人生最大のチャンス(意味深)
教授の部屋を出た所で、カレッタは俺にタックルしてきた。
「うわっ」
訂正。
カレッタ視点では、腕に抱きつく、という行動を選択したつもりだったようだ。
「やったじゃない。これであなたも宮廷魔術師よ」
「よせやい。まだ決まった訳じゃない」
チャンスを得たのはいい。
だが、コンペで勝たなきゃ意味がない。
「ねえ。コンペで合格できたら、お祝いに何か買ってよ」
「え? 俺が祝われる側じゃないのか?」
「バカね。宮廷魔術師になったらお金もらえるんでしょ?」
ふざけるな。
それは研究費だ。
研究費とは研究のために使う金の事を意味する。
断じて、胸が大きいだけの女に巻き上げられるための金ではない。
「今、何か失礼な事を考えなかった?」
「考えていない」
そうだな、おまえは胸が大きいだけじゃない。
おへそがかわいくて、下の毛が生えていない事も忘れてはいけない。
しかし、そういう問題じゃない。
俺は腕にまとわりついたカレッタを引き剥がす。
「コンペの日取りがいつなのかまだ決まってないけど、そんな遠い未来ではないだろう。たぶん数十日あるかどうか、だ」
「王様が急かしてるからね」
「それまでに、発表内容を決めて、資料を作って、場合によっては魔術装置を試作する必要がある」
「発表内容を決めないと、何もできないわね」
「そうだ。……何をすればいいのか」
発表するだけなら、なんだっていい。
例えば去年の学会で、俺は動力機関の改良バージョンを発表した。
あれの小型高出力化なら、三日後だとしても、設計図を提出できる。
そろそろ馬なし馬車を作れそうなサイズになるから、受けはいいはず。
とりあえず、俺を推薦した教授の顔は潰れずにすむだろう。
しかし、それだけでいいのか?
去年の物をマイナーチェンジした程度で、宮廷魔術師の地位を得るに足る大発票にできるだろうか?
だって、こんなチャンス滅多にないぞ。
俺の人生で最初で最後かも知れないじゃないか?
どうすれば、チャンスを生かせるだろう?
俺が悩んでいると、カレッタは俺の前に歩み出た。
そして、くるりと一回転。
スカートが遠心力でふわりと回る。
カレッタのくせに随分とかわいい動きができるではないか。
誘ってるのかい?
「うふふ。あなたは私の助言を必要としているのではないかしら?」
「むっ……」
助言があるなら、聞きたい。
しかし、こいつの場合、無料じゃない気がするのがちょっと怖い。
有効性が高ければ高いほど、値段も高くなるはずだ。
でも、聞かないともっと後悔しそうだな。
「助言を聞かせてもらおうか」
「ずばり、図書館に行くべきでしょう」
お、おう……。
思ったよりも、安そうなのが来たな。
とりあえず、俺とカレッタは図書館に向かった。
目指すは第三書庫。
書庫の中は、あまり人がいない。
ただ背の高い本棚が数え切れないほど並んでいて、その中にぎっしりと本が詰め込まれている。
俺は司書から受けた指示に従って歩いて、目当ての本を探し出した。
ここ数年の内に、発表された魔術の目録だ。
閲覧室で、カレッタとともにページをめくる。
「あ、これ。去年あなたが発表した奴もちゃんと乗ってる」
「細かいのは良いけど、結構多いな……」
全部調べていたら、それだけで時間切れになりそうだ。
しかし、これを見ればライバルが何を研究しているかもだいたいわかる。
内容が被らないように気をつけなくては。
「やっぱり、流行とかあると思うのよ」
「そりゃあるだろうけど……。誰の視点での流行なんだ?」
「何の事?」
「誰が審査するのか、って話だ」
「そうね? アカデミーの教授とか宮廷魔術師……あとは貴族や王族って線もあるわね」
「仮に王族が出てくるとしても、あまり突っ込んだ意見は言わないと思う。というか、言えない」
