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人生最大のチャンス




「はぁ……」


ため息ばかりが口を出る。


あの夜から、特に何の進展もなく二日が過ぎた。

俺は魔術アカデミーの喫茶スペースでココアを飲んでいた。


ここのココアは、砂糖を大量に入れているのかやたら甘ったるいと不評なのだが。


今はその過剰なココアの甘さだけが俺を癒してくれる。


なぜ落ち込んでいるのかって?

リスクを承知で忍び込んだあげく、あれだけの大騒ぎをして成果なしだ。

誰だって落ち込む。


いや、成果はあった。

第五位が残した設計図が何枚かある。

しかし、全てを回収し切れたかは怪しいし、残りは全部灰になってしまった。


俺は鞄からあの設計図を取り出してテーブルに広げる。


「一体、何に使うんだよ。この変な棒は……」


棒は小さいくせに、やたらと細かい機能が搭載されていた。


周囲に細かい電線を展開する。

電線になにかの電流が流れたとき、微弱な電流を返す。

電流は、何かの規則性を持ったパルスになっている。


一つ一つの機能は、誰かが過去に発表した物で目新しくはない。

それをこの形に組み合わせたのはなぜなのか。


小型化するために試行錯誤した形跡もある。

つまりこの大きさにしなければいけない理由があったのだ。

隠し持つためか、もしくはどこかに常時突き刺して置く物なのか。


それだけ凝った作りのくせに、何に電流を与える装置なのか、それがどこにも書いていない。

出力が小さすぎるから、人を感電死させる機械でないのは確かだけど。


手に入れた設計図の中で、唯一、使用用途がわからなかったのが、これだ。

俺の手の中に『究極の魔術』があるとしたら、これが一番それっぽい。

でもどうやって使えばいいのだろう?


使い方を書いたメモがどこかにあるはずだ。


盗賊アジトで燃えてしまったかも知れないし、第五位の屋敷といっしょに燃えてしまったのかもしれないし、最初から第五位の頭の中だけにあった、という可能性もある。


いっそ、試作してみようか?

手当たり次第に使ったら、答えがわかるかも知れない。


「あらクズマじゃない。何してるの」


いきなり話しかけられた。


ふわふわした感じの赤いドレスを身に纏った小柄な少女が俺の隣に立っていた。

カレッタだ。

俺の二年下で、同じ教授の下についている顔見知りだ。


「何か難しい顔で考え込んでいたけれど、また女子トイレを覗く計画かしら?」

「一回も覗いてないよ」

「そうね、更衣室を覗くつもりなのね」


カレッタは、やたら大きな胸を強調するように突き出す。


「どこも覗いたりしない。君は俺を何だと思っているんだ」


強いて言うなら、あれだ。

一年ほど前、カレッタの体に変な形の痣があると噂が立った事があった。

カレッタは失礼な言いがかりだと憤慨していたけれど、俺にはそれが演技くさくみえた。

痣があるのは本当なのだろう。

どんな形の痣があるのか知りたくなって、俺は魔術を駆使して、カレッタがシャワーを浴びている所を覗いて確認したのだ。


ただの好奇心だった。

弱みを握るチャンスだと思ったとか、そんな理由ではないよ?


実際、わき腹に痣はあったけど、そんな大きな物ではなかった。

ついでに、やっぱり胸が大きかったのと、おへそはかわいい感じだったのと、下の毛がぜんぜん生えてなかった事も確認した。


その後で俺が「ベッドに誘った時に体を調べたけど何もなかったぜ」と嘘をついて噂は沈静化したけど、一部始終がカレッタにバレてぶん殴られた。

それだけだ。


ああもう。

何であの時、俺は殴られる必要があったんだ?

