コンペ、前日
【業務連絡】
宮廷魔術師コンペディションの件について、
研究発表の順番を決定しましたので確認お願いします
【業務連絡】
第八位宮廷魔術師からの指摘によって、順番が変更されました
【業務連絡】
第三位宮廷魔術師からの指摘によって、順番が変更されました
【業務連絡】
第四位宮廷魔術師からの指摘によって、順番が変更されました
【業務連絡】
何回変更させたら気が済むんだよ!
しかも、こいつら揃って似たような発表内容をぶち込みやがって!
どうせこいつら三人とも落ちるんだから、いつ発表しても同じだろうが!
ばーかばーかばーか!
【業務連絡】
前任者は一身上の都合により辞任しました
不適切な文面が出回った事に対して遺憾の意を表明し、再発防止に勤めます
【業務連絡】
発表順は決定しましたが、当日まで明かしません
資料も数日前に配れらるのが通例ですが、準備が整っていないので、当日まで配布しません
本来の担当者が所在不明のため苦情も受け付けません
以上です
コンペの前日の昼前になって、ようやく装置は完成した。
作業室の中には、何かを研磨した時の粉が散らばり、鉄骨を切断した時の残骸が投げ出され、力を使い果たした教授の教え子たちが倒れ、芽の出掛かった球根がいくつも転がっている。
そんな乱雑な作業室の真ん中に、それが鎮座していた。
中央には植木鉢が設置され、それを覆うようにガラスのケースがある。
そして、光を当てる装置や、水を撒く装置、生物タイマーを加速させるフィールド発生装置などが置かれている。
ミリアが産みだし、俺が再設計した魔術具が、完成していた。
「若い頃はよく無茶をしたものだが、さすがにこの年でこの作業はキツイ物がある……」
そんな事を言いながらも、まだ元気を残している教授は、首をゴリゴリと回した後、俺の方を見る。
「それで、どうするかね?」
「やっぱり六回目の時の設定が、一番良かったと思います」
「よし。ではそれを採用しなさい。これ以上の調整は、たぶん意味がない」
この装置は、ある程度設定を変更できるようにしてある。
一番良い数値がどれぐらいなのか、作っている時点ではわからなかった。
だから、完成してから総当たりで試すしかなかったのだ。
十回ほど実験して、一番良い数値を調べた。
俺はメモを見ながら、六回目の時と同じ設定に変える。
「これで完成ですね?」
「君がそれで良いというなら……いや、どちらにしろ、もう無理か」
タイムリミットが近い。
教授の教え子たちはもうアテにできないし、俺も教授もカレッタも、体力が限界だ。
「これで完成としましょう」
「そうだな。目的は達成できたはずだ」
「うーん……」
机に突っ伏したままのカレッタがうなり声をあげた。
「明日に向けて、会場に運ばなければいけない。必要な手配はしてある。受け渡しが終わったら私も一眠りする。君は……発表する時の原稿でも用意しておきなさい」
「衣装は、どうしますか?」
俺が言うと、教授は眉をひそめる。
「衣装? 服を着替えた所で、研究の価値が変わるとは思わんが」
「そうでしょうか?」
図書館で会ったサムは、良い服を着ろって言ってたけどな。
「ああ、必要ないと言ったのは私の意見だ。どうするかは君の好きにしなさい。君の発表だからな」
「じゃあ、これから手配してきます」
「そうだな。しかし、衣装を借りに行くなら、身を清めて着替えた方が良いだろうね」
「そうします」
俺はシャワーを浴びてくる事にした。
アカデミーのシャワールームもいろいろ思い出深い。
俺がシャワーを浴びているカレッタを覗いたのも、ここだった。
脱衣所で服を脱いで、シャワーブースが並んでいるところに入る。
魔術装置に魔力を流すと、お湯が降ってくる。
このシャワーは、俺の住んでいる集合住宅とは違って、いい装置を使っている。
途中でお湯の温度が変わったりしない。
お湯を浴びていると気持ちいい。
温度の変わらないシャワーっていうのは、いつかミリアにも経験させてやりたい。
今度、ここに連れてこようか?
いやいや、俺が宮廷魔術師になったら、もっと良い所に引っ越せるだろう。
アカデミーにつれてくるリスクを犯す必要なんてないんだった。
そしたら、また二人でシャワーを浴びながら……。
そんな事を考えていたら、誰かが隣のブースに入って来た。
「ねえ、クズマ、聞こえる?」
「な、何だとっ?」
この声は、カレッタ?
