明日から本気出す
何を作るのか、方向性だけでも考えなければならない。
それを痛感した俺は、図書館にやってきた。
まず作る物を決めて、それからミリアに設計図を書かせる事にしよう。
何度も試したおかげで、ミリアに狙った設計図を書かせる方法は、ほぼわかっていた。
直前に見せた三枚分の設計図が、大きな影響を与える。
つまり、どの三枚を組み合わせるかを考えればいいのだ。
あとは、何を作るのか決めるだけだ。
俺は最近作られた魔術、その中でも評価が高かった物をリストアップしていく。
「君が、メケー修士かな」
誰かに呼ばれて顔を上げると、テーブルを挟んだ向かい側に、若い男が立っていた。
学生ではないが教授でもない……誰だろう?
アカデミーの図書館に入ってこれるのだから、完全な部外者ではないと思うけれど。
「クズマ・ジ・メケーです。あなたは?」
「俺のことは気にする必要はない。通りすがりの魔術オタクさ」
「名前がないと不便でしょう」
「じゃあ、サムとでも呼んでくれ」
明らかな偽名だった。
何者だろう?
「君が宮廷魔術師候補と聞いたからね。どんな奴かと思って様子を見に来たんだ」
なんだこいつ、随分暇なんだな。
「あなたは、宮廷魔術師に詳しいんですか?」
「まあ、それなりにね」
「じゃあ、俺は次のコンペで何を発表したらいいと思います?」
ズバリ、聞いてみた。
サムは新しいおもちゃを見つけたかのような顔で笑う。
「俺がアイディアを言ったら、その通りに作るのかい?」
「それは、内容にも寄りますよ」
明らかにおかしな物を指示されて従うバカはいない。
「君が前に作った、果物を……」
「それ以外でお願いします」
「……割と本気のアドバイスなんだけどな」
サムはため息をつくと、思いを馳せるように空中に視線を向ける。
「何を作ればいいとか、そういうのはない。でも強いて言うなら、誰も思い付いた事がない物。あるいは誰かが思い付いたけれど実現を諦めた物、だろうな」
「抽象的ですね」
「当然だろう。具体的にあげられるなら、俺が挑戦してるからね」
じゃあ果物からジュース作る機械もおまえがやれよ。
なんで俺にやらせようとするんだよ。
「もしかして、あなたもコンペの参加者なんですか?」
「それは違うよ。むしろ、君が発表する場では見物させてもらう側だからね」
本当かよ。
さすが魔術オタクと自称するだけはある。
「やっぱり、軍事系の物を作った方がいいんでしょうか?」
「確かに、そういうのは、受けがいい。役に立つことが明白だしな。ただ……お勧めはしない」
「他の発表と被るかも知れないから、ですか?」
「いや、それはどうでもいい。ライバルの発表者と被った程度で不利になるような奴は、最初から宮廷魔術師の器じゃないね」
なるほど、それはあるな。
宮廷魔術師の間で順位の変動することはあっても、在野の魔術師が宮廷魔術師を追い出して入れ替わることは滅多にない。
制度上、そういう事になっている、という部分もあるだろうけど、宮廷魔術師は、格が違う存在なのだ。
「被りを気にしているなら、ライバルの発表者よりも、他の宮廷魔術師の研究を気にした方がいいだろう。あっちと被るのは致命的だし、規模の面でも勝ち目がないからな」
「規模、ですか」
「そうだよ。研究なんて、結局は予算で決まる」
サムは、つまらなそうに言う。
「そうとは限らないでしょう? 低予算でも革命的な研究は可能ですよ」
「場合によってはな。だから宮廷魔術師と違う分野をやれと言っているのさ。君みたいな弱小は、誰も手を着けていない分野でしか生き残れない」
夢のない話だな。
「俺は宮廷魔術師って、よくわからないんですけど、そんなにギスギスしている物なんですか?」
「ああ。宮廷魔術師は貴族の権力争いのコマでもある。貴族からしたら、誰のパトロンになるか、その魔術師がどれだけ国に貢献するか。それでその貴族の地位も変わるからね」
「順位が落ちたりすると、苦情とか言われるんですか?」
「もちろん。バックについてる貴族は、順位が上がることだけを望んでくる」
「でも、俺は平民だから、関係ない話ですよね?」
嫌な世界に触れずに済む、と思いたかった。
しかしサムは首を横に振る。
「それは違うよ。宮廷魔術師になれば、どうせ貴族から声が掛かるし、それを断り続けることはできない。研究のために資金援助を受けることになるからな」
「そうなんですか」
「順位が低ければ、それに見合った貴族としかつき合えない。あいつら金払いは悪いし、そのくせ文句ばかり言うし……最悪さ」
サムは、まるで見てきたように言う。
「面倒な世界ですね」
「もちろん、順位が高ければ高いなりに、苦労はあるんだろうけどな。特にトップスリーは、どこも大物が後ろについている。一位まで上り詰めながら四位に落ちたバラディズも、支援者はそれなりの大物さ」
上から下まで権力争いの渦に巻き込まれている。
それが宮廷魔術師だと、サムは語った。
「だから、第五位は殺されたんですか?」
