宮廷魔術師コンペディション 前編(後)
【勅命】
勅命によりアルトム・ラックエンドが宮廷魔術師コンペティションに発表者として出場する事を禁じる。
長距離砲は国軍の最大戦力であり、戦略行動の要である。
このような物は、宮廷魔術師よりも王の管理下に置くのが正しい在り方と考えるからである。
三人目の発表者だ。
「防御シールドのミナル粒子の圧縮率についての研究!」
発表者は自らの研究内容を高らかに宣言する。
しかし、その発表はつまらなかった。
全く面白みの欠片もなかった。
「古来から、空中に透明な壁を展開して、敵の攻撃を阻害するという防御方法は……」
「ミナル粒子と呼ばれる粒子を、指定した範囲に固定する事で壁を形成していました」
「従来のシールドでは、必要量の粒子を集めるためだけに圧縮を行っていた。しかし……」
大体そんな感じだ。
一人目の火炎魔術の発表と単語を入れ替えただけみたいな……。
実は同じ原稿が元ネタなんじゃないかと思えるぐらい、似通っていた。
聞いてる方も完全に白けていた。
終わった時は、正直ほっとした。
四人目の発表者が出てきた。
発表者は女性だ。
「私の研究は、防御シールドのフォトン化に関する発展性についてです」
テーマは防御シールド。
前の奴と被ってるけど大丈夫か?
発表内容を大雑把にまとめると、ミナル粒子をフォトン化させる事によって、シールドは特定の属性に対する防御力が上がる、と言う話だった。
テーマは違ったが、続く話はさっき聞いたのと似たような印象を受ける。
大丈夫だろうか?
こんな発表、打ち切ってしまった方が良くないか?
おざなりな拍手を受けながら、発表は終わった。
五人目の発表者が出てきた。
直ぐには話し始めず、なにか不安そうな様子でこちらを窺っていたが、意を決したように切り出す。
「防御シールドの要となるカクピタラス効果について、新発見があります」
また被ってるし!
誰だよこのプログラム考えたの。
もしかしてワザとか? ワザとなのか?
そうだとしたら、絶対性格悪いぞ。
正直、こういうのやめて欲しかった。
発表の内容が、まるで頭に入ってこないじゃないか!
不穏な雰囲気が拭いされなくなってきた所で、六人目の発表者が出てくる。
六人目は何を発表するのだったか、またシールドではないだろうな?
心配になってプログラムを確認したけれど、シールドではなかった。
逆に攻撃系だ。
「爆砕魔術の呪文改良に関して発表します」
これは、メギド・ブラスト系統の研究らしい。
特に面白みのない発表だったが、それゆえに、何の問題もなく進行した。
穏健な雰囲気のまま、質疑応答に入る。
またアルトムがケチを付けるのかと思ったら、違った。
近衛兵の一人が立ち上がる。
若い女性だった。
王女の護衛だからな、女性も配属されるのだろう。
「えーと、それではですね。ここからが本番なのですが」
は? 本番?
何が?
「その爆砕魔術が、どれほどの効力を持つ物なのか、実演して頂きたいのですが」
実演が見たいというのだろう。
確かに俺も見たいが……。
発表者は宮廷魔術師の第一位の方にちらりと視線を向けた後、笑顔でうなづく。
「私は構いませんよ。一応、用意もあります。でも大丈夫ですかね?」
王族もいるところで、実験のためとは言え、武器使用は問題ないのかと。
近衛兵は問題ないと一蹴する。
「使い方を教えてくれれば、こちらでやります」
「それならどうぞ。しかし、何を撃つつもりですか?」
攻撃用の魔術だ。
標的がなければ使いようがない。
発表者の様子を見ると、
「標的に関してはですね、先の三人の発表者に協力して頂きたいのですが」
「ええと?」
「攻撃を受けて、生き残ったら合格、という事で」
会場内の観客たちが凍りついた。
新しい攻撃魔術を、新しい防御魔術にぶつける。
あまりにも愚かで素人臭い考えだ。
威力がわかっている攻撃や、硬さがわかっている防御と比較しなければ、正しく評価できないではないか。
第一、それ防御できなかったらどうなるの? 死ぬの?
