終わりの始まり
宮廷魔術師本部の、エルサムの部屋を訪問する。
部屋の広さは俺の所とそう変わらない感じだったが、長年使っているのか、本も家具も揃っている。
「どうしたんだよ。今日は急に……」
「この前、何か面白い噂を掴んだら教えろって言われたじゃないですか」
「言ったな」
「ちょっと妙な噂を聞いたんですけどね」
「とりあえず聞こうか」
エルサムは、あまり期待していない様子で先を促す。
「仮にですけど。斬新な魔術の設計図を、次々に生み出す魔術があるとしたら、どうします?」
「なんだそれは……そんな都合のいいものがあるわけないだろ」
「あるとしたら、の話ですよ」
ここで証拠を見せるわけには行かないからな。
「そりゃあ、魔術師なら誰だって欲しがるに決まってる」
「元第五位が研究していたのが、それだとしたら?」
「なんだと?」
エルサムは驚いて身を乗り出す。
「……それは、人間を遠隔操作する魔術じゃなかったのか?」
「皆そう言うんですよね……。それの副産物らしいんだけれど、設計図を生み出せるのは本当ですよ?」
「おまえは、どこでそんな情報を得た?」
「元第五位の家が盗賊にあった時、逃げ出した奴隷の一人を、偶然に俺が助けたんです。その時に断片的な情報を聞き出しました」
「その奴隷は今どこに?」
「行方不明です。真犯人に消されたのかもしれません」
行方不明は本当だ。
どこにいるのか、ほぼ見当は付いているけど。
エルサムは、少し考え込む。
「その話が本当だとしたら、迂闊に人には話せないぞ」
「そうですか? 全員が中途半端に知ってしまったら、もう消せませんよ」
「……なるほど」
「話はそれだけか?」
「ええ。不十分ですか?」
「事実なら面白い話だが、証拠がないのでは話にならないな」
「何を言ってるんですか。証拠がないから話になるのでは?」
エルサムは俺を睨む。
「一応確認するが、おまえはその話を噂として聞いたのか?」
「ええ」
「そうなのか……。俺はまた、てっきり、根も葉もないその話を、噂にして流して欲しいのかと思ったよ」
「……」
やっば。
完全に見抜かれているな。
「……一つ貸しだからな?」
「それでいいです。ついでに、これもあげますよ」
俺は一枚の設計図を差し出す。
「なんだこれ?」
「どんな魔術でも生み出せる『究極の魔術』です」
「本当か?」
「嘘に決まっているでしょう」
嘘と言うのが嘘だ。
これは元第五位が書いた『究極の魔術』の設計図、本物。
必要になった時に備えて、写しは俺が持っているけれど、オリジナルはここで放流する。
「写すなり誰かに見せるなりご自由にどうぞ。……ところで話は変わりますけど、エルサムさんは、奴隷とかに興味あります? あるいは所持したりしています?」
「いや、そんな金ないし興味もないよ……。何か関係あるのか?」
「言えません。でも、新しい情報が手に入ったら教えますよ」
俺はそういい残して、エルサムの部屋を去った。
さてと、次は……奴隷を買いに行こう。
奴隷商人の所に来るのは初めてだった。
恰幅な男に案内されて、建物の二階から中庭を見るように言われる。
そこでは沢山の男達がいた。
斧で薪を割っている者、
粘土の四角い塊を作っている者、
薪をかまどに放り込んでいる者、
何ここ?
レンガ工場か何か?
奴隷は?
俺が困惑していると、案内の男は笑顔で聞いてくる。
「どれにします?」
えっ?
「おい。もしかして、ここで働いてるの、全部商品なのか?」
「大体はそうです。左腕に黄色い腕章をつけているのは指導員です。それも売れないことはないけれど、一定数残しておかないといけないので簡単には売れません」
「いや、そうじゃなくて……奴隷って、もっと檻みたいなのに閉じ込められてるのかと思ってたんだが……」
「ええ? なんでそんな事しなきゃいけないんですか? 働けるのに、もったいない」
「そうかも、知れないけどさ……」
何なんだろう。
この微妙に納得行かない感じ。
いや、理屈は間違ってないんだけど、間違ってないんだけど。
「男しかいないのか?」
「男女は分けています。女性がお望みですか」
「ああ。十代後半から二十代前半で、女性。あと値段は一番安いのを頼む」
俺のあんまりな注文に、案内の男はため息を付いた。
「あのですね……そういうのって、ちょっと」
「ないのか?」
「いえ。ありますけどね。はぁ……」
案内の男は憂鬱そうな顔になる。
「おかしいよなぁ。なぜか奴隷って聞くと、みなさんそう言うのを想像されるんですよねぇ。実際、この前にどこかの村が突風で壊滅した時も、若い女性ばっかり売られてきたんですよ。買う人が多いのは仕方ないとしても、売る時にそっちで想像するって……。私の仕事は違うんだけどなぁ……」
なんかブツブツ言ってるけど、ミリアの故郷の話かな?
どうでもいいか。
「その時の女性は、全部売れたのか?」
「ええと、どうでしょうね? まだ残っているのもいたかな? とにかくこちらへどうぞ」
案内の男の後を付いて歩く。
通された場所は、塀で仕切られた別の中庭だった。
沢山の女性が洗濯桶を並べて服の洗濯をしている。
随分量が多いけど、ここは洗濯屋もやってるのかな?
