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楽しい楽しい首都観光(白目)


しばらく、休暇を取ろうと思った。


「私、この首都に来たのは奴隷として売られた後だから、どんな場所なのか全然知らないんですよ」


ミリアがそう言ったので、そういう事になった。

観光だ。

俺も、最近は家とアカデミーを往復するだけの毎日で、外出らしい外出をした覚えがない。


俺とミリアは連れだって出かける。


「どこにいくんですか?」

「難しいな。首都とは言っても、ただの町だからな……観光スポットなんてないと思うんだけど。……どんな所に行きたい?」

「そうですね。なんかこう、カラフルな所とか、ありませんか?」


また妙な角度の注文が来たな。

カラフルとか言われても、困る。


「市場は、売ってる物次第では、カラフルと言えなくもないが、どうだろう」

「そこにしてみましょう」


市場は首都の反対側だ。

徒歩で行くとなると、ちょっと遠い。


「都バスを使うか……」

「都バスって何ですか」

「乗ればわかるさ」


俺はミリアを連れてアカデミーとは逆方向へと進む。

建物の谷間のような、日の当たらない狭苦しい道が続く。


「この辺りは、あまり治安が良くないんだ」

「泥棒とかが、多いんですか」

「いや、そういうわけではない」


だって、盗まれるほど金を持ってる奴なんていないからな。


「金がない人が住む場所だからな。警備兵も、あんまりマジメに仕事をしない。それで盗賊団のアジトみたいなのが、作られてしまうんだ」

「いっそ、首都から切り離してしまった方がいいのでは」

「やめろ。俺だって好きでこんな所に住んでるわけじゃない」


結局の所、国民の大多数は貧乏人なのだ。

首都に貧しい人間が住んでいる、という視点は間違っている。

首都は他と同じように貧乏人も住んでいる一方、金持ちも住んでいる、という視点が正しい。


その金持ちの生活を、これから見物……じゃなくて、見学しに行こうというわけだ。


建物の密集地帯を抜けると、大通りに出た。

道の一角に、看板が立っている。

停留所とも言う。

そこで何人かが都バスを待っていた。


俺たちもその一団に加わる。

馬に引かれた馬車がやってくる。


「これが都バスですか」

「ああ。いわゆる乗り合い馬車だな」


特別な許可がない限り、首都の中では移動用の馬車を保有できない。

だから乗り合い馬車が必要になる。


この馬車は首都のあちこちにある停留所をぐるぐる回っているのだ。

もちろんタダでは乗れない。

料金は……微妙に高いが、これなしで市場まで行こうとすると、往復だけで夜になってしまうから仕方ない。


馬車に乗って、市場へと到着した。


市場は港の近くにあって、潮の香りが漂っている。

異国の果物が並んでいたり、多種多様な布が積みあげられていたり。

カラフル、という点では間違いない。

ちょっと魚臭いのが難点だが。


ミリアは楽しそうにしている。


「何か買っても良いですか」

「いや、別に買い物に来たわけではないだろう」

「そうですね……」


しかしちょっと待てよ。

前回、ミリアの服を買った時は、本人を連れていかなかった。

服を買いに行く服もない状態だったからだ。

だとしたら、今回は一着ぐらい買ってあげてもいいか?


