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エルサムからの情報


頬を染めたまま文句を言うミリアを残して、俺はアカデミーへと向かった。


教授の部屋をノックして入室。

教授は笑顔で迎えてくれる。


「クズマ君、思ったより元気そうじゃないか」

「え、ええ。おかげさまで」

「今日はどうしたね?」


うむ。

別に用がなかったら来ちゃいけないってわけでもないだろうけど。


「いえ、なんというか……謝りにきた、んだと思います」

「おや? 何に関しての謝罪だね?」


うむ?

言われると困るな。

俺は、一体、どんな要素について謝罪しようと言うのか?


「アレだけの協力をしてもらっておきながら、宮廷魔術師になれなかった俺の、不甲斐なさについてでしょうか?」

「それはおかしいね。君が謝るのは筋違いと言うものだろう」


横から急に言われてそっちを見ると、エルサムがいた。


「宮廷魔術師が、こんな所に何の用で?」

「何を言っているんだい? 俺は通りすがりの魔術オタク。サムだよ」

「じゃあそう言うことにしておきましょう」


いいのか、それで。

もはや、ごまかしきれない物があると思うのだけれど。


「それで、サムさんは何をしにここへ?」

「謝罪……いや、言い訳だろうか? この前の、コンペの結果について、ね」

「でも、それを語れるのは通りすがりの魔術オタクじゃなくて宮廷魔術師……」

「細かい事は気にするなよ」


いいのか?

いや、俺が気にする必要はないか。


「しかし、どこから話したものかな……何が聞きたい?」

「あのコンペでは、どうして宮廷魔術師が選ばれなかったんですか?」


俺が知りたいのは、それだけだ。

エルサムは、やっぱりそこだよな、と頷く。


「それなんだが、実はちょっとよくわからない」

「わからない?」

「ああ。わからないというか、立ち会った俺も納得がいかないというか……。とにかく、順番に話すから聞いてくれ」


エルサムの中でも、片付かないモヤモヤした物があって、だから俺に打ち明けたくてここに来た。

そういう事なのだろう。


「正直に言うが、俺は、おまえを推すつもりでいた。俺と違う考えの奴がいたとしても、アラエントの義足を推すだろうと思っていた」

「まあ、それが普通の考え方だろうな」


教授が頷く。


「近衛兵が、冗談半分で、宮廷魔術師の空席が二つあったらみんなが納得する結論になるかも、なんて言ったぐらいだ。さすがにそれは笑えなかったが」

「笑えないって?」

「……一番立場が危ういのは三十五位の俺だからだ。三十位台はみんなその話を嫌がると思うが?」


それは同意する。

一方で、教授は首を傾げる。


「その様子だと、第三王女の側も宮廷魔術師を選ぶ方向でいたのだな?」

「ええそうですよ。発表は良かったし、それを引いても、クズマを妙にお気に入りのようでしたからね……」


エルサムは妙な笑いを浮かべる。

なんだろう? 俺に対する嫉妬かな。

教授は首をひねる。


「それはおかしいだろう。宮廷魔術師も、王族も、新たな宮廷魔術師の出現を望んでいた。それなら、どうしてあんな事になる?」

「違いますよ。反対したのは宮廷魔術師です」


エルサムは矛盾した事を言う。

何を言っている?

あの時、第一位は『宮廷魔術師の総意』と言ったはずだが。


「ちょっと待ってくださいよ。エルサムさんは、宮廷魔術師なのに、総意の中に入っていないんですか」

「ああ。入っていないぞ」


エルサムは苦々しそうに言う。


「俺の意見なんて、聞かれもしなかったな」

「そう、ですか……」

「あいつらに逆らえないのは仕方ない、立場が弱い俺も悪い。しかし、勝手に総意とか言われるのは腹が立つな」


クズが嘘をつくのはいつもの事だが、知らぬうちにクズの仲間にされるのは心外だと。エルサムは憤る。


「国を行く末すら左右する宮廷魔術師を決めようと言う時に、何やってるんですか……」


俺が言うと、エルサムは皮肉げに笑う。


「国の行く末を左右するからこそ、だろ。宮廷魔術師の後ろには貴族がいる。誰だって自分の影響力を強くしたい」

「それは……」


俺にはもはや返す言葉もない。

代わりに教授が口を挟む。


「ちょっと聞きたいのだが……。宮廷魔術師を選ばないと最初に口にしたのは誰かね?」「確か、第一位ですよ」

「それに異を唱えた者はいたか?」

「第三王女とアルトムは最初から最後まで異を唱えていて、最終的に怒って帰ってしまいました。あとは……位の低い宮廷魔術師の何人かは不審がって質問をしていました」

「王族を怒らせた? 大丈夫なのか?」

「表向きには、アルトムの出場を妨害した王族に対する消極的な抗議、という建前が語られています。一応事実なので、王族側も反論しづらいのでしょう」


滅茶苦茶だな。

いやいや、ちょっと待てよ?