噂を流してたやつが、自分で確かめて自分で殴られればよかっただろうが。


俺がそんな事を思い出している間に、カレッタは俺と同じココアを注文して、俺と同じテーブルに座る。

おい待て、誰がそれを許可した。


追い払おうとする前に、カレッタは俺の手元の設計図をのぞき込む。


「その設計図、何? あんたが書いたの?」

「そうだよ。夢の中で思いついた魔術なんだけど、何に使う物だったのか、思い出せなくて困っている」

「……そう」


カレッタは何か残念そうな顔になったが、すぐに小悪魔的な笑みを浮かべる。


「ねえ? 五日ほど前に、第五位の宮廷魔術師が、死んだって話、もう聞いた?」

「ああ、そんな噂が流れてるね」


嫌と言うほど知っている。

事件の翌日朝にはその噂を知っていた。

それからあちこち駆け回って半日で裏取りして、盗賊団を特定して、その後、まる一日かけて準備していたのだ。

その結果が二日前の侵入。


「そいうや、あんた、宮廷魔術師になりたがってたわね。今、どんな気持ち?」

「優秀な大先輩が死んでしまって残念だとしか思ってないよ」


盗賊団みたいな奴らならともかく、これでも俺は、宮廷魔術師という人間を尊敬しているのだ。

立場的にちやほやされる事を除いても、新たな魔術を生み出して国に貢献する優秀さは、目標とするに値する。


しかしカレッタは、男のロマンを欠片も解せないようだった。


「なんだ、つまんないの。てっきりあんたが殺したのかと思ってたわ」

「カレッタ。君は俺を誤解しているよ。俺は何一つ違法行為を行わない、公明正大な男だ」


しかし、人の建物に忍び込んだあげく見つかったら放火するのって、法的にどうなんだろう?

例え、盗賊団が相手だったとは言え、合法とは行かないよな。


「あんたの、その嘘っぽいところっだけは、あんまり好きになれないのよね」

「本当のことを言っているのに、疑いをかけるなんて……」

「聞かれてもいないのに違法行為なんて言うところが怪しいわ」

「何を言っているのやら」


別の言い回しをしたときも、こうやって難癖を付けられた記憶があるんだよなぁ。


「ねえ、正直に言いなさいよ。誰にも言わないでおいてあげるから」


カレッタは下からのぞき込むように俺に顔を近づけてくる。

その角度だと胸の谷間がよく見える。

隙間にペンを挿入したくなる衝動に駆られた。


「正直に話しているのに、疑うのはやめてもらおうか?」

「あなたが私に本当のことを言った事なんて、一度もないと思うけどね」

「信頼してなさすぎだろ」


俺はカレッタを押し戻す。

ちょっと手が滑った振りをして胸にも触りながら。

プルプルしてて柔らかかった。

あと、その服、肌触りがいい布を使ってるな。


「今、わざと胸に触ったでしょう? 女ってそういうのわかるのよ?」

「そっ……それはそうと。第五位宮廷魔術師は、何か新しい魔術を開発していたらしいね」

「そうなの?」


強制的に話題を変えたけど、のってきてくれた。

でも負けた気がする。


「ああ……。しかし、その魔術は盗賊に奪われてしまったらしい」

「なるほど。クズマは、その盗賊を見つけだして、魔術を盗み出そうと考えているのね? 盗賊から盗むなら犯罪じゃないと」


なんでそこまでわかるんだよ。


「あのね、カレッタ。たとえ相手が盗賊だったとしても、物を盗んだり殺したりするのは、法律違反なんだよ?」

「今、殺しって言った?」

「たとえばの話だよ」

「ふーん?」


墓穴を掘ってしまった気がする。

カレッタは、絶対納得していない。

今は話題をそらせるけど、後になってからまたほじくり返してくるのだ。

で、俺はまた適当な事を言って墓穴を掘る。

それの繰り返しだ。


「それで? カレッタは、なんで俺の事を探していたの?」

「いえ。あなたを捜しているのは、私じゃなくて教授よ? 相談があるから暇だったら部屋に来なさいって」

「それは最初に言って欲しかった」


俺は急いで席を立つが、カレッタに腕を捕まれる。


「待ちなさい。私がこれを飲み終わるまで」


俺を引き留めたまま、もう片方の手で優雅にココアを飲むカレッタ。

なんか妙に様になっている。


「呼ばれているのは俺だけじゃないのか?」

「そうよ。でも、なんかおもしろそうだから」


そんな理由でついてこないでくれ。

遊びじゃないんだぞ、たぶん。




俺は教授の部屋の扉をノックする。


「はいどうぞ」


返事があったので、俺とカレッタは室内に入る。

教授は、今年で五十歳になる老人だ。

最近孫が生まれたとか聞いた。


「おう、クズマ君。待ってたよ。カレッタ君もありがとう」


教授は読んでいた書類を片づけながら俺を手招きする。


「お仕事中だったのでは?」

「いや、来月でもいいさこんなもの。しかし君との話は今日の内にすませておかないと都合が悪い」


今日の内に?