バカな、どういう事だ?
実は、ここのシャワールームは、男女の区分けという物はない。
区分けはない、のだが……表向き、異性が使っている時は、外で終わるのを待つという習慣になっている。
「おまえ、俺が入ってるって知ってただろ?」
「当たり前でしょ。言っておくけど、覗いたらぶん殴るわよ?」
いや、もの凄い覗きに行きたい。
それ以前に、何の悪意がなくてもうっかり見てしまう可能性すらある状況だ。
何考えてんだ? 誘ってるのか?
俺が悶々としているのも知らずに、カレッタは平然と話しかけてくる。
「ねえクズマ。あなた、明日の発表、一人で舞台に立つつもり?」
「ん? たぶん、そうなるだろうな?」
「それでいいの? 一人で大丈夫?」
カレッタは妙な事を言う。
「俺の発表だ。俺一人でやりとげなきゃ、ダメだろうが」
そして、出来ない理由もない。
「私が助手として出るって言うのはどうかしら?」
「は? 急に何を言い出すんだ?」
「だってあなた、見栄えのいい服に拘ってたじゃない。それだったら、見栄えのいい助手を連れて行くっていうのもありじゃないかしら?」
「ふむ?」
カレッタの言うことにも、一理あるような気がしないでもない。
しかし、見栄えのいい助手か。
「見栄えのいい助手? カレッタが?」
「あら? 私じゃ、見栄えが良くないって言うのかしら?」
「そんな事を言うつもりはないが……」
胸が大きくて、おへそがかわいくて、下の毛が生えてない後輩少女。
確かに見栄えはいい。
あ、違った。
服は着ているから、おへそと下の毛は見せないか。
ああ、やばい。
カレッタの裸を想像してしまったせいで、なんというか、下半身に血が集まってきてしまった。
「なあ、カレッタ。頼みがあるんだが……」
「何? 何でも言ってよ」
「ちょっと、裸を見せてくれないか」
しばらく返事がなかった。
何だよこの沈黙は。
気まずくなって取り消そうかと思った頃に、言葉が返ってくる。
「そんなに見たいって言うなら、こっちにくれば?」
「なっ? 正気か?」
「ただし、あなたは明日の発表で、顔に痣をつけて舞台に立つことになるわよ」
「ぐぅっ……うううううっ。うおおおおおっ」
俺はシャワールームから飛び出した。
カレッタの裸を覗くため、ではない。
脱衣所に戻って、素早く体を拭いて服を着る。
「ちょっ、ちょっと、待って! どうしたのよ、急に!」
カレッタが、バスタオルを巻いただけの格好で出てくる。
あのバスタオルをはぎ取ったら裸だろう。
俺を信頼しているのか知らないが、無防備すぎる。
あと、髪を下ろした格好もかわいいな。
髪が濡れているのも、なかなかいい。
ミリアと並べてさわり心地を確かめたい。
だが俺は目を反らす。
これ以上、そんな物を見ていたら、理性が保てなくなりそうだからだ。
「一回、家に帰らないといけない理由が出来た」
「貸衣装はどうするの?」
「夕方には戻ってくる。貸衣装屋がまだ開いてたら、借りてくるよ」
「そ、そう……」
カレッタは安心したように言ってから、自分のはしたない格好に気づいたのか、後ろ歩きでシャワールームの方に戻った。
そして扉の影から顔だけ覗かせる。
「あ、あのさ。私が助手になるって話は? どう思った?」
「悪くないと思った。君が出たいって言うなら大歓迎だ」
「ふ、服は、どうするの?」
「いつもの赤い服でも十分じゃないかな」
よく似合ってるし、魅力的だと思う。
「ねえ、貸衣装屋に行く時、私もつれていってくれない?」
「うん?」
少し驚いたが、それは悪くない提案に思えた。
「わかった。一度アカデミーに寄るよ。作業室で落ち合おう」
必要な事を決めてから、俺は自宅へと走った。
ミリアと顔を合わせたのは、集合住宅の階段でだった。
誰か知らない男と話し込んでいる。
俺に気づいたミリアは軽く手を上げる。
「どうしたんですかクズマさん。慌てた様子ですけど」
「あ、いや……何してるんだ? こんな所で」
「特にこれといった事はしていませんけど」
というか、その男は誰だ。