専門性が高すぎると、部外者には価値を判断できなくなってしまう。
だからと言って、身内だけで全てを決めると、変な派閥争いや馴れ合いが生じてしまう。
「たぶん、一番うるさいのは貴族だろう。自分が応援する派閥を押し込んでくるだろう」
そう、発表の内容ではなくて、後ろ盾の大きさで決まってしまう。
だから、後ろ盾を持たない俺はインパクトを与える必要がある。
誰も考えない、あるいは考えても実現できなかったような、すごい物を。
「ここに書いてあるのと似たものはダメだ。それじゃあ、インパクトが足りない」
「読んでも無駄って事?」
「被りを避けるために把握しておく必要はあるけど、それ以上の意味はないな」
それから、本を読みつつ、二人であーだこーだ議論したが、結論は出なかった。
そんなの当たり前だ。
方針も定まってないのに『なんか凄い物』とか言って、いい答えが出てきたらそれは出来レースだ。
二人でいろいろ議論している内に閉館時間を迎えて、俺たちは家に帰ることにした。
目録は禁退出だったので、書庫に戻した。
持って帰ったとしても、いいアイディアが思い浮かぶ気配はなかったが。
どうするかね。
こんな事をやっていて、宮廷魔術師になれるんだろうか?
そんなことを考えながら俺は町を歩いていたら、道の真ん中に何かの固まりが落ちているのに気づいた。
いや、固まりというか、汚れた服を着た人間だった。
女の子だ。
そしてなぜか顔に見覚えがあった。
「……ミリア?」
正直に言って、二日前に会った時から偉く様変わりしていた。
全身が泥だらけだ。
元々ぼさぼさだった髪は、どこが髪でどこが泥だか判別できない。
服も、元が何色だったかわからないぐらい汚れている。
判断できそうな部分はアホっぽい顔ぐらいの物だし、それも泥だらけだった。
自分でも、よく見分けがついたと不思議に思うぐらいだ。
「おい、ミリア? ミリアだよな?」
俺は近づいて声を掛ける。
ミリアは顔も動かさず、焦点の合わない目で俺を見る。
「……」
「いや、なんか言えよ」
「……きつい」
会話は不可能なようだ。
俺はミリアの頭に手を当ててみたら、すごい熱があった。
風邪を引いているのだろう。
あの汚れたどぶ川に飛び込んで、一晩濡れたままで過ごし、体も洗わなかったなら、どんな病気にかかってもおかしくない。
「学生さん? それ、あんたの知り合いかい?」
近くにあった古着屋のおばさんが、微妙な距離から声を掛けてくる。
「知り合いと言えなくもないですけど、なんですか?」
「そうなら、連れてってくれないかね。そこに倒れられてると、歩く人の邪魔だろ?」
「……そもそも、何で道の真ん中に?」
「最初は向こうの壁により掛かってたんだよ。それをあっちの店主が追い払った。それでうちの方に来たから、あたしも追い払った」
「それで、行き場を失って道の真ん中に?」
「こっちも商売だからね、自分の店の前で死なれるのは困るよ」
「……」
だからって、道の真ん中に追いやって死なせるのもまずいと思う。
俺は迷った挙句、家に連れて帰ることにした。
今は汚いが、洗えばこの前みたいな美少女に戻るのだ。
それに助けてやった恩を売りつけて、あれやこれや、いやらしい事をする。
完璧な計画だ。
「学生さん、これ、あげるよ」
おばさんがリンゴをくれた。
何これ? あんたの所の商品じゃないよな、古着屋だし。
まあいいや。
病人にはリンゴ、そういう事になっている。
「ミリア、俺の家に連れてってやるぞ。来るか?」
「……」
返事はなかったけれど承諾だと捉えて、俺はミリアを抱き起こす。
なんかベタベタして気持ち悪い。
服が汚れるな、と思った。
「今度は、何をたくらんでいるんだか」