「今、売れるのはだいたいこの辺りですね。女性は他にもいるけど、そっちはちょっと値段が上がるとお考えください」
「そっちは今、何をしてるの?」
「料理と裁縫です。まあ、料理は一部が当番制ですけど」
なるほど。
俺は洗濯している女性達を一人一人観察する。
ミリアと年齢体格が近そうな感じの……この子でいいかな。
俺はその少女を買うことにした。
値段は、所持金のギリギリだった。
最近はいろいろやって、出費が多かったからな。
いつか盗賊団のアジトで手に入れた宝石を売れば、まだなんとかなるけど、それは先の話だ。
少女を連れて、事務室へ。
書類を作成して、いろいろ登録しないといけない。
書類には、最初に名前の欄がある。
俺は少し迷った挙句「エルサム・ラディアント」と書いた。
ばれない、よな?
他の欄も埋めていると、案内の男に何かを見咎められた。
「おや、ご職業は魔術師ですか?」
「ああ、そうだけど何か?」
「……いえ。何でもありませんよ」
何? その嫌そうな顔。
あ……、もしかして元第五位か?
あいつが奴隷を買っては人体実験で殺していたのを薄々感づいてるのか?
それで俺も同類じゃないかと思っているのか?
やれやれ。
酷い風評被害を残してくれた物だな。
「なあ。この書類って、本名を書かないといけないのか?」
「当たり前でしょう。登録があるんですよ」
「いや、冗談だよ」
「間違いはありませんね?」
「ああ」
「本当ですね?」
「ああ」
口を滑らせたせいで疑われているな。
「では、代金のお支払いをお願いします」
「はいよ」
俺が財布の中身をテーブルに並べると、案内の男は慎重に数えて確認する。
「結構です。登録を行いますので左腕を出してください」
俺は少し袖を捲くってから左腕を出す。
案内の男は、何かの装置を俺の左手首に当てた。
「それは、ハンコか何かか?」
「目には見えませんが、紋章を入れています。これは奴隷の主人である証です」
「そんな物があるのか」
「たまに警備兵とかに確認される事がありますので、覚えて置いてください」
実は知っている。
事前に調べておいたのだ。
案内の男は、今度は少女の首筋にその装置を当てる。
「それは?」
「奴隷の側にも紋章を入れます。これで、奴隷があなたの所有物である事を証明できるようになるわけです」
「なるほど」
登録が終わったので、俺は少女をつれて家に帰った。
少女は何か不満がありそうにしていたが、黙って付いてきた。
家には手紙が放り込まれていた。
『おまえのようなバカは嫌いではないと俺は言ったが、それは間違いだったかもしれない。確認したい事がある。明日の夜に待ち合わせをしよう』
ううん?
なんだろう? この捨てられた恋人の悪あがきみたいな文面は……。
っていうか、これもしかしてケインからかな?
手紙を裏返すと住所が書いてあった。
これ、俺が燃やした盗賊団アジトの跡地じゃないか……。
なんでそんな所に……って、わかりきってるか。
指定された日時に、俺は盗賊団のアジト跡地へと足を運ぶ。
奇しくも月のない闇夜だ。
ケインは先に来て待っていた。
「よう、やっぱりおまえか」
俺が手を振ると、ケインは笑みも浮かべずに言う。
「噂を聞いた事はあるか? 新しい設計図を次々に生み出す魔術の噂を」
「俺じゃないぜ」
即答した。
もちろん嘘だし、ケインが騙されてくれるはずがない。
「なぜあんな噂を流した? 話が違うだろう?」
「別に……理由なんてないさ」
「言い訳がないなら、こっちにも考えがあるぞ?」
会話は無意味。
そしてここは取調室ではない。
さっさと終わらせよう。
「ちょっと見てもらいたい物がある。これだ」
俺は懐から箱を取り出す。
箱は手のひらからはみ出すぐらいの大きさで、横にボタンがついている。
そのボタンをを親指で押す。
「なんだ、それ……わっ?」
どばひゅっ
圧搾空気の噴き出す音。
箱から刃物が射出され、ケインの首に突き刺さった。
「うごっ?」
ケインは両手で首を押さえる。
ドバドバと出てくる血。
俺は背負っていたリュックから別の武器を取り出す。
斧だ。
魔術妨害フィールドを警戒して近接武器を持ち込んだのだが、意味がなかったか。
まあいいや。
「な、なぜだ。こんな事をする……」
ケインは何か言っていたが、俺は答えず斧を振り下ろした。
二度、三度。
動かなくなるまで何度も。
全く……。
なぜ、じゃないだろ。
おまえも俺を殺すつもりでここに呼び出したんじゃないのか?
そうでなければ、こんな夜に人気のない場所で会ったりしない。
ケインは自分の意思で俺を呼び出したつもりだったのだろう。
けれど違う。
俺は、ミリアの事としか思えない噂を流して、ケインが対処するしかない状況を作った。
それによってケインを動かして呼び出させたのだ。
ここで殺すために。
俺はケインの持ち物を漁る。
いくつか武器らしい物があったのでもらっておく。
「じゃあな」
ケインの死体は、近くのどぶ川まで引きずっていって放り捨てた。
黒っぽい服を着ているし、こんな川に近づく人も居ないだろうから、しばらくは見つからないかもしれない。
さてと。
ここでケインが死ぬと、雇い主がそれに気づくのは早くて明日の朝。
上手くすれば、二、三日は保つだろうか?
それじゃあ、決行は明日の夜にしよう。
そうしよう。
これ、エルサムは何も知らずにいろいろな事に巻き込まれているんだけど、大丈夫なんでしょうかね?
クズの被害者エルサムに幸あれ