「服なら、買ってもいいよ」

「本当ですか?」

「一着だけだからな。あとあんまり高いのはダメだ」

「はぁい」


ミリアは嬉しそうに笑う。


ほどなく服屋は見つかった。

色とりどりの布の群れ。

ミリアは、目を輝かせながらぐるぐる回っている。


「もしかして、服屋に来たのは初めてなのか?」

「実はそうなんです。村には服屋なんてありませんでしたから」

「そうか。来て良かったな」

「はい。……ああ、あれも欲しいけどこれも欲しい」


ミリアはさんざん迷った末に、青っぽい服と、白っぽい服を持ってくる。


「これとこれ、どっちが似合うと思いますか」

「どっちも似合うよ」

「そうじゃありません。クズマさんが決める事に意味があるんですよ」

「そうか、自分が好きな物を買えばいいじゃないか?」

「プレゼントって言ってお金を渡す人がいますか」

「むぅ……」


俺にはよくわからない理屈だな。

まあいいや。

少し考えて青を選んだ。


ミリアは試着室でそのまま着替えて、今まで来ていた服は麻袋に納めて持ち歩くことにしたようだ。


「すぐ着ちゃうのか?」

「何言ってるんですか? デートなんですから、いい服を着るのは当然ですよ」

「デート?」


そうか、これデートなのか。

既にあんな事やこんな事をしているのに、今になって初デートとは。

うん、順番がおかしかったな。

だいたい俺のせいだけど。


服屋を出て通りを歩いていると、鐘の音が鳴り響く。


「あれ? 何の音ですか?」

「時報だよ。昼だからな。何か食べよう」

「あの屋台とか、どうでしょう?」


ミリアが指さしたのは、魚を油で揚げている店だった。

魚のフライに白っぽいソースをつけて、パンで挟んで食べるのだ。

初めて食べる料理だったけれどおいしかった。


こういうのも、遠出した時だけ経験できる物だよな。


その後もぶらぶら歩いていると、教会に着いた。

何本もの塔がそびえ立つ、大きな建物だ。


「さっきの鐘はここで鳴ってたんですね」

「そうだな」

「大きな教会ですけど、何なんですか?」

「俺もよく知らない。まあ、儲かってるんだろう」

「なんですか、聖職者に対して儲かってるって……。違いますよ。これはみんなの気持ちでできているんだと思います」

「ふむ。おまえは詩人に向いているな」


やれやれ。

どこをひっくり返せば、そんな綺麗事が出てくるんだよ。


俺は塔を見上げる。


「あの塔には展望台があって上から景色を見られるはずだ。行って見るか?」

「もちろん行きましょうよ」


俺たちは教会の中に入る。

やはり人が多かった。

見た感じ、俺たちのようなさほど心身深くない人たちばかりのようだ。

この首都では数少ない観光資源だからな。


狭くて急な階段を、人とすれ違ったりしながら百段ぐらい上ると、テラスに出た。

教会から北側には、市場や港湾労働者の住む町が広がっていて、その向こうには、黒色の海と灰色の空が広がっている。


テラスには、海からの冷たい潮風が吹き付ける。


「なんか、暗いですね」

「北側だからな」

「遠くの方で、船が動いてますよ」

「ああ。あれは国内のどこかから荷物を運んできてる貨物船だろうな」


市場で売られている物のいくつかは、ああやって運ばれてくるのだ。

外国からという事は、たぶんない。

だって、この近くで外国って言ったらなぁ……、この前も戦争したばっかりだし。


建物の中を通って南側に回ると、こちらには首都の町並みが広がっている。


「私たちの家って、どこでしょう?」

「たぶん、ここからは見えないよ」

「あれとか、そうじゃないですか?」

「全然違う。方向はだいたいあっちの方だよ」


言ってから、妙な既視感を覚えた。

あれ? おかしいな。

前にも誰かと似たような会話を交わした事があったような。

いや、そうだ。


「クズマさん? どうかしたんですか?」

「前にここに来た事があったかな、と思っただけだよ……」

「その時は誰と一緒だったんですか?」


ミリアに聞かれて、急に後ろめたくなってくる。


「いや、別に誰とってわけじゃ……その時は、一人とか二人じゃなかったような気がするんだけど……」


そうだ。

あの時は……十人ぐらい、いたような、いなかったような。


「なんだ、つまらないですね……」


ミリアはなぜか不満げに言う。

意味がわからん。


「おいミリア。まるで俺が浮気をしていた方がおもしろいみたいな言い方をしないでくれ」

「いいじゃないですか。あ、あの建物は何ですか? こっちの教会よりもずっと大きいですよ」

