」

「ずばり、図書館に行くべきでしょう」


お、おう……。

思ったよりも、安そうなのが来たな。


とりあえず、俺とカレッタは図書館に向かった。

目指すは第三書庫。


書庫の中は、あまり人がいない。

ただ背の高い本棚が数え切れないほど並んでいて、その中にぎっしりと本が詰め込まれている。


俺は司書から受けた指示に従って歩いて、目当ての本を探し出した。

ここ数年の内に、発表された魔術の目録だ。


閲覧室で、カレッタとともにページをめくる。


「あ、これ。去年あなたが発表した奴もちゃんと乗ってる」

「細かいのは良いけど、結構多いな……」


全部調べていたら、それだけで時間切れになりそうだ。

しかし、これを見ればライバルが何を研究しているかもだいたいわかる。

内容が被らないように気をつけなくては。


「やっぱり、流行とかあると思うのよ」

「そりゃあるだろうけど……。誰の視点での流行なんだ?」

「何の事?」

「誰が審査するのか、って話だ」

「そうね? アカデミーの教授とか宮廷魔術師……あとは貴族や王族って線もあるわね」

「仮に王族が出てくるとしても、あまり突っ込んだ意見は言わないと思う。というか、言えない」


専門性が高すぎると、部外者には価値を判断できなくなってしまう。

だからと言って、身内だけで全てを決めると、変な派閥争いや馴れ合いが生じてしまう。


「たぶん、一番うるさいのは貴族だろう。自分が応援する派閥を押し込んでくるだろう」


そう、発表の内容ではなくて、後ろ盾の大きさで決まってしまう。

だから、後ろ盾を持たない俺はインパクトを与える必要がある。


誰も考えない、あるいは考えても実現できなかったような、すごい物を。


「ここに書いてあるのと似たものはダメだ。それじゃあ、インパクトが足りない」

「読んでも無駄って事?」

「被りを避けるために把握しておく必要はあるけど、それ以上の意味はないな」


それから、本を読みつつ、二人であーだこーだ議論したが、結論は出なかった。


そんなの当たり前だ。

方針も定まってないのに『なんか凄い物』とか言って、いい答えが出てきたらそれは出来レースだ。



二人でいろいろ議論している内に閉館時間を迎えて、俺たちは家に帰ることにした。


目録は禁退出だったので、書庫に戻した。

持って帰ったとしても、いいアイディアが思い浮かぶ気配はなかったが。


どうするかね。

こんな事をやっていて、宮廷魔術師になれるんだろうか?



そんなことを考えながら俺は町を歩いていたら、道の真ん中に何かの固まりが落ちているのに気づいた。

いや、固まりというか、汚れた服を着た人間だった。

女の子だ。

そしてなぜか顔に見覚えがあった。


「……ミリア?」


正直に言って、二日前に会った時から偉く様変わりしていた。

全身が泥だらけだ。

元々ぼさぼさだった髪は、どこが髪でどこが泥だか判別できない。

服も、元が何色だったかわからないぐらい汚れている。


判断できそうな部分はアホっぽい顔ぐらいの物だし、それも泥だらけだった。

自分でも、よく見分けがついたと不思議に思うぐらいだ。


「おい、ミリア? ミリアだよな?」


俺は近づいて声を掛ける。

ミリアは顔も動かさず、焦点の合わない目で俺を見る。


「……」

「いや、なんか言えよ」

「……きつい」


会話は不可能なようだ。

俺はミリアの頭に手を当ててみたら、すごい熱があった。


風邪を引いているのだろう。

あの汚れたどぶ川に飛び込んで、一晩濡れたままで過ごし、体も洗わなかったなら、どんな病気にかかってもおかしくない。


「学生さん? それ、あんたの知り合いかい?」


近くにあった古着屋のおばさんが、微妙な距離から声を掛けてくる。


「知り合いと言えなくもないですけど、なんですか?」

「そうなら、連れてってくれないかね。そこに倒れられてると、歩く人の邪魔だろ?」

「……そもそも、何で道の真ん中に?」

「最初は向こうの壁により掛かってたんだよ。それをあっちの店主が追い払った。それでうちの方に来たから、あたしも追い払った」

「それで、行き場を失って道の真ん中に?」

「こっちも商売だからね、自分の店の前で死なれるのは困るよ」

「……」


だからって、道の真ん中に追いやって死なせるのもまずいと思う。

俺は迷った挙句、家に連れて帰ることにした。


今は汚いが、洗えばこの前みたいな美少女に戻るのだ。

それに助けてやった恩を売りつけて、あれやこれや、いやらしい事をする。

完璧な計画だ。


「学生さん、これ、あげるよ」


おばさんがリンゴをくれた。

何これ? あんたの所の商品じゃないよな、古着屋だし。

まあいいや。

病人にはリンゴ、そういう事になっている。


「ミリア、俺の家に連れてってやるぞ。来るか?」

「……」


返事はなかったけれど承諾だと捉えて、俺はミリアを抱き起こす。

なんかベタベタして気持ち悪い。

服が汚れるな、と思った。


「今度は、何をたくらんでいるんだか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