上位を求める宮廷魔術師が『究極の魔術』を奪うために。
あるいは、権力構造が変化するのを恐れた誰かが『究極の魔術』の発表を阻止するために。
俺が言ったとたん、サムは顔色を変えた。
「おいおい。滅多なことを言うもんじゃない。今の話を理解してないのか? 貴族がバックについてるって」
つまり、宮廷魔術師が犯人だったら、そのバックについてる貴族までもダメージを受けるわけだ。
「でも、他に容疑者はいないんでしょう?」
「もちろん。犯人探しは裏でやってるはずだ。明確な証拠がなくたって、順位を引きずり下ろせるなら、なんでもありだからな」
そこまで酷いのか。
「やめにしようか。こんな暗い話なんかしたって、誰も幸せにならないからな」
「そうですね」
なんだか夢を壊されたような気がする。
「コンペの話をしましょう。何か気をつけた方がいい事ってあります?」
「そうだな。着ていく服には気をつけた方がいい」
「服?」
それは考えていなかった。
「君が今着てるような服じゃダメだ。きっとバカにされる。いい服を持ってないなら、貸衣装屋にでも行くんだな」
「なるほど……」
やっぱり、貴族とか来るんだろうな。
「あとは、発表の時は、やっぱり実物を作って持って行くべきだろう」
「設計図だけじゃダメですか?」
「当然だ。コンペには魔術師よりも貴族がたくさん来るし、まだ確定ではないが、王族もいらっしゃるだろう。素人が相手でも一目でわかる発表をしなけりゃならん。大事なのは、インパクトだ」
「会場ってどこなんです?」
「未定、という事になっている。いつもの中央講堂だと思うけどね」
去年、俺も発表をした場所だ。
「あの場所で発表しづらい物だった場合は、どうなるんですか?」
「さあな? どうやっても屋外でしか発表できない物を作っている魔術師がいるんだよ。大砲のアルトムって呼ばれてる人なんだが。あれだけは、どうするつもりなのか見当もつかない」
「本人に聞いてみればいいじゃないですか?」
「一昨日、会いに行ったんだ。けれど聞いても、その日がくればわかる、としか」
もう行ったのか。
本当に凄いな。
「他に注意すべき点は……おっと」
サムは何かに気づいたのか、慌てて席を立つ。
「もうこんな時間か。そろそろ仕事に戻らなきゃいけないんだ。また来るよ」
挨拶もそこそこ、どこかへ去っていった。
どうしたんだ、急に。
「クズマ君、こんな所にいたのか」
入れ替わりにやってきたのは、教授だった。
ん?
もしかしてサムは教授から逃げたのか?
「あの、教授。もしかしてサムって人と知り合いですか?」
「サム? 知らんな。それは本名かね?」
だよなぁ。
絶対偽名だと思ってたんだ。
「それはともかくだ。君を捜していた」
「え? カレッタか誰かを連絡によこしてくれれば俺から出向きましたよ」
「その呼び出しがうまく行かないからこうして来ているんだ」
そう言えば、ここ二三日、カレッタと会ってないな。
部屋に籠もって、ミリアとエロエロ、じゃなくて、いろいろやってたせいだけど。
「コンペの事は覚えているだろうね」
「もちろんです」
忘れるわけがない。
「何を発表するかは、もう決まったかね?」
「まだです」
「なんだと? 本当に大丈夫なんだろうな?」
「そもそも、コンペはいつなんですか?」
「コンペは十日後に行われる事が決まった。しかしだな、君が迷っていられる時間はあと四日しかない」
「四日ですか?」
「そうだ。四日以内になにを発表するか決めて、私に伝えるように。さもないと推薦を取り消されてしまう」
「どう言うことですか?」
「発表の内容について、梗概を出さなければいけない。それを元に発表の順番などが決められる」
「それを出さないと」
「発表の順番が与えられない。つまりコンペへの出場が取り消しになる」
なんてこったい?
通りで教授が俺を探すわけだ。
まあ、四日もあるなら何とかなるだろう。
「間に合いそうにないなら、動力機関の改良型でもいいんだぞ?」
やはりそう来るか。
「動力機関の設計図なら、もう書きました。性能は理論最大値に達しているはずです」
「そうか。その設計図、私に見せてくれないかね? 梗概は誰かに書かせておく」
いいのかそれ。
「わかりました。明日でいいですか?」
「ああ。だが大丈夫か? 忙しいならカレッタ君あたりにでも取りに行かせるが?」
それはまずい。
部屋にはミリアがいるんだぞ。
鉢合わせしたら、言い訳に苦労しそうだ。
「大丈夫です。明日も図書館に来る予定ですから、そのついでに教授の部屋にも顔を出します。設計図も持って行きます」
教授は、俺に疑いの目を剥ける。
「……クズマ君、何か隠し事かね?」
「そのような事はありませんよ……」
「プライベートを隠したいというなら好きにしろとしか言えないが、君はもう少しカレッタ君に対して……ああ、いや。それもどうでもいいか。結局は当人の人生だからな」
よく意味がわからない?
何を見抜かれたんだろう?
「おにーちゃん? 隠し事は良くないよ?」