魔術具の製作
ミリアの書き上げた設計図は、俺の望んだ通りの物だったが、それで終わりというわけには行かない。
「全ての魔術が衝突せずに機能している。多分このままでも、想定通りに動くはずだ」
「じゃあ、これで完成ですか?」
ミリアは嬉しそうに言うが、残念な事にそう簡単な話ではない。
「ちょっと見ただけでも、粗がある。このまま提出してしまうと、不自然に思われるかもしれない」
効率が悪い所が、いくつか見られる。
ここは省略した方がいいとか、たぶんここは似たような別の物に変更した方がいいとか。
「じゃあ、やり直しって事ですか?」
「いや……ここから先は俺の仕事って事だ」
ミリアを利用する設計方法は、スピードこそ速い。
しかし細かい部分の調節が利かない。
うまく行くまでやり直すのはミリアの負担が大きすぎるし、それ以前に、何が良くて何がダメなのか、ミリアは理解していない。
それに設計図には書いた人間の固有のクセが出る。
他の人たちならともかく、俺が書いた設計図をよく見ている教授とかなら、異変に気がついてしまう事もありえる。
実際、第五位の書いた設計図を預けた時は、異変に気づいたっぽいし。
だから俺が自らの手で完成させるしかない。
残り時間は三日。
それまでに、教授に見せても問題ない物を書けなければ、コンペに間に合わない。
教授に見せるということは、最終日になってもバタバタしているようではダメだ。
明日の夜までになんとかしないといけない。
製図板に新しい紙を乗せると、俺は作業を始めた。
設計図が完成したのは翌日の夜遅くだった。
まだ調整したい部分は山ほど残っているが、コンペまでには七日もある。
とりあえず、教授を納得させることができれば、この設計図を書いた意味はある。
翌朝、俺はアカデミーの教授の部屋へ。
「おや、クズマ君。どうしたんだねこんな朝早くに」
「教授、とにかくこれを見てください」
俺は完成した設計図を見せる。
「これをコンペで発表したいのですが、どうでしょう?」
「これは……」
教授は設計図を眺めてしばらく考えていたが、首を傾げる。
「……すまんが、よくわからん。これは、何をする装置なんだね」
「教授でもわかりませんか?」
「ううむ。複数の魔術を同期させている。一つ一つの回路はどこかで似たような物を見た記憶がある。しかし、この組み合わせから生み出される結果が何なのか、予測もつかん」
「予測が、つかない……」
「クズマ君。もったいぶらずに早く説明をしてくれ。梗概を提出するのは今日なんだぞ」
そこで、コンコンと扉をノックする音。
入ってきたのはカレッタだった。
「あれ? お取り込み中でしたか?」
「いや、ちょうどいい。君も見てくれ、これを」
カレッタは俺の隣に立って設計図を眺める。
そして俺に不振な目を向ける。
「何これ? あんたが書いたの?」
「ああ。そうだよ」
今回は正真正銘、俺が書いた設計図だ。
「これは何の魔術なのよ」
「当ててみてくれ」
魔術師なら、設計図を見ただけである程度の機能を理解する。
俺の解説なしでは全く理解されないようなら、発表方法を考えなければならない。
教授は、設計図のあちこちを指さす。
「この辺りは、食物の腐敗を遅らせる魔術に似ているが、こことここの記号は逆ではないか? これではむしろ対象の時間が加速してしまう」
「時間を加速?」
「こっちでは光を発生させているが、赤に近い光を放っている。何か意図があるとしたら、植物に影響を与えるのだろう」
「植物に影響……」
「この装置は、一定の時間ごとに液体を散布するようになっているが、タイマーはもっと間隔の長いものを使うべきではないか? 植物を育てるなら、水なんて多くても一日に数回でいい。これでは水のやりすぎにならないか?」
「水をあげる間隔が短い……、まさか?」
図書館であの話をしたカレッタは、答えに思い当たったらしい。
「嘘でしょう……。でも、そうか……。あなた、本当に市場の相場をひっくり返す気なの?」
「ああ。うまく行けば、戦争のたびに穀物相場が跳ね上がるなんて事はなくなるはずだ」
「なんだと? まさか、そう言うことか」
俺とカレッタの言葉で、教授も答えにたどり着いたようだ。
「……どうですか? これを発表したら、宮廷魔術師になれると思いますか?」
「ううん。難しいのではないか?」