「上位の宮廷魔術師の間では反対意見は出なかったんですか」

「そうだ。出なかった。王族を怒らせ、コンペの前提をひっくり返すような話をしている最中でもね」

「つまり、事前の同意があったんですね?」

「そういう事だな」


教授も身を乗り出す。


「そこだよ。同意があったのに、なぜコンペを開いた? 始めからこうする予定だったのか? それとも、途中で事情が変わったのか?」

「そこまでは俺にもわかりませんよ……」

「では、上位の宮廷魔術師とは誰だ? 具体的には何位までを指す?」

「俺の心証でよければ。第八位はあっち側で、十二位は何も知らなかったようですね。八位より上の全員は、何かの打ち合わせに参加していたんでしょう」


何のための打ち合わせだ?

王族まで巻き込んでこの結果。

ごまかしきれるものではないぞ?


俺が考えていると、エルサムは俺を疑うような目で見つめる。


「クズマ。一応聞くが、おまえ、何かやらかしたことはないか?」

「やらかした?」


どういう意味だ?


「法に違反するような、何かだ。それもくだらない軽犯罪とかじゃなくて、普通にヤバイ奴」

「いや、俺は何もしてませんよ」


俺ほど遵法意識の高い者がいるだろうか? いや、いない。

表向きは法を守り、あんまり目立たないようにちょっと悪い事をする。

マジメ系クズの鑑じゃないか。


ん? いや、待てよ?

少し前に、物凄く大胆な重大犯罪を犯した記憶があったような、なかったような?

まあたぶん関係ないだろう。


「えっと、仮に俺が何かしていたとして、それとコンペが関係あるんですか?」

「いや……おまえじゃないなら、別の誰かかも知れないんだが……」


エルサムは言いづらそうだった。


「何か、あるのかね?」

「はっきりとした事は言えませんが……あれは、何かの犯人を探している、という雰囲気でしたね」

「犯人……宮廷魔術師が犯人探し。ふむ、そうか」


教授は何かぴんと来たらしいが、答えを口には出さなかった。


エルサムは黙っていた。

ずっと前からその事は考えて、答えは出ていたのだろう。


俺も、本当は見当は付いていた。

元第五位を殺した犯人。

宮廷魔術師がわざわざ調べる事件、それも身内を疑うような事件と言ったら、他にない。


でも、俺は本当に違うからな……。


発表者の中にも、それっぽい奴はいなかった。


いや、待てよ? マックスとかどうだろう?

元第五位の研究を盗むのに失敗したから、俺の昔の研究を流用した?


「あの、マックスが犯人という説は?」


俺が言うとエルサムは首を振る。


「実は、そいつは今、取調べ中だ」

「そうなんですか……」


王都の警備兵って、仕事速いんだな。


「だが俺の勘では、何も出てこない気がする。アレはたぶん、タダのアホだ」

「ですよね」



そんな話をしてエルサムは帰って言った。

通りすがりの魔術オタクとか建前を言っていたけれど、バリバリ宮廷魔術師の立場で話してたな。


今日、ここに来たことを人に喋るなとか、そういう意味なんだろうか?


「クズマ君」


教授が


「余所者が帰ったから聞くが……。君は、私に謝らなければならないような事はしてないだろうね?」

「ありません……」

「本当にかね?」


盗賊団を襲うのは、どの程度の悪だろうか?

元第五位が書いた設計図を秘匿しているのは罪になるだろうか?

設計図をミリアに書かせていたのって、教授に対する裏切りとしては、大きいのでは?


「少なくとも、元第五位を殺したのは、俺ではありません」

「他には?」

「いえ……何も」

「そうか」


教授は何か考えていたようだがため息を付く。


「この前預かった設計図だが、どうするかね? そろそろ返すかね?」

「いえ……もう少し、預かっていてください」


何か、嫌な予感がした。

けれど具体的に何が起こるのか、思いつきそうで思いつかない。


どんな備えをすればいいのか予想も付かない。




「おや? 謝るんじゃなかったのかね?」


大先生、なぜここに?


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