襲撃と再会
闇夜だ。
闇に思い入れはないがちょうどいい。
他人の建物に不法侵入するなら、暗い方が都合がいいからだ。
正門のある西側は論外として。
建物の配置や外側の状況を見た結果、東側が一番成功率が高いと考え、計画を立てた。
それは、爆発から始まった。
「北側の壁で爆発が起こったぞ! 人が通れる大きさの穴が開いている!」
「泥棒にしては派手すぎないか?」
「なんでもいい。人を回せ!」
大慌てで走り回る警備員たちの怒号が聞こえる。
「バカ野郎! あんなの陽動に決まってる! 正門を固めるんだ!」
「部隊を二つに分けろ! 正門側と北側だ! 誰も通すな!」
内側が慌ただしくなってきた所で、南側に設置した爆弾を起爆させる。
爆発。
「また爆発したぞ! 見張りを送れ!」
「人手が足りない。非番の奴もたたき起こすんだ!」
「誰がどこにいるんだ? 把握してる奴はいるか?」
そろそろいいかな、と考えて、俺は北側の爆弾のリモコンのボタンを押す。
北側で二度目の爆発。
「ぎゃぁあっ?」
「どう言うことだ! 爆発物は複数あるのか?」
二回爆発するリモコン爆弾の存在など想像もできない警備員たちはパニックに陥り、大騒ぎしている。
さてと。
東側の壁のすぐ外で待機していた俺は、鉤爪を投げた。
本来なら壁の上にセンサーがあるはずだが、それが反応した様子はない。
当然だ。
最初に北側の壁を爆破した時にいっしょに制御装置も吹き飛ばしたのだから。
「よいしょっ、と」
俺は縄を上っていく。
侵入に魔術を使うと、それだけで関知される危険がある。
だから泥棒の手口はいつの時代も原始的なのだ。
壁の内側は、飾り気のない裏庭だった。
雑草が生えていたり、石で作られた土台の上に何かの木箱が積み上げられている。
壁から少し離れたところにある建物は、レンガづくりの変哲もない建物だった。
今も施設のどこかで、警備員たちが叫んでいる。
しかし、まだ壁の外からの攻撃ばかり警戒しているようなので、俺はさっさと建物内に入ってしまうことにした。
手近にあったガラス窓を壊して中に侵入。
中は空き部屋だった。
やたらと広くて、がらんとしている。
作業部屋か何かに使う予定だったのが、計画が変わったのだろう。
建物に入ってから三つ目の爆弾を起動。
これは俺が入ってきた東側にある。
東側だけが攻撃を受けていない不自然さをカモフラージュするための物だ。
俺が入ってきた所以外の窓も割れたので、侵入の痕跡もなくなった。
侵入の目的はミリアの奪還。
とにかくそれが第一だ。
「さてと、ミリアはどこかな?」
閉じこめて置くなら一階には置かないだろう。
二階より上か?
いや、窓のある部屋は避けるだろう。
じゃあ地下だな。
俺は地下への階段を探す。
建物の中を歩いていたら、上の階から、一団が降りてくる。
俺は慌てて近くの部屋に隠れた。
やってきたのは数人の警備員と、第四位宮廷魔術師だ。
まさかここにいるとは。
「さっきの爆発は何だ?」
「わかりません。壁だけ破壊するということは侵入者でしょう」
「あそこまでして侵入しようとしそうな奴なんて、一人しかいない……ミリアが狙いだな!」
第四位は警備員を引き連れて、近くの部屋へと入っていく。
そこにミリアがいるのか?
俺は廊下が無人なのを確かめてから、その部屋の中を覗く。
おかしいな。
誰もいないぞ?
いや、壁がちょっと開いている。
あれは、隠し扉か。
俺は向こう側を警戒しながら、ゆっくりと隠し扉を開いた。
奥に続くのは、長い階段。
それを降りた先には左右に延びる通路だ。
右側に明かりがついていたので、そちらに行ってみる。
枝分かれした通路があって、その先には通路の両側にいくつも牢屋が並んでいた。
なんだここ?
牢屋が複数あるのはどういうことだ?
いや、ふつうの建物には一つも牢屋はないだろうけど。
後から作ったのなら、ミリアを閉じこめる一つだけで良いはず。
何か別の目的であらかじめ用意しておいたのだろうか?
「何か上で騒ぎがあったみたいですけど……」
この声は、ミリアか?
