クズの考え、盗むに似たり
【業務連絡】
宮廷魔術師コンペディションの日取りが決定しました。
期日前に提出しなければいけない書類が発生したので、その件、周知を徹底してください。
やって、設計図書かせて、またやって……。
そんな事を、五日ぐらい続けた。
生み出された設計図は、今ミリアが書いている物で十二枚。
どれも、斬新でありながら微妙に使い勝手が悪い物だった。
「できましたよ、クズマさん」
「おう。今度はいい感じじゃないか」
今日、一枚目の設計図は、非常に時間が掛かった。
何度かセックスして、設計図が降りてきたと言っては書き始めるのだが、うまく行かないのだ。
他に書いた物は、途中でとぎれたり、複数の設計図が混ざっているとしか思えないはちゃめちゃぶりで、紙を数枚無駄にしてしまった。
何か俺の予想もつかない理由で、ミリアの機能が失われたのではないかと心配になってきた所で、ようやく成功してくれた。
これで一安心だ。
「二枚目に挑戦する前に、ちょっと休ませてもらっていいですか」
「いや……今日は終わりにしないか?」
「大丈夫です。まだ時間も体力もありますから……」
ミリアは変なテンションで笑おうとがんばっていたが、俺は頭をなでる。
「鏡を見ろ。顔色がかなり悪いぞ」
今にも倒れそうな感じだ。
「そうですね……。きっと、クズマさんが激しくするからですよ」
「いつも通りだと思うが?」
「それが激しいって言ってるんです。もっと、優しく、小動物を扱うみたいにですね……」
「今日に限って顔色が悪い理由って、それと関係あるのか?」
ミリアは少し黙った。
なんか、奴隷のことを打ち明ける直前の時のような深刻さが垣間見える。
「実は、なんか変なんです……。昨日から、頭の中を変な記号がぐるぐるまわってるみたいな感じで。設計図を書いてもちゃんと消えてくれなくて……」
「変な記号って言うのは、設計図に使う記号と同じ物か?」
「同じような、違うような……」
「そうか……」
「でも、大丈夫です。ちゃんと設計図は書けますから」
ミリアは気丈に笑うが、大丈夫だとは思えなかった。
一定期間内に生み出せる設計図には限度があるのかもしれない。
無理をしすぎたのだ。
「いや、今日は終わりにしよう。そして明日からは一日一枚を上限とする。それでしばらく様子を見よう」
「私はまだやれますよ」
「いや、休んだ方がいいと思う。だけど頭の中の中途半端な設計図が消えてないなら、一枚も書かないのは逆によくない気がする。それが消えるまではこのペースを崩さないことにする」
「待ってください。宮廷魔術師になるって約束ですよ」
「ダメだ。書いてくれと頼んでいる俺がそう決めたんだ。それ以上に働くことは、誰の得にもならないよ」
「はぁい……」
ミリアは納得がいっていないようだった。
俺はミリアを抱き上げると、ベッドに運んで寝かせて、自分も隣に寝そべる。
「あれ? やらないって言った直後にこれですか?」
「違うよ。ちょっと聞いて欲しい事があるんだ」
「話をするだけなら、別にベッドに移動する必要は。あんっ?」
「黙って聞いてね」
今度よけいな口を挟んだら、下の口に指を挟ませるぞ。
もう既にやってるけど。
「昔々、あるところに一人の農夫がいた。その農夫は金の卵を産む鶏を飼っていた」
「すごいですね、どんな魔術なんですか? ひゃうっ」
「いや、教訓話の類だから、あんまりリアリティーとかは追求しない方向でいこうね」
「わかりました。ふぁふぃっ? な、なんでやめてくれないんですか!」
そんな気分だったから。
「とにかく、農夫はその金の卵を売って、生活費にしていたんだ。でも、ある時思った。この鶏のお腹を切り裂けば、そこには金の固まりがあるはずだ。それを売ればもっと儲かるはずだと」
「私でもそう思いますよ」
「そこで農夫は鶏を殺してしまったんだ。もちろん、金の固まりなんて出てこなかった」
「それはおかしいですよ。金はどこから……あひっ? ごめんなさい、黙って聞きますから……」
全く、ミリアは困った奴だ。
まじめな話をしようとすると、これである。
「つまり、欲に捕らわれて変なことをすると、全てを台無しにしてしまうって話だ」
「それ、私が鶏で、金の卵が設計図の事ですか」
「今回は、そうなるね。でも、お腹を裂いたりせずに、毎日一つずつ収穫するのがいいって事だよ」
俺は言いながら、ミリアのお腹をやらしくなでる。
ミリアは気持ちよさそうに目を閉じていたが、何かに気づいて言う。
「私の場合は、お腹じゃなくて頭だと思うんですけど」
「それもそうだな……」
「ふふん」
なぜかドヤ顔になるミリア。
はいはい。
「……どうしました? ここは下の口にいたずらを仕掛けるタイミングのはずですよ」
「放置プレイという言葉を知っているか?」
自分から求めるようになるとは、ずいぶんと偉くなったもんだな。
この変態め。
「クズマさんだけには言われたくないですね」
その後、俺とミリアは特に何もせず、日が暮れるまでベッドのなかで抱き合ったまま過ごした。
ミリアはいつの間にか寝てしまった。
夢でも見ているのか、意味の分からない寝言を言っていたけれど、俺はそれらを聞き流した。
第五位が生み出した魔術は、まだ不完全なのかも知れない。
そもそも、発動条件がセックスというのが、頭おかしい。
どう考えても偶然の産物だろう。
設計図を書かせたい時にセックスしなければいけないのは、もちろん不便だ。
利用し続けるなら、ボタン一つで設計図が出てくるような手軽さが欲しい。
それと、別に設計図が必要ない時にセックスしづらいのも問題だ。
欠陥だよな、これ。
日が暮れて、俺が夕食の準備を始めたら、ミリアも目を覚ました。
そのまま製図板に向かって、俺が夕食の準備を終える頃には、何かを書き上げていた。
「これ、どうでしょう?」
「ダメだな。微妙に破綻している気がする」
「そうですか、残念です」
ミリアは口先ではそう言うが、その実、さほど残念そうでもなかった。
「何か良いことあったのか?」
「いえ、何も。でも頭の中で回っていた記号は消えたみたいで、なんかすっきりしています」
「そっか」
なら、ミリアは大丈夫なのだろう。
しかし、大丈夫でない事も発覚した。
「なあ、ミリア。十二枚も設計図があれば、選択肢としては多すぎるという考え方もできるんだ」
「そうでしょうか?」
「とりあえず、今ある設計図の中から一枚選ぶとして、最も審査員に受けるのは、どれだと思う?」
ミリアは少し考えた後、首を振る。
「そんなの私にはわかりませんよ」
「どうしてだ?」
「だって、設計図に何が書いてあるかわからないし、審査員が誰かも知らないし、そっちの業界の流行だって知らないんですよ?」
「……だよな」
つまり俺が選ぶしかないのだ。
それでも俺だって、設計図に何が書いてあるのか、かろうじて理解できるだけでしかない。
審査員は誰なんだ?
最近の流行って、結局どうなっているんだ?
重要な情報だと頭のどこかでわかっていたはずなのに、全然調べていなかったぞ?
おかしいな。
これ、もしかして……最初から方針が間違ってたんじゃないか?
《業務連絡》
先日まであとがきを担当していた大先生は、死にました
死因は砂糖を喉に詰まらせたことによる窒息死です
糖分の過剰摂取にはご注意ください