「おっと。お取り込みですか? 話の続きはまた今度にしましょう。……では」
男は笑顔で去っていった。
「あの人、誰?」
「ケビンさんて言って、近所に住んでるんだそうです。暇だったんで散歩してたら、なんか仲良くなって」
「そっか……」
まあいいや。
たぶん、俺が口出しするような事ではない。
俺とミリアは部屋に戻るため、一緒に階段を上る。
「それはそうと、クズマさん。慌てて帰ってきたみたいですけど、なにかありましたか? コンペって明日ですよね。まさか、設計図に何か不備でも?」
もしそうなら、またやるんですね? と微妙に期待のこもった眼差しを向けてくるミリア。
そんなはしたない娘に育てた覚えはないぞ。
いや、育ててないけど。
「設計図には問題ない。あれは、さっき完成したんだ」
「やったじゃないですか」
「もう宮廷魔術師は確実に俺がなる流れだな」
確信する。
予想外の大事故でも起こらない限り、逆転はないはず。
「じゃあ、何で慌てて戻ってきたんですか?」
「なんというか……。ミリアの顔が見たくなって、戻ってきた」
「本当ですか?」
「嘘なわけがないだろう」
「顔を見るだけ、ですか?」
ミリアは疑うように言う。
俺の下半身にちらりと疑いの視線を向ける。
「お察しのようだな。そうだよ、欲求不満だっただけだよ」
「はぁ……、本当にしょうがない人ですね」
ミリアは呆れたようにため息を付く。
「違う。そもそも俺は悪くない。カレッタが悪いんだ」
「人のせいにするような事じゃないでしょう?」
「想像して見ろ。シャワーを浴びてたら、胸のでかい年下が隣から話しかけて来るんだぞ。男なら誰だって反応してしまう。不可抗力だ」
俺は自分の潔白を訴えたが、ミリアの視線に険しさが増した。
「それって浮気ですよね?」
「違う。浮気だったら、そのままやってるだろうが。それを我慢したからこそ、おまえの所に戻ってきたんだ」
「ふーん? まあクズマさんがそう言うなら、信じてあげましょう」
「お、おう」
ミリアは、俺の腕に抱きついて胸を押し当ててくる。
ボリュームは今ひとつだが、それでも揉む価値のある胸を。
「というか、そのカレッタって人、絶対クズマさんの事、好きですよ」
「そ、そうだろうか」
「ええ。下手したらシャワールームで逆レイプされてた可能性すらありますね」
「さすがにそれはないだろう」
「でも、裸を見てたら、クズマさんは我慢できなくなって、襲いかかってたでしょう?」
「それは……否定できない。でも、襲ったらまずいだろ?」
「で、逃げてきたんですね? 急いでいたのは、そのせいですか」
「ううう……」
なんだよ、その余裕は。
俺がいない六日間の間に何を習得した?
いや、俺が余裕を失っただけか。
自室に入る。
最後に見た時と殆ど変わっていない風景。
「クズマさん、変ですよ。私の事は、躊躇いなく襲ったケダモノのくせに、そんな所では社会性を見せるんですね」
「うるさい。おまえは黙って服を脱げばいいんだ」
ミリアは呆れたように俺の前に立つ。
両手を腰に当てて、顔を近づけてくる。
「やっぱりクズですよ、あなたは」
「そうだよ。何とでも言え」
「そこは開き直る所じゃないですよ」
「違う。おまえを信頼しているからこそだよ」
俺がミリアの目を見ながら言うと、ミリアは、ふっ、と笑った。
「……仕方ないですね。とりあえずシャワーを浴びてきます」
「ああ、早めに頼むぞ。俺も、本当はすぐアカデミーに戻らなきゃいけないんだ」
ミリアは、やれやれ、と呟きながらバスタオルを手に取り、俺の方を振り返る。
「せっかくだし、また二人でシャワー行きますか?」
行った。
シャワーを浴びながら一回。
部屋に戻ってからも何回もやった。
満足した所で、ここ数日の疲れが出たのか寝てしまい、目を覚ました時には夕方だった。
急いでアカデミーに戻ったけれど、その頃には日が暮れていて、カレッタに怒られた。
貸衣装屋は閉まっていた。
仕方ないね。
「おにいちゃん、女の人を待たせたらいけないって教わらなかったの?」