「あれは王宮だよ」


この首都で一番大きな建物だ。


「隣にあるのは?」

「……宮廷魔術師の本部だ」


言ってから、ちょっと落ち込んだ。

ミリアが俺の腕に自分の腕を絡めてくる。


「クズマさん、まだ未練があるんですか?」

「そりゃ、あるさ」


人生が変わるかも知れない、最大のチャンスだったのだ。

それが、なんか急に取り消された。

納得なんてできるわけがない。


「どっちにしても新しい宮廷魔術師は選ばなきゃいけないはずなんだ。誰がなるんだろう……」

「まだクズマさんにもチャンスがあるかも知れませんよ」

「いや、それは無理だ」


その門扉は俺たちに開かれていない。

この前のコンペではそれを思い知らされただけだった。

本当に、残酷な話だよ。


「そろそろ帰ろうか。じゃないと、夜になっちゃうよ」

「そうですね。今日は楽しかったですよ」


乗り合い馬車に乗って、狭い道を歩いて、なじみの集合住宅まで戻ってきた。


「んっ?」


建物に一歩踏み込んだとたん、何か妙な空気を感じた。

何がおかしいのか明言できないが、確実に普通ではない状況が、起こりつつある。

ミリアも、異変を感じ取ったか辺りを見回している。


「あの、クズマさん? 何か、いつもより静かですね?」

「言われて見れば、そうだな」


この辺りは作業場を持っている職人が多いから、騒音もある。

その音が全く聞こえない。

何が起こっている?


俺は短杖を取り出す。

何かが潜んでいる気配がしていた。


「と、盗賊が復讐に来たんでしょうか?」

「そんなバカな……」


いや、あり得ないとは言い切れないか。

むしろ、十日ぐらい前から俺が無意識に警戒していたのは、それか?


待ち伏せがあるかもしれない所に飛び込むのは得策ではない。

しかし、ここは俺の自宅だぞ。

一体、どうしろって言うんだ。


俺とミリアは緊張しながら階段を登る。


三階にたどり着いた時に上や下の階からゾロゾロと出てきたのは、警備兵の制服を着た人々だった。

偽者か?

いや、この前の騒動で「下っ端にやらせよう」とかクズ発言をしていた兵士もちゃんといる。

たぶん本物の警備兵だ。


しかし、よかった。

警備兵がいるのなら、潜んでいた盗賊は逮捕されたのだろう。


そう安心する俺達の前で警備兵の隊長らしき男が俺の前に立つ。


「クズマ・ジ・メケー。貴様を逮捕する。罪状は強盗殺人、および放火だ」

「は? 逮捕? 誰を?」

「おまえだよ」


警備兵が両側から俺を押さえつける。

隊長らしき男が何か紙を俺の前に押し付けてくる。

逮捕状か何かかもしれないけど、顔に近すぎて読めない。


「えっ? ちょっと待ってください。この人たちは誰ですか? 盗賊じゃないんですよね?」

「はい、君も大人しくしてね」


ミリアはまだ事態を飲み込めていないようだ。

盗賊なんて最初からいない、少なくとも今日、この場所では。

隠れていたのは警備兵で、その目的は俺の拘束。


「俺は、強盗も放火もしていないぞ」


強盗は、したといえばしたかも知れない。

盗賊団から盗むのが無罪にならないのは、俺でもわかる。

倫理のハードルを下げたとしても、持ち出した物を私物化したのはまずかった。

それは、まあわかる。


しかし、放火とはなんだ?

確かにあの場で火を使ったのは俺だ。

消そうと思えば消せたのを、わざと放置したかもしれない。

だからと言って、それを放火と呼ぶのは法的におかしいではないか。

だいたい、証拠は残していないはず。


「現場には、火炎系の魔術の痕跡が残っていた。エーテルマークを照合するために、証拠品としてこの杖を押収する」

「おい。それは実験に必要な物だ。調べたって何も出てこないぞ」


これは本当だ。

用が済んだ後は、設定を戻しておいたから、調べても本当に何も出てこない。


「そうか? まあ一応調べて見るさ」

「何かの間違いだぞ」

「いや、間違いでないことはたった今、確認された」


警備兵の一人が識別魔術でミリアを精査している。

ああ、しまった。

ミリア自体が証拠なのか。


「おまえが犯人でないと言うなら、前第五位宮廷魔術師、メナス・アル・イフラットの屋敷に買われたはずの奴隷が、なぜここにいるのだ?」

「そ、それは……」

「ああ。今は言わなくていい。詳しくは署で聞かせてもらおう」



「おにーちゃーん、問題でーす。物凄くスピードを出すバスはなーんだ?」


非実在妹が壊れた!


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