第四位が牢屋の一つに向かって話している。
「おまえが気にする必要はない。それより設計図はどうなっている?」
「もう少し待ってください。あとちょっとで降りてくるところだったのに……」
「ふん。さっさと終わらせないと酷い目に遭わせるぞ。それよりも、何か変わったことはなかったか」
「……上で、爆発みたいな音が聞こえましたけど」
「それ以外でだ」
「何もありませんよ。こんな地下で、何が起こるって言うんですか」
「そうだな。じゃあ、早く設計図を書き上げるんだぞ!」
第四位は肩を怒らせてこっちに向かってくる。
鉢合わせしたらまずいな。
俺はとりあえず枝分かれした通路を通り過ぎた当たりの暗がりに見栄を潜めた。
こっちを見られたら危ない所だったけれど、運良くやり過ごせた。
第四位と警備員が地上への階段を上っていくのを見送ってから、牢屋の方へと行く。
通路から一番遠い檻にミリアが閉じこめられていた。
ベッドで目を閉じて、横になっている。
檻の中には製図板と、本棚があって、たくさんの設計図が詰め込まれている。
「よう、元気にしてたか?」
俺が声をかけると、ミリアは跳ね起きた。
「クズマさん? どうやってここに?」
「ちょっと爆発とかさせたりしてな……俺と一緒に逃げないか」
「え、ええ。逃げましょう。でも大丈夫なんですか?」
牢屋の鍵は持っていないが、切断装置を用意してある。
魔術の炎でどんな金属でも焼き切ってしまう事ができる。
少し時間はかかるけどな。
俺は袋を檻の中に放り込む。
「何か持って行きたい物があったら、この中に入れろ。あとは部屋ごと全部燃やすから。でもあんまり荷物が増えると移動の邪魔になるから、最低限にしてくれ」
「な、何を持って行けばいいんですか? 設計図とか持って行きます?」
「何もないならそれでいい」
作業していると、ミリアが檻ごしに話しかけてくる。
「あの、クズマさん、宮廷魔術師になったって聞きましたけど」
「知ってたのか? まあ、この様子だと、やめることになりそうだ」
「そんな……いいんですか?」
「俺の人生には、もっと大事な物があるような気がしたから」
「そうですか」
ミリアは安心したような後ろめたいような、妙な顔で俺を見つめてくる。
なんだか気恥ずかしいので、話を変える。
「おまえは、ここで、設計図を書いてたのか?」
「ええ。そういう契約でしたから」
「そっか……いろいろ大変だったんだな」
「ええ。ここってネズミとか出るし、本当にもう……」
いや、そういう事じゃなくてさ……
だって……おまえって、やらないと書けないじゃん。
つまりその、あれでしょ。
SEX、したんでしょ。
「安心しろ。こういうのは浮気にはカウントしないからな」
俺が言わんとしていることを察したのか、ミリアは慌てて頭を降る。
「そ、そんなことされてません。誤解です」
「え? でも……」
「バカにしないでください。私だって頭は使うんですよ」
「じゃあどうやって設計図を書いていたんだ?」
「それは、その……クズマさんの事を思い出して、一人で……」
ほーう?
「具体的には?」
「だから、えっと、自分で胸を触ったり、指を入れたり……」
「そうやって、夜な夜な、変な声をあげていたんだな?」
「こ、声は出さないように、しました……」
「それも一人で、寂しいやつだ」
「ううっ、やめてくださいよぅ……」
「でももう心配しなくていいよ。これからは俺が相手をして上げるから」
「私をふしだらな女みたいに言わないでください! これは設計図を書くために仕方なく……」
「認めるんだ。自分の中の獣を」
「いいかげんにしてください。これ何のプレイですか!」
バカな事を聞くなよ。
羞恥プレイに決まっているだろうが。
牢屋の鉄格子を二本破壊したらミリアは出てこられた。
即座に俺に抱きついてくる。
「ああ、やっぱり本物はいいですね」
「そうだな」
む、ちょっと汗くさいな。
ここではシャワーとか浴びられないだろうし、仕方ないんだろうけど。
俺は第四の爆弾を牢屋内に設置する。
これは、時限式で一回しか爆発しないけど、威力だけは最高値にしてある。
建物が全て吹き飛ぶことを期待しているのだが、威力が足りるかは微妙だった。
「それで、どうします?」
「脱出するに決まってる。階段は一カ所しかないのか?」
「わかりませんけど、みんなあっちから出入りしてましたよ」
ミリアは俺がやってきた方を指さす。
なるほどね。
だから、一度ここの様子を見に来ただけで上に戻ったのか。
上で見張っていれば必ず侵入者と対面する。
侵入者の目的がミリアでない場合でも、次の動きに出遅れなくて済む。
考え方は悪くない。
が、陽動に弱い。
「じゃあ、陽動作戦を続けるしかないな」
俺は南側の壁に仕掛けた爆弾の起爆スイッチを押す。
地上から爆音が聞こえた。