教授は、酷く困ったような顔で言う。
「受けが悪いでしょうか?」
「いや、発想自体はとても良い。君の言っている事が本当なら、宮廷魔術師の地位を得ることは容易いだろう。しかし……誰が信じてくれるんだ、こんな物」
「カレッタも教授も、信じてくれたじゃないですか」
確かに信じさせるのは難しいかもしれない。
しかし、俺は諦めるわけにはいかない。
「いや、私だって信じていない。少なくとも君以外がこんな物を持ってきたら追い返していた。こんな設計図一枚で、赤の他人を説得できるわけがない」
そんな……、と言いたい所だが、確かにこれはな。
いくらなんでも特殊すぎる。
「これをコンペで発表するのは、ダメですか?」
これの理解を得られれば、絶対に宮廷魔術師を取れる。
その自信があるのだ。
「いや、そうは言っていない。こんな凄い物があるのに、わざわざ他の発表をするのは愚かな行為だ。しかし、これは……」
教授は何かを躊躇っていたが、意を決したように言う。
「かくなる上は、実物を作るしかあるまい」
カレッタが慌てて口を挟む。
「待ってください。そんなの無茶ですよ。コンペまであと七日しかないんですよ?」
「わかっとる。しかし、誰がこんな物を信じるんだ? 設計図だけで説得できるわけがない。小規模でもいいから、とにかく動くことを証明するんだ。作る、それしかないぞ」
そういう事になった。
俺は急いでミリアの待つ自宅に戻った。
「あ、おかえりなさい。設計図、どうでした」
「設計図は通った。でも実物を作ることになった」
俺の答えを聞いたミリアは目を丸くする。
「実物を作るって、コンペまでに、ですよね?」
「そうだよ」
「魔術具って、作るのにどれぐらい時間がかかる物なんですか?」
「物によっては数十日はかかる。教授は、絶対に七日で完成させるって張り切ってるけど、どうするつもりなのやら……」
徹夜の連続を覚悟しなければならない。
「大変なんですね」
「そういうわけで、これから発表までしらばくアカデミーに泊まり込むことになるんだ。ミリア、おまえ一人でも大丈夫か?」
「ええ……大丈夫です。でも、食事はどうしましょう?」
「食材は適当に買っておいた。料理は出来るよな?」
「簡単な物なら……」
「何かあった時は、ここにお金が隠してあるけど、できれば使わないでくれ」
「わかりました。あ、クズマさん、ちょっと」
ミリアは俺に近づいてくると、抱きついてきた。
「がんばってくださいね。約束ですよ?」
「ああ。必ず宮廷魔術師になってやるさ」
その日の夕方には、アカデミーの一室に教授の教え子が十人ほど集められていた。
カレッタもその一員だ。
いつもの赤いドレスではなく、長袖長ズボンになっていた。
作業しやすいように着替えたのだ。
俺を含めた面々も、似たような格好だった。
「そういうわけで、君たちの力が必要だ。残り時間が少ないから、多少の無理は覚悟して欲しい」
どういうわけなのか教授はちゃんと説明しなかったが、そこは集められた方も一端の魔術師。
宮廷魔術師に関わるような話は、だいたい聞き及んでいて、そう言うことなのか、と勝手に理解してくれているようだった。
「材料はとりあえず、それっぽい物を用意した」
加工された魔石の類や、ガラス製のケース、植物の種など。
廃材にしか見えない鉄骨も幾つかある。
「教授、この廃材のような物はなんでしょう?」
「廃材だよ。隣の工学科で貰ってきた」
「コンペにそんな物出して大丈夫なんでしょうか?」
「多少、見栄えが悪くてもかまわん。動く事を証明できれば、なんでもいい」
時間がない。
ある程度の妥協はしかたないだろう。
「設計図は書き直している時間がないのでこのままいくが、この部分の数値がこれで最適なのか実証されていない。組み立てた後でも変更できるように、出力と発動の遅延の部分は設計図とは違う形になる」
教授は、別の魔術具の設計図を広げる。
「出力はバリアブル・レジスタで調節する。発動の遅延は、この設計図のこの部分を流用して、この辺りに組み込むのが良いだろう」
時間がないとは言え、効率化と言うか、投げやりと言うか……大丈夫かなこれ。
「とにかくコンペに間に合わせる。それを達成できれば、多少の無茶はしかたない」
そして、地獄のような七日間が始まった。
「何ができるのかなぁ?」