あと、近衛兵がそれを言うって事は、それをしようと考えた人は、一人しかありえないよね。
第三王女さん、そういうの、本当にやめてください。
当然と言うか、ラファノス(攻撃魔術の発表者)を含む四人全員が辞退した。
というか、第一位宮廷魔術師が、無言で視線とハンドサインを送って、辞退するよう指示を出していた。
お疲れ様です。
しかし、辞退した四人に、アルトムが追い討ちを掛ける。
「ちなみにだが、私の長距離砲なら、もっと遠くから三人まとめて吹き飛ばせるぞ」
いやいや、アルトムさん。
長距離砲と短杖用の魔術を並べるのは、さすがにかわいそうですよ。
七人目の発表が始まった。
ラウダイツの発表は、最初のウェンヒルに近い雰囲気だった。
通信を傍受し、暗号を解読して、敵軍の作戦を看破する。
やっている事は高度だが、概要は単純極まりない。
良く知られた理論の確認と、自分が加えた変更点についての解説。
模範的な発表だった。
違ったのは、実物を持ってきて、ノイズ音を響かせながら実演してくれたことぐらいか。
またエルサムをこきつかって、いろいろなパターンの暗号を解読する。
実験と言うよりはお遊びだったが、実物が動いているのは始めて見たし、動きがあっておもしろかった。
ここまでは、よかった。
八人目の発表が始まる。
発表者が出てくるかと思ったら、それと一緒に変な物がついてきた。
人間の慎重の三倍はあるかと思われるピエロだ。
それはハリボテの人形のようだが……なんだこれは?
「どうもみなさん。マックスです」
「今回の観客の方々には、貴族の方も多いようですね。そういう方々にうってつけの魔術がこちらになります」
マックスがそう言うと同時に、ピエロ人形が両手を振り上げる。
『ウガガガァ、ガガガガガァ』
喋った?
「ちょっとした芸も出来ますよ。はい、1足す2は?」
『がう、がう、がう』
え?
それで3って答えた事になるの? いいの?
「今はまだこれだけですが、必要とあれば他の機能を搭載する事も可能です」
会場はちょっと反応に困った感じだった。
ここは宮廷魔術師を選ぶ場所だ。
こんな見世物を見に来たわけではないぞ、と。
しかも、見世物としてのクオリティーが低いのも気になる。
高かったら許されるって物でもないけど。
マックスはちょっと焦った様子で話を進める。
「も、もちろん、外見だけのハリボテではありません。そんな物をパーティー会場に置いても意味がないですからね。お見せしましょう」
よかった。
これで終わりじゃないのか。
「ここに、果物が用意してあります」
ん? これは、まさか?
マックス
ばすごんっ、じゅががががががっ
聞きなれた騒音が響く。
「えっ、まさか……」
「嘘でしょ……」
ピエロ人形は、音が出る間、キラキラと綺麗な光を発していたようだが……見ているこっちは、それどころではなかった。
俺もカレッタも唖然とするしかない。
会場のどこかにいる教授も、たぶん困惑しているだろう。
宮廷魔術師席の方を見ると、エルサムは、苦痛に耐えるように顔を手で覆ってしまっていた。
俺だって、こんなの見たくなかったよ。
でも最後まで立ち会わないと
アルトムが質問する。
「君に向かって言わなければならない事が幾つもあるが、その前に一つだけ確認したい」
「なんでしょう?」
「その装置は、スパークリングワインを扱えるのかね?」
これは酷かった。
会場の空気は、今日一番の冷え込み具合となった。
あまりにも非常識で残酷な質問だ。
本当に酷すぎる。
いや、無理でしょ?
だってスパークリングワインって、炭酸だよ?
瓶を振っただけで泡になって出て行っちゃうような物を、バスゴンできるわけないし。
常識で考えたらわかるでしょ?
開発した俺だから言えるけど、実際無理だったし。
なんでそんな質問したの?
三年前の時だって、そんな残酷な質問をする人はいなかったのに……。
「装置から出てきた飲み物に炭酸水を加えれば……目的は達成できるのでは?」
「それでは薄まってしまうのではないか?」
「それは今後の課題だと言えます」
「つまり、無理なのかね?」
「いや、その……カクテルって、そう言うものでしょう?」
そこに関しては俺も同意する。
無理な物は、無理だから。
しかし、攻撃はそれで終わらなかった。
「つまり、君のその魔術の中身は、三年前にクズマ・ジ・メケーという魔術師によって発表された物と、何一つ変わっていない。そういう事かね?」
アルトムめ。
こいつ、とうとう俺の名前出しやがった。
って言うか、なんで知ってるんだよ。
「彼もこの会場にいるのだぞ。しかも発表者として名簿にも名前がある。このプログラムを見た上で、堂々と舞台に顔を出した面の皮の厚さは賞賛に値するが……それ以外は、全部ダメだな」
それ、要するに何一つ褒めてないよな。
本編には反映できなかったので補足を。
実は、性格だけでなく趣味も悪い第三王女は、クズマの作ったジュース装置をいたく気にいっているのです。
そして自分が主催するパーティーでは必ずそれを出します。
だから、そこに呼ばれた事のある貴族や宮廷魔術師は「あのどうしようもない装置」として、ジュース装置を知っているのです。
マックス君はそこを狙ったのですが、……まあこうなりますね。