「宮廷魔術師の第五位が死んだという話は、もう聞いたかね?」

「ええ。皆その話ばっかりですよ」


ついさっき、カレッタとも話したばかりだ。


「誰に殺されたかは知っているかね?」

「盗賊だと聞きましたけど?」

「まあ、それはどうでもいいんだがね」

「どうでもいい?」


人が死んでるのにそんなんでいいのか。

……別にいいか。


「そんな顔をするな。どんな奴でも人はいつか死ぬし、その死に方は人それぞれだろう。生きている我々が心配しなければいけないのは、宮廷魔術師に空席が出来たという事だ」


宮廷魔術師は全部で36人いる。

微妙な数字だ。

36人もいる、と言われると特別性を感じないから多すぎる気がする。

アカデミーの卒業生から二年に一人ぐらいの割合でしか出ない、と考えると少ない気もする。


その36人いたのが、一人死んで、35人になった。

六位以下は、順に繰り上げになるのだろう。


宮廷魔術師に定年退職という概念はない。

しかし、死んだり一身上の都合で辞職する人はいるし、長年成果を出していないと引退を勧告される事もある。


空席が出来ると、争奪戦だ。

だいたいの場合、候補が決まっていたり、発言権の大きい奴が話を持っていってしまうので、俺たちのような平民には縁が遠い話だ。


「今度の候補は誰なんですか?」

「決まっていない、という事だけが決まっている」

「はぁ?」

「第五位は、後継者を指名していなかった。そんな歳でもなかったからな。降って沸いたような話だから、貴族同士がいがみあっている。その一方で、王は、早めに決めろとおっしゃっているようだ」

「早めに?」

「何も決まっていないという状態はよくないとお考えなんだろうね」


確かに。

こんな形で宮廷魔術師がいなくなったのは、初めてかも知れないな。


「それで、どうやって決めるんですか?」

「コンペを行う事になった」

「コンペ?」


コンペとは競技会の事だ。

たぶん、自分が開発した魔術の設計図とかを持ち寄って、一番よい発表をした者が、次の宮廷魔術師になれるのだろう。


「誰の発案なんですか?」

「それは知らんよ。たぶん、宮廷魔術師の誰かだと思うけどね。貴族が自分から言い出す訳ないし。でも、王の承認は得ているらしい」


なるほど。


「コンペは、誰が参加するんですか?」

「そう、問題はそこなんだよ。実は、アカデミーの教授の何人かが、自分の弟子とかを推薦できる事になっている」

「それは……」

「私も、その推薦の権利を持ってるんだよ」

「おおおお?」


教授ってそんなすごい人だっけ?

初めて知ったよ。


「それでクズマ君……君さ、前に宮廷魔術師になりたいって言ってたよね?」

「はい。今でもそう思っていますけど」

「コンペ、出る? っていうか、出て?」


えっ?

いいの? 本当にいいの?

そんな大ざっぱな決め方で大丈夫なの?


「俺でいいんですか?」

「んー。私は別に構わないよ。たぶん文句を言う人はいないだろう」

「もしいたら?」

「それはいるかも知れないけど……いや、でも、年齢とか功績とか将来性とか考えると、君がベストだと思うんだよなぁ」

「わかりました。やります。いえ、やらせてください」


これだよ。

マジメ系クズとして生きていくメリット。

ただのクズでは味わえない、チャンスが向こうから歩いてきてくれる感覚。


「あの、ちょっといいですか」


俺の後ろからカレッタが顔を出す。

いたの?


「そのコンペって、いつ決まったんですか?」

「私の所に通達がきたのは、昨日の夜だね。返事は二日以内だそうだ」

「そうですか。随分、急な話なんですね」


だから、急いで俺を呼び出したのか。


「じゃあ、君が出るって事でいいね? 書類、出しちゃうよ」

「お願いします」


やったぜ。



そうですね

このクズには宮廷魔術師とか向いてると思いますよ

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